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第三章◆魔ノ香~Ⅲ

      彼は何故(なぜ)、目覚めないのか。 ここ数日は、その事ばかりを考えている。 当時、呼び掛けることしか出来なかったカーツェルを蹴倒(けたお)してまで 治癒を(ほどこ)したクロイツは、その後も頻繁(ひんぱん)(おとず)れローブに魔力を(そそ)()した。 関係者の迅速(じんそく)な対応が(こう)(そう)したのだろう。 フェレンスの回復は思いのほか早かったように感じられる。 それなのに ... ... 呼び掛けても(こた)えない。 彼の意識は何処(いずこ)へ。 記憶を(さかのぼ)り、過去に(とら)われてしまったのだろうか。 手を取っても、返ってくるのは別人の名前。 「 ... ユ リ ア ン ... 」 いっそのこと(なぐ)り付けてみたらどうだ。 クロイツに冷やかされても、相手にする気になどならなかった。 いつもの事を思えば。 確かに、(こぶし)の一、二発くらい不意打ちしなければ気が済まないところ。  ――― 心配させやがって ... ! 言うと彼は、背中に叩き込まれた理不尽を甘んじて受け止め、 こちらを振り向く。そして微笑む。 彼の地方遠征(えんせい)が長引けば、長引くほど。悪い(うわさ)ばかり耳に入るので。 帝都に戻るらしいと知るなり、よく待ち伏せしたものだった。 それなのに今は ... ... 手を取り(さす)っても、反応すらしてくれないのだから。辛い。 もし、このまま目覚めなければ。どうなる ... ... 遠からず彼ノ尊(かのみこと)の手に(わた)り、思うままにれてしまうのだろうか。 それとも(すで)に、彼の心だけ(うば)われてしまっているのだろうか。 閉ざされた(まぶた)の向こうにある(あお)い宝石を、もう一度 ... 見たい。 (さげす)まれようが気にせぬ素振りで、 むしろ相手を真っ直ぐに見返し(こと)の根を()つ、気高(けだか)き姿勢も。 (かた)や子供の悪ふざけに対し、一々(いちいち)首を(かし)げて考え込む、そんな一面も。 見ていたい。まだ、見ていたいのだ。 出来ない事など無さそうに見えて実は、リボンやタイを結ぶのが下手クソで。 アイロン掛けをさせてみれば、どうしてなのか ... 逆に(しわ)が増えたりもする。 それに加え。 むきになって黙々と格闘している様子であったり。 手を差し伸べようとしているのに聞かず、(しま)いには生地から煙が立ちはじめる流れであったり。 見守ることすら出来なくなるのか ... ... ? 『私のことで傷ついたりするな ... ... 』 彼はいつも、そう言った。 冷たい視線で斬りつけられ、傷だらけのくせに。 自身の背中の具合など、自分では分からないのだろうから。 だが、そう言って返すと。 彼は、こう(ささや)く。 『お互い様だと言いたいのか?  ()い傷と、自傷(じしょう)とでは経緯(けいい)(こと)なるだろう?』 話(なか)ばで向けられる彼の指先が、胸の中心に触れる感覚まで(おぼ)えていた。 『発散されるべき負荷が、お前の場合は(うち)に向かう。  自分を()めるなとは言っていない。だが、これからは、せめて、  私の気持ちも ... お前の(ここ)に置いて欲しい。  そしてどうか分かってくれ、カーツェル 。お前の存在だけが ... 私の救いだ』 嗚呼(ああ) ... それなのに、どうして。自分は彼を(ささ)えてやれない。 一突(ひとつ)きすれば崩れるような奥底の空虚(くうきょ)に気付いてやることも、 ()めてやることも出来なかったのだ。 だからなのか。 呼び掛けても、呼び掛けても、(こた)えてくれないのは。 ()くし方が()りなかった? しかし他に何が出来る? 何もかも(ささ)げたつもりだったが。 受け入れられない理由でもあるのだろうか。 してやれる事があればいい。 出来る事なら何でもする。 なのに思い当たらない。 どうして ... ... 「どうして俺には何も無いんだ!!」 絶望の(ふち)(たたず)む。 