164 / 236
3-43 近くて、遠い。
昼間はあんなに晴れていたはずなのに、いざ帰ろうという時に雨が降ってきて
それは時間が経つにつれ強まっていった。
残業もなく早めに帰路につくことが出来たヨコは、
どんな凝った晩ご飯を作ろうかと若干浮き足立ちながらも
電車から降り、通勤鞄の奥底に沈んでいた折り畳み傘を広げて駅から脱出した。
強まる雨足で若干服の裾が濡れてしまうが、もうこの際仕方ないだろう。
いつものように住宅街に差し掛かると、前の方に傘もささずに歩いている人物が見えた。
進行方向が同じで、トボトボと歩いているような後ろ姿にはすぐ追いついてしまって
そのずぶ濡れになっている後ろ姿に見覚えを感じる。
薄暗い上に激しめの雨で自信は無かったが、近付くにつれてそうとしか思えずヨコは思わず駆け寄った。
「……ナナメ…?」
隣に並びながらそう声をかけると、その人物はゆっくりと顔をあげた。
雨に濡れた髪が顔を覆っていたが、確かに自分の恋人であるナナメであった。
「ヨコさん…」
「何やってんだお前…!風邪引くだろ!」
彼の方に傘を傾けて入れてやると、ナナメは少し震えながら口元を歪めて微笑んだ。
「えへ…急に降ってきちゃって…」
それはそうなのかもしれないが、だとしてももっと急ぐとかあるだろうと思ったが
なんとなく彼が元気がないような気がして、それ以上は責められなかった。
「早く帰るぞ」
ヨコは鞄を小脇に抱えてどうにか傘を持つと、彼の腕を引っ張って歩き出す。
暖かくなって来たとはいえまだ朝晩は冷える。
ナナメの手は冷たくなっていて、早く暖めてやらねば本当に風邪を引きかねない。
「ヨコさん……あの、……」
ざぁ、と雨がどんどん強くなっていく。
ヨコは彼の手をしっかりと掴んだまま、自分ももうほとんどずぶ濡れになりながら足早に歩き
ようやく家に辿り着いた。
ともだちにシェアしよう!

