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第16話 さよなら、殿下

メイドに連れられ、 王宮の奥へとファリスはやってきた。 アッシュ殿下の寝室である。 素早く眼を動かし、 廊下の構造や外の様子をインプットしておく。 部屋に入りメイドが下がりドアが静かに閉じられた。 ファリスの自室の10倍はあろうかという広い 部屋は照明が落ち着いているにもかかわらず、 豪華な家具が並び天井に高く壁紙も調度品も 煌びやかなのがわかった。 広い窓、奥にもう1つのドアがある。 どこから逃げるかと思案する。 「....ファリス姫」 中央に置かれたベッドは天蓋付きで、 ベッドの上の様子は分からなかった。 そこから声が聞こえる。 「..で、でんか..っそ、そちらにいっても...?」 ファリスはど緊張している声を作り出して声をかけた。 足音をしずしずと響かせながらそちらに近寄る。 頬をつねって無理矢理赤くして、 数秒呼吸を止めて速い呼吸を作り出す。 ベッドに近寄ると、白いカーテンの向こうから腕が伸びてファリスの腕を掴んだ。 優しく引き寄せられ、ファリスの身体はアッシュの胸の中に収まって行った。 「...ああ、ファリス....... 君をこうして抱きしめられるだなんて」 アッシュが甘く囁いた。 焦るな焦るなと言い聞かせファリスはそっとアッシュの胸に顔を埋めた。 心臓の音が聞こえた。生きている音だ。 少し体が震えている。 「アッシュ...さま..」 ファリスが名前で呼ぶとアッシュは嬉しそうに微笑み、ゆっくりと唇を近づけてきた。 ちゅ、と静かに口付けを交わす。 口と口が触れるだけのお子様キッスだった。 「....ん」 ファリスは小さく身じろぎをし、 恥じらいながらも大人しくしていた。 アッシュの手が身体に巻きつき、腰を抱かれる。 「愛している..ファリス」 「...アッシュ様...!」 ファリスは嬉しくてたまらないというような顔を作ってアッシュの胸に手を添えた。 「わたくしも...初めてお会いした時からずっと...」 ファリスはアッシュの耳元で甘くとろけるような声で囁いた。 その間に袖から隠していたナイフを取り出す。 ファリスはそっと顔を上げ、アッシュを見つめた。 その瞬間素早くナイフを持つ手を彼の胸に突き刺した。

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