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赤ん坊を置き去りにし、姿を消した元カミサン
「秦さん、うちの息子たち、仲いいでしょう」
「はい‼見てて、羨ましいです」
「あやかさんには申し訳ないが、息子は、結婚していた頃より、今が、一番幸せなのかもしれません」
親父が、俺の代わりに封筒を手にし、便箋を取り出し、テーブルの上に広げた。
右手の震えが止まらなかったのだろう。
涙を流しながら、書いたのだろう。
紙はクシャクシャで、字も乱れ、何を書いたか、親父や、お袋、葵、涼太は分からなかったみたいだが、あやかと六年以上、苦楽を共にした、俺には不思議と分かった。
『佐田真生様
先日の無礼、許してください。
真生と、彼をみていて、私が育てるよりも、真生に育ててもら うほうが、しあわせになると感じました。
ママから、大好きな蓮に最後のプレゼント。
パパと、新しいママとパパと、幸(ゆき)の事お願いね
たくさん遊んであげてね』
読み終えるなり、俺の目から大粒の涙が流れていた。
あやかはどんな思いでこの手紙を綴ったのだろうか。
産まれたはがりの我が子を手放さなければならない、悲しみや、辛さや、苦しみ。
男の俺でもわかるよ。
あやかの気持ち。
だから、どうしても涙を抑える事が出来なかった。
お袋も、秦さんも、俺から貰い泣きし、ハンカチで目を押さえていた。
「もう、真生が泣いてどうするの」
涼太が手で、涙を拭ってくれたが、その手は震えていて、見ると涼太も涙を流していた。
「たく、お前らは」
葵はため息をつきながら、握っていた手を離すと、俺の肩を抱き締めてくれた。
「すまない、葵」
「いいんだ。たまには、俺に甘えたらいい」
「あぁ」
葵の胸に顔を預けようとしたら、涼太がむっとして。
「三分交代な」なだめるように言うと、涼太は、珍しく素直に頷いた。
葵の胸元も、涼太の胸元も、温かくて、落ち着くから好きだ。 二人とも、ありがとな。
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