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act2:虎視眈々
初めて入るホストクラブもといメンズキャバクラに、ドキドキを隠せない状態で中に入れてもらった。
パチンと音を立てて照明がつけられると、店内の様子が光と共に一気に披露される。濃い色の青と真っ白を基調とした壁紙と床には真っ赤な絨毯が敷いてあり、見るからに高級感を漂わせている様子はまるで、テレビドラマで使うホストクラブのセットみたいに見える……
「今日は定休日でね。誰もいないから好き勝手に、見て回っていいよ」
大倉さんは俺に声をかけながら、カウンターに入っていった。
日サロに美容室と慣れないことをした上に、おねぇ店長のせいで結構疲れていたので、座り心地の良さそうな一番奥の席に向かい、ドカッと腰掛けてみる。
テーブルの隅に、5番と表示された小さなプレートが貼り付いているのが目に留まった。きっとこの番号を使って、接客させるんだろうなと考えていたら、口元に微笑みを湛えた大倉さんがやって来て、仰々しく頭を下げる。
「いらっしゃいませ。本日はShangri-la にご来店いただきまして、誠にありがとうございます。おしぼりをどうぞ」
頭を上げてから、両手に持っているそれを目の前に出してきたので、小さな声でどうもと告げて受け取ってやった。
「お客様、飲み物は何をご用意致しましょうか?」
「へっ!? 飲み物っ?」
ダチと酒を引っかけるのは行きつけの居酒屋ばかりで、こういう場所で呑んだ経験が、まったくといって皆無なんだよな……何を頼めばいいんだ?
無駄に口をぱくぱくしている俺の顔を見て、バカにするような態度をとるだろうと思ったら、微笑みを絶やさずに、そうだねとひとこと呟いた大倉さん。
「ありきたりかもしれませんが、ビールで乾杯しましょうか?」
「あ、はい。それでお願いします」
「お客様と一緒にビールが呑めるなんて、美味しく味わえそうです。少々お待ち下さい」
最初のように深く頭を下げてから、颯爽とカウンターに向かった後ろ姿を、感心しながら眺めるしかない。
すげぇな……ここで働く以上そつなく接客するって、当り前のことかもしれないが、これからそれを俺もしなきゃならねぇんだ。今みたいに口パクして動揺していたら、雰囲気をぶち壊しちまうな。
俺に勤まるんだろうかと不安に苛まれた途端に、座り心地が良すぎるソファに、体が拒絶反応を起こしてしまった。お尻がもぞもぞして、妙に落ち着かない――庶民丸出し状態の自分に失笑したら、グラスを手にした大倉さんがやって来た。
「失礼致します」
ポケットに手を入れてコースターを取り出し、ビールの入ったグラスをその上に置く。
たったそれだけなのに、そつのないスマートな動きに目が離せなくなった。よくよく見ると、爪の形もすっげぇ整えられていて、自分との違いにハッとさせられるとか――
「レインくん、乾杯しようか」
言いながら、隣に座ってきた大倉さん。
長い足をカッコよく組んで俺の顔を覗き込み、グラスを持つ反対の手がソファの背もたれの上に置かれてしまったせいで、慌てて背筋を伸ばすことになった。
そのままでいたら、この手を使って、抱き寄せられそうだったから。それだけじゃなく、隣に座ってる位置がすげぇ近い。気を抜いたら肩が当たってしまうぞ。
「何を慌てているのやら。グラスを持ってくれないと、いつまで経っても乾杯出来ないじゃないか」
「ひっ!? す、すみません……」
動揺しまくりの心情をさくっと言葉にされ内心、怖ぇとビビリながら右手でグラスを手にした。
「俺たちの出逢いに、乾杯!」
両手で恐々と持ってるグラスにカチンと当て、一気に半分呑み干す様を横目で眺めつつ、自分もそれに口をつける。変な緊張感のせいで、美味しさなんて、さっぱり分からねぇ……
「ぷはーっ、お客様と呑むよりも美味しく感じるのは、どうしてだろうな。ねぇ?」
にゅっと顔を寄せられても逃げ場がなく、目を逸らしながら顎を引いて、その場をやり過ごしてやった。
――ねぇと聞かれたところで、何て返事をしたらいいんだ?
