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第三章◆魔ノ香~Ⅱ

      「ユリアン ... ... 」 旧友の名を幾度(いくど)となく(ささや)くフェレンスの声を聞きながら、切なげに彼の(ほほ)()で下ろす。 そんなカーツェルの背を見守ること、さて、今日で何日目になるだろうか。 クロイツと、その一行(いっこう)は、護送の中継地であった自治区の医療施設に(とど)まり。 フェレンスの回復を待ち続けた。 境界より()して(のち)。 二日目には聴取(ちょうしゅ)を済ませ。 三日目にはノシュウェルに作成させた報告書の、確認と送付を完了したが。 カーツェルは依然(いぜん)として、気の休まらぬ時を過ごしている。 昏睡(こんすい)状態を脱したと思われるフェレンスが、一向(いっこう)に目を覚まそうとしないのだ。 多数の魂を精錬(せいれん)することにより、 神の意識(スフィラ)における〈(かく)〉の一つ、 戦神(オーディン)との融合を()たす。 〈神化(テオーシス)〉 と魔導兵召喚の関連を認め、証言するカーツェルの表情は終始、(うつ)ろ。 両(そで)(きわ)(のぞ)く〈(かせ)ノ刻印〉すら、隠そうともしなかった。 より蒼味(あおみ)を増して際立(きわだ)つそれは、焼刃(やきば)で彫り込まれたかのよう。 彼の(そば)で眠る、フェレンスの左下(まぶた)(あらわ)れた(しるし)も同様。 専門家の見立てによれば、禁呪の使い手に下される烙印(らくいん)とのことだが。 神化を魔導兵召喚などと巧言(こうげん)した末裔の処罰は(まぬが)れないだろう。 崖を切り出した小道に立ち、商業区の町並みを見下ろしながらクロイツは予測する。 療養所の間近に広がる果実園には、了承(りょうしょう)()駐留(ちゅうりゅう)する隊のテントが複数。 見渡せば、赤や黄色、そして桃色。  (あざ)やかに色付く実り前の木々と花々で(あふ)れる段畑(だんばた)。 帝国に属す伯爵領(はくしゃくりょう)の一部は商業自治区として開放されているが。 一見すると、平凡な農地である。 けれども、それは地平に限られた話。 ならば見る角度を変えてみよう。 例えば空を飛ぶ鳥の目には、どう映るのか。 (はる)山間(やまあい)の水源から引かれる数多くの水路と。 赤い煉瓦(レンガ)作りの()み上げ風車が集中する、そこは(まさ)に。 大地の割れ目に沿()う小都市。 地下数十階の規模で掘削(くっさく)された街の中心には、配水塔が(そび)え。 小道を()う流れの照り返しと、水底に仕込まれた燈石(とうせき)(あか)りを受ける通りの天面には水影が()らぐ。 運河を利用した移動や運搬も(さか)んに行われているので。 農園の合間を往来(おうらい)する中型船が、突然、消えたりもした。 船の昇降(しょうこう)を可能にする水位堤が、いたる所に存在するためである。 一方、日当たりの良い環境を意識してか、医院と療養所だけは地上に建設された模様。 季節によって、花々の香り、果実の香りと様々な(しゅん)(かも)す風土。 心と身体(からだ)()やすのに、これほど適した場所は無いだろうと思う。 納得の情緒(じょうちょ)だった。 移送中、滞在する予定など無かったが。 状況も状況であったため。 カーツェルたっての願いに押し切られたかたち。 フェレンスが(まと)うローブの治癒力は、着る者の魔力に依存(いぞん)するなど。 込み入った説明がなければ、無視していたやもしれぬ。 しかし、多頭引き大型馬車(オムニバス)に揺られながら、交替(こうたい)で魔力を(そそ)ぎ続けるにも無理があるため。 それなりの設備が望める施設と、それから、治癒専門の錬金術師が在住する近場として。 ここ、〈リーズヴェルグ自治区〉が()げられたのだ。 しかし、まぁ、実のところ。殴り合い寸前(すんぜん)まで()めたわけで。 クロイツは移動中を回想しながら、息を吐き捨てる。 『そもそも、お前らの魔力で足りるワケがないんだ!!   頼むから! リーズヴェルグで馬車を止めてくれ!!』 『黙れ! 微塵(みじん)の魔力も持ち合わせぬ分際(ぶんざい)で、どの口がほざく!?』 治癒の法を(あつか)える者なら複数人乗り合わせていた。 なのに聞かないカーツェルと、(えり)(そで)、引っ掴み合って言い争うこと(しば)し。 (しゃく)(さわ)ったために脇腹を蹴り上げても、 その手を離さなかったカーツェルの ... あの目を見ていられずに。 思わず視線を()らしてしまった。 その時だ。 クロイツの様子を逐一(ちくいち)見ていたノシュウェルの独断により、停車が指示される。 『やれやれ ... お取り込み中、申し訳ないが。ちょっくら失礼いたしますよ ... っと』 何喰(なにく)わぬ顔で割って入り。 