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2-7 新年会のミューズ

あらかじめ予告されていた通り、 ナナメは会場内を引っ張りまわされひたすら挨拶して回った。 ありがとうございますとよろしくお願いしますを何度言った事か。 会社のお偉いさんの下ネタだらけのスピーチが始まり ナナメはやっと落ち着くことができた。 「袖野さま…オレンジジュースが飲みたいです」 ナナメは自分より歩き回っていたのにピンピンしている袖野を見上げて呟いた。 「ちょーっと小一時間喋っただけやん!根性ないなあ」 「おれじゅー!」 「はいはい」 小姑のように小言を言う袖野は呆れたように笑いながら飲み物を取りにナナメから離れていった。 ずっと立っていたから足が疲れた。 照明が落ちた会場の中、ナナメは近場の空いていた椅子に腰を下ろす。 「はぁ…くたくた…」 普段家で気ままに仕事をしているナナメはこういういかにも社会人です、というような事には慣れていなかった。 人が多いところも苦手だし、初対面の偉い人に挨拶するのは緊張してしまう。 ヨコはいつもこんな事を繰り返しているのだろうかとふと思う。 自分なら3日と持たないであろう。 ヨコさん、今どうしてるかな。 思いを馳せているとスピーチが終わり、ナナメは慌てて拍手に加わった。 拍手が終わり、照明が元に戻るとナナメは袖野の姿を探すため会場内に目を向けた。 「失礼、五虎七瀬先生とお見受けしましたが…」 不意に声が聞こえ、ナナメは顔をそちらに向ける。 焦げ茶色のスーツを着こなした男が立っていて、こちらににこにこと愛想のいい笑顔を向けている。 4、50代ぐらいと思われる男は立ち方も仕草も上品で、見た目も俳優のようだった。 「わたくし會下と申します」 名乗られ、ナナメはぽかんと彼を見上げる。

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