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4-18 逃げ出した場所

「……ナナコさんに全部押し付けてすみません」 「は?何を言うとるんじゃ…」 ナナコはこちらを見ると眉根を寄せる。 本来ならば自分が後継となるはずだった。 だけどそれが嫌で嫌で仕方がなくて、ナナメは東京に逃げたのだった。 「ナナメちゃんもナナミもしたいことがあるんじゃけえ、ええじゃないか うちは別に、イヤイヤやっとるわけでもないけんの 七助も楽しそうにしとるし。最近はインスタなんかも始めて…」 やりたいこと。 それが揺らいでいる今の自分にとっては複雑だったが 姉から家出を責められたことは一度もなかった。 自分にも妹にもしたいことをすればいい、と言ってくれていたし 旅館の経営は、しっかり者の姉の方が向いているとも思っていた。 彼女は昔から優秀で家の手伝いも淡々とこなしていたし、 幼馴染の七助とずっと付き合っていてそのまますんなり結婚し 流れるように旅館に従事している。 そのことについて何一つ不満も漏らさないし、寧ろ幸せだと言っていた。 一生この島に閉じ込められて、家のために生きていくなんて 自分には耐え難いことだったが 姉にとってはそれが本当に幸せなのだろうとも。 「あの…シチノさんは……」 ナナメが恐々と聞くと、ナナコは目を細めた。 「あー…」 何か言い辛そうに彼女は唸った。 「今は…施設におる。 まあ、いわゆる…認知症ってやつじゃな…」 「認知症……?」 意外な言葉にナナコは小さく頷いた。 「まあ年齢も年齢だし…仕方ないじゃろ」 車は坂道に差し掛かり、その道の先には記憶と変わらない大きな古い建物。 逃げたくて逃げたくて仕方がなかったその古めかしい和風家屋が、妙に懐かしくて それからとても、小さく見えた。

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