毛布に(くる)み寝かせていたフェレンスを抱き起こしながら、彼は続けた。 『そうこうしているうち、火傷の下が腐っちゃ(かな)いません。  この御方(おかた)のことですからな ...  五体満足にといかなけりゃ、上からの言い掛かりにも四苦八苦する事になります』 『貴様(きさま) ... ! 余計な真似(まね)をするな!』 クロイツの切り返しも()()ね。 ノシュウェルは馭者(ぎょしゃ)に医院を目指すよう伝える。 『いやいや。(よう)、不要に関わらずですな。  異端ノ魔導師の治癒に(つと)めた次に、監視官殿 ...  あなたが倒れるのは目に見えているのでね ... ... 』 地位や権力に(ふく)すだけの人間が持つ目色ではなかった。 医院を(おとず)れると、運び出される主人に付き()い歩くカーツェル。 彼らを見送った(のち)。ノシュウェルは、こうも(ささや)いた。 『あなたに(したが)うのが私の仕事だ。  つまり、あなたが居なければ成り立たないわけです。  職務として良しとするにも、あなたの信念あってこそなもんでして ... そう、  信念(それ)というのも、一時(いっとき)の気分によって左右されて良いものではないはずだ。  見失わないで頂きたい ... ... 』 まぁ、要するに、皆々健康第一なのですなぁー ハハハァー ((*´ω`* )) などと後付けして福々(ふくふく)と笑いながら。 〈いや、待て、今の顔 ... ... 〉 馬車の外で見ていた兵の数名が同じことを考えたらしいが。 案外と気付かぬものなのか。 対し苦笑いする、クロイツの柔らかな面差(おもざ)しを目に()める者はいなかった。 それが確か ... 四日目の出来事。 五日目には、伯爵領遠方に出ていた(ほまれ)れ高き錬金術師が到着する。 老術師は、フェレンスを診るなり事の重大さを把握(はあく)し口を(つぐ)んだ。 「なんたることじゃ ... 」 高等錬金術師団所属の魔導師が、重症とは ... ... 数時間置きに(ほどこ)される治癒の法。 神経の接触構造(シナプス)に取り()いた呪毒(じゅどく)()きながら。 時に老術師は、カーツェルが掛け置いた紫紺(しこん)のローブを見て(うな)る。 「火喰い鳥の羽根に ... 千年貝 ... それに魔青鋼(オリハルコン) ... フゥ ... ム ... 」 再生に関連する宝具を錬合(れんごう)し織り込んだものと見て、感嘆(かんたん)溜息(ためいき)まで(こぼ)していた。 珍しいのかと(たず)ねると。老術師は、こう答える。 「そうですな。冥府の炎による凍傷をも癒やす効力とあらば。  (わし)のような術師の(はし)くれなんかより、断然、  この御方(おかた)の造られた法衣の方が格上ですじゃ ... 」 生気を取り戻し、血が魔力の供給をはじめさえすれば、ローブで身体(からだ)(つつ)み安静を保つのみ。 だが、最後に指摘しておかねばならぬ。 「それより。今、心配なのは ... むしろ、お前様の方ですぞ」 カーツェルを振り向く老術師、あえての計らいであった。 なのに、言われた当人は聞いているのか、いないのか。 カーツェルの献身(けんしん)ぶりは、看護師の関心を通り越し ... 胸を痛める(ほど)だったという。 そして、その次の日も。 相変わらず、食事もせずにフェレンスの(となり)(ほう)けているのだろうかと。 (なか)(あき)れ、経過を見に(おとず)れるクロイツだが。 彼は一瞬、()が目を疑った。 フェレンスの眠るベッドの(かたわ)ら。 いつもならばそこに居て、こちら側に背を向けているはず ... ... なのに。 カーツェルの姿が見当たらないのだ。 何事だ ... !? 咄嗟(とっさ)の事。部屋の窓に()り付いて顔を(しか)める監視官の奇行に、 同廊下を歩いていた看護師と、ドアの横に立つ見張り役が(そろ)って肩を()ね上げ、(おどろ)く。 足早に横を通り部屋のドアを開いたクロイツは、見て納得した。 「おい、見張り ... 貴様は案山子(カカシ)か ?  だとしたら早々(そうそう)に辞表を出したうえ、  畑の真ん々(まんまん)中、好きなだけ居眠りするがいい。この、役立たずめ」 寝てなんかいないのに、睨まれ狼狽(うろた)える見張り役だったが。 クロイツの視線を辿(たど)る彼は、すぐに自身の不甲斐(ふがい)なさを自覚した。 心地(ここち)良い日和(ひより)(さわ)やかな風を(ほほ)に感じれば、目を覚ますやもしれぬ。そう考えたのだろうか。 席を立ち、窓辺まで足を運ぶ途中。力()きてしまったと思われる。 静かな部屋の奥には、ベッドの横で(ゆか)に身を横たえるカーツェルの姿。 過労であった。      

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