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小さな訪問者⑤/買い物

尚ちゃんはベビーカーに乗せられ機嫌よくしている。時折楽しそうなお喋りも聞こえてくるけど、何を言っているのかわからないので何となく様子を見ながら僕からも話しかけた。 周さんはさっきから難しい顔をしてベビーカーを押している。 どうしたんだろう…… 「周さん……?」 「ん?」 「あ……何でもないです」 気になって声をかけたけど、振り返る周さんはいつもの優しい顔に戻っていたから、何となく僕は何も聞けなかった。 周さんのアパートから十分ほど歩いたところに商店街がある。僕らのような若い男二人が赤ちゃんを連れているのが珍しいのか、心なしか視線を感じた。何だか恥ずかしいな……なんて思って、それでも優しそうなおばあちゃんやおばさんにちょくちょく話しかけられ、あやされてる尚ちゃんも嬉しそうにしているのを見て、段々と恥ずかしさも薄れていった。 まずは目的のオムツとミルクを買いに、ドラッグストアへ入る。 「ベビーのコーナーは……どこかな?」 普段は用も無いから気にもしなかったけど、ベビーのコーナーを見つけた僕は種類の多さに困ってしまった。 「周さん、ねえ、周さん?……あれ? 周さん?」 振り返ると、後ろにいると思っていた周さんと尚ちゃんがいない。 キョロキョロと周りを探したら、すぐに周さんが僕のところに戻ってきた。 …? 尚ちゃんが嬉しそうに何かを持ってる。 「周さん! ちょっと! な……何持たせてるんですか! や……これは……ダメですって、尚ちゃん? はい、お兄さんにちょーだい? ね?」 「あー! やーーあぁーー! だー!」 僕が慌てて尚ちゃんの手からその商品を取ったら機嫌を損ねてしまったらしく、グズグズと愚図りはじめてしまった。 「何でこんなもの尚ちゃんに持たせるんですか! もう!」 「いや、だってよこせって言うから。あ! おい、棚に戻すなよ、買うんだよ…今切らしてんだよ」 そう言って、周さんは僕から商品を奪い取りカゴの中にぽんと投げる。 「………… 」 いつも当たり前に周さんが用意してくれていたゴムとローション。何だか一緒にこういう物をレジに持って行くのは恥ずかしかった。 「あれ? 竜太顔赤いよ? 恥ずかしい?」 「……いえ、別に!」 いちいちこんな事で恥ずかしがってるなんて思われたら嫌だ。 「またまたぁ。俺も竜太いるからちょっと恥ずかしいし」 「……ですね」 はにかんで笑う周さんだったけど、尚ちゃんの愚図りが本格的になってきて、とうとう声をあげて泣き出してしまった。 「尚うるせえな。そうだ! これこれ、さっきも竜太来る前に食べたんだよな? ほら、これ好きだろ?」 棚からヒョイっと手に取ったのは赤ちゃん用のセンベイ。その袋を尚ちゃんに渡すとすぐに泣き止み、袋をガサガサといじり始める。今度は早く開けろと言わんばかりにダーダーと騒ぎはじめたので、僕は適当にオムツと粉ミルクを手に取りカゴに入れた。 足早にレジまで行くと何人かレジに並んでいて、待ってる間も尚ちゃんが愚図るから焦ってしまう。 「もうちょっとだから……待ってね。おせんべい買ったらすぐあげるから」 宥めようと話しかけていたら、前に並んでいたお姉さんが振り返り尚ちゃんに笑いかける。 「可愛いですね? 何ヶ月ですか?」 よく見るとお姉さんの着ているコートの中に、尚ちゃんと同じくらいの赤ちゃんが抱っこされて眠っていた。 「あ? 九ヶ月だけど」 後ろにいる周さんがぶっきらぼうにそう答えると「うちの子はもうじき一歳なんですよ」と言って尚ちゃんを撫でてくれた。 「若いお父さんですね。抱っこしてあげると機嫌なおるかも……」 周さんの方を見てそう言うと、レジの順番が来てお姉さんは行ってしまった。 「なんだよ、俺お父さんじゃねえよ?」 ブツブツ言いつつも、お姉さんの言ったとおりに尚ちゃんを抱っこしてあげる周さん。するとすぐに泣き止み尚ちゃんは楽しそうに周さんにしがみついた。 僕はお会計を済ませ、主がいなくなったベビーカーに荷物を乗せる。尚ちゃんは周さんが抱っこしたまま、僕らはドラッグストアを出て、今度はケーキ屋に向かおうと足を進めた。

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