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第二章◆霧ノ病~Ⅴ

      フェレンスは、答えようとしない。 彼はただ、 ジッ ... と見()えた。 その眼差(まなざ)しに苛立(いらだ)つクロイツが舌打ちしたのを聞いて、 兵士達は互いに見合いながら動揺した様子。 だがそこに、率先して前へ出る一人の兵士がいた。 気配を追って馬上から流し見る。 容姿端麗(よいしたんれい)なフェレンスの雰囲気に息を飲みつつ。 間近まで歩み寄った兵士は、姿勢を整え敬礼すると。 フェレンスに、こう(ささ)きかけた。 「クロイツ監視官、あの方にも年の離れた妹君がおられたそうです。  その少女のことも、丁重に(あつか)って下さるでしょう ...  私達も同様。決して乱暴にはしないと、お約束します」 兵士の口の動きを見て怪訝(けげん)な顔をし、クロイツが言い放つ。 「おい、貴様。余計な話をしているのではなかろうな!」 「いえ! 速やかにお引き渡し下さるよう、申し上げていただけです!」 兵士はサラリと言い逃れた。 そんな彼に対し、フェレンスは微笑みを浮かべ、物静かに応じる。 「 ... 頼んだ ... 」 そう言って、少女を馬から下ろして引き渡す(あいだ)。 近くで見張る部隊長は、フェレンスが兵士に対して(ささや)き返す場面を注視した。 誰もが聞き耳を立てる。 だが、そんな中でも平然として表情を変えないフェレンスには、後ろめたさなどない。 目が合った瞬間。逆に気まずい気分を味わったのは、疑いの眼差しを向ける彼らの方だった。 そうして再び馬を走らせたフェレンスの背を見送り、兵に待機命令を下した男は、 駐屯(ちゅうとん)目的で借り上げた空き家の外階段を上り、クロイツの元へ。 「何か聞かれたか?」 「いえ。ですが、あの方はどうやら、  我々(われわれ)の監視が、ただの名目であることにお気付きのようですな」 『君達には私の監視以外にも重要な任が課せられているようなので、不本意ではある』 男はフェレンスが付け加えた言葉を、その通り伝えた。 『しかし、私といる方が危険である事は確か。  どうか ... この娘から目を離さぬよう。(そば)に居てやって欲しい』 聞きながら、クロイツは苦笑する。 「あいつが、そう言ったのか?」 男は、眉尻(まゆどり)を上げ(まぶた)を閉じると、(うなづ)いて答えた。 「ククク ... あざとい奴め」 けれども一瞬、耳を疑い物申す。 「ぅぅむ。あの方も、あなたにだけは言われたくないでしょう ... 」 なんて、ぼそぼそと。 「何か言ったか?」 「いえ。空耳かと」 あざとさで言ったら、クロイツの方が上ではなかろうかと感じたので、思わず声に出た。 が、しれっとした顔で知らぬふり。 クロイツの傍にいると、嫌でも身につく図太さ。 (にら)まれようが目もくれず。お構いなし。 「それよりも、疑惑の医師が偽と(あらかじ)め見抜いておられたのに、  放置したのは何故(なぜ)です?」 その日の兵の割当てを日報に(しる)す片手間、男は(たず)ね返した。 初めて聞く質問ではない。クロイツは男に背を向け返答を(こば)む。 「思索半(しさくなか)ば、明言を控えたい気持ちはお察しする。  しかし、あなたは政治家ではない。  これ以上、有耶無耶(うやむや)にされては指揮に影響が出ます(ゆえ)」 「 ... つまり ? どうしろと ? 」 「いい加減、白状して頂かねばなりません」 それでも、教える気は毛頭なさそう。 見向きもしないクロイツの様子に、男は口に含んでいた言葉を(さら)け出した。 白状して頂けないなら、(いた)(かた)ない。 「(ちまた) で流行りの半回転・飛び蹴りでも、  あなたの身を借り、ご披露することに致しましょうか ... 」 「部下相手の訓練を巷の流行などとは無理が過ぎるのではないか?  そもそも半回転と飛び蹴りをどう合わせるつものなのだ」 互いに真顔。 心なしかシュールなやり取り。 「よしきた」 お見せしましょうと言いたかったが。 「無要だ」 (さえぎ)られた。 最後まで言わせて ... ? (´-ω-`)ショモン そう思ったが、それよりも。日報を閉じ、腕まくりしながらジワジワ(せま)ってみる。 仕事に支障が出てはいけない。男は本気のようだった。 