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【異端ノ魔導師と血ノ奴隷】 第三章◆魔ノ香~Ⅳ | 嵩都 靖一朗の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
【異端ノ魔導師と血ノ奴隷】
第三章◆魔ノ香~Ⅳ
作者:
嵩都 靖一朗
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第三章◆魔ノ香~Ⅳ
風雪
(
ふうせつ
)
を
割
(
さ
)
き進む、馬の背に揺られるうち。 肌を
刺
(
さ
)
す寒さに支配された五感も、いつしか
解
(
ほど
)
けゆく。 そんな移り変わりを、
漠然
(
ばくぜん
)
とした意識のどこかで感じていたような ... ... どれだけの時間を、そうして過ごしたか。 自失する少女の心を引き戻したのは、
戯
(
たわむ
)
れる
兄妹
(
きょうだい
)
の声だった。 ――― こら! 急に走りだすなよ。危ないだろ ? ――― お兄ちゃんも、はやく ! はやく ! ザワザワと耳打つ周囲の音が、
畝
(
うね
)
りを
伴
(
ともな
)
い押し寄せる。 気付けば、
雑踏
(
ざっとう
)
を行く馬の背に
跨
(
またが
)
り、 見知らぬ街と
往来
(
おうらい
)
する人々を、ただ見つめていたのだから
驚
(
おどろ
)
くばかり。 その時、少女は
呟
(
つぶや
)
いた。 「 ... ... ここは ... ... ?」
手綱
(
たずな
)
を引いて歩く男は、ようやく気を取り戻した彼女を振り向いて答えた。 「よう
嬢
(
じょう
)
ちゃん。気分はどうだ。 馬酔いはしてないか ? 」 「 え? いいえ ... 」 逆に
尋
(
たず
)
ねられ、
咄嗟
(
とっさ
)
に答えたけれど。 誰だろう ... ...
疑問
(
ぎもん
)
は増すばかり。 「夜通し馬を走らせたから、俺も早く休みたいんだが。 時間も守れねぇようじゃな。
直
(
す
)
ぐ様、同業者に取って喰われちまうようなご時世だ。 と言うのも、相手方の都合でね。さっさと事を済ませたいって言うんだよな。 そんなワケだから ... もう少しの
間
(
あいだ
)
、
辛抱
(
しんぼう
)
してくれよ?」 「はい ... 。 ... あの、でも ... あなたは魔導師様のお
遣
(
つか
)
いの方ですか ... ? わたし、確か、魔導師様にお兄ちゃんの病気を
診
(
み
)
て頂いていたはずなんですが ... ... 」 「何だ? 嬢ちゃん、
憶
(
おぼ
)
えてねーのか」 むしろ男の方が
意表
(
いひょう
)
を
突
(
つ
)
かれたのでは。 「はい ... あの ... ... ごめんなさい ... ... 」 だが、肩先を前に
窄
(
すぼ
)
める少女を見て考えを巡らせる男は次に、こう返した。 「いいや。気にするな」 好都合だぜ ... ... 「え?」 フードの
端
(
はし
)
を引き下げ
怪
(
あや
)
しく笑う口元。 少女の
側
(
がわ
)
から様子を
窺
(
うかが
)
い知ることは出来ない。 「ああ、いや ... それがな。その〈魔導師様〉のお気遣いってやつでさ。 あんたの兄さんな、この街の療養所に預けられることになったんだよ。 看病が大変だろうって言ってたぜ。兄さん、良くなってるといいなぁ」
疑
(
うたが
)
われぬよう、男は
透
(
す
)
かさず適当な話を
捏
(
でっ
)
ち上げる。 ところが、そうとも知らずに キラキラ と輝きはじめる少女の瞳には、
殊
(
こと
)
の
外
(
ほか
)
、
戸惑
(
とまど
)
った。 「 ... ... はい!」 希望に胸膨らませ、歯切れ良く返事する声には
尚更
(
なおさら
)
。 すっかりと信じてしまった彼女の
微笑
(
ほほえ
)
みが、男には
眩
(
まぶ
)
しすぎたのだ。 少女は思う。 魔導師様は無事に治療を終えて、そう、わたしがくたびれて寝てしまっているうち、 お兄ちゃんを大きな街の療養所まで移して下さったのね ... ... なんて親切な魔導師様。思い切ってお願いしてみて本当に良かった ... ... 空を
仰
(
あお
)
げば、谷間を
結
(
むす
)
び入り組む
架道橋
(
かどうきょう
)
。
覗
(
のぞ
)
き込んでも建屋の
軒
(
のき
)
や看板に
遮
(
さえぎ
)
られ、 ほんの
僅
(
わず
)
かな青色を
垣間
(
かいま
)
見ることしか出来ない。 地下に
造
(
つく
)
られた街なんだわ ... ... 先々を
隈無
(
くまな
)
く見て観察する少女は、 夕映えに
照
(
て
)
らされる上層と、目の前の繁華街を
交互
(
こうご
)
に
眺
(
なが
)
めながら思った。 男は、あれから口を開こうとしない。 水路上の橋を渡りきったところで
一旦
(
いったん
)
、立ち止まって。 横の小道へ向かい
手綱
(
たずな
)
を引く合間も。 何やら少し緊張しているかのよう。 馬は、なだらかな下りを行く。 途中。船の
汽笛
(
きてき
)
を聴いて振り向いた少女の瞳が、まるまると見開かれていった。 なんて大きな船寄せ場なの ... ... とても地下とは思えないわ ... ...
