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第四章◆血ノ奴隷~Ⅰ
禁じられた法により生み出された魔人は、
〈器 〉と成 りて神化を遂 げ、神術 を操 る。
かつて神々と通じたとされる賢者 が、聖碑 を彼 の民に託 したのは何故 か。
一説では、自身の神秘的能力を解明させるためとも言い伝えられており。
その意志を継 いだ彼 ノ民は、永 きに渡り世界の均衡 を保ち続けてきたのだ。
しかし、それは突如 として破 られる。
不条理 な争いから人類を解放すべく、打ち立てられた計画によって。
彼らは神の意識 に〈絶対秩序 ノ舟 〉を浮かべようとしていた。
そのためには賢者 の精神を解 き、神域 への介入 法を見出 さなければならない。
中枢 を、蒼 き要塞 〈シャングリラ〉へ移植した彼 ノ民 は、やがて地上を去る。
導き手の翳 す灯火 なくば。天地晦冥 。
あらゆる国の権力者が欲望のままに覇権 を奪い合う時代。
多国間紛争によって、ある国は廃墟化したのち森海 に沈 み。
また、ある国は消し炭だけ残す更地 となって、砂漠に飲まれていったと言う。
摩耗 する経済と戦力を埋 め合わせるための、同盟と和解。
背景には、権力者たちの恐れが強く影響していた。
国力の衰退 は反乱を助長 する。
譲歩 し合うことで迎 えた休戦も、
其々 が財政の立て直しに注力しはじめただけという風潮。
流れに乗り遅れた国は、内乱によって自壊 したと聞くが。
「淘汰 により炙 り出されるかたちとなったのが、かつてのユリアヌス ...
彼は、郷国 ウォルテアの星読みに匿 われていたが、
アルシオン帝国の新皇 として担 ぎ出されたらしい」
そして、戦状が複雑化したために利 を得 る者は誰一人として居なかったと言われる中。
故国シャンテの民に限っては、例外として挙 げられることになる。
彼等 は〈神血〉を求めていた。
計画推進 、以前の問題。
蒼 ノ要塞を維持するには、膨大 な魔力が必要だったのだ。
血から魔力を得 るため、彼等 は〈戦 〉を利用し。
後 に知るところとなる彼ノ尊 は、失望を連 ねたという。
『地上の争いを ... 貴方々 はただ、見ていたと ... ?』
すると彼 ノ民 は、こう答えた。
〈人々の心想 に巣食う我欲 の招 いた事。
根源を絶 つにあたり、我々 は人々の心の闇を集積 せねばならなかった〉
フェレンスが、かつてを物語る。
良き友人であったはずの地上の王が、豹変 するより以前の姿を。
走馬灯 のように思い浮かべては、また、意識の奥深くに沈 め。
腹 の底に張り付くような憂 いを吐き出すように。
ノシュウェルが人払 いをした飛空艇 の操舵室 、奥間 にて。
クロイツは珍 しく口を閉ざしたまま、 ジッ... として聞いている。
『あなた方に、私たち地上の民への愛は無かった。そういう事なのですね?』
か細い呼吸。溜 め息を交 え、口元から滑 り落ちていくかのような声。
白百合 を彷彿 とさせる装束 と薄黄色の長髪が、俯 く側 へと垂 れていく間 に。
フェレンスが記憶するユリアヌスの嘆 きは、形を変えていった。
〈願望の生じる一遍 の感情を、さも美しげに〈愛〉と呼ぶ地上の王よ ... 聞け。
お前の抱 くその想いは、生きるに差し当たり重要な意義を齎 しめるだろう。
しかし、お前一人の〈それ〉が万人を救うことは決して無いのだ ... ... 〉
『そう ... 確かに。僕一人の力では、地上の争いを鎮 めることなど出来ない』
〈だが、賢者 の意に添 いて成 すべきを成し、
人類が得 るべき誠 ノ力を見出すことが出来たなら ... 〉
『そのための〈舟 〉か?』
〈 ... ... 否 。〈絶対秩序〉は足掛かりにすぎぬ〉
『 ハハハ ... あははははは!! くだらない!! 誠 ノ力? ...
そんなもの、見出すまでもないじゃないか!!
足掛かりの糧 となった人々の血で、蒼 ノ要塞を〈理想郷 〉に変える!!
つまり、そういう事だよね。そのためには争 いも見て見ぬ振 り。
崇高 な目的のためだろう?
