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act10:その後のふたり②
いつも通りの変わらない日常に、突如として嵐が吹き荒れたのは、ソイツが現れたせいだった。
俺は5番テーブルで、大倉さんが作ってくれたレモネードを飲みながら、某アプリを使って、今日来てくれたお客にサンキューメッセを送りつつ、カウンター席で売上伝票を数えている、大きな背中に視線を飛ばす。
今夜はお客が少なかったから、計算が早く終わるだろうと思ったときだった。扉につけてるドアベルが、カランカランと大きな音を立てて開く。
表の看板は電気を落とし、扉の前には『閉店』と書いてあるでっかいプレートが掲げられているはずなのに、堂々と入ってくるなんて何者だろうと少しだけ腰を上げて、ソイツを見てやった。
肩まで伸ばした少しだけ茶色の髪の下にある、ジャニーズ系の顔立ち。グレーのシャツの上には、白いスーツでびしっと決めてる様は、明らかにホストそのものだ。
「大倉さん、お久しぶり!」
「翼っ!? いきなりビックリしたよ」
「あれ、オーナーから聞いてない? 病欠してるナンバーの代役に、支店のシンデレラから、僕が行くことになったんだよ」
意味ありげに瞳を細めてじっと見つめ、カウンターにいる大倉さんの隣に迷うことなく座るとか、何者だコイツ!?
「ああ、そうなんだ。昔ここで働いていたし、勝手が分かっている君だから選ばれたんだろうけど。シンデレラの方は、大丈夫なの?」
余計な邪魔が入らないように、手にしていたスマホの電源を落とし、テーブルに静かに置いて、並んで座るふたりを睨んでやる。
「店長の桃瀬が、しっかりしてるからね。僕がいなくなっても彼がその倍、働いて稼いでくれるから」
「すごいよな、彼は。店長会議で、顔を付き合わせたことがあるけど、いかにもやり手って感じのオーラ、出まくっていたし。ホストをしながら、店の経営もちゃんと出来ちゃう男って、本当に羨ましいよ」
「常連客から『桃ちゃん』とか『桃さま』って呼ばれて、ちやほやされているけど天狗にならず、しっかり稼いでいるからね。だけど従業員には、結構厳しいよ。ノルマあるしさ」
親しげに語っていく大倉さんに、声をかけたいんだけど、タイミングが計れない。どうしたものか――
「俺には到底、真似の出来ないことだよ。今の若いコは叱るとすぐに、仕事を投げ出すから、厳しく出来なくて」
「ふふっ、昔からヒデは優しいから、しょうがないって。ね、今夜空いてる?」
誘うような眼差しで見つめ、腕をぎゅっと絡めて俺の大倉さんを誘うなんて、堂々と何をやってるんだ、コイツ(怒)
しかも大倉さんの下の名前をさりげなく口にするとか、すっげぇムカつくんだけど!
がたたんっ!!
間違いなく青筋が立っているであろう、俺の額。顔を引きつらせながら立ち上がったら、目の前にあるテーブルに、太ももをぶつけてしまった。だけど痛さは全く感じない。アイツに対する怒りで、神経が飛んでいるからだろう。
「ちょっ!? ビックリした……人がいたなんて、気配を全然感じなかったよ」
ビックリしたと言いつつ大倉さんに抱きつくなんて、ケンカ売ってんのか!?
「離れろよ、いい加減っ」
靴音を立ててふたりに近づき、両手を使って引き離してやった。
コイツもムカつくが、されるがままでいる大倉さんも、正直どうかと思うぞ。
「レインくん、あんまり怒らないでくれないか。彼はこれからここでヘルプしてくれる、君の先輩にあたる人なんだよ」
年功序列を重んじたい、大倉さんの気持ちが分からないワケじゃねぇが、それは横に退けておいて、恋人の目の前で平然としながら、同性とイチャイチャする神経が分からねぇって、強く言ってやりたい。
「ふぅん。ヒデの今の恋人なんだ、彼」
「……だったら、何だっていうんだよ?」
「レインくんっ、抑えて抑えて」
睨み合う俺たちの間に大倉さんが入り、まぁまぁと宥めに入っても、怒りは簡単に収まらなかった。
「ここにパラダイスにいた、井上 穂高が来ていたでしょ? 君はアイツと寝た?」
すっげぇイヤな笑みを浮かべ、投げつけられた質問に、くっと言葉に詰まるしかない。
実際、寝てはいないが、卑猥なことをされた挙句イカされて、それを撮影されてしまった過去があるから――こればっかは大倉さんに、知られるワケにはいかねぇんだ。
「ね、寝るとかワケ分かんねぇこと、言うなって」
「そうだよ。穂高さんはここでみんなと仲良く、沸きあい合いとお仕事に励んでくれた人なんだから」
「へぇ、沸きあい合いとみんなと寝て、楽しくヤり合っていたんだ」
「翼、いい加減にしてくれないか。彼は本当に、いい人だったんだよ」
珍しく井上の肩を持ち、怒気を強めた大倉さん。アイツの裏の顔を、知らないからな……
「……そっか。大倉さんは知らないのに、後ろにいる彼は知っているみたいだね。井上 穂高の本当の姿を」
俺の表情で全てを読み取りペラペラと喋る口を、おしぼりか何かで塞いでやりたい気分だ。
「レインくん?」
「なっ、何も知らねぇって。アイツは仕事の出来る、ホストの一人だっただけだ」
「そうそう。すっごく仕事は出来たね。お客だけじゃなく、ホストとも寝てさ。散々垂らしこんで使えないヤツは、簡単に切り捨てていく最低な男だよ。俺としては、ヒデとの相性の方が良かったけどね」
艶っぽい流し目をしながら大倉さんに伸ばした手を、容赦なく叩き落してやった。
「で、君はどうだったの? 井上 穂高と大倉さん、どっちがいい感じ?」
「寝てねぇって、さっきから言ってんだろ。しつこいヤツだな」
「……嘘をつくのは止めてくれないか、レインくん」
聞いたことのない大倉さんの低い声が俺の耳に届いて、思わずびくっと身体が竦んでしまった。
「大倉、さん?」
「君が嘘をつくとき、俺の顔を見ないっていう癖があるんだよ。さっきからずっと、避けてばかりいたよな」
それはそれは悲しげな表情を浮かべ、俺の顔を見下ろしてくる。
「信じてくれ、寝ちゃいないから。寝てはいないんだけど……」
いつまで経っても言えないでいると、小さなため息をつき、俺を見つめていた瞳が、ふいっと冷たく逸らされてしまった。
「もういい。今日はひとりで帰ってくれ、レインくん」
「そんな……」
「翼、積もる話もあるから、一緒に呑みに行こうか」
俺の手に強引な感じで店の鍵を握らせると、ヤツの肩を抱いて、さっさと出て行ってしまった。
どうしよう……俺、捨てられちまうのかもしれない――
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