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第27話 知りたいあなた
「....っ答えに、なってねえし..」
ファリスは眉根を寄せ、俯いた。
「頼むからそんな目で見んなよ...」
かき消えそうな声でファリスが呟いた。
震える細い肩に、もう我慢の限界だった。
アッシュは、彼の頭を抱き寄せた。
「ファリス..君は美しいと俺は思う...
誰より、どんなものより」
月明かりに金色の髪は光を灯し、世界で一番美しい宝石が胸の中に落ちてきたようだった。
ファリスは身動ぎをしたが強く抵抗はしなかった。
「...せえなぁ...男に言われても嬉しくねんだよ..」
気品の欠片もない言葉だったが、アッシュは何故か胸の鼓動が早くなるのを感じた。
跪くように身体を下げ、彼と同じ目線になる。
「ファリス、俺は君を守るよ
だからもう2度とこんな真似するな」
アッシュは彼の首筋にそっと手を触れて強い声でそういった。
これだけは言っておかねばならなかったからだ。
包帯の巻かれた細い首。ここから鮮血が噴き出した時はこの世の終わりのような絶望だった。
「....っ」
ファリスは顔を背け唇を噛んだ。
おそらく彼は本気で死にたかったのだろうと思った。
故にあの時対処が遅ければ危なかったのだ。
アッシュは彼の頭を掴んで無理矢理こちらを向かせた。
「俺の目の前でまたやってみろ。許さないからな」
目の前であんな行動を取らせた自分も
腑甲斐なくて、悔しい。
ファリスは滲んだ瞳でアッシュを見つめた後、
諦めたように俯いた。
「わかったよ...もうしない」
その言い草にまだそんな意志があったのかと呆れるが、その言葉を聞いて一先ず安心した。
アッシュはファリスの頬に触れ、
親指で目の下をなぞり涙を拭ってやった。
「.........信じるぞ、その言葉」
ファリスは静かに頷いた。
死にたいと思ったことは一度もないが、
彼はおそらく何度もそうだったのかもしれない。
覚悟が出来ているからあんなに素早く行動できたのだ。
同じ王子なのに、自分は、死の覚悟など出来ているのだろうか。
彼の細い肩を抱きしめながらそんな事をふと思ってしまった。
「..なんだって私にそんなに構うんだよ..
好きだからとか..意味わかんねえし...どうせ顔だろ」
不機嫌そうにボソボソ呟くファリスに
思わず笑ってしまう。
「顔も綺麗だと思うけど...俺は...」
確かに彼のことは何も知らないと言っていい。
だけれどその眼差しも、作っているつもりでも
本当なのだろうという言葉も、心の奥底にもっと触れてみたいと思うには充分すぎるほどで。
「ファリスの本当は気性が荒いとこも、
口が悪いとこも目が離せない」
ニコニコして答えると
ファリスはますます不機嫌そうに口を尖らせた。
「んだよ...悪口じゃん」
「そんな俺褒めてるつもりで」
「あーもうわかったって!」
わかって欲しくて顔を近付けようとするが、
彼はアッシュの腕から逃れたいように首を振った。
「もういいだろ...ッ離せ!
いつまでくっついてんだよっ」
何故か顔を赤くしてファリスは顔を隠すように腕で頭をガードした。
アッシュも彼とくっついていたことに今更ながら恥ずかしくなり、すっすまない!と身体を離す。
「な、んだよ...変な反応すんな」
「エッ、いやだって君こそそんな....」
2人とも顔を赤くし、お互い意外な反応をしてしまった上に相手が意外な反応をして余計に恥ずかしくなり始める。
そして何故か初夜の口付けなどの記憶が誘発され、アッシュは口元を片手で隠してしまい
それを見たファリスは椅子から立ち上がる。
「なに、想像してんだよ!ホモ野郎...っ!」
「や、ごめん!つい!」
今にも椅子を武器に戦ってきそうなファリスに平謝りする。
マリッジブルーな花嫁に余計な刺激は禁物なのである。というのが百戦錬磨のミミィグレースからの教訓であった。
「もう寝るから出てけっ!」
ファリスはアッシュを部屋の外に押しやると
勢い良くドアを閉めた。
やってしまったというような気分で暫くドアの前に立ち尽くしていたが
一先ず、もうバカな真似はしないと約束してくれたことをよしとしよう。
ファリス、俺は君を守る。
例えそれが世界中を敵に回すことであっても。
相手は男で、まだ彼のことを何も知らないのに
不思議とそんな気分になるものだった。
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