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第29話 帰っていた場所

妙に心がざわついて眠れず 外の風にあたりたくて、ファリスは窓から出て屋根を伝い庭園紛いのベランダに侵入した。 城の周りは半分は海で半分は森に囲まれている。 庭園からは海が見えた。 月明かりがきらきらと水面に反射して歪んだ丸を作っていた。 端に移動すると森が見えた。 あのずっと向こうにマグルシュノワズがある。 故郷、生まれ育った国。そんなものとは程遠い。 思い出も、愛情も何もない。 空っぽの国。ただの、場所。 「...でも帰る場所だったんだよな」 ぽつりと零す。 あの何もない、何の思い入れもない場所に帰るために いつもどんなに過酷なことでも耐えてきた。 重い足を引きずってあの暗い地下室に帰っていた。 そんな場所が、侵略される。無くなる。 もう、帰らなくて良くなる。 過酷なことに、耐えなくても良くなる。 ファリスはどうしてこんな複雑な気分を抱いてしまうのかと思いながら 庭園の手すりに腰掛けた。 手すりと言ってもレンガを積まれたような縁で、かなり豪華なつくりだ。 これから自分は誰のために何のために生きればいいんだろう。 海の向こうは暗く、空と溶け合って果てしなかった。 不意にぼやっと視界が滲み、 ファリスは思わず笑ってしまった。 「.......意味、わかんねえ..」 何も悲しいことなんてないのに。 何でこんなに、不安なんだろう。 シアーゼには自由に生きろというくせに、 自分ではそれができないのか。 自由に生きるって何だろう。 何にも縛られず、何に命令されるでなく 生きる、とは。 「........ファリス」 不意に名前を呼ばれ、ファリスはびくりと身体を強張らせた。 全く気配が無かった、というより気付けなかった。 「....こっち来んなよ」 相手はアッシュだ。 ファリスは振り返りもせず膝を抱える。 「帰りたいか...?」 怖々と背中にぶつけられた言葉に ファリスは小さく噴き出した。 ケラケラと笑って、いるのに。 「そんな、わけ...」 視界はぼやぼやと滲み、 ファリスは慌てて涙を拭った。 どうして涙が出るんだろう。 不意に後ろから抱き締められた。 抵抗したかったが、 視界が滲み、その不可解さにファリスは動けなかった。 「あんな国...自業自得だって思ってる..滅びて当然だって..私は汚いだろ?酷い奴だろ...」 仮にもあの国の王子で、本当は国を第一に考えなくてはならないのに。 同じ王子として、こんなにもアッシュと自分は違う。 だからもしかしたら、アッシュに怒って欲しかったのかもしれない。 しかし彼は、怒るどころか優しく抱きしめてくる。 「...俺からは何も言えない。 何が正しいのかなんて分からないからな。 ファリスがしたいようにすればいいと思う」 したいようにすればいい、だなんて。 初めて言われた言葉に、涙は止めどなく溢れていく。 「ただ、1人で泣くのは良くない。と俺は思う」 拭っても流れ続ける涙にファリスは とうとうあきらめて、アッシュの腕を掴んだ。 ずっとずっと1人で泣いていた。誰もいなかったから。 いつしか涙さえ出なくなったと、思っていたのに。

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