カーツェルは深く顔を()せ、絶叫した。 自分だけの闇。 誰にも見られることは無いはずだった ... にも関わらず、何者かが言う。 「おっと ... これは驚いた ... 」 「 !? 」 その時はじめて、背後の気配に気付いた。 振り返れば、闇の向こうに浮かぶ白影(しらかげ)。 見覚えのある姿だった。 「フェレンスが愛着を(しめ)理由(わけ)を知りたかった。  如何程(いかほど)のものかと、楽しみにしていたんだ。けど、ね ... 」 ユリアヌス ... !? (おどろ)きの色を隠せないカーツェルに対して、彼は言う。 「君は、(みずか)らを()めて追い込む、  そんな意識でしか(しめ)しをつける方法を知らないのかい?  実に(おろ)かだね ... ... フェレンスに、そんなモノは不要なのに ... ... 」 あり()ない。 夢現(ゆめうつつ)薄々(うすうす)感じてはいたが。 どうしてここに!? 確かめるべきかどうか。 考えるより先に口を()いて出る。 「フェレンスの意識を(さら)ったのは、お前か ... ?」 カーツェルの身に差す影が、周囲の暗闇と同調していくかのよう。 「ふむ ... 答えて欲しいのかい?  僕には、君に話すことなんて何も無いのだけど。... 君はどう思う? フェレンス」 「フェレンス!?」 (まぼろし)か ... ? 彼は、こちらに背を向けたまま微動(びどう)だにせず。 一方で、カーツェルの思考は停止寸前(すんぜん)だった。 「ああ、うん。 安心していいよ? ここにいる彼も、ただの君の想像だ」 ()に落ちない。 カーツェルは二人を引き離すつもりで闇の中を一歩、踏み出た。 ところが白影は即座(そくざ)(そで)を払い、警告する。 「ただし、それ以上は近づかないこと ... ! 彼に関わることは死を意味するからね」 (はな)たれる威風(いふう)に視線を(おさ)えられ、足が(すく)んだ。 フェレンスがあちら側に居るのは何故(なぜ)だろう。 苛立(いらだ)つ。 目を()え歯を食いしばると、強張(こわば)る手元が(つめ)を立てて開いた。 「不躾(ぶしつけ)では御座(ござ)いますが、陛下(へいか) ... 」 (いきどお)りを隠せない。カーツェルの舌が毒を(はら)みはじめる。 「下らぬ戯言(たわごと)(ひら)(つつし)(たまわ)りとう(ぞん)じます。  (わたくし)はあの方の(まこと)下僕(しもべ)。心も身体(からだ)も、命さえ捧げております(ゆえ)。  例え、この足元に死線を()かれようとも、恐れなど感じません」 言葉を(あらた)めるも裏腹。底意地を見せつけたいだけ。 一歩、また一歩、カーツェルは()み出ていった。 そうして、嫌忌(けんき)まつわる面差(おもざ)しを真っ(こう)に置く。 対敵は、なお無意義な表情で話した。 「なるほど? それがフェレンスにとって、一番の憂慮(ゆうりょ)であることも分かっていないのか」 次の瞬間。風の流れが変わる。 「どおりで、彼が失望するわけだ ... 」 その言葉は静かに、それでいて強く言い放たれ、カーツェルの心臓を(つらぬ)いた。 「君は所詮(しょせん)、ただの〈(うつわ)〉に()ぎない。  彼から(あた)えられ満たされることはあっても、彼に与え満たす力なんか無いんだよ」 眈々(たんたん)(さと)す声が(いばら)のように胸を刺し、締め付けていく。 「陛下ご自身は? 違うとでも ... ?」 握り込む(こぶし)が震えた。 「勿論(もちろん)さ。僕ならば彼の全てを満たすことが可能だ」 サ ッ ... と引く血の気。 鼓動が早まる。 思うように息をすることさえ出来ない。 「彼の負った〈千ノ影(シャンテの亡霊)〉は魔力によって(おさ)められている。  けれど実際には、彼の魔力だけでは足りないはずなんだ。  負の思念に(とら)われた影はやがて彼の精神を(むしば)みはじめるだろう。  これで分かってもらえたかな ... ? フェレンスが何故(なぜ)、目覚めないのか」 ... ... そんな ... ... 声にならならなかった。 物静かに揺れる。 装束(しょうぞく)(すそ)と、(ひざ)下にまで達した金髪(ブロンド)。 