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第32話 恐いキス
やめろ、やめろよ。
そんな目で見るな。
「...はな、っせ」
手を引こうとしたが、
アッシュに引っ張られ抱きしめられる。
先ほどとは違う感覚だった。
ファリスは抵抗するが何故か怖くて力が入らない。
顎を掴まれ、口付けられた。
「"そんな風"に君を求めれば、君は満足するのか?」
アッシュに睨まれファリスは逃げようと彼の身体を押した。
腕が離れた隙に体を離して走ったがまた掴まれ、地面に押し倒される。
「ぃ、やだ...っやめろ...!」
力で勝てないことはわかっていたが、暴れた。
手首を掴まれ、地面に押し付けられる。
再び唇を塞がれた。
「んっ...んう...!」
初夜の日のお子様キスとは違い、
吸い付かれるように深くされる。
下唇を甘噛みされ、
ファリスは顔を背けてキスから逃れた。
「俺は、君を使ったりしない...!」
叫ばれファリスは目を見開き彼を見上げた。
「今まで君にそうしてきた奴らと
同じことはしない....っ、
例え君の心がここになくても
俺はいつも、君を想ってるから...っ
心で、想ってるから...!」
アッシュはファリスの胸を服の上から抑えた。
世界がしんと静まりかえり、
頭の中が真っ白になって、彼の言葉が響き渡る。
彼の必死な顔を呆然と見上げ、何故か心臓が飛び跳ね始める。
「.......ファリス...」
泣きそうな声で名前を呼ばれ、
そっと頬を撫でられた。
その感じたこともない柔らかく暖かい温度に、
ファリスは身体中がそわそわし始める。
頭に血が上っているようだった。
再び顔を近付けられ、
ファリスは顔が熱くなるのを感じ口を開いた。
「う、うるっせえんだよボケ!!!!」
思わず怒鳴りつけるとアッシュは驚き、
手首を抑えていた力が抜けた。
その瞬間ファリスは彼に頭突きをかましてやった。
ごり、と鈍い音がした。
「い...イッテェ!!!?」
アッシュは涙目になって額を押さえ始める。
その隙に彼の下から這い出て素早く起き上がり
転がるように地面を走った。
「ちょ、ファリス...!」
「部屋に来たら殺すぞ!!!!」
屋根に飛び降りて忍者のように物凄いスピードで駆け抜け部屋の中に転がり込んだ。
自室に備えられたシャワールームに駆け込み、
蛇口を捻ると水が勢いよく飛び出してきた。
服のまま頭から水を被り、ずるずると床に座り込む。
「はぁ...ッは...っ」
心臓が飛び出しそうなくらいにうるさかった。
走ってきたからだと言い聞かせる。
頭も顔も熱くて、ファリスはシャワーを仰ぎ見た。
顔に直接水が当たる。
今までに抱いたことのない複雑な気持ちだった。
ざわざわと、胸を内側から掻き毟られるような。
「くそ...なんなんだよ....
収まれ...っ収まれよ...ッ」
服の上から胸を叩く。
心臓がいつまでも、いつまでも、鼓動を早めていた。
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