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【異端ノ魔導師と血ノ奴隷】 第四章◆血ノ奴隷~Ⅱ | 嵩都 靖一朗の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
【異端ノ魔導師と血ノ奴隷】
第四章◆血ノ奴隷~Ⅱ
作者:
嵩都 靖一朗
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第四章◆血ノ奴隷~Ⅱ
翠玉碑
(
エメラルド・タブレット
)
の保護を
委
(
ゆだ
)
ねられし、
彼
(
か
)
ノ民にすら明かされることのなかった 〈血〉の存在。 それについて知ろうものなら、そう、誰もが例外なく思う事だろう。 ――― この 〈 血 〉 があれば ... ... フェレンスの口から告げられるまでもなく。 そこに居合わせた三人の脳裏を同時に|過《よぎ》る言葉。 背筋が凍るようだった。 ノシュウェルは反射的に言い放つ。 「と言うか ! すみません、ちょっと ! ... ちょっと待って下さい!」 「無駄だ! ノシュウェル!」 しかしクロイツが黙らせた。 「中途半端に知恵をつけた者が、事の重大さを把握せぬまま
迂闊
(
うかつ
)
に口を開けば、良いように利用されかねん。 いずれは消されのが落ちだが。もしそうなれば、とんだ不利益だと ... この男は我々に、そう言いたいのだ ... 」
喉
(
のど
)
に
支
(
つか
)
えた息を何とか吐き出すものの遣り切れず、右往左往するは部隊長。 クロイツの支援を言い付かった以上、巻き込まれるのは確実。 分かってはいたが。よもや、こうもあっさり内部事情らしきを明かされるとは思わなんだ。 何と言っても不意打ち過ぎる ... ... !! 現実逃避しはじめる直属の部下は、あえなく沈黙。 今のクロイツには、
構
(
かま
)
ってやる余裕も無かった。 フェレンスの声が
澄
(
す
)
み渡る。 「
秀
(
ひい
)
でる何かを手に入れた者を一番に恐れ、
羨
(
うらや
)
むのは ... その者にとって、より身近な存在である可能性が高い。 私はただ、味方と思っていた者が敵になる ... そういったリスクを踏まえたうえ。 今後の身の振り方や、少年の扱いを決めてもらいたいと、そう考えただけ ... ... 」 だがクロイツは納得しない。 「 ククク ...
曰
(
いわく
)
く付きの人外め。 都合の良い
口回
(
くちまわ
)
しだが、
随分
(
ずいぶん
)
と無責任ではないか。
流石
(
さすが
)
は故国の忘れ
形見
(
がたみ
)
といったところか。 ... 何を
企
(
たくら
)
んでいる ... ?」 「私が、この少年を
囲
(
かこ
)
い込もうとしないことが不思議か?」 「当然だ。私だけではないぞ。見てみろ ... ...
貴様
(
きさま
)
が組み
敷
(
し
)
く男の顔を ... ... 」 フェレンスの目線を
誘
(
いざな
)
い振り返る。 クロイツは、
狼狽
(
うろた
)
え立ち尽くすカーツェルの様子を見て
嘲笑
(
ちょうしょう
)
した。 聞けば、ポツリ ... ポツリ ...
譫言
(
うわごと
)
のように
漂
(
ただよ
)
うカーツェルの声。 「 ... ... 旦那様 ... ...
