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第一回家事審判親権者変更調停
「訴えたかったら、訴えればいいだろ⁉」
ガタンと吉井さんが椅子から立ち上がった。
この状況で事もあろうか携帯を耳に当て、会話をしながら部屋から出ていってしまった。
「吉井さん‼」
高橋さんが慌てて呼び止めるも、彼には届かなかった。
「こんなこと、前代未聞です」
佐藤さんまで呆れ果てていた。
「何の為の親権変更調停なのか・・・佐田さん」
「は、はい」
不意に呼ばれ、声が思わず上擦ってしまった。
「私共は、あくまで蓮君の意思を尊重してあげたい。そう考えています。父親や、父親の友人・知人、祖父母、幼稚園の先生や、クラスメイトと一緒にいたいという、蓮君の思いを無下には出来ません。引き続き、父親の許で養育するのが妥当だと思います。吉井さんが戻りしだい、その旨をお伝えして終了としますが」
「分かりました。ありがとうございます」
深々と二人に頭を下げた。
秦さんも、一緒に頭を下げてくれた。
五分、十分経過しても、吉井さんは戻って来なかった。
「仕方ありませんね。申し立て人が不在では・・・二回目の調停に持ち越しとしましょう」
高橋さんが、手元の資料に、何かを書き込んでいた。
「二回目の調停はいいっすよ」
ガラッとドアが開いて吉井さんが顔だけ出した。
「オレが育てるわけじゃねぇし。そもそも五月蝿いガキは、嫌いだし」
「あの、吉井さん・・・」
調停委員の眉間に皺がどんどん寄っていく。
「なんすか⁉じゃあ」
彼は全く気に止める素振りを見せず、用件だけいうとバタンとドアを閉めた。
「蓮君の為の調停なのに、何を考えているんですかね?」
秦さんも、こんな調停は初めてだと、呆気に取られていた。
俺も、何が何だか分からず、唖然としていた。
確かなのは、蓮をあやかに返さなくていいこと。
今まで通り、俺の息子でいいこと。
手放しで喜ぶべきなんだろうが・・・。
あやかが不憫に思えてきた。他人の俺が首を突っ込む事ではないのは、充分分かってはいるけど、このままだったら、あやかが、間違いなく不幸になる。
その前になんとかしてやらないと。
そんな事を考えていたら、秦さんと何気に目があった。
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