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第118話 恋とスパイは使いよう

あれだけ怪我をしておきながら シアーゼは本当にマグルシュノワズを出て行ってしまった。 そのタフさにもメンタルの強さにも感服するが 彼の世界に自分はいらないのだろうという気にもなる。 「はぁあ...」 そんな私情にうつつを抜かしている場合ではないのだが、やはりため息は海よりも深くなってしまう。 捕まえたと思ったらひらりひらりと逃げていき、 また舞い戻ってはこちらを動揺させて去っていく。 あの気まぐれ猫のような彼にマルクは自分でも驚くほど惹かれていた。 まさか自分がこんな余裕のない恋をするとは思わなかったし、それも同性相手にだ。 「顔死んでますよ指揮官」 大将が、仕事してくださいねオーラを全面に押し出しながら眼鏡を押し上げている。 わかってはいるのだが、マルクはまるでやりきれないのだった。 とはいえ、溺愛するファリス様から引き剥がした挙句危険に晒し、守るだの言っておきながら結局みすみす捕まらせてしまった自分の好感度はマイナス値に違いない。 思い返せば好かれる要素が見当たらなくて マルクはひたすら落ち込むのであった。 「ああつらさある。たい焼き食べたい」 「現実逃避しないでください! 仕事は山積みなんですからねっ」 大将に怒られ、マルクは生返事を返した。 ひらひらと自分の欲望のままに動いているようで、 悲しみを閉じ込めて危険なことも平気でするし 簡単に命を投げ出してしまう。 それでもあの牢獄で、暗闇の中彼は消えかけた存在で泣きじゃくっていた。 もっと強くなって守ってやらなければ。 彼が暗闇に行かなくても、大事なファリス様の側にいれるように。 「..そうだよな、自分のことばっか考えてちゃいけないよな」 今まで自分は、割と自由だった。 好きに恋愛をして好きに渡り歩いていたのだ。 本当の恋というものが何かも知らないまま、 ただ経験値だけをあげて。 今はどう落とせばいいのかすら全くわからなくて それでも、あの寂しげな横顔を思うと 欲望も感情も置き去りにして、ただひたすら、その心ごと抱きしめてやりたくなるものだから。 もっと強くならなければ。 ちゃんと見失わず追いかけ続ける。 いつか彼が自分のために笑えるようになる、 その日まで。 それ以降も。きっと。

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