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第35話 指揮官の脅し

これは雑談ではない。交渉だ。 シアーゼは仕込み刃に触れながら彼を睨んだ。 「.......何が目的です」 低い声で呟くと、マルクはため息をついた。 「失礼な。あの時の艶やかな婦人と秘密の共有をしたかっただけです」 後ろでまとめていたシアーゼの紺色の髪に触れ、毛先に口付けてくる。 キザ野郎。だけなわけあるか。 「ふざけないでください」 シアーゼは彼の手を払いのけた。 「あらら手厳しい。」 「俺を脅すつもりですか? 確かにあの時は騙してしまって申し訳ないと思っては...いますけど...」 俯きがちに呟く。さっきからずっと肩を抱かれている状態だしそろそろ離して欲しかった。 相手が防衛大臣でなければ即始末していたところなのだ。 「脅すなんてそんな恐れ多い。 でも少しお手伝いして欲しいことがあってさぁ」 ほーらきた。 シアーゼはわざとらしくため息を零した。 「安心しなって。俺もアッシュ殿下には幸せになって欲しいんだよ。お子は出来んかもしれないケド..」 「そーですか...あんまり期待しませんよ」 「信じてよぉ」 「良いですよ。脅しと受け取ります。 その分きっちり働きますから、それで良いでしょう?」 顔を近づけられ、人差し指を立てて彼の唇に当てた。 こうなってしまった以上仕方ない。 ある程度は彼に従順なふりをしてみるとしよう。 「脅しじゃないんだけどなぁ」 マルクはそう言いながらも口元は笑っていた。 ああ、全く面倒なことになった。 ファリス様さえ守れれば良いのに、彼を守るにはやはり一筋縄ではいかないらしい。 「そんなにファリス様が大事?」 その質問にシアーゼは眉根を寄せて彼を睨んだ。 「当たり前でしょう。 俺は従僕ですから、俺の全てを捧げる所存です」 シアーゼの答えにマルクは肩を竦めた。 別にわかってもらおうとは思っていない。 この想いが異常なのは重々承知しているし、 それが環境で培われたものであろうと最早どうでもよかった。 彼がいればいい、 彼さえ存在していればそれでいい世界。 シアーゼは生まれた時からそんな世界を生きているのだ。 だから、彼の意味深な眼差しも、関係ない。 何も、関係ないのだ。

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