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3-15 悩める官能小説家

毎日毎日、こんなに愛されていて大切にされて、 本来は何も不足などないはずなのに。 ヨコのことを思うとついニタニタしてしまって、仕事の手が止まってしまう。 そんな気味の悪い自分に気付くと、ため息を溢しながらモニターから目を逸らした。 「はぁ…だめだぁ…」 ナナメは椅子の背もたれに身体を預けて天井を仰いだ。 どうやっても上手く書けないし何も進まない。 彼にも心配をかけてしまっていて、どうにかしなければとは思うのだけれど。 このままだと、辞めるしかないのだろうか? 仮に辞めたとして、自分は何をやっていくのだろうか。 就職して社会人?フリーター?もう一回大学に行き直す…とか? 色々と考えるがどれもピンとこなかった。 「俺って本当…何にも出来ないんだなぁ…」 ナナメはため息を零して、パソコンの乗った机に頬杖をついた。 彼は自分がただの引きこもりニートになってしまったらどう思うんだろう。 今もただでさえ人として如何なものか、という存在なのに。 「………小説が無くなったら、俺に価値はないのかな…」 彼は別にエロ小説おじさんだから好きだと言ってくれている訳ではないのだけど。 とはいえ自分にとってはほとんどそれが人生の基盤といっても過言ではなかった。 大した夢も、やりたい事も、野望みたいなものも無くって 守るべきことやものも、なかった。 自分の価値だとか、出来ることとか、そんな事について改めて考える必要なんて無かったから それ故になにか、自分の存在意義を揺るがされている気がしてならなかった。 こんな俺を、どうして彼は愛しているだとか側に居たいと思ってくれているのだろう。 自分がこうしてうだうだやっている間にも、彼の周りにいる魅力的な人間たちが奪っていきやしないだろうか。 自分はそんな人たちに何一つ勝てる要素を持っていないというのに。 “やるべきことがあるだろう” 不意にそんな言葉が降ってきて、 ナナメは思わず飛び起きるように背もたれから離れて背筋を伸ばした。 やるべきこと?なんで俺じゃなきゃいけないんですか? 俺はそんなことしたくない。 俺じゃなくたっていいじゃないですか! なんで? 「……なんで、なんだろう…」 いつも自分は、何かから逃げてきた。 ヨコさんからも逃げようとしてた。 逃げてどこに行きたかったんだろう。 逃げた先にいつも小説の世界があって、 身体を乗っ取られたみたいにただただあちらの世界を書き続けて 今はその世界からも逃げようとしていて。 向き合うべき所って、本当は、どこなんだろう。

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