差し伸べられる手。 「だから、意地を張らずに僕のもとへ(かえ)っておいでフェレンス」 (はす)の花を思わす白影は、フェレンスに()め寄り(ささ)やく。 「僕の〈血〉なら、君を救える ... 」 しかし、その手が触れる事だけは許さない。 カーツェルは瞬時にダガーを抜き構え、風刃(ふうじん)(はな)った。 身を(てい)して両者を引き離し、(うつむ)いたままの彼の意識を取り戻そうと考えたのだ。 「フェレンス!!」 それなのに、すり()ける指先。 確かに触れたと思ったが。 「 ... クソ... ! 戻れ、フェレンス! 俺を見ろ!!」 彼は応えない。 何を ... どうすれば ... ... 周囲の闇が深まるばかりだった。 白影を警戒し振り向くも。 不気味に消えゆく薄笑(うすえみ)。 息を殺し立ち返れば、同じようにして遠ざかるフェレンスの背。 このまま闇へと吸い込まれてしまっては、取り返しのつかない事になるのでは。 「行くな!! フ ェ レ ン ス !!」 カーツェルは叫んだ。 どうして応えてくれない ... フェレンス ... 俺じゃダメなのか ... ... 「 行 く な ―――――― !!!!」 「 ! ! ? ? 」 ()るや、胸ぐらを掴まれ、訳も分からぬ絶叫を真ん前から()びる。 クロイツは息を(のど)()まらせ硬直(こうちょく)した。 吃 驚 仰 天(きっきょうぎょうてん)。 心臓が、ひっくり返る思い。 「 ... って、 ... ... あれ ... ? 」 対してカーツェルは全身の力が一度に()ける。 夢から()めたことに気が付いて、胸を()で下ろしたところ。 その割に、人の胸ぐらは掴んだままなのだから正気を疑う。 「 放 さ ん か 。 この、気狂(きちが)いめ ... 」 痙攣(けいれん)する下(まぶた)()り上げ(にら)むクロイツの目が、ふつふつと(たぎ)る怒りを映し出していた。 しかし、カーツェルは依然(いぜん)として真顔。 先程(さきほど)の悪夢に(くら)べれば、こんなのは仔猫(こねこ)ちゃん、と、言わんばかり。 頭を()でくりまわしたうえ、仕上げにポンポンと(たた)いてみたくらいにして。 おかげでクロイツの(たが)が外れてしまった。 「 こ  の ... ... フ ヌ ケ 執 事 の 分 際(ぶんざい) で ―――――― !!!!」 ド ― ン 。 何の音と振動だろうか。 (きし)む天井の()ぎ目から、パラパラ と落ちる(ちり)。 見上げてノシュウェルは言った。 「何じゃこりゃ ... ... て、ああ、点滴室か ... ... 」 よりにもよって真上だったとは。 「申し訳ありませんな。うちの上司は気が短いうえ、加減というものを知らなくて」 (わび)び入れる相手はベッドの上。 (まくら)に背を(もた)げ、そっと(てのひら)を見せるかたちで気遣(きづか)いに(こた)える。 (かた)や、鉄パイプベッドを()り上げ。 ()ぎ取った上掛けの(はし)でカーツェルの首を()め上げるクロイツは、 (すさ)まじい(いきお)いで怒号を吐き、(まく)し立てた。 「自己管理を(おこた)(たわ)け者が!  よくも大き(デカ)(ツラ)して執事を名乗れたものだな!?  もしも貴様(きさま)が私の部下なら、二度と身の(ほど)知らずな職に()けぬよう  徹底的に(ののし)って叩き出してやるところだが。  貴様のような腑抜(ふぬ)けごとき、あの負け犬にはお似合いだな!!  ... ... せっかく目を()ましても、心の()り所が(そば)に居ないのだから。  まったく ... あの男という奴は、どこまでも(あわ)れな ... ... 」 分かった。悪かったよ。うんうん。 急に目覚めたものだから、頭痛と目の(くら)みがなかなか引かない。 実を言うと、クロイツの話も(ほとん)ど聞き流していたのだが。 カーツェルは、ふと思い返す。 あの男 ... ? 目を覚ましても ... ? 『せっかく目を()ましても、心の()り所が(そば)に居ないのだから』 クロイツは確かにそう言った。 