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第111話 恋とスパイは使いよう

ひらひらとカーテンは揺れる。 柔らかな日差しの中、眠りから目覚めると 暖かい空気に包まれた部屋にいた。 意識がはっきりしてくると確かに全身が満遍なく痛いのだが、それでも不思議と心は暖かかった。 妙な気になるものである。 いつもは心が冷たくて、身体は痛くて、 それで逆に張り詰めていられたのだが 今はなんだかこの日差しの陽気さに脳が溶け出しそうなのかもしれない。 身体を起こして揺れ動くカーテンを見つめた。 「......生きてるなぁ俺」 ぼそりと呟いた瞬間、 涙が込み上げてきてそれは我慢するすべもなく頬を伝った。 だらだらと雪が溶けるように瞳から溢れる涙は、やがて顎を伝って布団へと落ちていく。 ガチャリとドアノブを回す音がしたが暖かな空気に満たされた脳は何も反応することができなかった。 「シアーゼちゃん!起き....て....」 ベッドに駆け寄ってきた男は 途中で言葉を詰まらせ立ち止まる。 シアーゼはようやくそちらを見た。 能天気に拍車をかけるような金髪の男は、 驚いたように目を見開いてやがてなぜか泣きそうな眼をしてくる。 静かにこちらに近付いては腕を伸ばして頬に触れてきた。 「..どこか痛む?」 シアーゼは涙をとめる努力もせずに彼を見つめた。 青い瞳は泣きそうではあるが、優しげで。 いつもふしだらか、不可思議か、不愉快なのに なんでそんな眼で見てくるのだろうと笑いそうになった。 「平気ですよ。こんなものは」 身体に大袈裟に巻き付けられた包帯に触れながら呟く。 マルクの指先が涙を拭ってきて、シアーゼも一緒になって拭った。 「...ん..そっか」 マルクはどこか寂しそうに口を歪めて笑った。 別に突き放したつもりはないのだが、 そんな顔をされると静かに焦ってしまう自分がいる。 「.....しかしシアーゼちゃんに2回も眠らされちゃったのは不覚でしたな」 「油断しすぎなんですよあなたは...」 本気で抵抗されればああは簡単にはいかなかったであろう。 その油断は、信頼なのか、それとも。 シアーゼは光を反射する金色の髪を見上げて目を細めた。 「......その、世界は..眩しいですね」 「うん?」 「あ、いや...えっと..ずっと暗い所にいたので、なんだか...」

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