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1-37 残していって。
料理が完成しそうな頃、
ボサボサの髪とよれよれのジャージと無表情という幽霊のような状態でナナメは現れて
ヨコを発見すると無言で近寄ってきた。
「起きたか」
声をかけても彼は何も言わず、
鍋に向かっていたヨコの背後に回り抱き付いてくる。
ぎゅう、と腰辺りに強くしがみつかれて
本当に子どもみたいなその仕草にヨコは彼の手を撫でた。
「……ただいま。」
彼の身体はどこか震えているようだった。
また泣いているのかもしれない。
笑っていてほしいのに、泣かせてばかりの自分に呆れてしまう。
火を止めて、抱きしめ返したくて彼の腕を引き剥がそうとするがなかなか解けない。
「…ヨコさん……」
「…ん?」
「俺が言ったこと忘れてください…」
「なんの話だ」
彼の顔を見たかったが、ぎゅううとますます強い力で掴まれていて
ヨコは諦めて好きにさせてやることにした。
「……漬物と、シャツだけ俺にください……」
「は????」
また意味不明な事を言い出すナナメに、
経験上こういう時は勝手に変な想像をして
勝手に落ち込んでいると理解していたヨコは
彼の両腕を渾身の力で解いて、彼を振り返った。
案の定彼はボロボロと泣いていて、しまったとでもいうように慌てて拭い始めている。
「あのな…お前がどういう勘違いしているのかは知らんけどなぁ。
……色々タイミングが悪かったとはいえ、不安にさせたよな。ごめんな…」
彼の頬を両手で包んで、額をくっつけながら謝った。
この泣き顔に自分が激弱で、すぐに変な所が反応してしまう自覚があったため
できれば泣いてほしくはなかったが、そうさせている原因が自分だとすると本当に居た堪れなくて。
「ヨコさんは謝る必要ないです…、俺が変なこと言ったから…」
「変なことって?」
「その、だから…すき、とか…」
ナナメはギュッと目を閉じて、また涙を溢れさせていて
正直意味がわからなかったがヨコは彼の頬を拭い続けた。
「それのどこが変なことなんだ」
「だって、困らせて…」
「困らん。嬉しい」
「なん…、なんでですか…?」
「だから俺もお前が好きだから、お前も俺のこと好きだっていうなら
嬉しいだろ」
ナナメは驚いたように目を丸くしていて、言ったはずなのに全然伝わっていなかったことを思い知る。
ヨコはため息をつき、彼の滲んだ瞳を見つめた。
「好きな人って、ナナメさんのことですよ?」
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