岩盤層
(
がんばんそう
)
を
刳
(
く
)
り抜いた水溜めの中央には、恐ろしく巨大な配水塔。 点在する荷降ろし場と倉庫を
巡
(
めぐ
)
る
柱廊
(
ちゅうろう
)
、そして水路。
湿
(
しめ
)
り気や
黴
(
カビ
)
臭さは一切ない。
水車扇
(
すいしゃせん
)
により送り込まれる地上の風は、
爽
(
さわ
)
やかだった。 そうして、いつしか飲み屋街へと
辿
(
たど
)
り着く。 大衆酒場が向かい合う道の奥には、静かなバーラウンジも複数、階を重ねている。 少女は、少し
可怪
(
おか
)
しいなと感じた。 そんな空気を読んでか、黙り通しだった男が口を開く。 「俺は、この
後
(
あと
)
すぐ帰らなきゃいけないから。
迎
(
むか
)
えを呼んでおいたんだ。 その馬車に乗れば、あんたの兄さんがいる療養所まで送ってもらえるって
寸法
(
すんぽう
)
さ」 全て作り話だ。ところが少女は素直に聞き入れてしまう。 〈
神意
(
カミノミココロ
)
親
(
ちか
)
しき
賢者
(
ヘルメス
)
と
添
(
そ
)
いて、
誠
(
まこと
)
、
成
(
な
)
す者。 ...
究竟
(
くっきょう
)
たる魔力、純潔の血に宿せし 〉 「さすが、亡国の
史書
(
ししょ
)
に
記
(
しる
)
されるだけのことはありますね」
後
(
のち
)
に引受人と合流した男は、酒場裏の
岩畳
(
いわだたみ
)
を歩きながら問う。 「何て意味なんだよ」 すると、黒のインバネスコートの胸元から
札
(
カード
)
を取り出す引受人が、それを男に手渡しつつ答えた。 「前文は
扠
(
さて
)
置き。血に強い魔力が宿るのは、 純真な心の持ち主であるからこそ ... という意味だそうです」 「へぇ、そういうもんなのか」 「さあ。実のところ、
如何
(
いか
)
なるかまでは ... 」
馭者
(
ぎょしゃ
)
に
促
(
うなが
)
され馬車に乗り込む少女を横目に、二人のやり取りは続いた。 「そういう奴に限って俺たちみたいな人間の
餌食
(
えじき
)
になっちまうんだから、
不憫
(
ふびん
)
だな」 「おや。
意趣替
(
いしゅが
)
えでも?」 「んなワケあるか。皮肉だよ」
札
(
カード
)
の記載を確認したうえ、手元の
読取装置
(
リーダー
)
で代金の受け渡し手順を手下に知らせる
間
(
あいだ
)
。 済むまで男を見張っていた引受人は、最後に
尋
(
たず
)
ねる。 「〈
Ⅳ
(
クアトロ
)
〉にお伝えすることなどは?」 「ねーよ。さっさと行ってくれ」 「 ホホホ ... あの少女の
香
(
か
)
に当てられましたかな?」 「あんまり
胸糞
(
むなくそ
)
悪ぃこと言ってると、しばくぞ。 ったく ... ... うちの元締めと、あんたんトコの
頭
(
かしら
)
とで
喧嘩
(
ガチ
)
になんねーのが不思議だぜ」 「これはこれは ... ... わたくしも同じことを考えておりました」 嫌味な
下っ端
(
したっぱ
)
、よこしやがって ... ... 口の
利
(
き
)
き方も知らぬ
下郎
(
げろう
)
が ... ... 両者共に。言うまでもなく顔に出ている。 そうしているうち、
箱馬車
(
はこばしゃ
)
の降り口が引き上げられた。
質素
(
しっそ
)
な板作り。
隙間
(
すきま
)
だらけの荷台。 顔を
寄
(
よ
)
せて
覗
(
のぞ
)
き見れば、男が立ち去る場面。 「もう行ってしまうのね ... 一言、お礼が言いたかったわ」 少女が
呟
(
つぶや
)
く。 するとだ。
傍
(
かたわ
)
らに
積
(
つ
)