「ふふっ……困ってる顔も可愛いね、レインくん」
どこか、からかいを滲ませた言葉にハッとする。
もしかしてこれから働くにあたって、こういうことをするんだと店長として、直に教えているのかもしれない。おねぇ店長が余計なことを言ったせいで警戒ばっかしてたけど、ここに来てから今までの行動と言動は、なるほどなーって思わせるものばかりだったし。
気を取り直して大倉さんに顔を向けたのだが、俺を見つめている視線に、どうも違和感があって。分かりやすく表現するなら飢えた中年のオッサンが、女子高生を見ているような感じだな、うん。
(ダメだ、この舐めるような視線から逃れたい――)
手に持っていたグラスをテーブルに置き、ずりずりっと体を横に移動させた。移動したときソファがギシッと鳴ったので、ズレたのが一目瞭然だろうが、そんなの知ったこっちゃない。己の身の安全の方が大事だから。
「クマの話、知ってる?」
あからさまの態度をとってる俺に、何故だか変な質問をしてきた大倉さん。
人ひとり分まではいかないけど離れた距離をそのままに、グラスに入ってるビールを飲み干して静かにテーブルに置く姿を、微妙な表情を浮かべて見つめた。
すると俺から視線を外し、目の前の何もないフロアをぼんやりと眺める。
「……クマって、ヒグマとか白熊、ですか?」
目の下のクマじゃねぇだろう。それくらいは分かるぞ。
「そうそう。俺をクマにするなら、どの種類かなって、さ。お客さんに言われるんだよ、クマに似てるって」
「クマ、ですか。うーん……」
突拍子もない質問をされ、出逢ってからの印象やら、おねぇ店長の話から聞いた大倉さんで、必死にイメージしてみる。
しっかりしていそうなのにどこか抜けていて、女心が分かってるようで分かっていない人――
「クマのプ○さんって感じですかね、どこかモッサリしたトコとか」
「ぷっ、いきなりクマのキャラクターが出てくるなんて、思いもしなかったよ。あんなに可愛いかな」
「可愛いというより、雰囲気ですかね。何かそんなか――」
考えるのに必死になっていたので、いつの間にか詰められていた距離が分からずにいた。それだけじゃなく、ソファの背にあった大倉さんの手が、俺の背中を掴むとかビックリするしかない。
「うおぁっ!?」
掴んだその手を使って、ソファの上に簡単に押し倒されてしまった。これって、絶体絶命じゃねぇかよ!!
慌てて起き上がろうとした体に颯爽と跨り、両手で肩根を押さえ込まれてしまい、見事に動きを封じながら、ぎらつく眼差しで俺のことを、じっと見下ろしてきた。そのせいで、体中から冷や汗が滲んでくるのが分かる。
この危機を乗り切るには、どうしたらいいんだ? 襲うならまだしも、襲われるなんて想定外だからよ……
「レインくん、君が好きだ」
いきなり告げられた言葉に、うっと息を飲むしかない。この雰囲気だからこそ、告白されるという言動は想定内。だからこそ言える、しっかりとしたお断りの言葉を!
大倉さんの両腕をがしっと掴み、むむっと力を入れて反抗してみた。このままヤられて、たまるかよ。
「好きなんだよ、ねぇ」
「絶対に無理です、好かれても困ります、超絶迷惑です! 俺の好みはムチムチぷりんな感じの、可愛い女のコなので諦めてくださいっ!」
「ほほぅ。それでは男性の趣味を聞いてあげよう、言ってごらん?」
「だ、男性の趣味……Σ(||゚Д゚.||)」
「女性の趣味を事細かに言えるのなら、男性の趣味もさぞかし、すらすらと言えるだろう?」
それはそれは不敵な笑みを口元に湛え、面白おかしそうに見下ろすその姿が、憎らしいことこの上ない。
おねぇ店長と話をしてる時も思ったんだが、俺の考える常識とズレがあるように感じた。
困ったのは返事だけじゃなくて押し返そうとする力が、簡単に抑えられているってことだ。ジムに通ってるって言ってたから、ムダに鍛えているんだろう。
だが俺だって男なんだ、地味に抵抗させてもらうからな!
大倉さんの腕を掴んでいる自分の両手に、握りつぶす勢いで力を入れてやり、抵抗を必死にアピール。押し返せなくても、こうやって示してやれば、嫌がってるんのが分かるだろうよ。
「んっ、申し訳ありませんが、男性についてそういう目で見たことがないので、すらすらなんて言えません!」
「だったら、そういう目で見られるよう、今から調教してあげるよ」
「調教!? 冗談じゃない……」
あまりの言葉を告げられ、ショックでふっと力が抜けた瞬間、上に跨ってる大倉さんの体が前後に動いた。
「くっ…ちょっ、待てって……」
マジかよ、信じられねぇ――大倉さんの下半身が……その、下半身の形が変わってて、そのブツを使って俺のに擦りつけるとかありえねぇだろ。何で男相手に、おっ勃ってんだよ、この人……?
