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第93話 美しいきみ
彼は顔を赤くして
なんだかもどかしそうに口を尖らせていた。
「...っ、もう良いから降ろせっての!」
「どうするかなー」
くるくる回っていたが、彼が暴れるので仕方なく地面に着地させてやった。
すると今度は腕を引っ張られ、
お姫様だっこのように抱え上げられてしまう。
「お返しじゃー!」
「わっやめろ!」
そしてそのまま海へ放り込まれてしまった。
ばしゃんと水飛沫を上げ、
身体は一瞬海に浸かったがすぐに起き上がる。
「ファリス...」
海の中に座り込んだままアッシュは呆れたようにため息を零した。
ファリスは砂浜でケラケラ笑っている。
腹が立ったのでアッシュは彼に笑顔を向けた。
「俺たちバカップルみたいだな」
「な、何言ってんだよ...ばっかじゃねえの」
「お返しじゃ!」
彼の腕を掴んで海の中に落としてやった。
額から海にダイブしたファリスは、ぶっは!、と不細工な声を出して立ち上がる。
「....アッシュ殿下ぁおいたが過ぎますぞ」
「ファリス姫こそ、おてんばですね」
ファリスは濡れた髪を搔き上げながら引きつった笑みを浮かべる。
こんな時でも彼は、息を呑むほど美しい。
「......ファリス」
海の中、彼を引き寄せて再び胸の中に誘った。
彼の体温を感じるだけで心臓が脈を早めていく。
濡れた頬に触れて、彼の唇に口付けた。
「..なんだよ、意味わかんね」
ファリスはぶすっと口を歪めたが、頬は完璧に赤く染まっていた。
彼の髪を撫でて、ぎゅっと強く抱きしめた。
愛しくて大事で、絶対に失いたく無い。
いつも笑っていてほしい。
そんな風に強く強く、思うのだ。
「髪、ごめんな」
「.......別に...邪魔だったから切っただけだし..」
胸の中でファリスは呟き、やがて顔を上げてくる。
「あのな、アッシュ...
生きようと思えば、どんな事をしたって生きてはいけるんだ。
大事なものをすべて捨てて、
自分の命だけを持って生きていく方法はいくらでもある。
私はそういう方法はいっぱい知ってる。
でも私は...、
お前の行く道に、ついてくから...」
確かに、王子である事を捨てればいくらでも道はあるだろう。
彼さえいればそれでいいという気がしないといえば嘘になるかもしれない。
「....ありがとう。
...そうだな、俺は..やっぱり、あの国に帰りたいよ」
アッシュは彼の髪を撫でながら呟いた。
「..あの国で、君といたい」
ハッキリと、そう言える。
ファリスは、そっか..、とだけいうとまた胸に頭を押し付けてくる。
どうすればいいのかは分からない。
だが。逃げることは出来ない。
アッシュは海の向こうにあるリゼエッタを想った。
そして胸の中の、ファリスを。
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