まれた荷箱の手前が モソモソ と動いたような。 え? なにかしら ... ? 一瞬は気のせいと思ったが。 モコ モコ モコ ... ... やはり動いた。 「 ... ヒ ゥ ... ... !」
気味
(
きみ
)
の悪さに
意図
(
いと
)
せず
奇声
(
きせい
)
が
漏
(
も
)
れる。
蛇
(
へび
)
でも出てきたどうしよう ... !?
控
(
ひかえ
)
えめに
退
(
しりぞ
)
くも、目を放すわけにはいかず。 手汗を握っていたところ、少女は見た。 ポムッ ... ! と、
敷
(
し
)
き
藁
(
わら
)
の山から飛び出た赤い毛玉を。 恐ろしいものではなかった。 安心するなり息切れがして胸を
抑
(
おさ
)
える。 けれども ... その時になって、はたと気が付いた。 ... 毛玉が、勝手に飛び出るかしら ...
恐る 々
(
おそるおそる
)
、
改
(
あらた
)
め見てみる。と、藁から姿を
現
(
あらわ
)
したそれは、大きく大きく ... 背 伸 ――― び 。 そして言った。 「 ン ム ァ ァ ― ... !」 と言うか、あくびだったよう。 振り向いた毛玉は、クリクリ とした真ん丸お
目々
(
めめ
)
を パッ と開く。 銀色の
瞳
(
ひとみ
)
。目尻は少しだけ上向き。まるで子猫のようだった。 見入る少女は、ふと
我
(
われ
)
に返る。 だから ... ! 毛玉じゃないの! 毛玉じゃないのだけど ... ... なんてふわふわな髪の毛 ... ... 栗毛のストレートボブな少女の髪とは、まるで質が
異
(
こと
)
なるようなので。 触れてみたいと思う。だが
断
(
ことわ
)
る前に少年の方から
尋
(
たず
)
ねてきた。 「 イッ ... ショ?」 「え? ... なぁに ... ?」 言葉がすぐには出てこないようなので、ゆっくりと語り掛けてみる。 「 ン ... ンン ... ... 」 「いいのよ? 急がなくて。... ね?」 上手く会話することが出来ず恥ずかしいのか、ほんのり赤く染まる
頬
(
ほほ
)
を
藁
(
わら
)
の中に隠す。 そんな少年の様子を
窺
(
うかが
)
っていると。 幼い
身体
(
からだ
)
は、太めの
麻
(
あさ
)
糸で織られた一枚布を着ているだけのように見えた。 まだ、寒い日だってあるのに ... ... 胸を痛め、男から着せられていた羽織りを掛けてやる少女。 すると、こちらを見上げ美しく輝きだす... お月様。 薄明かりの中、少年の瞳が光を吸い込んで キラキラ と輝いた。
遣
(
や
)
り取りが済むのを待つ
間
(
あいだ
)
。
馭者
(
ぎょしゃ
)
が馬に
与
(
あた
)
えた干し草も、無くなる
頃合
(
ころあ
)
い。 「あなたも、どこかへ、お出掛けかしら?」 「 ゥ ゥ ン ! オ ... ル ス 、 バン ... !」 「お留守番?」 「 ン ! ト 、ト 、 マ ァ ... ツ !」 「トト ... ? お父さんのことかしら ... あ、待って? その前に、あなたのお名前を知りたいわ」 今度は、こちらから
尋
(
たず
)
ね掛けてみた。 「 オ ... ナマ、エ ? 」 「そう。わたしの名前は、ルーリィよ。あなたは?」 「 オ、ナマ、エ ... 」 「トトに、なんて、呼ばれていたの?」 「 ア ! ... ン ... ン ... ... 、 オ、イ !」 「え?」 「 オ、イ ! ヨ ... バ、レ ... ル !」 けれども、よく理解出来ない。 トトって、お父さんのことではなかったのかしら ... ... 考え込んでも仕方がないので、更に
尋
(
たず
)
ね返そうとした。 ところが、乗っていた馬車が ギシギシ と音を立て大きく揺れ動く。 馬が草を
食
(
は
)
み終え、目上との連絡を済ませた引受人が
