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2-22 単純かつ不穏な背景

「大丈夫ですか?」 「ああ、申し訳ない…年寄りは世話がやけるよねえ」 會下は少し口調を崩して苦笑を浮かべた。 七瀬は首を振る。 「いえ、そんなことは…あの、上江さんに電話しましょうか?」 七瀬はそう言って、鞄から携帯端末を取り出しながら聞いてくる。 カミエちゃんいつの間に連絡先を交換したのだろうか。 先を越され悔しく思いながらも、片手を出してそれを制した。 「いえいえ大丈夫ですよ。少しふらふらっとなっただけですから。 代わりと言っては何ですが…その、手を握っててくれませんか…?」 全然代わりではない事をおねだりすると 七瀬は、え?、と不思議そうな顔をしたがやがておずおずと片手を差し出す。 「すみません、普段家に引きこもっているもので 人が多いところって苦手なんです」 嘘八百を並べすかさず會下は彼の手を取り、困ったように笑って見せた。 七瀬は本当に困っているようだった。 「わかりますよ。俺も人混みは苦手です」 七瀬の手を握り、親指で撫でながら彼を見上げて観察する。 窓からの光を受け、彼の肌の白さが余計際立っていたりして 具合が悪いどころかむしろ真逆であった。 「七瀬先生、手、綺麗だね」 彼の細い指を自分の指と絡めながら呟いた。 七瀬は、そうですか?、と笑った。 それから少し今日この後の予定などの当たり障りのない話をしたりした。 會下は七瀬の表情や首筋や細い腰などを視姦していた為半分以上聞いていなかったが 熱心に聞き入っているフリは大いに得意だったのでそのスキルを発揮しつつも 今度七瀬先生とも対談したいですね、是非やりましょう、連絡先を、とぐいぐい押して行って 七瀬の連絡先をゲットする事に成功した。 更に、上江に知られてはやりにくいので 「心配かけるから今日のことはカミエちゃんには秘密で」 と念を押しておいた。 手前の駅で七瀬は、お気をつけて、と言って降りていって 會下は上機嫌でいつまでも手を振り、 携帯の画面に表示された五虎七瀬の文字を眺めて1人でニヤついていた。 対談もいつもよりテンションが高いまま臨み、かなり上江に怪しまれ誤魔化すのに苦労した。 今日はいい日だった。 會下はその言葉を顔で表現しながら帰り路についたのだった。

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