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第三章◆魔ノ香~Ⅰ

      ()ノ魔導師が(たずさ)える ... (あか)い 々 、魔石。 銀の指輪を台座に輝くそれは、彼の血に宿る魔力ノ結晶 ... ... 魔物が見せる虚構(きょこう)に揺さぶられても、フェレンスは意識を(たも)ち続けた。 鉄をも()閃光(せんこう)(はざま)を行く戦神の巨体は、 血の(ごと)く通うフェレンスの魔力を鼓動に()え、高揚(こうよう)し。 槍を()るっては霹靂(へきれき)を浴びせ。 魔物の吐き出す火箭(かせん)も打ち払って押し進む。 戦況は、より高火力な魔導砲を()り出しながらの進撃に突入した。 ところがだ。 疎通(そつう)する契約主の生命力(バイタル)低下を察知した折り。 身の危険も(かえり)みず振り向くと。 意識を失いつつあるフェレンスの手元から飛び散る鮮血(せんけつ)粉砕(ふんさい)した魔石の放つ赤光。 それら意識を()(みだ)す光景が、脳裏を(つらぬ)き焼き付つく(あいだ)。 息をするのも忘れた。 それは恐らく、カーツェルの意識が強く反映されているためだろう。 戦神(オーディン)の受けた衝撃は、奈落の底が抜けたかのようなそれに近かったという。    予期せぬ事態とは、言い切れぬ。 義球(オブジェクト)(かい)し、強靭(きょうじん)な保護展開にも力を注ぐフェレンスのこと。 洗脳に心乱されるなど()()なかったが。 想い出の中に元々いた〈かつての友〉が突如(とつじょ)豹変(ひょうへん)し、彼の心を切り裂いたのだ。 ほんの一瞬とは言え、意識を(うば)われるは致命的。 集中を()いたことにより魔力の供給に乱れが生じ、魔石への負荷が増した(ゆえ)。 魔導兵として召喚した戦神(オーディン)の神化維持、出力に()えきれず。 ... (くだ)()る結果となった。 魔力においても人並み以上と(ひょう)される。 そんな彼の血から造られた魔石であっても、不足だったのだ。 優秀な魔導師であるほど、 他者による魔力支援、並びに高出力に()()抵抗体(バリスタ)(そな)えた宝具(ほうぐ)は不可欠。 (あつか)う術の消費魔力が膨大である以上、自身への負荷も(けた)が違ってくるのだから当然のこと。 錬金術による魔力採取を繰り返し、蓄積していく以外の方法と言えば。 相当数の犠牲を念頭に置かねばならない。 禁呪が禁呪たる由縁(ゆえん)であった。 だが、この世界には時として(あらわ)れる。 秀逸(しゅういつ)と認定された者達をも凌駕(りょうが)する、特異的〈血〉を持つ逸材(いつざい)が。 とは言え、そういった者の誕生は奇跡に等しく。 その出生率は、数十年に一人の割合でしかないと言うのだ。 一度に放出された魔力が、義球(オブジェクト)の管制を困難にする。 その隙を ... 彼ノ尊(かのみこと)が見逃すはずも無い。 消失していく魔力の大半は戦神(オーディン)へと(たく)されたものの。 残された力の全てをかけても、意識を(うば)われた(あるじ)の死守に(とど)まる。 〈 Αιωνι'α η μνη'μη ... ... 〉  永久ノ記憶 ... ... 祈祷文(パニヒダ)に秘められし〈復活ノ詩〉を()()く番人よ。 お前に、主神(ティワズ)の加護があらんことを ... ...  それは、消え行く戦神が残した言葉だった。 半ば回帰(かいき)する境界の向こう側で微笑む ... 白き幻影は、 虚構(きょこう)を操る魔物を人の(なり)へと戻して(いだ)く。 カーツェルは、崩壊する義球が自動的に再生した人体を()て、 やっと ... フェレンスに手を伸ばした。 そして、冷え切った身体(からだ)を抱きながら、 対峙(たいじ)する視線を只々(ただただ)(にら)む。 境界の彼方に ... その姿が消えるまで ... ...   縷々(るる)として、史実を追う(いと)わしき夢想。 『仮に、貴方(あなた)の言う思想が実現したと過程する』 その日、彼ノ少年は()べた。 全ての人々が幸福に暮らせる〈(まこと)ノ世界〉を(きず)く。そう宣言した初皇帝を前に。 『差し当たっては、まず ... 貴方(あなた)が善者であり続けることは不可能。  人間であり続けることすら ... ...  何故(なぜ)なら、ユリアン。貴方の望むその世界は、正常ではないからだ』 人々の記憶を中枢(ちゅうすう)(とど)め、研究を重ねてきたシャンテの民は、 〈叡智(えいち)ノ子〉と(しょう)する頭脳を支柱(しちゅう)とし、中枢機構の管理を(ゆだ)ねたとされる。 無論、そのためだけに造られた〈錬生体(れんせいたい)〉に感情の(たぐい)(さず)ける必要は無かったわけだが。 人々の記憶に触れる機会の多かった一人だけは例外的に。 必然として、人々の心情を学習していったという。 その少年の変化に逸早(いちはや)く気づいたのが、他ならぬアルシオン帝国・初代皇帝、ユリアヌス。 霊薬により心身の補完を()たすより、以前の彼だった。 支柱に欠陥(けっかん)が生じたと、多くの学者が指摘する。 実のところ、想定内ではあった様子で。 しかし彼は、破棄、もしくは初期化を(とな)える学者達に異論を(てい)し、生かしたのである。 そんな知的で温和な人柄を(した)いつつ、学び。 手厚い保護を受けた少年だからこそ尚更(なおさら)。 耳を(うたが)わざるを()なかったのだろう。 『嗚呼(ああ)... 残念だよ。  でも君は以前、僕にこう言ったじゃないか。  自らの異常性を否定するつもりはないと ... ...  勿論(もちろん)分かってはいるさ。  他者に押し付けるでもなく、自らを責めるでもなく、  感慨(かんがい)に受け入れる君の姿勢は素晴らしい。  けれど ... 僕はね、そんな君を見ていて思ったんだ」 かつての彼は、こう返す。   愛する人々に幸福を(もたら)しめるのに、世界が正常である必要はない ... ...   人が言う善悪なんて、どちらも、ただの思い込みだ。   そうだろう ? フェレンス。だから ... 安心して ...   僕は、そう、この世界を〈修正〉したいだけなんだ。   君と一緒に。だから、ね ... ? フェレンス ...   おいで ... ... 僕と一緒に。   さあ ... おいで ... ... 差し出される、血塗(ちまみ)れの指先。 変わり果てた思想を(つむ)ぎだす(くちびる)。 安らぎを(たた)えた面持ちででありながら、瞳の奥に見え隠れする狂気の火種。 『そんな ... ... ユリアン ... ... 』 少年は愕然(がくぜん)として立ち(つく)くした。 これは悪夢か ... ? だとすれば早く目覚めなければ ... ... そう願わずにはいられないのだ。 長い時を()ても(なお)、続く。 フェレンスは(ささや)いた。 「 ... ユリアン ... かつての貴方(あなた)はもう、どこにもいないのか ... 」 しかし譫言(うわごと)。 昏睡状態を(だっ)しても ... 彼は、まだ ... 夢の中を彷徨(さまよ)っている。      

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