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1-35 残していって。
いつもの見慣れた住宅街、
赤い屋根の家の前に辿り着くとヨコは心底安堵して
暫く家の前で深いため息を溢していた。
このまま一生九州から出られないのではと思うほどの地獄のような日々だった。
一時的な左遷を食らったヨコであったが、
途中からブチギレて、やってやらぁ、という社畜魂で仕事を乗りこなし
まるで鬼のようであったと部下は語っている。
「疲れた……」
とはいえ休日も返上させられて慣れない土地で働かされるのは大変なことである。
ヨコは大荷物を引き摺りながら家の中へとようやく入った。
いつもと変わらないその場所には心底安堵する。
人の家に居座っている状態のくせに、
ここが自分の帰る場所だと身体は思い込んでいるらしい。
「ただいま……」
誰にともなく挨拶をしながら、靴を脱ぎ散らかし
階段をフラフラと上がった。
自室のドアを開けて荷物を下ろすと、一気に力が抜ける感覚がした。
その場に荷物を置いたままベッドに近寄る。
「うお、びっくりした」
ベッドの様子にヨコは思わず声を溢してしまう。
縮こまるように身体を丸めて眠っているナナメの姿がそこにはあった。
なんでこんなところで寝ているのかはわからないが、見覚えのあるシャツを握りしめて
頬は濡れているようだった。
まるで留守番中の子どものような仕草にヨコは呆れると同時に、
胸がぎゅっと酷く締め付けられるような感じがして
ため息をつきながらも、その美しい寝顔に目を細めた。
「くそ…なんだこのいきものは…」
悪態をつきながらも、本当に三十路男か?と疑ってしまう。
彼の頭を撫でてやって、微妙な時期に1人にしてしまったことの罪悪感で今更じわじわと自分が情けなくなってしまう。
思えば、彼が泣きじゃくりながら思いを伝えてくれたあの日からちゃんと話をしていなかった。
そりゃ不安にもなるだろう。
「ごめんな…ナナメ」
顔を近付けて、彼の頭にキスをした。
こんな理不尽だらけの社会で、うまく守れるだろうか。
自分なんかで。
頬の涙を拭ってやり、あんなに疲れていて今すぐ寝たかったのに
ヨコは急にやる事をいくつか頭の中で呼び起こし、手早く着替え
静かに部屋を後にする。
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