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第37話 産まれながらの宿命

「新人メイドさん、 手が止まってるようだけどおサボりかな?」 妙にチャラい声が聞こえ、 ファリスはびくりと肩を震わせた。 恐る恐る振り返る。 暫く誰だか思い出せず、その金色の髪を凝視してしまった。 「え...っと、マルク...様」 壊死しかけた思考回路をフル回転させて お披露目の式典のとき紹介された名前を引っ張り出してきた。 彼は確か、 防衛大臣、軍隊総指揮官マルク・サーンスだ。 「なかなか似合いますねファリス姫」 「...ばれてしまいましたか、流石ですわね」 ファリス姫と呼ばれるとスイッチが入ったかのように自分の心が閉ざされて役に全うできる。 すぐに困ったように微笑んで見せたが、 その青い瞳にじっと見つめられるとなんだか怖い気がした。 ミミィグレースとはまた違った眼光の鋭さがある。 「シアーゼさんをお借りしたいとお願いしたのは俺です。ファリス様に先にお話しするべきだったのですが...」 「まぁ、そうでしたのね。良いのですよ。 わたくしはもう殿下のものなのですから 殿下の御意志にわたくしもシアーゼも従いますわ」 ペラペラ、するすると思ってもいないことが出てくる。 箒を両手で持ちながら、微笑むとマルクも微笑み返してくる。 しかしその笑みは意味深であった。 「へえ、立派な心がけですねえ」 マルクはそう言うと観察するようにじろじろと ファリスに不躾な視線をぶつけてくる。 ファリスは嫌な予感がして思わず箒を持った手で顔を隠すように俯いてしまった。 「本気でそう思ってる?」 「....え?」 「アッシュ殿下のこと、 ちゃんと、好きなのかってこと」 マルクの言葉にファリスは目を見開いて彼を見上げた。 演技をする暇もなかった。 何故だか、胸が妙に騒ついて。 「あんた、何がしたいわけ?」 鋭く突き刺さる質問に、頭が真っ白になる。 何がしたい、何が....何って、私は。 「...わた...しは.... 自由になりたくない..だけだ...」 呆然と呟く。 誰かに何かに、心なんてないままに使って欲しいだけだ。 マルクは眉間に皺を寄せる。 「なんだよそれ...あんた、王族だろ」 「.....私はお前の所の王子様とは違う。 王族ですらない...ただの道具だ」 マルクに両肩を掴まれ、ファリスは彼の真っ直ぐな視線から目を逸らした。 「だとしても、あんたを生かすためにあんたに命捧げてる者がいるだろっ!? そいつの気持ちはどうなるんだよ、 あんたがそんなんじゃ....あいつは...」 苦しそうに唇を歪めてマルクは息を吐いた。 ファリスは彼の顔を盗み見て、どこか遠くに行きつつある思考の中で、シアーぜのことだ。と思った。

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