馭者台
(
ぎょしゃだい
)
に乗り込んだのである。 するとだ。
何処
(
いずこ
)
からか
漂
(
ただよ
)
い始める
霧
(
きり
)
。 地上の天候によるものだろうか。 平然としている男達の様子を見れば、
珍
(
めずら
)
しい事ではなさそうだが。 少年は何かを感じたらしい。 スンスン と
霧
(
きり
)
を吸い込む素振りを見せたかと思えば、 荷台の後ろ側へと身を乗り出し、
声高
(
こわだか
)
に言う。 「 ト、ト ! ... ... キ、タ !!」 それを聞いた馭者台の二人は目を見開き、息詰まる。 「まさか!!」 声を上げコートを
翻
(
ひるがえ
)
し、素早く降車したのは引受人の方。 遠巻きに馬車の後方を見ると。 不審人物を確認するなり右腕を胸の前、そして下方へ強く振り。
袖
(
そで
)
に忍ばせた拳銃を取り出して構える。 ところが狙いが定まらない。 目標が
霞
(
かす
)
み、消えていくのを見て立ち
尽
(
つく
)
くすこと
暫
(
しば
)
し。 シン ... と静まる
宵闇
(
よいやみ
)
の中。 それは再び
現
(
あらわ
)
れた。 引受人は見る。 ぼろぼろのフードマントを着込んだ男の姿を。 だが、ほんの一瞬だった。 確かに
捉
(
とら
)
えたと思ったが。 そいつは消えたのだ。 そうでもなければ説明がつかない。
僅
(
わず
)
か数秒で背後に回り込むなど。 ... ...
有
(
あ
)
り
得
(
え
)
ない!! 凄まじい殺気を放つ視線が、引受人の
喉元
(
のどもと
)
を
貫
(
つらぬ
)
いた。
透
(
す
)
かさず
踵
(
かかと
)
の仕込み刃で蹴り込みに掛かるが、 足を振り上げた時には
既
(
すで
)
に、青白く
放光
(
ほうこう
)
する
霞
(
かすみ
)
が残るだけ。 「 ト、ト ... !! イ、キ ... テ タ ... !!」 少年は言う。 ところが、その後ろで目を見張り、
咄嗟
(
とっさ
)
に小さな
身体
(
からだ
)
を引き寄せたルーリィの思うところによれば。 いいえ、違うわ ... あれは人じゃない!! 「馬車を出せ! 今すぐに!!」 指示を受け、震えながら
手綱
(
たずな
)
を持つ
馭者
(
ぎょしゃ
)
。 何度も何度も
鞭
(
むち
)
を入れられ、荒馬と化す。箱馬車は
軋
(
きし
)
みを上げ走り出した。
弾
(
はず
)
みで転がる少年を
庇
(
かば
)
うルーリィは、壁に背を打ち付けながらも、その腕を
緩
(
ゆる
)
めない。 「
屍
(
しかばね
)
が!! 貴様、
少年
(
アレ
)
の血を
啜
(
すす
)
ったな ... !?」 引受人の叫びを耳にすると同時。 ルーリィは目の前の少年が手に巻き付けていた包帯に気付いて、思いを
巡
(
めぐ
)
らせる。 アレというのは ... もしかして、あなたのことなの ... ... !? 彼女は、待って待ってと繰り返す少年の言葉をじっとして聞いた。 「 ト、ト ... ニ、 アゲル 、ノ、 ... ... 〈血〉... ... アゲ、ル 、ノ... !」 そして
悟
(
さと
)
る。 「ダメよ ... ... !!」 彼女は強く言い放ち、少年を抱きしめた。 その
間
(
かん
)
にも、人の身体能力を
遥
(
はる
)
かに
超
(
こ
)
えるそれは、 再び引受人の前から消え。踏み込み。高く 々
跳
(
と
)
ぶ。 目標は走り去った箱馬車後方。 身を
翻
(
ひるがえ
)
し急速降下する男の影は、 すぐそこまで
迫
(
せま
)
って、ようやく実態を
現
(
あらわ
)
した。 荷台の屋根を破壊するため。 一直線に
拳
(
こぶし
)
を叩き込む ...
