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act4:計算された恋

 すっかり眠りこけてしまったレインくんを背中に背負い、タクシーを拾って、自宅に帰ってきた。 「レインくん、俺の家に着いたよ」  話しかけても薬が効いている彼には、その声が届かないだろう。  マンションの鍵を開け中に入って、玄関にレインくんを降ろし靴を脱がせてから、よいしょっと横抱きして、真っ暗なリビングから寝室に、直接運び込んでやった。  細いその身体を丁寧にベッドに横たわらせ、間接照明の明かりをつける。天井から吊るされたスポットライトが、ベッドの足元を照らすようにしているから、布団に入った後は、遠くがぼんやりと光っているので、意識もまどろんで眠りやすい仕様にしていた。それだけじゃなく―― 「……ほのかな明かりが君の顔を更に、キレイに見せてくれるから」  さっさと着ている服を脱ぎ捨て、レインくんが着ている服に手をかける。ジャケットは型崩れしないよう、ハンガーにかけてやって、シャツは自分のものと一緒に洗濯機に放り込んだ。  小麦色に日焼けしている上半身を眺めながらベルトを外し、長い足からスラックスをいそいそ脱がせて畳んでやり、傍にある椅子の上に置く。  されるがままでいる彼に腕を伸ばして、下着を脱がせようとしたときだった。 「う、んな顔すんなって……笑ってろよな」  口元に薄い笑みを湛えながら、寝言を呟いたレインくんにビックリしつつ、そのセリフを誰に向かって告げたのか、つい気になってしまい、伸ばしていた手を慌てて引っ込めて、ぎゅっと拳を作った。 「夢の中で、接客しているのかな? それとも俺に向かって、笑いかけてくれたのだろうか……」  枕の上に、キレイな色をしている少しだけ伸びた金髪を散らして、背中を丸めて寝ているレインくんの頭を、ゆっくりと撫でてあげる。  はじめて彼を見たとき――コンビニの外からその姿が目に留まり、着ている服装や雰囲気などで、現在恋愛をしていないと感知。すんなり落しやすそうだと判断して、日サロの店長に電話した。 「こんにちは。いきなりだけどお願いがあって」 『なぁによぅ。秀ちゃんのためなら、何だってするわよ。いつも私ばっかり、お世話になってるんだから』 「なら話は早い。落せそうなカモを見つけたんだよ。何かと理由つけて職場に引っ張り込んで、そっちに連れて行くから」  彼が手にしていた雑誌が、バイト情報誌だったのもあり、職を探しているのは明らかだった。  あれこれ打ち合わせしてから電話を切り、コンビニの中に入って彼に声をかけた――  まずは一目惚れさせる裏技をすべく、じっと顔を見つめてやる。  人は一目惚れをすると、約5~7秒の間は見つめているらしい。裏を返せばその間、目を合わせ続けられれば、相手に一目惚れをさせている錯覚を作ることが出来るというワケ。  人の脳は、見つめたから好きになったのか、好きだから見つめたのか区別が出来ないらしいのだが、ぶっちゃけた話、これは異性間だけのこと。同性同士だとつい、相手と自分を比較してしまうからね。  しかしながら長い間、異性を相手に仕事をしていたせいで、見つめるのがクセになってしまって、思わずやってしまうんだ。簡単に、恋に落ちてはくれないものかと。  だが作戦は、あえなく失敗に終わったので次の作戦として、日サロの店長に、俺の話をしてもらうことにした。  意中の相手の好感度を上げる方法のひとつで、好きな人と自分の間に共通の友人がいる場合、その友人を通して自分の良い所を伝えてもらうと、相手からの評価が劇的にアップするという小技。  これをウインザー効果といい、間接的に伝えた方が、より効果が高まるというもので、この方法だと話に信憑性が増す。  大倉さんはいい人だということを、彼の頭に刷り込んでもらった。ゲイということが分かっても、日サロの店長が誇張して、俺のことを伝えてくれたお陰で、仕事中も変に避けられずに、一緒に仕事が出来た。  そして恋愛の鉄則――押してもダメなら引いてみなを実践。  自分の想いを伝えるべく、ウザがられるのを見越して、これでもかと触れ合いつつ、好きだと連呼してやる。  しかしながら、きちんとタイミングを計って、それを仕掛けなければならない。印象に残るような場面を見極め、見つめながら告げたり、耳元で囁いたり。  大抵は、この時点で落ちてくれる場合が多いのに、レインくんは一筋縄ではいかない相手らしく、素っ気ないままだった。  自分が彼を惹き付ける、魅惑的な容姿をしていたらなと、思わずにはいられない―― 「だから引いてみたんだよ、君の気を惹きたかったから。なのに……」  頭を撫でていた手を移動させ、薄い唇をなぞるように触れてみた。 「この唇で俺のことを、好きだって言ってほしいのにな」  押し続けてダメだったから引いてみた途端に、レインくんの人気が急上昇した。いきなりの出来事に首を捻っていたある夜、日サロの店長が電話で、彼が店にやって来て、いろいろ勉強しているという話を聞き、感心させられたんだ。  孤軍奮闘している君を見て、労いの言葉だけで片付けるのは、かなり至難のワザだった。俺のためじゃなく、店のために頑張っていると分かっていても、すごく嬉しくて。どうしても手に入れたくて、堪らなくなった。 「わざわざ薬を使って眠らせ、ここに連れて来てしまったのに、これ以上手が出せないなんて、何をやってるんだ……」  既成事実さえ作れば、こっちのモノ――無理矢理キスしたみたいに、抱いてしまえばいいだけなのに。 「計算し尽くして落とし込むはずが、自分がどっぷりと落されているなんて、笑うに笑えないじゃないか」  お店にとって、金の卵であるレインくん。その殻にノックしても反応が返ってこないから、こじ開けてやろうと思ったのに、どうしたらいいのか分からないなんて、バカげているのにも程がある。  ――彼自ら、殻を破ってはくれないだろうか。 「……慣れない恋は、するものじゃないな。自分が酷く惨めに見えてしまう」  結局手が出せないまま、一緒に布団の中に入った。後ろからぎゅっとレインくんを抱きしめ、その存在を愛おしく思いながら眠りにつく。  せめて夢の中では、俺に笑いかけてほしいと思いながら――

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