「涎を垂らしてしまうほどの快感を、君に与えてあげるよ。俺の微熱を打ち付けて、分けてあげたいくらい」
「や、やめろって…ぁあっ、んなもん…っ、いらねぇよ」
きっと女なら大倉さんの言葉にときめいて『嬉しいっ、お願い、もっとして。大倉さんのを打ち付けて!』なぁんて言うかもしれないが、残念ながらそれはありえない。れっきとした男だからな、俺は。
「いらないと言ってるけど、身体は正直だね。気持ちよさに腰が時々浮いてるよ、レインくん」
くたっくたの柔らかいモノならまだしも、適度に硬くて大きなモノを使われたんじゃ、否が応にも感じてしまうだろ。
「ぅあっ、も……や、やっやめろって!」
「やめてほしいの? こんなになってるのに」
――くすくす笑いながら、耳元で喋るな(怒)
気を抜いたらヤバイので抵抗するのを止めて、現在は意識をあらぬ方に持っていくのに頑張ってる状態。
冷や汗をかき、ぴたりと抵抗を止めた俺に、ここぞとばかりに手を出す大倉さん。相変わらず下半身を念入りに動かしながら、勝手にTシャツを捲り上げて手を突っ込み、胸をおさわり中。ない胸を弄って、何が楽しいんだか。
「ちょっとしか触ってないのに、もう勃ってるよ。ちく――」
「うっせ~なっ//// いい加減にしろよ、もう……」
(俺は今、クマのプ○さんに襲われている。何故ならばプー○んは、ちょーっとばかりおバカなので、この身体からハチミツが出ると思って、あちこち弄っている)
そんな無理矢理な設定を、思いついたのだが――
さっきからぐりぐりだのスリスリだの容赦のない刺激の連続で、ありえないくらい身体が火照ってる。
「レインくんって、肌がすっごくきめ細かい。吸い付きたくなってしまう……」
「はあぁ、や、めろ…それっ、ああぁ…んっ」
ゆっくりと首筋に舌を這わせられただけなのに、すっげぇゾクゾクしてしまい、自分のものとは思えない、変な声が出てしまった。
――可愛い顔してプーさ○、言うこともヤることもエロすぎる。
「止めてほしければ、そうだなぁ――男の趣味は大倉さんですって言えば、止めてあげるよ」
「わ、分かった……言うから。それにしてやるから、やめ」
言い終わらない内に、塞がれてしまった唇。喘ぐように呼吸をしていたせいで、大倉さんの舌がスルリと入り込んできて、俺の口内をこれでもかとかき乱してきた。
「うっ……」
感じるトコばかりを狙われ執拗に責め立てられた結果、イってしまって――
「っ~~~~」
言えばやめてくれるって言ったクセに、それを言わせないだけじゃなく、汚い手を使って口を塞いで感じさせるなんて酷すぎる。しかも男にイかされたなんて、恥にしかならねぇだろ。
「で、言う気になってくれた?」
「……さっき言おうとしたのに、それを阻止したのは誰だよ……」
「アハハ、ゴメンね。レインくんの唇があまりにも、美味しそうだったんで、つい」
――つい、じゃねぇよ。エロ店長が!
「男の趣味は、大倉さんです。言われた通りにしたんだ、さっさと退いてくれ……です」
「えー、もう言っちゃったの? あと少しだけ楽しみたかったのに」
「楽しまないでくれ、です……これハッキリ言ってセクハラにパワハラだろうよ、と思います」
ショックで呆然としている状態なので、頭の中がゴチャゴチャしていて、マトモな言葉が喋れなかった。
「分かってないね、セクハラじゃなく愛だよ、愛。ラブなんだってレインくん」
ああ――コイツには何を言っても通用しない。分かっていたことだけど……
愕然とする俺を片手でソファから起こし、下半身の熱をそのままに至極冷静な顔して、いきなり店の説明を始めた大倉さん(つか、そのままでいて大丈夫なのか!?)
変なことを気にしつつも自分の生活がかかってるので、何とか話を聞いてはいたが、残念ながら半分くらいしか入ってこなかった。
『男の趣味は大倉さんです』
これを言ってしまった以上、今後何かが起こる気がしてならなかったから。絶対に、マジでヤバイ――
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