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賑やかなクリスマス①/周の困惑
「は? 尚 ?」
玄関のノックの音で起こされた俺は、何も考えず寝起きのままドアを開けた。目の前にドヤ顔で立っていたのは年の離れた俺の妹、尚だった。
「周くん、まだ寝てたの? もうすぐお昼だよ。お寝坊さんね」
「………… 」
靴を脱ぎ、ズカズカと部屋に入ってくる尚に呆気に取られていると、外から聞こえていた独特なうるさいエンジン音が遠ざかっていくのがわかった。
「あっ、謙誠 の奴、黙って尚を置いていきやがった!」
慌てて外に出てみるも、思った通り謙誠の車はもう走り去った後だった。普通こんなチビ助ひとりにするか? 何考えてんだと腹を立てていたらお袋から着信が入った。
「ごめんね、突然で。尚がどうしてもって言うからさ、しょうがないのよ」
「なんなんだよ、尚どうすんだ? てかお袋も謙誠と一緒なのか?」
聞けば今日はクリスマス。何を思ったのか尚が「パパとママは二人きりでデートをしろ」と言い出したらしい。
「そういうことだからさ、周、一日尚を預かってよ。竜ちゃんもいるんでしょ? 三人でクリスマスやっててよ」
「なんでだよ。今すぐ迎えに来いよ」
「無理よぉ、謙ちゃんも今日は店に顔出さなきゃだしデートするのはその後になるから……でもそんなに夜遅くはならないから安心して」
デートする気満々じゃねえかよ。尚は尚で我関せずってな具合で勝手に冷蔵庫を開け中を物色している。こういうチビが大人しくしている時は、決まって碌でもないことをしているんだ。案の定、俺がお袋と電話で会話している間に、勝手に取り出したヨーグルトを開けようとして床にぶちまけていた。
「……ああ! もう、わかったよ。今回だけだからな! なるだけ早く迎えに来いよな」
どうにもならないのを察した俺は諦めて尚を引き受けることにした。お袋の言う通り今日はこれから竜太と過ごす予定だったのに、とんだ邪魔が入ったとがっかりしながら床のヨーグルトを始末した。
「尚、せっかくのクリスマスなのになんでお袋たちにあんなこと言ったんだ?」
器に残ったヨーグルトを入れてやり食べさせながらそう聞くと、尚はクスッと笑う。
「なんでって今日はクリスマスでしょ? クリスマスは仲良しさんの恋人たちがデートを楽しむ日なんだよ。周くん知らないの?」
「いや、デートって……別に家族で過ごしたっていいいだろ?」
「え? だって尚がいたらデートにならないでしょ? 今日は恋人たちのクリスマスなんだから!」
かわいい顔してドヤってるけど、話にならない。尚は一度何かを言い出したら聞かないってお袋も言ってたし「クリスマスは恋人たちの日」みたいなのをどこかで聞いたのだろう。何度も強調して「恋人」って言ってるからそこは譲れないところらしい。そもそもお袋たちは恋人じゃなくて夫婦なんだけどな。全く何歳だよ、マセガキが……
「ヨーグルト、ごちそうさま。周くんは今日はこれからどうするの?」
ちゃんと食べ終わった器をシンクに下げてから、尚はちょこんとソファに座って小首を傾げる。ちょっと見ない間によく喋るようになったな、なんてぼんやり考えていたら「聞いてるの?」と怒られてしまった。
「なあ、尚。お前今何歳だ?」
「え? もうすぐ四歳。年少さんだよ」
「マジか。へえ、なんか大っきくなったな……」
赤ん坊の尚を初めて預かった時から何度かお袋たちと食事したりして会ってはいたけど、ガキの成長って半端ねえな、幼稚園児ってこんなに喋るんか……なんて感心してたら、いきなりぎゅっと脇腹を握られてびっくりした。手がちっせえから擽ったい……
「ちょっと? 尚のはなし聞いてた? 今日は周くんとデートしてもいいよ」
「は? なんでだよ。今日はこれから竜太が来るんだよ」
尚はわざとらしくぷうっと頬を膨らませ、怒ってるんだと言わんばかりに「りゅうたって誰よ!」と息巻いた。
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