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第三章◆魔ノ香~Ⅴ

      急な道曲(みちま)がりを駆け抜ける箱馬車。 大量の(わら)と共に突き落とされた少年の身体(からだ)は、遠心力により随分(ずいぶん)な距離を転がった。 小道に沿()ってゴロゴロと。 路面に散る(わら)の上を泥団子のように。 無事と言えば無事。 少女に着せられた羽織りと、下り勾配(こうばい)が幸いしたよう。 ところが、突き当りに差し当たって、 ゴツン! (へい)に後頭部を()つけ、(にぶ)い音がした。 (いきお)(あま)って背中から逆さまにへばり付く。 少年の身体(からだ)はやがて、ヘニョヘニョ ... と、くの字に倒れ込み静止。 ようやく止まった ... ... と、少年は思う。 が、しかし。直後に自覚する後頭部の激痛。 「 ン !  ン !! ... ... ヤァァ ... イ タ イ ...!」 ぶつけた頭を()みくちゃにしながら身体(からだ)を起こすも。 目を回している少年は、再び前のめりに身を横たえた。 (まい)った。これは参った。 ゴロンゴロン。 (しば)悶絶(もんぜつ)する。 そしてまた、ある時。 どこからか(ひび)(ひずめ)()青褪(あおざ)める少年は()ぐ様に建物の隙間(すきま)へと駆け寄り、身体(からだ)を押し込んだ。 (とら)われの身であったこと。 理解はしているのだ。 馬車から落ちた(わら)の量に疑問を抱いた引受人は、周辺を詮索(せんさく)している模様(もよう)。 入り組む地下構造(こうぞう)は少年に味方していた。 たん(こぶ)がズキズキと痛むのに、声一つ()らさず。 不審な物音がする(あいだ)は、物陰に身を(ひそ)め。 しゃくり上げる呼吸を押し殺すようにして()(しの)ぶ。  ――― 人の目に触れてはいけない。 〈紅玉(ルベウス)〉などと、等級で呼び付けてくるような者であれば(とく)にも警戒するように。 そう聞かされ育った少年にとって、 言い付けを守ることこだけが、恐怖を(まぎ)らわせる唯一(ゆいいつ)の方法であった。 『おい。忘れるんじゃねーぞ。 外の人間に()われたくなきゃ、じっとしてるんだ ... ... 』 しかし、少年に繰り返し教えてきた男は姿を消したきり。 彼の血の(にお)いはもうしない。 会いたくても叶わない。 恐らくは、もう二度と ... ... 死という別れ、それがどういったものであるのか。 少年はまだ、よく知らない。 男の最期(さいご)を見ていないし。 もしかしたら ... そんな気持ちもある。 納得できないと言うよりは、知ることを(おそ)れたのだ。 込み上げる悲痛。 (こら)えきれず(うずくま)って泣いた。 大粒の涙をいくつも目元から(こぼ)して。 「 ... ゥ ... ゥゥ ... ァァ ... ... 」 頭を()でてくれた男の手の温もりが、(ただ)、恋しかったのだ。 船寄せ場の吹き抜けに面する、商道沿い。 所々(ところどころ)に差す窓明かりも()けながら。 あてもなく。 走って。 走って。 泣いて。 また、走って。 風が通り()ける階段や細道を辿(たど)る。 ほぼ 々 その繰り返しで(むか)えた ... ... 真夜中の事。 疲れ()てた少年は、フラフラと ... おぼつかない足取りで。 中層の荷受場(にうけば)に停泊した中型船の横を歩いていた。 目が(くら)み、視点も(さだ)まらない。 重い(まぶた)合間(あいま)に見る道沿(みちぞ)いの景色はグラグラと()れ。やがて(かたむ)く。 気付けば、石()みの渕垣(ふちがき)に倒れ込んで息だけしている状態。 空腹は(おろ)か、(のど)(かわ)きさえ忘れた身体(からだ)で何時間も彷徨(さまよ)っていたのだから、無理もない。 体力の限界に達し、意識を失う寸前(すんぜん)人気(ひとけ)の無い水場を(おだ)やかに吹く風は、(ほの)かな干し草の()(まと)い。 幼子(おさなご)の鼻先を()で行く。 ハッ ! とし、意識を取留(とりと)めるに()いで。 少年は目を()らした。 目の前に立て掛けられた(ぼう)のようなものが、まず気になったのだ。 とは言え(めずら)しいことなど何も無い。 ただの木組み梯子(きぐみばしご)だったが。 どうやら船への乗り降りに使用されたまま放置されていたらしい。 