何故
(
なぜ
)
です ... ... その少年を、お
傍
(
そば
)
に置きさえすれば、国中を旅して魔力を
掻
(
か
)
き集める必要も、
忌
(
い
)
まわしげな陰口を耳にすることだって無くなるはず。 ... ですのに、
何故
(
なぜ
)
... 」 高地の岩清水が
断崖
(
だんがい
)
を下り薄霧を
成
(
な
)
して虹を
孕
(
はら
)
む。 その下を
潜
(
くぐ
)
り抜けた飛空船が雫を
纏
(
まと
)
い、船室の影が濃さを増す中。 フェレンスは静かに、こう答えた。 「カーツェル ... お前がいつまでも私の
境遇
(
きょうぐう
)
について想い
病
(
や
)
むのは、 対し抱く自身の想いが影響し、歯止めが
効
(
き
)
かなくなる事を恐れるせいだろう。 だが、もう少しだけ落ち着いて考えてみないか。 私に対するものとは言え、そういった陰口を、この子が聴いたら ... どう思う。 戸惑い、怒り、
嘆
(
なげ
)
く、お前のようになりはしないか。 魔性の血を持って生まれ、その上まだ幼い。 そんな彼に、お前は ... 自身が抱いているような苦悩まで負わせようと言うのか?」 カーツェルは返すことが出来ない。 彼は、
白金
(
プラチナ
)
のペンダント・ブローチを取り出しチェーンを外すフェレンスの手元を、ただ見る。 少年の持つ
勲章
(
メダル
)
の飾り
環
(
かん
)
に通し首に掛けてやりながら、 クルクル 回るトップを
摘
(
つま
)
み
捻
(
ね
)
じれを正していく指先に、
憂
(
うれ
)
いが集中した。 「力に迷うな。 カーツェル ... そんなお前の姿は、見るに
堪
(
た
)
えない」 会話を締め
括
(
くく
)
ったその言葉は、
下僕
(
しもべ
)
の心を凍らせる。
常々
(
つねづね
)
、ようやっとの思いで腹の底に沈めている ドロドロ とした感情を
抉
(
えぐ
)
り出し、 塗りたくるかのように
容赦
(
ようしゃ
)
なく。 そう、
焚
(
た
)
き付けているのは明らかにフェレンスの方だった。 それなのに、
何故
(
なぜ
)
か悲しい。 「俺だって見たくねーよ ... ... 」 静かに
踵
(
かかと
)
を返し、立ち去る。 「
辛
(
つら
)
くないワケねーのに、平気な振りして見せてるテメーのツラなんか ... 」 カーツェルの声は、震えていた。
荒々
(
あらあら
)
しく歩み寄って胸倉を掴み上げるくらいするかと思いきや、意外。 クロイツはカーツェルの去った後に目先を変えて吐き捨てる。 「
貴様
(
きさま
)
のような
偏屈
(
へんくつ
)
が、よくもそう愛想を
尽
(
つ
)
かされずにいられるものだ」 すると、首に掛けられた
勲章
(
メダル
)
を腹の前で揺らして遊ぶ少年を
眺
(
なが
)
めていたフェレンスが、 切な気に微笑み、視線を持ち上げ、こう返したのだ。 「 ... 私も、そう思う ... 」 あえて言われると
呆
(
あき
)
れすら通り
越
(
こ
)
すというもの。 肩を落としたクロイツは、まるで
独
(
ひと
)
り言のように ブツブツ と言いながら席まで戻り、足を組む。 「まったく。あの男を泣かせるなぞ、大した芸当だ。が、しかし。 奴の
惚
(
ほ
)
れ込みようは異常としか思えん。 無論、そうと分かっていて離さず
傍
(
そば
)
に置く ...
