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第31話 埋まらないもの
ファリスはアッシュの唇に指を触れようとした。
そう、仕事だったら。
こんなものも、なんだって。
目を閉じた瞬間肩を掴まれ体を離された。
「ファリス...っ..!」
目を開けると、
アッシュは泣きそうな顔をしていた。
「俺は..君と、"結婚"したいんだ。
飼うとかじゃない
愛し、あえたら....と...」
アッシュは言葉を詰まらせ、下を向いた。
自分の事ばかりを考えてしまう。
ファリスには愛も恋もわからないのだ。
「...傷付けたな...ごめん」
自分を雇うにはアッシュは優しすぎるのだろう。
ファリスはそんな風に思い、自分の身体から彼の手を退けた。
立ち去ろうとレンガの上から降り、歩き出す。
「傷付いているのは君だろ...!?」
アッシュが叫んだ。
「...そうだよ..ボロボロなんだ...
だから心を埋めたいんだよ」
頭の中を誰かにいっぱいにされたい。
誰かに支配され、脅え、苦しみ、もがいて。
価値のあるものなんていらない。
綺麗なものなんていらない。
失敗すれば死ぬ。
そんな絶対的な感覚に晒されたかった。
「あんたの小綺麗なものじゃ、私は埋まらない」
ファリスはアッシュの横を通り過ぎ、部屋へ戻ろうと歩く。
夜風が頬を撫でた。冷えていく頬を拭う。
「.....まっ...まって...くれ...」
腕を掴まれ、ファリスは立ち止まった。
「どうしたらいい...
どうしたら君を救えるんだ..?」
アッシュを振り返ると、俯いたまま彼は震えていた。
なんでそんなに必死になるんだろう。
優しい。
優しいことは、愚かで弱くて、馬鹿げている。
ファリスは笑うしかなかった。
やがてアッシュは顔を上げる。
「...ファリス...好きなんだ」
金色の瞳にまっすぐ見つめられ、
ファリスは動けなくなった。
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