そうと分かると、()うようにして登りはじめる。 (わら)の香りに誘われ、甲板(かんぱん)に下りた小さな身体(からだ)は、 スンスン と鼻を()らし風を吸い込んだ。 そうして見つける(わら)の山。 寝かけている少年は、力を振り絞って飛び込んで行った。 空になった木箱から(あふ)れる、その(たもと)へと。 スボッ ...! カサカサ カサ ... ... モソモソ ... ... いつしか寝息をたてはじめた少年を優しく(つつ)むは、お日様の香り。 数時間後。 地上が日の出を(むか)える頃には、交換運河の水位(てい)が開かれる。 宿泊先から戻る船員の業務開始を()げたのは、予約制船舶昇降機(ボートリフト)稼働音(かどうおん)だった。 水位上昇を受け待機(たいき)する(あいだ)も、陽の温もりを(ふく)んだ(わら)の中。少年は眠り続ける。 地上が近づくにつれ、降りはじめたのは丘の(きり)だろうか。 船は、まるで雲の中。 甲板を見渡して歩く一人が言った。 「(ひで)ぇな ... これじゃあ、()(わら)湿気(しけ)らせちまう ... 」 取引先農家の手間を増やしてはいけないので、何とかしなければ。 すると若い男が目上の言葉を察し、奥から(おお)いを持ち出してきた。 そこで気が付いたよう。 「ん? 何だコレ ... 」 (わら)の山が モソモソ と動いたので、顔を(しか)める若者。 (おお)いを放りかける手を引っ込め、彼は少しばかり身を(かが)めた。 目上は、分かりきっているとでも言いたげな表情。 「ははん。さては、また ... 地下街のネズミが(もぐ)り込んでやがんな?」 「えぇ!? まさか、こんな、大量にですか!?」 「んな(わきゃ)ねーだろ! ネズミったって、アレだよ」 「アレ ... って、ああ。そう言えばオレも昔 ... 」 「だよな。この辺の悪ガキなら、一度はやる」 彼らは同時に藁山(わらやま)へ両手をぶっ刺し、中を(まさぐ)りはじめた。 ワサワサ、モソモソ。 「いた! やっぱり!」 あえなく(つまみ)み出された少年は、寝ぼけ(まなこ)で返事もしない。 船員が説教して聞かせても、若者に(かつ)がれたまま、二度寝する始末(しまつ)だった。 話は通じない。怒鳴りつけても疲れきった様子で(まぶた)も開けない。 (あき)れた船員は、農家から荷を引き受ける(あいだ)に少年を丘野(おかの)へ降ろし、その場を去った。 「見かけない顔でしたね、親方(おやかた)」 「ああ。しかも、あの身なりじゃなぁ」 どこぞの貴族が不正に買い付けた奴隷やもしれぬ。 「厄介(やっかい)事にでも巻き込まれた日にゃ、仕事にならんからな。  そろそろ巡視船(じゅんしせん)が通るはずだし。保護してくれりゃ良いんだが ... 」 「て、言うか。どこぞの貴族って?」 迷子を一時(いっとき)、面倒みたと言う同業者の不審死に(まつ)わる(うわさ)だが。 聞けば誰もが口封じを警戒するだろう。 「聞きてぇのか ?  面倒な事になっても知らねーぞ?」 「ぇ ... 何それ。(すげ)ぇ ... 怖いんですけど ... 」 とは言え、子供一人を置き去りにするなど(こく)な話。 船から降ろされフラフラと林へ向かい歩く少年を見れば、胸が(いた)む。 それでも彼らは、自身の生活と家族を守る事が最優先と判断したのだ。 身の程を(わぎま)えるとはそういう事。 仮に逆の立場であったなら。 巻き込んで恨まれる場合も想定出来るのだから、良し悪しだって人それぞれと言える。 (かた)や、飲まず食わず。 栄養の不足が(いちじる)しい少年の思考は、ほぼ停止状態だった。 昼過ぎまで林を彷徨(さまよ)い。 木の根元に倒れ込んだまま動かなくなることも屡々(しばしば)。 そんな時。 林に沿()う温室で果実の収穫をしていた(むすめ)が、帰り際に桃色の実を二つ落とす。 風が運んだ甘い香りに反応し、少年は素早く()()って行った。 ところが、転がる実を追いかけてきたらしい(むすめ)と目が合うや(いな)や。 「「 ヒッ ... ... !! 」」 二人とも同じように声を上げて、来た道を引き返す。 転がる実に気を取られ、(たが)いの気配に気付かなかったらしい。 けれども、その途中。 相手は、まだ小さな子供であったと思い返して立ち止まった。 (むすめ)は振り向く。 