姿形
(
すがたかたち
)
は人。 生々しく肉片を散らす手は、
尚
(
なお
)
も
臆
(
おく
)
せず。 バキバキと音を立てながら天板を
剥
(
は
)
ぎ取っていく。 正気の
沙汰
(
さた
)
とは思えなかった。 木の目に
沿
(
そ
)
って割れた
縁
(
ふち
)
を
掴
(
つか
)
み。 力を入れようものなら
掌
(
てのひら
)
を切り裂かれる。 けれど痛みなど感じぬといった素振り。 声すら上げないなんて。 それもそのはず。 木片を浴びる少女の呼吸が引き
攣
(
つ
)
り上がる。 その瞳に写り込んだのは、血の気の無い男の顔。 馬車は疾走し続けた。 夜間は
往来
(
おうらい
)
を制限される
郊外
(
こうがい
)
。 船寄せ場に面する回道を、ひたすらに。 力任せに
拳
(
こぶし
)
を振るい、
裂傷
(
れっしょう
)
を
負
(
お
)
う
腕
(
うで
)
。 骨が
露
(
あら
)
わになっても、こじ開け
身体
(
からだ
)
を
捻
(
ひね
)
り込む男。 道が
撓
(
しな
)
りを
描
(
えが
)
く
都度
(
たび
)
、振り落とされそうになりながらも。 少年に対し手を差し出しながら、彼は言った。 生きた人とは思えぬ
形相
(
ぎょうそう
)
で。 〈 オ イ ... ... 迎えに ... キタ ... ゾ ... 〉 その声は、男の破れた喉元から
漏
(
も
)
れ出しているように聴こえる。 奥歯に
響
(
ひび
)
くような低音だった。 「 ト、ト ォー !!」 〈
父
(
トト
)
じゃねぇ ... 何度言や分かるんだ。この
寝坊助
(
ねぼすけ
)
が〉 ルーリィは少年を抱いたまま、放さなかった。 恐怖で身動きが出来ずにいるよう。 男には、そう見える。 〈悪いが、お嬢さんよ。そいつを放してやってくれないか ... 〉 風で
捲
(
めく
)
れ上がったフードの下には
銃創
(
じゅうそう
)
。
無残
(
むざん
)
にも、背後から撃ち込まれた銃弾によって
額
(
ひたい
)
が弾け飛んだ
痕跡
(
こんせき
)
。 意識が飛びかける。 動くはずのない
屍
(
しかばね
)
が、
何故
(
なぜ
)
だ ... ... !? 一方、単独で馬を走らせる引受人は考えた。 道端に散る木片を流し見ながらの追跡中。 肩口に
騎兵銃
(
カービン
)
を当て、蒼火をちらつかせる男の後頭部を狙いながら。 あの少年を確保した日。 確かに
額
(
ひたい
)
を撃ち抜いたはずだが。 奴の
傍
(
そば
)
を離れる前に、あの少年が自身の血を飲ませていたとして。 動く
屍
(
しかばね
)
が魂を
留
(
どど
)
めるなんて事など
有
(
あ
)
り
得
(
え
)
るのかと。 不可解、
極
(
きわ
)
まる。
然
(
さ
)
れど、
的
(
まと
)
の動きを読むうち
研
(
と
)
ぎ
澄
(
す
)
まされ、
淘汰
(
とうた
)
される思考。 冷酷な
眼差
(
まなざ
)
しが、照準を定め見開かれた瞬間。 引受人の口の
端
(
はし
)
が不気味に吊り上がった。 結論。 「馬鹿 々 しいな ... ... 」 知れたところで何になろう。 「
如何
(
いか
)
なる経緯であろうと、たかが
屍
(
しかばね
)
が一滴の〈
紅玉
(
ルベウス
)
〉を
貪
(
むさぼ
)
ったにすぎぬ」 絶命する
間際
(
まぎわ
)
、
辛々得
(
からがらえ
)
た魔力なら、
既
(
すで
)
に
尽
(
つ
)
きかけているはずなのだ。 確信して引き金に指をかける。引受人は言った。 「今度こそ、
逝
(
い
)
け ... ... 」 火を吹く
騎兵銃
(
カービン
)
。
硝煙
(
しょうえん
)
を浴びる狂気的
相貌
(
そうぼう
)
。 ボロボロになった手を差し伸べ、少年の髪を
撫
(
な
)
で下ろす。 そんな男の声を ...