「フェレンスが、目を覚ましたのか!?」 目を見開いてクロイツを凝視(ぎょうし)すると、答えるのも馬鹿らしそうな顔。 ガンッ ! ゴンッ ! ドカン! ドカドカドカ ... !! 「おいおい。だから、何なんだっていうのかね ... 随分(ずいぶん)とデカイ餓鬼(がき)がいたもんだな ... 」 はたまた、ノシュウェルなら()れた様子だが。 片隅(かたすみ)で天井を見上げる見張り役の、開いた口が()がらない。 「心当たりのある御二方(おふたかた)とは言え ... ... 酷過(ひどす)ぎて洒落(しゃれ)になりませんよ ... ... 」 あれでいて大人。しかも上司。 あと一人は仮にも執事。 仮にもだ。 上の階を見やる二人の言い草を聞いていると、(ひさ)しく笑いが込み上げてくる。 カーツェル達の状況(じょうきょう)が目に浮かぶようだった。 ()飛ばされて、部屋に対し(なな)めになったベッドを乗り()えざまのこと。 シーツに足を引っ掛けるは。 そのシーツに足が乗っていたクロイツが、巻き()えを食うは。 転倒しかけ咄嗟(とっさ)に掴んだ点滴装置で水受けを(はじ)き飛ばすは。 散々(さんざん)。 ひっくり返った水を(じか)に浴びたクロイツの絶叫と。 部屋を飛び出したカーツェルに突き飛ばされた看護師の悲鳴と。 ほぼ同時。 (かろ)うじて無事ではあったものの。 勢い(あま)ったカーツェルに壁ドンされてしまったのは通りすがりの女医。 首筋にかかる熱い息に(ほほ)()める彼女は、きっと、こう思った。 アア ... ワルク ナイワ ... けれども直後には顔面蒼白で立ち()くす羽目に。 疾風(はやて)(ごと)く走り()る黒髪のイケメンが、 (ゆか)に落ちた書類を()みつけ、クシャクシャにして行くのを見てしまったのだ。 「貴様ぁあぁあぁぁぁ!!!!」 「 ヤァアアァァァ !! 何なのちょっとぉ―――――!!!!」 聞いていた見張り役とノシュウェルは(たちま)ち青()める。 「自分 ... もう、知りませんからね ... 」 「うん ... 俺も ... ... 」 涙がちょちょぎれるわー。 そうしているとだ。 ふらつく足取りで、部屋の入口に(あらわ)れるカーツェルの姿。 窓から吹き抜ける風が、ふわり ... 揺らす黒髪。 逆光に目を()らす彼の目は、まだ人の輪郭(りんかく)(とら)えるのがやっと。 ノシュウェルは気を取り直し、部下と見合わせたうえ、静かに退室していった。 すれ違いざま、目礼を(かわ)す。 再び視線を上げた頃には目の(かすみ)も晴れ。 カーツェルは只々(ただただ)、目を見張った。 それから、もう一度だけ ... きつく目を閉じて。(うつむ)き加減に歩み()って見たところ。 (あわ)()の光に(つつ)まれた一室の奥で、彼が ... 微笑む。 なのに夢心地を(ぬぐ)いきれない。 間近に見ていても不安だった。 呼んでも届かないのでは ... ... カーツェルは口を(つぐ)んだまま、震えを(こら)えている。 すると、差し出される手。 指先が触れ合った瞬間。 カーツェルは(ゆか)(ひざ)を付いて(うずくま)った。 両手で彼の手を(つつ)み、顔を()せて。 「 ... ... フェレンス ... ... 」 名を(ささや)く声は、消え入るかのよう。 何と声を掛けるべきか ... ... 嗚咽(おえつ)する姿を見ていると、言葉に()まる。 ならば、せめて ... ... カーツェルの手元を(すべ)べり()ける手。 心もとなく目で追う彼が顔を上げると、(ほほ)()れる。 口元から耳の後ろにかけて。 何度も、何度も、(さすり)り上げ、(なぐさ)めてやっていると。 だいぶ(やつ)れたと気が付き、胸が痛んだ。 しかし、お互い様か。 「なんてツラだよ ... ... 」 「お前こそ。(ひど)い顔をしている ... ... 」 フェレンスの声を聴いたカーツェルは、すっかりと安心した様子でベッドに頭を転がす。 こうして(ふたた)び言葉を()わせることが、とにかく嬉しかった。 見上げていると、フェレンスの手が黒髪を払って肩に触れる。 