貴様
(
きさま
)
も同様にな」 フェレンスは、それきり口を閉ざし
俯
(
うつむ
)
いたまま。 飛空艇を降りるまで、誰とも語らうことはなかったと言う。
片
(
かた
)
や、少年にしてみれば。 思い詰めても決して
惑
(
まど
)
いを映さぬフェレンスの瞳の色は、格別の輝きを秘めていて。 視線が合う度、キラリ、キラリ 、
淡
(
あわ
)
い差し日を返してよこす。 発せられる言葉や声、
眼差
(
まなざ
)
しのどこにも異常さなんて感じないのに。 普通とは違うだけの事を、どうしてそんなにも恐れるのだろう。 一度クロイツに
尋
(
たず
)
ねてみたいと思った。 けれども言葉にならないため、ただ ジッ ... と
見詰
(
みつ
)
めるだけ。 そんな少年の視線から思いを
察
(
さっ
)
するクロイツだったが、 即座に目を
逸
(
そら
)
し、答えはしない。 やがて、船が
碇
(
いかり
)
を下ろした帝都の空港にて。 高い塔が立ち並び、
幾層
(
いくそう
)
にも
隔
(
へだ
)
たる区画、街並みが、 青い空と雲を
遥
(
はるか
)
か
彼方
(
かなた
)
へと遠ざける景観のもと ... 少年は見るのだった。
犇
(
ひし
)
めき合う群衆の好奇に満ちた
眼差
(
まなざ
)
しと、軍列の
成
(
な
)
す威迫の足並み。 そして、飛空艇の到着に興奮し次々と前に押し出る報道陣の手合。 目に見える熱気に圧倒される ... そんな
幼子
(
おさなご
)
の視界の中心で。 釣り上げ式の
桟橋
(
さんばし
)
を渡り歩き、飛空艇を後にする
彼
(
か
)
の魔導師は、 人々の注目を集めたところで立ち止まり、羽織りにしたローブの
襟
(
えり
)
を
顎先
(
あごさき
)
で突いた。 それを見て察するも、ノシュウェルが手を差し伸べることはない。 連行役の後ろに立つ彼は、降り口に
留
(
とど
)
まるクロイツを振り向く。 火薬の匂いが染み付いた木箱の隙間に顔を寄せ。 様子を
窺
(
うかが
)
っていた少年は、その視線を
辿
(
たど
)
った。 すると、
渋々
(
しぶしぶ
)
口を開いたクロイツが、
隣
(
となり
)
に立つカーツェルに対し、一言二言 ... 告げているよう。 「ノシュウェルの奴が〈羽織りを預かるのは
貴様
(
きさま
)
の仕事ではないのか〉と言っているようだが?」 見もせず。ただ言い渡した。 とんだ茶番を思いついたらしい背を見張っていると。 むしろ、積荷に
潜
(
ひそ
)
ませている少年の安否を気掛かりに思う。 ところが、そんなクロイツを
他所
(
よそ
)
に。 カーツェルは黙り込んだきり返事もしない。 「 ... ツェル ... 」 少年は
歯痒
(
はがゆ
)
い思いをして
藁
(
わら
)
を
掴
(
つか
)
み、
呟
(
つぶや
)
いた。 雲を分けるように空を指し連なる塔と、
街間
(
がいかん
)
から吹き下ろす風がフェレンスの背を強く押した時。 連行役の足が、一歩二歩と持って行かれるのを見ながら。 クロイツを
挟
(
はさ
)
むかたちでカーツェルの対面に立っていた兵士の一人が、物思わしげに言う。 「被害者ぶって、
憐
(
あわ
)
れみでも買うつもりでしょうか?」 クロイツは
透
(
す
)
かさず言い伏せた。 「愚か者め。あの男が民衆の憐れみ程度で救われる玉と思うか? 奴は、むしろ ... 人々の
蔑
(
さげす
)
みを
煽
(
あお
)
りたいのだ。凶悪犯が民衆を
嘲
(
あざけ
)
るようにしてな」 兵士は更に質問を投げ掛けた。 「そんな事をして、一体、何の
得
(
とく
)
があるのですか?」 それを聞いていたカーツェルは、
虚
(
うつ
)
ろに見つめていたフェレンスの背から視線を
逸
(
そ
)
らし。
僅
(
わず
)
かに
俯
(
うつむ
)
いたうえ、口を
挟
(
はさ
)
んだ。 「あるさ ... 少なくとも、そんなアイツに
便宜
(
べんぎ
)
を
図
(
はか
)
るような連中なんかは皆、 目的を疑われた
挙句
(
あげく
)
... 共々、異常者
扱
(
あつか
)
いされる
羽目
(
はめ
)
になるんだからな」 人からどう思われようと構わない。興味すら無いのだと。 かつてのフェレンスに聞かされた言葉に、未だ
惑
(
まど
)
わされる。 カーツェルの様子を
窺
(
うかが
)
いながら、クロイツは口の
端
(
はし
)
を吊り上げ笑った。 「 ククク ...
