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第7話 大国王子の憂鬱

夕闇に溶け込む空をガラス越しに見つめ、 アッシュは溜息を零した。 このご時世に舞踏会なんか呑気なことをやっていていいものかと思う。 それぞれ平和で均衡を保っていられればそれでいいではないかと思うが、強豪国の数々は誰が1番かをこぞって決めようとする。 始まりそうな戦争を前に、小国たちはどこにつくかと怯え、右往左往する。 故にこのようなイベントが盛り上がるのももしかすると自然のことなのかもしれない。 だが本人にとってはたまったものではなかった。 「出来ればあなたには一世一代の恋をして、 伴侶を決めて欲しいのだけれどねえ...」 母親の声にアッシュは部屋の中を振り返る。 具合の悪そうに咳き込んでいる王の傍で妃が複雑な顔をしていた。 両親は大恋愛の末結婚をした。 身分違いの恋、数々の壁を乗り越えた末に2人は結ばれた。 そのことはまるでおとぎ話のように語り継がれている。 幼い頃から嫌という程聞かされ、アッシュは恋愛の理想が高くなってしまっているのかもしれない。 「大丈夫ですわ、お母様。 世界中のお姫様が集まっておいでなのでしょう? きっとお兄様も気にいる方がいらっしゃるはずだわ」 妹のミミィグレースがメイドに紅茶を入れさせながら言った。 彼女は逆に恋多き女だ。 女だろうと男だろうと動物だろうとすぐ恋人にしたがる。 アッシュは口を閉ざしていた。 今日来る姫の中から伴侶を選ばねばならないのなら、出来るだけ国にとって有益なものを持つ者がいいだろうと考えている。 そう簡単に恋だの愛だの降ってくるものか。 「アッシュよ... 年寄りの下らぬ我儘だと思っておるだろう」 王は震える声でつぶやき立ち上がろうとした。 慌てて妃が支え、アッシュも足早に近付き彼の足元に跪いた。 幼き頃は尊厳で偉大な王であった父は近年病にかかり、かなり衰弱していた。 「いいえ父上...このような立派な催しを私のために、心より感謝しております。 素晴らしい伴侶を迎え、早く父上と母上がご安心なさるよう努めますゆえ」 それは本心であった。 早く孫の顔を見せてやれと、近隣諸国からも大臣からも妹からも言われる。 そうするのが息子としての最大の親孝行で王族の務めだと思う。 自分は全く乗り気ではないが義務だと思えばやり切れる。 「...よいのだ、アッシュよ..お前は真面目だからな。 真に心許せる者が現れるとよいのだが..」 王の言葉の意味がわからず、はあ、と生返事をした。 これまで誰も、そういう恋愛的な意味で好きになったことはない。 自分はそういう性質なのだろうと思っていた。 恋愛体質はすべて妹が掻っ攫っていったのかもしれない。 「そろそろお時間です」 部屋をノックされ声がかかった。 身を包んだ服や、 城内は華やかではあるが気分的には憂鬱だった。 これは公務だと言い聞かせ、 アッシュは立ち上がった。

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