「また食事を抜いていたのだろう。お前という奴は。  分かつ必要のないことで(みずか)らを追い込むなとあれほど ... 」 「て、言われてもな ... お前だって、人の気も知らねーで寝てたんだろうが ... 」 痛いところを()かれたフェレンスは苦笑いをして、カーツェルの髪を()で返した。 「 ... ... すまない ... ... 」 (おだ)やかに吹き込む風が、春の香りで部屋を満たし。心地(ここち)良い。 「 だ が、し か し ... ... 」 その時だ。部屋の入り口に手をついて 不機嫌そうに言い放つクロイツが、(なご)やかな空気を打ち払う。 「主人の護衛(ごえい)()ねた世話(せわ)役が。  食事もせず、点滴くらい受けろと言っても首を()る。  仮眠をするにも椅子から離れず、挙句(あげく)の果て ... ... 主人の横で く た ば り かけていたのだ」 まあ、まあ、まあ ... と。 後ろから(なだ)める部下二人も、次には(けり)(たお)され手のつけようがない様子。 クロイツは(がん)としてカーツェルを威圧(いあつ)した。 「 ... さぁ、フェレンス。この不設楽者(ふしだらもの)を何とする ... ... 」 けれども、ずぶ()れで。 何、言ってるんだろうなと。 「あー ... すみませんねぇ ... えーと、この人、  仕事に(きび)しすぎるって言うかぁ。自己管理を(おこた)る人が嫌いっていうかぁ。  ちょっと(かわ)かしてやるついでに、落ち着かせて来ますね。  あはははは。 あー あー 、(まい)りましたなぁ。はははは ... 」 ()かさず持参した大判のタオルで、暴走気味上司を(くる)むのは例の二人。 (けり)(たお)されても、ただでは起きぬ。 「いやぁ。ホント、ホント。早く()いてさしあげないと!  風邪(かぜ)引いちゃいますもんね! ははははは ... 」 口元もしっかり(おさ)え、捕獲(ほかく)完了。 モゴモゴ 言う クロイツを(かか)え上げるなり、一先(ひとま)撤収(てっしゅう)。 フェレンスは、まだまだ()み上がり。 安静に配慮してくれたのだろう。 「アイツら、実はそんなに悪い奴じゃねーのかもな」 「そうだな ... ... しかし、カーツェル」 「どうしたよ」 こんな時に何だが、あえて言いたかった。 「監視官の言葉は(もっと)も。私はお前の主人で、お前は私の下僕(しもべ)なのだし。  〈仕事は仕事〉と言い始めたのも、お前だったはずだが。  あれは私の聞き間違いだったのだろうか ... ... ? と、言う訳でだ。  今後、如何(いか)なる場合においても、自己管理は徹底(てってい)してもらいたい。  出来なければ、お前の嫌がる〈アノ刑〉を応用して〈治療〉する。いいな?」 ようやっと一息ついたのに。淡々(たんたん)と言いつけてくる野郎 ... もとい、主人。 こういう時だけ下僕(しもべ)とか言いくさる。 それでも話だけは、よく聞いておこうと思った。 おかげで終わり頃には目が点になっているワケだが。 アノ刑 ... ?  治療 ... ? その言葉から連想する事と言えば。 尻。注射。点滴。 脳裏(のうり)()(めぐ)るトラウマ。 「 ... ... 旦那様 ... ... 」 すると急に、姿勢を(ととの)えたカーツェルが(ひざまず)いて言った。 「何卒(なにとぞ)、ご容赦(ようしゃ)下さいませ ... ... 」 だが、フェレンスは即答する。 「認められない」 だよね! 分かってた! お前は絶対そう言うって! しかも〈する〉と断言されたからには、聞かない訳にはいかないやつだ。 「あぁああぁ !! クソ! マジかよ!?」 思わず()()り返ったうえ立ち上がったカーツェルは、その場で地団駄(じだんだ)。 一方でフェレンスは何か思い出したよう。 「それから、カーツェル ... 」 「何だよ、まだあんのか!?」 涙目で返すと気が引けたのか、若干(じゃっかん)(ひか)えめ。 「いや。その。実は。  目覚めてからずっと気に掛かっていた事が一つだけあって。   ... ... 私の横にあるコレは ... 