辛
(
つら
)
いか ? 」 声に出して言う気になどならない。 しかしカーツェルは
改
(
あらた
)
めて顔を上げ、フェレンスの背を見て
頷
(
うなづ
)
く。 物珍しい反応に驚いたのはクロイツばかりではなかった。 何人かは顔を見合わせ肩口を広げる。 やがて人々は、
噂
(
うわさ
)
に聴く〈異端ノ魔導師〉に連れ
添
(
そ
)
う男の一挙一動に注目した。 一歩、また一歩と、主人のもとへ歩み出ていく足取りから。 吹き抜ける風に
煽
(
あお
)
られる
燕尾
(
えんび
)
と。
深青
(
しんせい
)
に
艶
(
つや
)
めく黒髪と。 端正な身振りと。順に見て。 カーツェルは思う。 『 お前に、今の俺の気持ちが分かるか? ... なぁ、フェレンス ... 』 伸ばした手の指先がフェレンスの肩に触れた節目。 お前にとっては目的が全て。
成
(
な
)
すべきを成す。そのために ... 必要と思われる行いを淡々と積み上げていかなきゃならない。 分かってる。 けどな ... ... 俺は ... ... そういった
理由
(
わけ
)
だから、
蔑
(
さげす
)
まされても当然だとか。 期待しないどころか、初めから何もかも
諦
(
あきら
)
めてる ... そんな、お前を見るのが
辛
(
つら
)
い。 俺は、俺だけは、他の奴とは違うんだって ... 分かってるくせに。 突き放すのではなく ... いい加減、受け止めて欲しい。 そう願ってるだけなのに。 異常なほど理性的な反面、馬鹿正直な ... お前は、 やたら素直だったり、そうじゃなかったりする
可笑
(
おか
)
しな奴だ。 けど、そんなお前だから ...
傍
(
そば
)
に居たい。共に
成
(
な
)
し
遂
(
と
)
げたい。 今はもう、それだけなのに。 お前ときたら相も変わらず、俺を試すことを
止
(
や
)
めちゃくれないんだな。 お前がいなきゃ、俺の
成
(
な
)
すべき事だってどうにもならない。何も始まらない。 それなのに ... ... 「 旦那様 ... ... 私の、心からお
慕
(
した
)
いする
主
(
あるじ
)
...
貴方
(
あなた
)
様は ... ... 」 いつになったら分かってくれる? 想い連ねるごとに胸が締め付けられるよう。 預かり受けたローブを左腕に掛け、カーツェルは切な気に目を細めた。
幾度
(
いくど
)
、愛想が
尽
(
つ
)
きかけたか知れない。 とは言え、そんなことは
茶飯事
(
さはんじ
)
。 それでも自らフェレンスの
傍
(
そば
)
を離れたいと思ったことは、一度もないのに。 今や変わりつつあると気付いて欲しいかった。
魔ノ香
(
まのか
)
に酔い、暴走しかけて思うようになった事がある。 『お前の羽織るローブを、その肩から取り払えば ... お前の両手首の拘束具が人目に
晒
(
さら
)
される。 それでも、お前は涼しい顔をして、凍てついた心の持ち主を演じて見せるんだろう?』 矢の
如
(
ごと
)
き視線を放つ群衆の中。 立っているだけで身震いするほど。 『お前を
蔑
(
さげす
)
む者達の醜い思念を全て焼き払えたならと ...
