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1-34 残していって。
別にうまくいってもいかなくても
死なない程度に必要とされているのならいい。
今までどちらかと言えば無欲だった。
だからこんな風に、どうしても欲しいものができた時も
それが手に入らない時も、どうしたらいいのかわからない。
勿体無くてちまちま食べていたはずだったのに、ついに彼が作り置いてくれた料理がなくなって、
冷蔵庫の中に、彼が漬けたという漬物がまだあるのを見つけると
これが無くなった時自分はいよいよ本当になんにもなくしてしまうんだな、と悟った。
別に最初から自分のものなんかじゃ絶対なかったのだけれど。
ナナメは見つめすぎて、冷蔵庫に閉めるように怒られたのを一度は無視したが
その宝物に今は触れられず結局何もせずにドアを閉めた。
「……とりあえず、なんか買いに行かなきゃ…」
いくらなんでも食糧がなさすぎた。
本当に彼に甘えていたのだと苦笑する。
だらだらと2階に行って、着替えねばならないのに寝室に吸い込まれてしまって
倒れ込むように突っ伏した。
「いい加減にしなさい…ナナメ……」
布団の中で自分を怒るのだけれど、だって、と心の中で自分が反抗してくる。
だってじゃない!
ナナメは自分を怒鳴りつけてベッドから起き上がり、寝室を出ると自分の家でありながら滅多に開けることのない隣の部屋のドアに触れた。
怖々とそのドアを開けると、小さな部屋には簡易的なベッドやクローゼットなど少ない家具がある。
そこは元々はほとんど物置だったが、
一応ヨコの部屋として置いてある部屋だった。
ナナメは部屋に侵入すると、どこか彼の香りが残るその部屋の中で小さく息を吐き出した。
クローゼットを開けるとまだ普通に彼の服がかかっていて、それを見て異常なほど安心してしまって
ベッドに崩れるように座り込みただただそれを眺めた。
「……俺ストーカーみたい」
小さく笑いながら、こんな風に漬物だの洋服だのがしまってあることに安心を覚えて
本当にその通りだと思った。
彼が家でよく着ているシャツをクローゼットから盗んで、それに顔を埋めると、なんとなく彼を感じられる気がして。
じわ、と涙が溢れてきてしまう。
荷物取りに来るのかな、それとももう要らないのかな。
ここにずっと置いておいて時々こんな風にさせてくれないかな。
それって気持ち悪いかな。
いろいろなことを考えながら、ナナメは1人用のベッドの上に倒れ込んで
シャツに口付けながら目を閉じた。
最初は本当に、ただ放っておけないだけだった。
この人は自分が目を離すと消えちゃうんじゃないか、って。
だけど気付けばそれは逆になっていて、
彼が居なくなって消えてしまいそうになっているのは自分だった。
「ヨコさん……好き……好きです…」
いっそこのまま消えてしまえたらいいのに。
涙で彼のシャツを汚しぐしゃぐしゃにしてしまいながら、譫言のように呟き続けた。
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