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第113話 恋とスパイは使いよう

「別に死んでもいいって思ったんです…。 ずっと覚悟していた事だから…、いつ死んだって構わないって。 でも……あの時、俺は……しにたくないって思った…」 シアーゼは俯いたまま、力なく彼の身体から手を離した。 「思い残す事は何もなかったはずなのに…、 ファリス様が怒るかなって思ったら…… また…あなたが…… 泣いて、しまうんじゃないかって…思ったら……」 暗闇に溶け込む寸前で、無様に生に縋り付いた。 シアーゼはそれはいいことなのか悪い事なのか分からないまま、だけど漠然と安堵しているから 恐々と顔を上げて、ふ、と眼を細めて微笑んだ。 「助けてくれて、ありがとう…マルク」 嘘ではなく心からお礼を言ったのはいつ以来だろう。 マルクは唇を噛み締めながらも、シアーゼの身体を抱き締めてくる。 「助けるに決まってるじゃんっ……!君が大事なんだから…!」 マルクの声は涙で濡れているようだった。 シアーゼは恐々と彼の背中に手を回した。 「だいじ…?」 「っそうだよ…君を失いたくないんだよ… 君を、愛してるんだから……っ」 暖かな体温に包まれて、シアーゼはろくに思考も出来ないままだった。 だけどずっとこうしていたいような気持ちに浸って、微睡んでいるみたいで。 青い瞳が目の前にやってきて、それは真っ直ぐにシアーゼを見ていた。 「…好きだよ、シアーゼちゃん」 意味不明なことを呟いている唇が、唇に触れそうになり シアーゼの冷静な思考が光の速さで戻ってきた。 彼の身体を突き飛ばすように腕を突っ張ると、 ぐはっ!と言いながらマルクはベッドから落ちていった。 「…人が弱ってる時にドサクサに紛れてあれこれしようなんて最低だと思いません?俺は思います」 シアーゼは腕を組んで自分で頷きながらも彼を睨んだ、 「ひど…っ、今めっちゃそういう流れじゃなかった…?」 マルクは腹を抑えながら起き上がっている。 「ていうか俺の気持ちガン無視ですね」 「ええ…?今告られたと思ったんだけど?」 「は?何を言ってるんですかあなたは…気持ち悪」 「き……え…?」 床に座りこんだまま、マルクは絶望したように口を斜めに開けている。 「あれ…もしかして俺…結構嫌われてる…?」 シアーゼは布団から這い出てもっと泣き出しそうなマルクに笑顔を向けた。 「内緒」 そう言って自分の唇に人差し指を当てる。 マルクがぽかんとしている隙にベッドから降りて、カーテンが揺れる窓に近付いた。 「身の危険を感じるのでお暇します」 「…ええっ!?ちょ、シアーゼちゃん!?」 窓枠に足をかけるとマルクは慌てて立ち上がる。 場所はマグルシュノワズの城のようだった。 こんなに高い階の部屋に寝たのは初めてだと どうでもいいことを思いながら、シアーゼはひらりと窓を乗り越え 壁に走る細い管の上に器用に降り立った。 「危ないって起きたばっかなのに」 窓枠に駆け寄ってくるマルクは焦ったような声を出した。 それがおかしくて既に管の上を移動していたが、彼を振り返った。 「少し寝すぎたようなので、世界情勢を把握しなくては。」 「もう働く気!?」 「当たり前でしょ!俺はファリス様の従僕ですよ」 窓から身を乗り出して追いかけてきそうなマルクだったが、やがて諦めたようにため息を零す。 「はぁ…やっぱファリス様には勝てんか…」 マルクは諦めたように呟いている。 シアーゼは仕方なく管の上を引き返し、 窓枠に両手をついたままの彼を見上げた。 「よりによって俺みたいなのに引っかかるなんてあなたも運が悪いですね?」 「…へ?」 マルクはまたアホ面を晒していて、 それが大層面白かったので、シアーゼは笑いを堪えながら彼の頬に人差し指を突き刺した。 「浮気すんなよ」 それだけ言うと、シアーゼはさっさと管の上をまた歩き始める。 あのアホ面は何度か思い出し笑いしてしまいそうだ。 と早速くすくす笑ってしまうシアーゼであった。 一方のマルクはシアーゼが触れた頬を片手で包みながら赤面が止まらずにさながら深窓の令嬢の如く小一時間過ごしたのであった…。

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