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バレンタイン大作戦③/初めての……
ガトーショコラが焼きあがるまで、二人で後片付けをする。俺が洗った物を隣で直樹が拭いていく。何故だか直樹は先程から何も喋らず黙りこくっているから、俺は堪らず肘で直樹のことを突っついた。
「なんだよ、どうした?」
「………… 」
ジトッとした顔で俺のことを見ている直樹。口元にはまだチョコの生地がくっ付いていた。
「言いたいことあるなら言いなよ。そういうの気持ち悪いし」
そこにあった布巾で直樹の口を拭いてやった。
「せっかくさ……祐飛夕方まで帰らないっていうからさ、びっくりさせようとしてたのに。何で俺は祐飛と一緒にチョコ作ってんだろ」
……どのみち直樹一人じゃ完成できてたか疑問だけどな。
「いいじゃん、結果オーライでしょ。ほらもうじき焼きあがるよ。見てみ」
「おぉっ!」
オーブンの窓に鼻をくっつけ直樹が覗き込み「ちゃんと膨らんでる!」と興奮した顔で俺の方を振り返ると、チーンと焼き上がりを知らせる音が響いた。
「すげー! いい匂い! 完ぺきじゃん、美味そう」
「冷めたら粉糖振って、綺麗に盛り付けて一緒に食べような」
……女子のお茶会かよ。
自分自身に心の中で突っ込みつつ、それでもこの出来栄えには大満足。ちゃんとできるか不安だったけど、上手くできると嬉しいものだな。
直樹は「準備ができたら教えて」と言って、部屋にこもってしまった。
へ? 何なの?
元は直樹が作ろうとしてたんじゃないのかよ。何で俺が? と思ったけどまぁいいや。
俺もやり途中の課題を済ませ、それからお茶の支度をする。直樹には少し甘めのコーヒーを、自分はブラックで。焼きあがったガトーショコラも粗熱が取れたから上に粉糖をふるう。こうするとますます見栄えもよくなって、なかなかのものだった。
「直樹、出来たぞ。お茶にしよう」
直樹の部屋のドアの前で、ノックをしながら直樹を呼んだ。
少しすると何だか神妙な面持ちで直樹が部屋から出てくる。手に何か持っているのが気になったけど、特に触れずにテーブルについた。
「見てみ、ケーキ屋にありそうじゃね? 完璧だよね?」
皿に盛り付けたガトーショコラを見て直樹もテンション上がると思ったけど、難しい顔をしたまま「ちょっと待って……」と言われたので俺はひとまず黙った。
「食べる前にさ……ちょっとだけ聞いて」
椅子にも座らず俺の前に立ったままの直樹が俺を見つめる。
「結局祐飛と一緒に作ったんだけどさ。今日はバレンタインだったから……」
「うん」
直樹は手に持っていた小さな箱をテーブルに置いた。
「俺、今年はもういいんじゃないかって。ずっとそばにいてさ、俺は祐飛の事見てきたつもり」
いつになく真剣な顔……っていうか、今にも泣きそうな顔をしてる。
「祐飛ももう気づいてるんじゃないの?……親友だからって、挨拶のキスはしないよ? そろそろ俺のことを認めて。恋人だって認めて欲しい……ダメかな?」
少し震えた声で、そして不安そうな顔で俺を見つめる。
直樹に喜んでもらいたくて、軽いスキンシップのつもりでキスくらいはしていた。
挨拶みたいなものだから……と。
でも外ではそれをしないのは、これは挨拶なんかじゃないってわかってるから。
体温も知っている。
直樹のぬくもりだって知っている。
抱きしめられても心地よさしかないのもわかってる。
ずっと俺のことを大切に思って見守ってくれてたのもちゃんと知ってる。
拒む理由なんてない。
直樹がくれた安心を今度は俺が直樹にあげなきゃ……
「……来年も一緒にここでチョコの菓子、作ろうな」
今更なんて言ったらいいのかわからない。
ただ直樹の言葉に「YES」の返事だけするのも嫌で、それなのにうまい言葉が見つからずしょうもないことを言ってしまった。
恥ずかしい。
「それって、オッケーって事だよね? ねえ祐飛、ちゃんと俺のことを見て……顔、上げて」
恥ずかしさに俯いていたら、直樹に顔を上げさせられた。 優しく頬に触れる手がわずかに震えてる。
「直樹……」
目に涙をためた直樹が近付いてきて、唇が重なった。ゆっくりと確かめるように直樹の舌が唇に触れる。俺は直樹を受け入れ、初めて俺たちは恋人同士のキスをした。
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