何が何でも吐かせるという気迫。 それにはクロイツも若干の後退(あとずさ)り。 (にら)んだって、突っぱねたって、何故(なぜ)か.. この男には、さっぱり通用しないのだからお手上げだ。 若干狼狽(うろた)え顔を()らしたクロイツは、少しだけ幼く見える。 「元々あの医師は、あのように偽善者ぶるような人間ではなかったのだ」 面倒そうに口を割る様子を、男は黙って眺めた。 「霧ノ病の研究に熱心ではあったが、手段を選ばず傲慢(ごうまん)で、反発する研究員も多くてな。  何より、帝都在住の頃から私とは面識があったにも関わらず、  奴は初対面のように接してきた。見抜くのは簡単。  しかし正体を(あば)くにはリスクが大きすぎたのだ」 「ふむ。それはつまり我々だけでは力不足であるとの、ご指摘ですかな?」 「不満か? ククク ... 自惚(うぬぼ)れるな下郎(げろう)。もし、あの化物が  見抜かれていることも承知でそうしていたなら、どうする。  変装に長けた人間 か、擬態(ぎたい)能力を得た魔物(キメラ) か。  奴の正体が、そのいずれかであると考える場面で。お前なら手が出せるか?」 「擬態能力 ... ... ?」 「それがもし、知性を持ち戦略的に我々を待ち(かま)えていたとしたら?」 「 ... ... あの偽者(ニセモノ)が、これまでの魔物(キメラ)とはわけが違うと(おっしゃ)るので?」 「 ... さぁな ... 」 クロイツはフェレンスが馬を走らせた方を見やりながら言う。 またそれか。男は考えた。 もし、そうであると言うな尚更(なおさら)。部隊を待機させているなど理不尽すぎる。 討伐へ向かう魔導師への支援は軍部でも原則とされているのに。 この人は、軍から借りている兵士に軍法違反を強要するつもりなのか? 顔を(しか)めていると、クロイツはやれやれといった素振りをして話を続ける。 男の思うところを察したのだ。 「しつこく聞かれるのも面倒だ。答えてやるから、よく聞け。  あの男 ... フェレンスの複合錬金を駆使(くし)した召喚術は  周辺、3マイルは優に超える範囲でマイナス数十度の極寒を生じるのだ。  支給されている保護符程度では、とても間に合わん」 「知っています。しかし ... 」 納得できなかった男は反論しかけた。が、はたと思い(とど)まる。 若干、話題が()れたような気がした。 そうして、ようやく気付く。 ああ。そうか。複合錬金を駆使した召喚術と言えば ... ... 男は反論を取りやめ、口を閉じた。 それを見て、クロイツは笑う。 「冥府の()に触れた者は(たちま)ち凍傷を負い。(くだ)かれる。  (ゆえ)に、その姿を見た者は軍の中でも数名のみ。それはそうだ。  身を守る術を持つ者以外は、奴の()く〈境界〉に踏み入ることすら(かな)わんのだからな」 「なるほど ? つまりは、あの方が 〈魔導兵〉を召喚する。 それが大前提であると ... 」    現在、帝都では錬金術に関わる者の姿勢を問う、公会議が()り行われている。    司祭をはじめとする上位聖職者、(およ)び、各地の審問官(しんもんかん)を召集し。    これまでに帝都の審問会が論じてきた議題と    対処に不適切はないか、再審議される場だ。    神と心を通わせ叡智(えいち)(さず)かったとされる 賢者(ヘルメス)の思想と、    (もたら)された膨大な知識の記憶媒体として残る翠玉碑(エメラルド・タブレット)に記されし制約に(もとづ)いて。    ()()か。最終審判が下されるのである。 クロイツの狙いは初めから、〈異端ノ魔導師〉ただ一人だったのだ。 「貴方は、慎重(しんちょう)な方だと思っておりましたが、  随分(ずいぶん)と思い切ったこともなさる。全くもって、驚きましたな」 「 ククク ... ノシュウェル ... 貴様、何か勘違いしているようだが。  それとも、ふざけているのか ? もしも違うと言うなら ...  フフ ... ハハハハ ハハ !! 笑わせるな!!」 少しは頭の回る奴かと思えば、とんだ思い違いだったようだ。 そう言って、クロイツはなかなか笑い止まぬ。 心底、人を(あわ)れむ目。 はっきり言って、馬鹿にしている。 ギシ ッ ... と身体(からだ)硬直(こうちょく)させ、ノシュウェルと呼ばれた男は()え無く沈黙。 