関与せずにいれば〈利用した事にはならない〉とでも言うつもりか!?
... ... どうして ... ... どうして、こんな ... ...
欲深で、身勝手で、救いようのない生き物だけが存続 する世界になってしまった ... ?
か弱く、美しい者は尽 く死んでいく。
何故 なんだ ... 僕達は、ただの ...〈血ノ奴隷 〉だとでも言うのか ... ?』
風の波を乗り越 えては ギチギチ と船体を軋 ませる飛空艇。
船内は静まり返っていた。
乗組員の多くは、機関室での定例業務に勤 しんでいる。
晴天の昼下がり。
事前に貸し切っていた船は、山間 を漂 う千切れ雲を掻 き分け航行 中。
兵士の半数は休憩を言い渡され、客室を自由に移動し寛 ぐ。
中には爆睡する者もいた。
見張りは交代制。
踊り場と通路を隔 てた船首側は特に厳重。
副操縦士が チラリ ... 覗 き見ると。
分厚い壁に備 え付けられた小窓の向こうには、噂 に聞く魔導師の後ろ姿。
フェレンスは逆光を背に、ゆっくりと息を継 いで続ける。
「怒りも悲しみも、深い霧 の糧 となるだけ。
あの人は ... その時、既 に〈無我 ノ境地〉へと達 していた」
それに対し、顔を上げ言い添 えたのはノシュウェル。
「シャンテの民が対価として差し出したと伝えられる〈霊薬 〉の副作用 ... ... 」
「霧 ノ病 か ... ... 」
注釈 を締 めたのはクロイツだった。
操舵 室の扉に背を擡 げるノシュウェルに警戒を任せ、
自らは座席の際 まで張り降ろされた見取り窓から山裾 を眺 めている。
片 や、カーツェルは。
主人 との一定の距離を意識し続け、客室の展望に立っていた。
身体 の疼 きは、とっくに治 まっていたが。
昨夜 、フェレンスが悪戯 に触れてきた際 。
自覚した ... 高揚 感と欲求。
それについて、どう解釈 したら良いものか思い悩んでいたのだ。
魔力に餓 え、血を求めるあまり ... ...
異常なまでの苛立 ちを覚 えた。
満たされぬが故 、余計に神経を刺す飢餓 感。
理性を煙 に巻くかのように絡 み付いたのは、〈食欲〉ばかりではなかったと記憶する。
霧 ノ病 とは真逆の症状。
欲が膨 れ、自分のものとは思えない異質な感情が胸を貫 き。
意識を侵食 する。そんな感覚。
「あの時 ... 俺は、何を考えた ... ... ?」
脳裏 を過 ぎったのは、思いもよらぬ言葉。
〈 ――――― を、―――― ... ... 〉
「違う ... !! そんなはず無い!!」
カーツェルは首を振 った。
「あの時の俺は、俺じゃなかった ... きっと、そうだ ... 」
ならば一体、何が起きたのだろう。
一片 の疑問が残る。
見晴らしの硝子 面に片手を、もう一方は自 らの額 に当て。
深呼吸と共に、肩の力を少しずつ抜 いく。
彼はやがて気を取り直した。
考えても 々 ... きりが無い。
「ああ、もう ... 辛気 くせぇ。... しっかりしろよ、俺 ... 」
フェレンスの敗北を目の当たりにしてからというもの、調子が狂いっぱなしではないかと。
また、それを遠くから見ていたのは少年。
展望にある仕切りの影から、チラッ ... チラッ ... と。
顔を覗 かせては引っ込め。
小さな両拳 を握 々 。おろおろ。
話し掛けたいのは山々だが。
見つかれば連れ戻されると思い、踏み出せずにいるよう。
その頃、機関室 の点検をしていた一人の船員が、はたと気付いて言う。
「あれ ... そう言やぁ、あのチビはドコ行った?」
バルブの開閉と表示を確認した後 。一旦 、振り向くと。
点検表とペンを持ったもう一人が答えた。
「うん ... さっき兵隊さんが、機関室は危ないからって言いに来てたけど。
ちょっと前には、もう、いなかったな」
「やれやれ。隠れんぼにも飽 きたか」
「と言うよりは、逃げたっぽい」
「ははは。まぁ、無理もねぇ。あんだけガッチリ見張られてたんじゃなぁ」
「でも、やっぱ子供だもの。船の上で一人には出来ないでしょ。当たり前じゃないの?」
「いいや。ありゃ他に何か理由があんだろうぜ」
