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第78話 従僕のお役目

考えている暇などないのだ。 欲求も感情も、余計なものは排除され体が勝手に動いてしまう。 これもきっとその一環だとぼんやり思いながら シアーゼは手早く彼の体を縛り上げていった。 「シアーゼちゃん、本当、やめろって」 マルクが絶望の表情で呟いてくる。 彼には散々抵抗されたので致し方なくこうする他ないのだ。 「時間があんまりないんですから手こずらせないで下さい。あなたは本当に邪魔しかしないんですから」 ため息をつきながら ぎゅっと恨みを持って強めに縄を縛ってやった。 ファリスのドレスを着込んで、まだ兵の手が及んでいない一番奥の使用人室で色々と準備を整えているとマルクに突撃されたのだった。 敵兵が大量にいただろうに一体どうやってここまで辿り着いたのかは謎だったが 余計な手出しをされれば計画が狂ってしまうため彼には大人しくして頂かねばならない。 「1人で何する気だよ?」 「一先ず時間を稼ぎます、 ファリス様達が少しでも遠くへ行けるように。 一応アッシュ殿下と妹君も一緒ですからご安心を。落ち着いたら合流してください」 シアーゼはそう言いながらも彼の軍服の胸ポケットに紙をねじ込んだ。 そして使用人室のロッカーを開けて 彼の体を無理矢理押し込めた。 「バカな真似はやめろ!殺されるぞ!?」 「百も承知です」 「シアーゼちゃん!」 マルクの悲痛な叫びにシアーゼはやれやれと眉根を寄せた。 「今のままでは勝てないのはあなたも分かるでしょう。時間さえあればきっと何か策が見つかると俺は信じてますから」 シアーゼはそう言って微笑んで見せた。 準備もあまりよく整っていない軍に油断しきった城。 すでに火の手が周り、戦どころではない状態だった。 正攻法ではないやり方で呆気なくやられてしまうくらいなら、落ち着いて対策を練り直す時間は必要なのだ。 シアーゼにはその時間を稼げる自信があったのだ。 それは1人でなければできないことだった。 「そういう風に自分を犠牲にして、格好いいつもりかよ」 「別に格好良くあろうとは思ってないですけど.. あなたにはそう見えてるんですかね」 「...なんで..そうやって1人で.. 悲しいよ、...俺は....」 ぱたぱたと彼の頬に涙が伝った。 こんな時に一体彼は何を憂いているというのか。 「バカな人ですね、俺のことよりアッシュ殿下や王様のことを考えなきゃいけないでしょう? あなたは」 呆れて苦笑しながら、彼の頬を包むように涙を両手で拭ってやった。 なんだってこんな自分のために泣くというのか。 全く理解不能なのにどこか動揺している自分もいた。 濡れた青い瞳にじっと見つめられる。 「..行くなシアーゼ....」 真っ直ぐな視線から眼を逸らしたいのに。 シアーゼはその瞳を見つめ返して、小さく息を吐いた。

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