「フェレンスを捕らえるための大博打に出たとでも思ったか? ... クク ... 馬鹿め」 一方、呆れ返りながらもクロイツは続けた。 「あいつの(あつか)う魔導兵召喚術の認可が取り消され、正式に異端と見倣(みな)される。  そんなことは、(あらかじ)め決まっていた話なのだ。(もっと)も、同日である必要はなかったが。  あの化物には役に立ってもらわなければな。 ... ククク ... ハハハハ !! 」 挙句(あげく)、サラリと恐ろしい事を聴かされ背筋が凍りつく。 異端審問における最高裁、帝国公会議の審判が仕組まれていると言うのか ... ... 疑心暗鬼に飲まれそうだ。 大義のために戦ってきた。そうとまでは言わないが。 政治組織の恐ろしさたるや、目を背けずにはいられない。 そう言えば、この人の弟君(おとうとぎみ)は確か、 公会議の副議長を務めていると噂に聞く、エリート審問官。 ノシュウェルの思考が停止する。()えてそうしたのだ。 「自分は、何も聞かなかったことにしておきます ... 」 「 ククク ... そうしておけ」 雲行きの怪しい丘の向こうの空。 遠目に見つめるクロイツは、吹き込む風を(ほほ)に受けながら気温の低下を肌に感じた。 「さあ。今、聞いたことを早く忘れたければ働け。町周辺に結界を張るのだ。  境界に関して、フェレンスの奴が手違いを起こすはずはないが。  疑似(ぎじ)世界に引きずり込まれでもしたら、間違いなく凍死するからな。  それから、住人には暖をとる準備をさせておくこと」 「了解 ... では、少女宅へ調査に向かわせていた班にも、住人への指示を優先させます」 「うむ。何かあったら呼べ。  私は、お前が聞きたくないという話をしに部屋に()もるからな」 「 ... ... はい」 窓際に見る。上官二人のやり取り。 勿論(もちろん)、何を話しているかまでは聴こえない。 だが、そんなことよりも空模様が気掛かり。 小隊貸し切りとなっていた空き家の一室にて。 とある兵士は(しき)りに雲行きを(うかが)い。 また一人は、預かり受けた少女の(かたわ)らに座った。 毛布に包まり震える彼女は、瞳を見開き、向う壁のただ一点を見つめたまま動かない。 「君の名前はルーリィというらしいね。とても良い名だ。  安心していいよ。魔導師様にも約束したからね。  君のことは僕たち二人で必ず守るよ ... 」 マットレスが敷かれただけのベッド、ただ一つ。 見た目には寒々しい部屋だったが、(ささや)きかける兵士の言葉は少女の心を温める。 「お兄ちゃん ... ... 」 無意識だろう。しかし、瞳いっぱいに涙を()めて呟く少女は見るからに痛々しく。 兵士は毛布越しに彼女の肩を抱きつつも、切なさに言葉を失った。 〈 コンコン ... 〉 そんな ある時。ノック音がして部屋のドアが開く。 「おい。隊長がお呼びだぞ。お前ら、どっちか残して全員集まれってさ」 「え ... うん。どうしようか」 少女の隣にいた兵は、少々戸惑っている。 窓際にいたもう一人が、即座に答えた。 「お前、行ってくれないか。この部屋いつか、雨漏りしてたんだよ。  オレ、ちょっと登って処置してみっからさ」 「 ... そうか。分かった。それじゃあ、ルーリィからは極力  目を離さないように頼む。魔導師様に言われたんだ」 「ああ。任せとけ」 「うん。よろしくな ... 」 ベッドの(わき)に掛けていたジャケットを着込みながら部屋を出る。 残った兵は、そこで何故(なぜ)か ... (ふく)み笑いをして少女の(そば)まで歩み寄った。 「ルーリィって言ったっけ ?  申し訳ないが、雨が降りだしたら.. ちょっとオレと一緒にお出掛けだ」 ニヤニヤとして、(いや)らしく少女の(ほほ)()でる手。 「君のことをさ、高く買ってくれるって人がいるんだよ ... ... 」 その声は、少女の耳元で不気味に際立(きわだ)つ。 暗雲が立ち込めた。 そうして、雨が降りだした頃。 屋根を叩く雨音に紛れる足音。 寒さを(しの)ぐための印符を持ち、 暖炉に火を入れてやるべく部屋を(おとず)れた兵士が扉を開いた時には、もう ... ... そこに居たはずの二人の姿は、何処(いずこ)かへ消え去っていたという。      

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