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第一章◆異端ノ魔導師~Ⅲ

      (よい)の口 ... ... グラス中の氷を揺らし、遊ぶクロイツが、不意に呟いた。 「錬金術における極意、制約、秘術、記されし  翠玉碑(エメラルド・タブレット) を保有していたという。故国・シャンテ ... 」 すると、酒場の店主が尋ねかける。 「お客様は ... あの魔導師様を追って、この町へ?」 他、客は四、五名ほど。 クロイツの返事は無かった。 しかし、呑んだくれの応答など、はじめから期待してはいない。 グラスの曇りを拭き取りながら、店主は気まぐれに話す。 「良質の鉱石が採れるとは言っても。もう、この町の鉱脈は掘り尽くされてしまったのか、  割に合わない労働のおかげで、すっかり人も減ってしまいましたよ。  ... もっとも、クリスタルの坑道はまだ生きているので、  近頃なんか、工芸の方の彫りを始める者が増えてきたくらいでして。  あの魔導師様なら、金の鉱脈の一つくらい練り上げてくれたりはしませんかねぇ」 すると、(いささ)か興味をそそられたか。クロイツはくすくすと肩で笑いながら言った。 「錬金術を用いて金の指輪一つ作るのに、  その数千倍、100種近い資源を喪失すると言われている。  無生物資源、生物資源、様々にな。だが、どの道だ ...  この土地に、金の鉱脈一つの対価となりうるだけの資源は存在しなかろう ? 」 「 ... ... さすが監視官殿。恥ずかしながら、初めて知りました」 店主の顔が赤く染まる。 クロイツは続けた。 「魔導師達は、それを魔力や、己の肉体、命を削り補っているのだ。  対価の話を聞いてからだと、大したものだと思うだろう?」 「ええ ... そう、ですね ... 」 「それにな。無生物と生物資源。細かに言えば、  万物、生命、精神、神秘、それぞれ。  いかなる場合においても、異属種の掛けあわせ ...  〈複合錬金〉は制約に反するとして禁じられている。  多種多様にとはゆかぬところ、万物に(まつ)わる資源のみを  金脈の対価にするなど ... ククク ... ... 」 「なおさら無理ですね ... 」 ますます顔を赤らめて、拭き上げたグラスを置く店主は、 大それた事を言って申し訳ありませんでした ... と、言わんばかり。 クロイツのグラスに酒を継ぎ足して黙った。 酒は、もちろんサービスで。 すると気を良くしたのか。 物思いに耽っていた彼の口から、ふわりふわり、言葉が()れる。 「なぁ。マスター ... こういう話は知っているか?  錬金術における極意、制約、秘術、記されし  翠玉碑(エメラルド・タブレット)を保有していたという。故国・シャンテ ... 」 「ああ、先ほど、仰ってましたね」 「タブレットは()の戦で、十二枚に砕かれた。  その内の一枚は ... その時、同時に失われたと、戦の後に捕虜となったシャンテの学者、  つまりは王族の一人が言ったそうだ。 だが、誰もそれを信じはしない。  奴らは、禁じられた複合錬金によって魔導兵を召喚し、操り、驚異的力を誇示していたからな。  他にも恐ろしい秘術を()てして、隠しているのやもしれぬ。 誰もがそう思ったのだ」 ()くして、シャンテの捕虜は皆、処刑された。 真実を言っていたのやもしれぬ。だが、それを証明することなど不可能だった。 「しかし、元はと言えば、やはり ... 自分達の力を(おご)った報いじゃないですかねぇ」 店主は言う。当然の結果だったのだろうと。 「そんな力、必要なかったのに。探求しすきたんですよ。学者ってヤツは ... ... 」 「違う ... ... 」 ところが、クロイツの異見が店主の言葉を遮った。 「 ククク ... お前は何も知らぬのだな」 嘲笑う声が(しゃく)(さわ)る。だが、店主は気にせぬよう(つと)めた。 話の続きが気になったのだ。 「そもそも人々が噂するような戦など起こってはいない。  シャンテは一方的に滅ぼされたのだから」 「え ... では、よく聞く、彼の戦というのは、いったい何の事を言ってるんですか」 この人、酔っ払って適当な話をしているのでは。 今更だが、疑わしく思った。 語り始めてからグラスを持たないクロイツの眼差しは、深刻さを訴えている。 その唇が、こう囁いた。 「全ては、帝国 ... 初代皇帝の()いた種」 「初代、皇帝 ... ですか」 店主は思い直して聞き入る。 「そう。彼の戦とは、皇帝の(わずら)った、〈(やまい)〉を発端にして起きたのだ」 「その病というのは、もしかして ... 」    ()の国は、滅ぼされた。    王族の多くは学者でもあったと伝えられる。    渓谷より大地を裂き。まるで彫刻でも(ほどこ)すかのように、白岩(しらいわ)()り出しては積み。    繊細で美しい都と城を築き上げた彼の民は それを、(はる)か天空へ放ったという。    当時の様子と思わしき、絵画(かいが)文献(ぶんけん)も数多い。    (おだ)やかでありながら、栄華(えいが)を極めた国とも(しる)された。    この世界において。    おそらく、その名を知らぬ者はいないだろう。    故国・シャンテ ... ...     錬金術における禁を犯した、罪深き一族 ... ...    