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涼太の元カレと哀しい過去
涼太の兄が起こした事件――通称、稲木隼人 事件。
あまりにも惨たらしい事件は、社会に多大な影響をもたらし、涼太は、『稲木真人 』の名前を捨てざるを得なかった。
「真生、こいつだよ、涼太の元カレ」
「葵⁉」
葵は、樹を鬼の形相で睨み付けながら、向かい合ってソファーに腰を下ろした。
俺も、葵に続いて隣に座った。
「俺も、こいつの相手が誰だか知らなかった。ただ、身内が殺人犯、それしか・・・今、直感で分かった」
「ご名答。誉めてやるよ」
げらげらと笑いながら、パチパチと手を叩く樹。
その態度に、次第に腹が立ってきた。
「これでも、こいつは、三年前までは、苦み走ったモテ男で、一流企業のエリート社員だった。妻子ある身で、男女問わず何人も愛人を囲っていた。涼太は、おそらく、その中の一人だった」
「そう、当たり‼流石、葵‼涼太は可愛かったよ。どんな要求ものんでくれて、身も心も尽くしてくれた。だから、俺、離婚して、涼太と一緒になるつもりでいたんだよ」
嘘か真かーー。
葵、樹を信用するなよ。
「はぁ⁉奥さん焚き付けて、涼太を殺そうとしたくせに。金のため、取り引き先の会社の社長令嬢と再婚する算段だったんだよ、こいつは。本当に最低なヤツだ。涼太は、刃物を見て、過呼吸を起こして、それで奥さん正気に戻って、それから、えらい騒ぎになったんだ」
「そう、そのせいで俺はすべて失った。家庭も、仕事も、金も――全部な。みんな、涼太のせいだ。だから、壊してやろうかと思って。アイツは生きている価値がない。ケツの穴に、男のものを上手そうにくわえて、アヘアヘ言いながら、ケツを振るしか能がない」
葵の両親の前でも、平気で卑猥な言葉を並べ嘲笑う樹。
完全に狂ってる。
葵も、葵の両親も、呆れて何も言い返せないみたいだ。
なら、俺が何か一言言ってやろう、そう思った時――。
ガタンと、ドアが開いて、親父と、涼太が入ってきた。
「何度も声掛けたんですが、応答がなくて、勝手に上がらせてもらいました。宮尾さん、樹君、涼太くんは、私の息子でもあるんですよ」
話しが聞こえていたのだろう。まさか、元カレがいるなど思いもしなかっただろうに。
足元がふらふらしていて、今にも崩れ落ちそうになった。
「涼太‼」
俺も、葵も勝手に体が動いて。気付けば、彼の肩を両隣で支えていた。
「本当の名前を捨てなければ生きて来れなかった涼太くんの悲しみや苦しみ――彼は被害者でもある。葵くんや、真生とこうして、支えてあって生きている。それを何故、温かく見守ろうとしてくれないんですか⁉はたから見たら、変ですよ確かに。でも、この三人はちゃんと、お互いを思い合っている。孫が一番なついている涼太くんを侮辱することは、私が許さない」
まさか、親父がこんなに熱く語る人だったとは。
無口なだけ――それしか知らなかったから、驚いた。
「佐田さんがそこまでおっしゃるなら・・・少し、時間を頂けませんでしょうか⁉」
おじさんがようやく口を開いてくれた。
「樹君、ふらふらと家に入ってきて、あちこち歩きまわって・・・家まで送っていった方が良さそうだ」
おじさんが、樹の体を支えながらゆっくりと起こし、立ち上がらせるとそのまま連れていった。
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