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act7:知らぬが仏

 今回のお話は、ふたりがまだ同棲をする前。【残り火】本編のとあるシーンに関連しております。 *** 「仕事が終わったら、話がある。残れよ、レインくん」  お客様を送り出す直前、かなり不機嫌な顔をした大倉さんに、突然告げられた言葉。  ――俺、何かやったのか!? 「……分かった。いつもの場所で待ってる」  ビビリながら答えると、顔色を曇らせたまま肩をすくめて身を翻し、その場を足早に去って行く。不穏な空気を身にまとう大きな背中を見て、不安に駆られるしかない。  いちいちビクつくのは、自信のなさの表れ――好きでいてもらいたいのにどっかで、あの人が嫌うことを、知らぬ間にやってしまう俺。  それがいつも、ケンカの種になった。 「同じ職場で、顔を突き合わせるのは幸せなんだけど、同時に不幸せでもあるよな」  ふるふる頭を振って気分を変えてから口元に笑みを湛え、お客様のところに行き、見送るべく傍に寄り添ってあげる。  んもう、不安な心中を隠すのに、必死さ満載……  恋愛って正直、めんどーなことの連続なのに、好きなヤツが出来るとそんなめんどーなことさえ、いいやって思えるのやら。  ――愛の力って、マジネ申レベル!!  なぁんて、元ナンバーワンキャストの俺が言っても、信憑性が紙っぺら同然なんだけどな。 ***  どれくらい、時間が経っただろう。  その日の会計を締めるべく、きっちりと仕事を終えてから、大倉さんはいつもやって来るので、5番の座席で横になり、ぼーっとしながら待っていた。  酒の酔いも手伝って、ウトウトしかけた時――目の前に誰かが、覆いかぶさる影が見えたと思ったら、唇が強く合わせられる。  次の瞬間、口の中に酸っぱい液体が、勢いよく流れ込んできた。 「んぅっ!?」  目を白黒しながら一生懸命全部飲み干すと、やっと唇が解放される。 「なんちゅ~起こし方するんだ。いつもより酸っぱかったぞ、レモネード」 「そう、酸っぱかったか。レインくん忙しくて、疲れているんじゃないの?」  その言葉に、眉間にシワを寄せて睨んでやった。 「……疲れてねぇし。大倉さんがワザと、レモンをたくさん入れたんだろ」  この人のストレス発散はこういう、みみっちぃことをやることによって、スカッとするらしい。。特に俺が何かやらかした時に限っては、好きな物に何か仕込んでくる。 「なぁ俺ってば、何かしたっけ?」  恐るおそる訊ねてみると、手に持っていたグラスをテーブルに置いて、はーっと深いため息をついた。 「自覚……ないんだ?」 「あったら聞かねぇし。何を疑ってるのか知らねぇけどさ、俺が好きなのは、アンタだけなんだぞ。信じてくれよ」 「最近、穂高さんと仲がいいよね。何かあったら、ちょこちょこ話してるし」  原因はアイツか――アイツにはすっげぇ弱みを握られてるから(つか、例のビデオを大倉さんに見られたら、マジで殺される)  ――そういう理由で、目が離せないだけなんだ。 「前いた新人と違って仕事が出来るし、それにパラダイスで伝説のナンバーワンだった人だろ。見習わなきゃいけないトコ、たくさんあるし、それで――」 「それで迫ったんだ、レインくん」 「はぁ!?」  ワケわかんねぇぞ。何が一体どうして、そんな話になってんだ?  傍にいる大倉さんの瞳に、愕然とした自分の顔が映っていた。 「迫ったって、誰がそんなことを」 「穂高さんが言ったんだ。意味深なこと言って、レインくんが迫ってきたって」  アイツめ……何の恨みか知らねぇけど余計なことを、大倉さんに言いやがって! 「俺は、アイツに迫ったりしてない。命を賭けてもいい、誓うから!!」 「命を賭けられても、ねぇ。そんな言葉では全然、誠意が感じられない」 「じゃあ、どうすれば分かってくれるんだ?」  慌てふためく俺の顔を見やり、テーブルに置かれているそれを、ハイと手渡された。 「これ全部、飲み干したら許してあげる」  ――ジョッキに入った、酸っぱすぎると予測されるレモネード!!  いつの間に、こんな物を用意したんだ? さっき手にしていたのは、小ぶりなグラスだったはずなのに。 「飲めないの? やっぱ飲めないよね。やましいことを堂々としている君には、無理すぎるのかなぁ?」  飲んでも飲まなくても、胃が痛い…… 「飲めるよ。大好きなアンタが、わざわざ作ってくれた物だからな。一気飲みしてやるっ!」  ジョッキを掴み、目をつぶって一気に煽る。体の中が酸で、ドロドロに溶かされていくみたいだ。 「……ウエッ……の、飲んだぞ。だから信じてくれ、たの――」  胃のあたりを押さえながら頼もうとした矢先、塞がれてしまった唇。割って入ってくる熱い舌に、じっとりと自分の舌を絡ませた。  絡めた途端、しゅっと引っ込んだ大倉さんの舌。 「うっ……酸っぱ……」 (自分で作っておいて、よく言うよ) 「大倉さんの愛の味だよ。俺は好きだけどね」 「言ってくれたね、もうガマンしない」  そう言って、手荒くソファに押し倒してきた。 「ここでするの、あまり好きじゃないんだけど」 「しょうがないだろ、レインくんが全部悪いんだから」  俺の苦情を無視して、手早くシャツのボタンを外していく。あ~あ……何を言ってもダメだな。 「アイツの言葉にまんまと騙されて、バカだなホント」 「レインくんが、モテモテなのがいけないんだよ。冷や冷やしている、俺の気持ちを分かってほしいけどね」  それは、こっちのセリフだ――人当たりの良さのお陰で、男女問わずに人気があるっていうのに。本人、自分がモテていることを自覚していないんだからな…… 「しなくていいヤキモチ妬いて、忙しそうだな」  クスクス笑ってみせると、胸の尖りをガリッと噛む。 「いっ、痛っ!!」 「そんなことを言うレインくんには、徹底的に身体に叩き込んであげなきゃね」  ナニを叩き込むんだか―― 「是非とも、優しくしてくださいね。大倉さん」 「分かってるよ、敏感なレインくん。愛してる……」  甘い囁きと一緒に、キスが落とされていく。  知らぬが仏というけれどこの人には、俺の気持ちの全部を知っていてほしい。そうすればこんな風に、ケンカすることもなくなるというのにさ――  呆れつつも大きな背中にそっと腕を回して、愛おしさを噛みしめながら、その身を預けたのだった。  めでたし めでたし

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