彼は、その子孫である。 「フェレンス!!」 その時。咄嗟(とっさ)に呼び捨ててしまってから、カーツェルはハッとした。 咳払(せきばら)いをして誤魔化しつつ。 「旦那様 ... どうか、お気を確かに」 すると、聞いていたフェレンスが(かす)かに笑う。 「大丈夫だ。それより ... 」 わざわざ言い(なお)さずとも ... と、カーツェルに脇を支えられながら。 「人のことを笑っている場合ですか?  旦那様をおぶって入ったら、また ... 空の宿屋が満室になってしまいます」 「 ハハハ ... 立てる。平気だ」 いや。嘘だ。 「ご冗談を」 カーツェルは、そこにあった木箱に彼の身を預ける。 腕や背にものが触れるのを嫌がるため、腰を掛けさせる程度にした。 火傷が痛むのだろう。 「どうか、ここでお待ちを」 「ああ、分かった」 流石に、もう、そうするしかない。 カーツェルにも、見て取れた。 手っ取り早く、先ほど立ち寄った宿で他はないか聞いてみよう。 そう思い立って広場を振り向いた時だった。 いつの間にか、自分達の少し後ろに ... まだ幼い少女の姿。 胸元で手を握り、ジッとこちらを見つめる。 カーツェルは、(わず)かに首を(かし)げて向き直った。 麻色のボブヘアーに、栗色の瞳。 色()せた藍のワンピース。クリーム色のジレ。 思うだけでも失礼な話だが。粗末な仕立ての衣服だった。 だが、瞳の輝きは美しい。 心配してくれている様子と見受け、声をかけようとした。 しかし、それよりも先に。少女が口を開く。 「あの ... ... ! あちらの方は、魔導師さまですか?」 小鳥の(さえず)りのように、高く、澄んだ声だった。 カーツェルは、少女の清楚な言葉に、(つつし)んで答える。 「ええ、そうですよ。そして、私の主人でもあります。あの方に、何か御用ですか?」 すると、少女の瞳が より一層、輝いた。 「あの方は、宿をお探しですね!?」 「え、えぇ。 よく、お気付きで ... 」 (こし)(かが)めたカーツェルに(せま)り、更に(たず)ねる。 少女の勢いに、少し驚いた。 カーツェルは息を飲みながら答え、そして尋ね返す。 「宜しければ、この広場の他に宿屋のある通りを、教えて頂けませんか?」 「この町には、あそこと、もう一軒しか宿屋はありません。ですが、もし、もし ... えっと ... 」 言い出せずに繰り返す少女は、唇を噛みながら胸の前で手を()む。 また少し、首を(かし)げてカーツェルが待っていると、きゅっと(まぶた)(しぼ)り、彼女は続けた。 「もし、もし ... !よかったら、わたしの家にお泊り下さい!」 カーツェルは目を丸くして見た。 少女の真剣な眼差しを。 「しかし ... えぇ、あの ... (よろ)しいのですか? お家の方は ... 」 「家族はわたしと、お兄ちゃんだけです! でも、大丈夫!  魔導師さまのお疲れのご様子を見たら、きっとお兄ちゃんも、そう言うと思います。だから!」 「分かりました。ありがとうこざいます。では、お心遣い、(つつし)(たまわ)ります」 「でも、あの ... これは、お願いなのですが ... 」 「もちろん、お礼はお支払いしますので。どうか、ご安心を」 「いえ、違うんです! お金はいりません! だけど、部屋をお貸しする代わりに  お兄ちゃんの病気を()て欲しいんです!」 その時だった。カーツェルの目色が変わる。 「病気 ... ですか ... 」 〈病〉と聞いて、不穏な空気を察知した。 「はい。お兄ちゃんは病気で、町のお医者さまは〈霧ノ病〉だと言ってました ... ... 」 やはり ... ... カーツェルは主人を振り返る。 聞いていたらしいフェレンスが、一つ... (うなづ)いた。 霧ノ病 ... それは、彼の一族に異端の罪を着せた元凶とも言える。 高潔な民を追い込み、その子孫とされるフェレンスをも孤独に陥れ、今なお呪う。 忌まわしき奇病 ... ... 時を同じくして。酒場の二人は会話を続けた。 「シャンテの民は、皇帝の患った奇病の解明と治療を依頼される。  しかし、その過程で事故があったらしくてな」 「ふむ。して ... それは、どのような?」 「 ククク ... そう急くな。いずれお前も目にする日が来るだろう」 もどかしい思いがする。 店主が繰り返し(たず)ねても、クロイツは答えなかった。 しかし一つだけ。意味深げに、こう残す。 「〈霧ノ病〉はもう、世界に蔓延しはじめているのだ。  あの男... シャンテの子孫が帝国に姿をあらわした、その年から急速にな」 口火は切られた。 宵闇(よいやみ)彷徨(さまよ)幾多(いくた)の魂が、鎮魂の呪文詠唱(うたよみ)微睡(まどろ)む。 少女の案内した古屋の一室で、読みかけの本のページを(めく)りながら、カーツェルは聴いていた。 ベッドに横たわってもなお、(なぐさ)みを(うた)い続ける。 フェレンスの吐息のような(ささや)きを ... ... 人々は、まだ知らない。 思慮深かったはずの彼の民が何故(なぜ)、制約に(そむ)いてまで力を()ようとしたのか。 彼らは一体 ... 何と戦い、 何と引き換えに、滅びの道を辿(たど)っていったのだろう ... ...      

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