一体何だろうか ... ... 」 「コレ ? ... つか、何だよ、コレって」 カーツェルはフェレンスが手を置いたベッドの(ふく)らみに寄って見る。 叩いてみようとしたところ。フェレンスが(さえぎ)り首を振るので、(めく)ってみることにした。 すると ... ... 「コレとは何だ!?」 廊下側の扉を開け放ち、何か出てきた。 「貴様、そこに何を隠して ... モゴッ.... ( ンー !! ムー !!) 」 「あ。すみませんねぇ。油断したら取り逃がしてしまってぇ。はははははは」 クロイツとノシュウェルのターン。 モゴモゴの魔法と、タオル・モフモフ攻撃。 モゴモゴ ... モフモフ ... 「ははははは」 「 ハハハハハ ... 」 不思議と()られて笑ってしまう。が、(われ)に返った。 「じゃ・ねーよ!! 戻って来んのがクソ早ぇし! 空気、読みやがれ!!  つか、こちとら()み上がりだっつってんだろーが! いい加減にしろ!!」 そうは言っても。いや、まさか、冗談だろうと。 カーツェルの怒声に耳が吹っ飛ぶ思いで硬直(こうちょく)たのはフェレンス。 病み上がりで、この声量とは ... ... 気付いたカーツェルは(ちじ)こまって(わび)た。 「て、あ ... 悪い ... 大丈夫かよ、フェレンス ... 」 今更(いまさら)、小声になったって遅いが。 フェレンスの耳のダメージは大きかった。 やはり体力が回復しきっていないせいだろうか。 耳鳴りが酷い ... ... 『 ン ム ... ... ンン ... ... 』 手を置いた(ふく)らみから、何か、異様な声がしたような気もする。 ところが、それを聞いたのは彼だけではない。 『 ハ ... クチュンッ ... ... !! 』 「 ん ? 」 「 え ? 」 「 何 ? 」 「 は ? 」 フェレンス、カーツェル、クロイツ、ノシュウェルが、調子を揃えて順に反応する奇跡。 「ノーシュ ... 特命を受けた士官として貴様に命じる」 「 ... は !」 「フェレンスのベッドを調べて来い」 「了解」 クロイツの肩にタオルを掛け置き、ノシュウェルが入室した。 すると、気を()かせたつもりで掛布(かけふ)(めく)ろうとするフェレンス。 それを(せい)したのは、クロイツだった。 「貴様(きさま)は動くな! 何を(たくら)んでいるやも知れんからな」 「分かった ... 好きにするといい」 カーツェルはむしろ、そんな二人を警戒した。 「(よろ)しいのですか。旦那様 ... 」 口元を見られぬよう、(あいだ)身体(からだ)を入れ小声で(たず)ねると。 その影に入るようにしてフェレンスは答える。 「かまわない」 〈 何かあった時は?〉 〈 心配するな。ある程度はもう動ける 〉 (たが)いに(くちびる)を読み合い疎通(そつう)した。 窓際からベッドの横へ回り込んだノシュウェルに続き。 クロイツもまた、フェレンスの足元に立って見張る。 上掛け、そして、ローブ。 それぞれ、ゆっくりと(めく)り上げられていった。 が、期待したものとは何か違う。 クロイツもまた、相当(そうとう)、疲れているのか。 そこには、赤い毛玉があるだけのように見えた。 「 ... ... ... 」 黙り込む四人が、四人共、同じことを考えたのは言うまでもない。 毛玉 ? いやいや ... いや いや いや いや ... ... 「()()ん ... 」 誰よりも先にクロイツが目頭(めがしら)()みはじめた。 よく見れば見るほど、尚更(なおさら)に目を疑ってしまうのだ。 「これは ... いつの間に ... 」 「小さなお客様で御座(ござ)いますね」 何か居るとは思ったが。 そうとは気が付かなかった。 病み上がり主人が(おどろ)く様子に(くわ)え。 付き()う執事が クスクス と笑いながら言う。 フェレンスの横にあったそれとは。 小さく丸まって眠る ... ふわふわとした赤毛の少年だった。      

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