何があったのか、(たず)ねてみようかと。 対し、実を持ち去る少年は一目散(いちもくさん)。 林の奥へと姿を消してしまったのだから呆気(あっけ)にとられるばかり。 それから、どれくらい歩いただろう。 果実に(かじ)り付いて、モグモグ、ムシャムシャと食しはじめた少年は、 あっという間に元気を取り戻していった。 しかし、これからどうしていいかも分からず。不安は(つの)る。 昼間の林は色とりどりの草花で(あふ)れ、(おだ)やかだった。 それが、せめてもの救い。 一つ目の実をたいらげたら、また二つ目。 (かじ)り付いては林を見渡して歩く少年の瞳は、陽の光を受け明るく輝いた。 そして、積もり積もった不安も一瞬で忘れてしまう。 そんな光景が目の前、一杯(いっぱい)に広がったのだ。 背の高い木々の合間(あいま)()って飛ぶ()れを(あお)ぎ、ひしと見つめる銀色の瞳。 そこに映るのは、(あお)く、それでいて水のように透き通った幻ノ蝶(まぼろしのちょう)()も言われぬ感動を(おぼ)えて、食べかけの実を落としかけるも。手放すより先に(かじ)り付いた。 空腹を満たす一方、自らも パタパタ と足並みを(そろ)えるようにして追って行くと。 ハッ として気付き、思わず声が()れる。 口にする実も離さぬまま。 「 ンム ... !? ンムム... !!」 少年は足元から(のぼ)っていくそれらに目を丸めた。 (ちょう)(まぼろし)と交差する木漏れ日が、次々と地面から浮き上がり。 煌々(キラキラ)と輝く青い宝石を散りばめたかのような道を作り上げていくのだ。 彼はやがて、林の抜け目に消えていく(ちょう)たちを見送り。 (みずか)らも一歩、また一歩と、林から()み出る。 口に(ほお)こんだ実は、最後の一欠(ひとかけ)。 ゴクリ と飲み込んでから、少年は()けだした。 行く先には、小川を(また)ぐ細い石橋と、三階建ての建物が一つ。 消えていったはずの(ちょう)を見かけた気がしたのだ。 石橋の前の窓から(のぞ)き込んでみると。 中は何やら物騒(ものさわ)がし()。 意識の無い黒髪の若者を部屋から運び出す人々を目撃するなり。 咄嗟(とっさ)に首を引っ込めた。 けれども、視界の(はし)に一瞬だけ写り込む。 銀色の ... フワフワ、サラサラとした何か。 人に見つかるかもしれない。 そう思うと怖かったが、どうにも気になって仕方なく。 少年は再度、中を(のぞき)いて息を飲む。 フワフワ ... .... サラサラ ... ... (ひら)きかけの窓から吹き入れる、そよ風が ... ベッドに横たわる男性の銀髪を揺らしていたのだ。 掛布(かけふ)の下には紫紺のローブ。 窓枠(まどわく)に足をかけ、よじ登っていった少年が、 降りる間際に(つまづ)いて激しく床に転がり込んでも。 若者を運び出すのに(いそが)しい人々は、気付かない。 昨晩、作りたての(コブ)を再び打ち付け、 ヒンヒン と上げる声も。 目の前で眠る男性にすら、聴こえていないようだった。 後頭部の痛みが収まってきた頃。 ベッドに寄り添い、肩口にそっと手を()える少年。 ローブに触れた指先が火照(ほて)るように感じ。 不思議な高揚感を胸に抱いた彼は、ふと思う。 もしや、この羽織りの中は ... ... (わら)の中で眠るより心地よいのではなかろうか。 そんなことを悶々(もんもん)と。 (ちょう)を追っている(あいだ)。 両手に抱えるほど大きな実を二つも(しょく)し、満腹なせいもあるだろう。 睡魔に襲われ(まぶた)が重い。 理由は、その他にもありそうだが。 何より少年を安心させたのは、眠る男性から漂う、(かわ)いた(わら)の香りと、 今は亡き、あの男に似た ... 心穏やかな人間の持つ〈血〉の香り。 うたた寝をはじめた少年は無意識に掛布とローブを(めく)り上げ、(もぐ)り込んで行く。 それから身体(からだ)を丸めると、すっかりと(わき)(おさ)まった。 とは言え、やはり不自然な(ふく)らみ。 「 ... ン、フゥ ...  ヌクヌク ... 」 その上、時には寝言まで()らしていたと言うのに。 ()りにも()って、どうして誰も ... ... 彼の存在に気付かなかったのだろう。      

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