「あの裸足 っ子が? 実は、戦争成金 の御子息 だとか?」
「おお。いい線いってんじゃねーか?」
「まさか ... !」
会話する二人は、二階建て主機関の上段を行く。
真下では、設備の隙間 という隙間を這 いつくばって探す隊員が、
〈気にしてくれるなら一緒に探してくれても良いよ ... ... 〉
とでも言いたげな顔をして見上げてきているのに、見て見ぬ振 り。
船員達の塩対応は、甲板 上においても同様とあって。
「おーい! いたか ―――!?」
「いねぇーっす!!」
ちょこまか逃げ隠れする子供一人を本気出して追跡しはじめた軍服姿に、
陰 ながら ... 心を和ませているようだった。
ところが少年はと言えば、もう一歩のところで兵士の往来が激しくなったものだから、
通路へ出ようにも出られず。未 だ、顔を出したり引っ込めたり。
兵士等 と隠れんぼをして遊ぶ ... と、見せ掛けて。
せっかくフェレンスの居場所を突き止めたのに。
すぐ目の前の扉までが、遠く感じる。
ある時カーツェルは、憂鬱 そうな顔を持ち上げ。
そんな少年の背後まで足を運んだ。
気配を消していたわけでもないのに。
兵士の動向ばかりを気にする少年は、一向 に気付かず。
隠れ潜 む少年と目線を揃 えるように屈 み込んだカーツェルは、小声で話し掛けた。
「旦那様に、お会いしたいのですか?」
Σ ビク ゥ ゥ ゥ ... !!
途端 、少年の猫目が丸々 と見開かれ、肩が跳 ね上がる。
気付かれていないと思ったのに、おかしいな ... ...
恐る 々 振り向く少年に、カーツェルは言った。
「貴方 の血の匂 いは憶 えました。強い魔力を宿す血ですから。
傷を負 わずとも、私 には脈 から漂 って感じられるのです。
尤 も ... 貴方がお持ちの保護符の効果は絶大。
それさえあれば、並 みの人間に感じ取られることはないので、ご安心を」
しこたま驚 いてもガッチリ結 ばれたまま、緩 まない幼子 の手元。
見ると彼は、察 して微笑 む。
クロイツが許しはしないだろう。
しかし、少年がフェレンスに会いたがってる事くらいは知らせるべきと考えた。
立ち返る執事に差し伸べられた手を見て、少年は期待に胸を膨 らませる。
〈 コンコンコン ... ... 〉
ノック音。 操舵 室にいた三人は共に顔を上げた。
ドアの前から身体 を退 けてから、ノシュウェルが尋 ねる。
「誰だ ... 」
「私 ... ... カーツェル・ヴァレンチェス。
偉大なる帝国魔導師、フェレンス様、御方 に仕 える執事で御座 います」
軍士の証明の無い者は、口頭で信用を得 るより他ない。
ノシュウェルはフェレンスの判断を待った。
「確かに彼だ。開けてやって欲しい」
許可が下りて、やっと扉が開かれる。
「やあやあ、済まないな。何せ先日の特殊 な魔物 の件もあって ... 」
「お構 いなく。経緯は存 じ上げておりますので」
「ふむ。 ... その割には不用意ですな。何故 に貴君 が少年を連れて御出 か ? 」
やれやれと思い、カーツェルの腰元 を見れば。
脚 にしがみついて申し訳なさそうに、こちらを見上げてくる少年の姿。
「兵士の目を盗み参 じたのでしょう。物陰に潜 んでいたところを見かけました。
旦那様にお見せしたい物があるようでしたので。
私 からも一言、お願い申し上げたく ... 何卒 、ご許可を」
「それは ... さて。如何 なさいますかな? 監視官殿」
クロイツは鋭 い視線で ジッ ... とカーツェルを見たまま、すぐには答えなかった。
それよりも先んじて疑問を呈 す。
「今頃か? 人目を避 けた理由は何だ。我々 には見せられぬとでも言うつもりか」
いつになく、厳 しい表情で少年を見やる。
クロイツの眼差 しを真っ向から受けて、不意に目を逸 す幼子 。
怪訝 に思ったノシュウェルは、
クロイツに背を向けたままなのを良い事に、口の端 から漏 らす。
「今朝から様子がおかしかったんだ。
昨夜チビと一緒に寝ていて、寝返りざまに蹴 られでもしたのかねぇ ... 」
「 フーン ... だとしたら、いい気味 なんだがな。
