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2-5 新年会のミューズ

官能小説界隈の新年会な程つまらんものはない。 會下詠慈は欠伸を零したくなりながらグラスの中のワインを飲み干した。 「カミエちゃーんもう帰っていいかなぁ」 壁際に置かれた椅子にだらしなく座ったまま側に立つ担当編集の上江に猫撫で声で話しかける。 上江は眼鏡の向こうの目を三角にしてこちらを睨んだ。 「はぁ!?何言ってるんです!お偉いさん方に一頻り頭下げてからですよ!」 「ええーつまんないぃ」 「つまんないもクソもないですよ。 普段素行が悪いんですからこういう時しっかり謝っとかないと」 上江はカリカリしていた。 彼はいつもカリカリしているのだが、今日はより顕著である。 會下はこういうお偉い方が集まる場は苦手だった。 官能小説を扱う出版社をメインにした集まりだなんて花がないし、どすけべジジイばかり集まって何が楽しいのか。 會下は自分のことを棚に上げてそんなことを思い、ため息をついた。 「ほらちゃんと座ってください。 一応大御所サマな扱いをして頂けてるんですから 会長の話は真面目に聞いてくださいよ」 「ええ…無理嫌だ」 「駄々捏ねないで背筋伸ばす!足組まない!ほら!」 上江はお母さんのように會下の肩を叩いた。 會下は渋々組んだ足を解いた。 やがて会場の照明が少し暗くなり、 ホールの中央の低いステージにスポットが当たった。 拍手と共にスーツ姿の小太りの男が出てきて酔っ払ったような顔色で汗を拭いながら喋り始める。 ものの5秒でつまらなくなり、しかし逃げると上江に何をされるかわかったものではないので 會下はキョロキョロと視線を彷徨わせた。 会場は男ばかりで、しかも年も50代や60代が多い。 官能小説界など、こんなものである。 30代の上江達なんか全然若い方だ。 少し離れたところに雪雛玲一郎が立っているのを見つける。 場違いな色気を漂わせまさに荒野に咲く一輪の花のようだ。 しかし彼女は"めっちゃド"が付く変態である。 男以上にその才能は特出している事を會下は知っている。 つまりは、ただのエロいネーチャンではないということだ。 そんな彼女に天下の會下詠慈が手を出さないわけもなく… 故に今2人の関係は割と殺伐としていた。 目が合ったらどんな顔をされるかわからない。 バツが悪くなって會下は別のところを見た。 その先で時が止まった。

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