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第90話 大人の人

一体何の話だというのだろう。 アクアムは暫く黙っていたが、 やがて椅子から立ち上がりアッシュに近寄ってくる。 「....マグルシュノワズを侵略したのは、 ファリスのためか?」 アクアムの鋭い眼光がアッシュの瞳を突き刺さんばかりに見つめてくる。 遠目で見ると似ていないと思ったが近付くとどことなくエイリアス姫に似ている。 何故だかそんな呑気なことを思ってしまう。 「いえ..、先にあちらが侵略されるのではと読んだのですが読みが甘かったようで」 「それはファリスと結婚するって決めてしまったから...」 「...う、ご存知でしたか」 アクアムはアッシュの苦い顔を見て、 ふん、と鼻を鳴らして笑った。 「あれだけ騒いでればな。 うちはマグルシュノワズとは昔からこう..いざこざしていてな。 ファリスのことも幼少から知っている。 口外はせぬようあの狸に言われてはいたが... 結婚のニュースを聞いて驚いたもんだよ」 「.....はは、見事に騙されまして」 「なるほど..な。 まあなんとなく貴殿らの事情はわかった」 アクアムはそう言っては考えるように顎に手を置き、 やがてアッシュの両肩を掴んできた。 真顔で迫られアッシュは思わず背中を仰け反らせた。 「....今後あの子をどうするつもりだ?」 彼女の眼は鋭く、 嘘を吐いてもすぐ見抜かれてしまうだろう。 「..彼は...俺にとって、とても大切な人です。」 アッシュ偽りなく真実を述べた。 彼を守りたい、 だが今逆に守られているような状態なのだ。 アクアムと暫く黙って目を見つめ合っていたが、 やがて彼女は、はぁ、と息を吐き力が抜けたように頭を下げた。 「.....あの子は、あの子はずっと...辛い思いをしてきた子なんだ...。出来れば私の元へ引き取りたかったくらいなのだ...」 小さな、掻き消えそうな声でアクアムは呟いた。 「..今貴殿はそれどころでは無いことは重々承知している..が、 これは、1人の女の、あの子を知る大人としての願いだ どうか、....あの子を大事にしてやってくれ....」 アクアムに両手を握り締められ、アッシュは思わず握り返してしまった。 ファリスは、自分で思っているよりもずっと、 誰かに想われている。 それに気付けないのが彼の心の寂しい部分なのかもしれない。 「.....はい」 アッシュは深く頷いた。

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