掻
(
か
)
き消す銃声。 彼は少女に、こう言い残したという。 〈悪いが、そいつを逃してやってくれないか ... 俺を見れば分かるはずだ。 あんたやそいつを手に入れようとしている奴等は ... ... 〉 だが
遮
(
さえぎ
)
られたのだ。 疾走する馬車が街灯の真下に差し掛かった、ほんの一瞬のうちに。 強い逆光を背に受けた男の影が、ぱっと散る薔薇のように形を変え ... 二人の前から消え
逝
(
ゆ
)
く。 力を失い馬車から転落した
身体
(
からだ
)
には、
下顎
(
したあご
)
と空っぽになった
頭蓋
(
とうがい
)
の一部が
辛
(
かろ
)
うじて。
躯
(
むくろ
)
を馬で飛び越えた引受人は、冷ややかに見て笑う。 対して、少年の顔を胸に隠し抱き締めるルーリィの呼吸は途切れ 々 。 目に焼き付いた残影に、すっかりと言葉を失っていた。 けれども、思い詰めてなどいられない。 血の気が引いて足元がふらつこうとも、立たねばならぬのだ。 恐怖も泣きたい気持ちも振り払って、彼女は言う。 「待ってて ... 待ってて ... 」
呆然
(
ぼうぜん
)
して見ていると。 降り口からぶら下がった戸板を蹴飛ばす彼女は、 幼な子のか細い手首を掴み上げて意を決したよう。
次
(
つ
)
いでは、荷台から身を乗り出して。 道先に ... ジッ と目を
凝
(
こ
)
らすのだ。 そうして急な曲がりを見つける。 「下を向いて! 口を閉じるの!
喋
(
しゃべ
)
ってはダメ ...
舌
(
した
)
を
噛
(
か
)
んでしまうわ ... 」 小さな
身体
(
からだ
)
を
屈
(
かが
)
ませながら手短に言い聞かせた。 状況を飲み込めずにいる少年の瞳は不安で一杯だが。見て見ぬ
振
(
ふ
)
り。 最後に聴いた ...
麗
(
うら
)
らかで優しい声が、いつまでも耳に残っている。 「トトの言うことをしっかり聞いて、逃げるのよ?」 その後の記憶は
曖昧
(
あいまい
)
で、はっきりとは思い出せない。 逃げるのよ ... ... !! 言われて
直
(
す
)
ぐ道に投げ出されたので。もう、何が何やら。 下り坂を転げ落ちた少年は
只 々
(
ただただ
)
... ... 痛みと
喪失
(
そうしつ
)
感に
苛
(
さいな
)
まれ、動揺し、大声を上げ泣いていたのだ。 声を聞き付け、やがて近づく
蹄
(
ひずめ
)
の音。 少年は恐怖し、打ち震えた。 物陰に隠れ
潜
(
ひそ
)
むも。 素足で触れる
岩畳
(
いわだたみ
)
の冷たさに不安を
煽
(
あお
)
られる。 弱々しく、
不規則
(
ふきそく
)
になる呼吸。 少年を探し歩いているのだろう。 引受人は、なかなか去ろうとせず。 それ以外の事と言えば、ひたすら街の
郊外
(
こうがい
)
を走り続けた ... そんな気がするだけ。 上へ上へ。 更に ... 上へ上へと ... ...
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嵩都 靖一朗
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