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3-27 美しい横顔

「おっそぉ…もう置いて帰っていいですかね?」 ナナメは何かの糸口が掴めないかとネタ収集も兼ねて他の客と喋ったりしていたが、 更衣室に引き篭もって小一時間どころか小二時間ほど経つが未だに出てこない礼美としずかにいい加減辟易していた。 元々ここへ来ようとはしていたのだが、 あまりにも消極的な彼女に腹が立って連れてきたものの、やはり女とは面倒な生き物だと思ってしまうナナメであった。 「ナナメちゃん、なんか変わったわね」 カウンターでぐだっていると、凄まじく渋い声が上から降ってきて ナナメは顔を上げた。 パツパツのドレスから覗く殴られたら骨の2、3本は折られそうな屈強な腕を組み 突風を引き起こしそうなバサバサの付け睫毛を羽ばたかせる人物が カウンターの向こうで面白そうに笑っていた。 「はい、そーです。俺は変わってしまったんですう」 ナナメは頬杖をつきながら拗ねるように口を尖らせた。 この店はまだ駆け出しの頃に雪雛玲一郎の紹介で連れて来られた店だった。 官能小説界隈だけでなく様々な業種の人間が集まる場所で、それこそディープな話も聞けるし 家で才能を嘆くくらいならナンパの一つでもしなさい、というのが大先輩の教えだった。 「賞も取って彼氏も出来て充実してるじゃない。羨ましい限りだわね」 貫禄のある落ち着いた喋りの彼女はこの店のママで、 駆け出しの頃からずっと見守ってもらっている。 田舎を飛び出してからほとんど実家を避けているナナメにとっては数少ない都会においての心の拠り所でもあった。 「…波留子さん…俺って小説以外に何が向いてると思います?」 「んー…?ナナメちゃんが真面目に働いてる所なんて想像できないわねえ」 面白そうに笑われてナナメはまた口を尖らせた。 「ナナメちゃんがネジ工場でネジ作ってるのなんて見たくない〜」 「ネジ工場に失礼ですよ」 客の見送りに行っていたさよが戻ってきて、オーバーなアクションをしながらもナナメの隣に腰掛けた。

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