けど違う。 きっと ... ヤツは、もう察 しがついてんだ」
「おいおい、何のことだ」
「聞いてりゃ分かるさ ... 」
カーツェルは、気まずそうにする少年の肩に手を添 えながら小声で返した。
一方のクロイツは、そんな二人のやり取りにもお構 いなし。
許可するつもりは無かった。
それなのに、少年を呼ぶフェレンスの一声。
「ここへ来て見せなさい」
「黙れフェレンス! 誰が許した!?」
クロイツの思惑 が、ぶち壊される寸前 。
フェレンスは、真っ直ぐに少年の瞳を見つめて続けた。
「クロイツ監視官。あなたは昨夜のうちに見てしまったのだろう。
だが、それが何なのか ... 自 らの推測 を裏付ける知識を持ち得 てはいない」
「だから何だ。貴様 が確かめたところでどうなる!?」
興奮し声を荒 らげるクロイツを制 すでもなく、フェレンスは少年に目配 せして招 く。
「さあ。旦那様がお呼びですよ ... 行きなさい」
その様子を見ていたカーツェルに背中を押され、少年は一歩、また一歩と前に出た。
しかし、クロイツが立ち塞 がる。
「フェレンス ... この少年の血 ... 貴様 にだけは渡さんぞ ... ... 」
その言葉を聞いた瞬間。
クロイツの背を見るカーツェルの目付きが一変し、ノシュウェルは息を呑 んだ。
不服を宿し、ギラリ と光を弾 いて不穏 な影を落とす瞳。
だがフェレンスは、それぞれの考えとは裏腹な答えを返す。
「分かっているクロイツ。それで良い 」
「「 ... え ... ? ... 」」
意表を突かれたらしい犬猿 の仲が声を揃 えた。
ノシュウェルは黙る。
どちらかと言えば、目の前の二人が同じ反応をしている事に驚 いたと言うか。
その前を少年が行く。
途中までクロイツの様子を窺 いながら。
呆気 にとられ身動きしなくなったと分かれば、足早に。
ペタペタ と素足を鳴 らし、フェレンスの元へ。
「 シャマ ぁ ―――― !」
備 え付けられた椅子 に座ると同時、赤い毛玉が膝元 に飛び込んできた。
拳 を見れば、小さな手のひらには収まりきらない何かが握られていると分かる。
姿勢を正 し、頭を撫 でてやっていると。
尋 ねるまでもなく、少年が言う。
「 シャ マ ! コ、レ ! トト ... ガ、コ 、 レ ... !」
差し出されたのは、 パッ と開かれた手のひら。
その上には、透 かし彫 りの施 された蒼 い勲章 。
少し遅れて、ようやっと話を聞く気になったらしいクロイツが一つ尋 ねた。
「貴様 には、それが何か分かるのか?」
ふてぶてしく腕 を組んで見ていたところ、フェレンスは答える。
「勿論 。だが、あえて先に言っておきたい。クロイツ監視官 ... 」
「何だ。何を改 めて言うことがある?」
「あなたがいずれ、帝都の同胞 に私を引き渡すつもりなのは承知 している。
あなた方が敵視するのは ... 恐らく、帝都の大貴族及び元老院 。
常々 噂されている陰謀論 を危惧 し立ち回る、教徒側であれば ...
なるほど、異端審問を請 け負う〈彼〉に付け入ることくらいは簡単だろう」
「貴様 ... ... 何が言いたいのだ?」
「だがクロイツ。この少年の存在だけは ...
例え、あなたが信頼を寄 せる人物であろうと決して知らせてはならない」
「 ... ... !?」
話は続いた。
「この勲章 に刻まれているのは〈御影 ノ騎士〉たる証 。〈聖蓮 ノ印章〉。
少年を守護していた騎士は使命を全 うして息絶える間際 ... 彼に、これを託 したはず。
この印章には、魔ノ香 の拡散を抑制 しながら、新たな守護者として相応しい者の元へ、
彼を導 く法が施 されているからだ」
「つまり、次に選ばれたのが貴様 だと言うのか?」
「 ... それは違う。これを創 り出したのは賢者 。
... ... 〈神血 〉は ... ... 彼の最高傑作 だった」
その言葉を聞いて、クロイツ、そしてノシュウェルが、怖ず々 と少年を見やる。
傑作 だと ?
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