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第116話 恋とスパイは使いよう

驚いているのは自分自身もだった。 唯一無二で、世界の中心で、彼さえいればそれでいい。 そんな彼を、託してしまおうというのだから。 「...正直、俺でいいのかと思っている」 アッシュは不安げに俯いて自信なさげに呟いている。 「俺は弱く、未熟で...経験も足りない」 出会った頃のアッシュは 恋という名の病気に溺れて全能感に満ち満ちていたが 今は現実に打ちひしがれた若者の眼をしている。 とはいえそんなに歳は変わらないのだが。 「そうですね。でもそんなあなただから、 ファリス様は選んだんですよ。きっと」 彼が、自分と比べて未熟だと言っているのが 何故だか妙に悲しい気がして シアーゼは彼の戸惑う瞳を覗き込んだ。 「あの方は......、俺が客を多くとった次の日には俺より 多く殺すといったような償いをしてしまう、 優しくて...哀しい、方だったんです 俺も同じだから、寄り添うことは出来ても想い合うことはできない。思い遣る度に傷付けてしまうから」 本当は、立場なんかではない。 同じ傷を抱えたもの同士で、傷を舐め合うことは出来ても痛いほど理解することは出来ても癒すことはできない。 そんなことはわかっていたから。 きっと彼は優しくて哀しいから、 自分が気持ちを伝えれば返してはくれるだろうけど。 シアーゼは無理矢理微笑んだ。 「共に歩むということは共に成長していくということでしょう。別に未熟でもいいじゃないですか」 そう言って励まそうとすると、 アッシュの瞳に真っ直ぐな光が戻りこちらに顔を近付けてくる。 「すまない....弱音を吐いた。 今はまだ...俺は全然ダメで、何も出来ないかもしれない。 でも俺は、もっと強くなって.. ファリスを必ず幸せにします」 だから安心しろ、と。語りかけてくるような彼の眼に シアーゼは思わず泣きそうになって 無理矢理微笑んだまま何度か頷いた。 ファリス様は、心を暖める誰かに出会えた。 それは、喜ばしくて、本当に嬉しいことなのだ。

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