疼
(
うず
)
く。 この腕に宿る蒼き炎は ... 反面、お前の血の魔力さえ奪い尽くしかねないと。 お前は、知っていたんじゃないのか?』 親愛なる友を想うが
故
(
ゆえ
)
に増す攻撃性と欲求。 『 ... ... なのに ... .... 』 血が上り、耳の奥が圧迫される。 強張った首筋を通じる心拍が後頭部にまで響いた。 「
貴方
(
あなた
)
様は ... ... 」 カーツェルは繰り返す。 騒然とする大衆の目に冷酷な視線を突き返しながら。 「 ... こうして
仇成
(
あだな
)
す者達に対する この〈殺意〉 を
鎮
(
しず
)
めるに至ってもなお、 ご自身の血でのみ
贖
(
あがな
)
うと ... そう仰るのですね ... 」 すると、そこに差し伸べられる手のひら。 「奴め、
手枷
(
てかせ
)
を ...!?」 降り口の手前で身を乗り出したクロイツは、
咄嗟
(
とっさ
)
に目を見開き樹々の息吹を呼び込む。 拘束具を断ち切り振り向いたフェレンスの手が、カーツェルの
頬
(
ほほ
)
に触れるより前に。 動きを封じるつもりだった。 人々の瞳に映る異端ノ魔導師は ... 塔の合間から差し込む陽の光の中心に居て、自身の影に
潜
(
ひそ
)
んだ死霊を呼び起こす。 落胆した
下僕
(
しもべ
)
の胸を
灼
(
や
)
く
劫火
(
ごうか
)
が表に
現
(
あらわ
)
れ、 凍るような蒼色の炎が脚元から立ち上るに対し。 空間を断絶した彼は、寒冷が外部に
及
(
およ
)
ばぬよう
努
(
つと
)
めながらも何かを
囁
(
ささや
)
いているようだった。 「案ずるな。お前は良く
堪
(
た
)
えている ... カーツェル。 問題なのは、今のお前が不安定な状況にあると知られてしまった事。 ここ最近というわけではないらしいが ... ... ノシュウェル隊長の忍ばせた追っ手は、どうやら ... 役目を果たすこと無く、さぞ無念な思いを ... 」 連行役と共に部隊長を
弾
(
はじ
)
き出した球状の障壁に
遮
(
さえぎ
)
られる音声。 だが
何故
(
なぜ
)
か、ノシュウェルは彼の言葉を聴いたように錯覚する。 密命を下した隊員の
最期
(
さいご
)
が
彷彿
(
ほうふつ
)
とし、血の気が引いた。 とっくに
暴
(
あば
)
かれていた策。 ともすれば、クロイツ ... 監視官がどう出るか、常に見張られていたはずだ。 例の少年が、こちらの手の内にあることも
既
(
すで
)
に知っていて。 それでも
鳴
(
な
)
りを
潜
(
ひそ
)
めていたならば。 これは
罠
(
わな
)
。 異端ノ魔導師という存在を、利用するため程良い居場所を与えていた何者かの
仕業
(
しわざ
)
だ。 「手をだすなクロイツ!!」 狙いは〈あんた〉だ!! なりふり構わず振り向き呼び捨てるノシュウェルの声。 クロイツは硬直し瞳を見開いた。 すると、フェレンスの結界に
慄
(
おのの
)
き
退
(
しりぞ
)
く民衆の手前、駆け入る隊列。 合間 々 に立つ数名の退魔師。 一斉に放たれた呪縛によって捕らえる千ノ影。 目に映る光景の、更に奥から見つめてくる視線に気付いき。 ニヤリ と
含
(
ふく
)
み笑いを浮かべるは、指摘を受けた当人。 「アレセル ...
貴様
(
きさま
)
... 」 クロイツの声は、弱々しい。
紫翡翠
(
むらさきひすい
)
のように
淡薄
(
たんぱく
)
な色合いの
衣
(
ころも
)
に、白い
刺繍
(
ししゅう
)
。 背中と
襟元
(
えりもと
)
に
描
(
えが
)
かれた神秘的文様は、神々を崇拝する者である
証
(
あかし
)
。 だが、同行したそれら、異端審問官の様相とは
異
(
こと
)
なる。 前線に立つ彼は、漆黒の軍服に身を包み ... こちらを見
据
(
す
)
えていた。 異端審問官とは、神理に
添
(
そ
)
い行政を導く神官職の下位にあたる。 言わば、司法捜査員だが。
賢者
(
ヘルメス
)
の定めた制約と、帝国の法令。双方に
基
(
もと
)
づき反例を
示
(
しめ
)
すのだ。 問題とされる発言や案件は審問に掛けたうえ、閉会中審査の議長席に座し決議を取り仕切る。 中でも、その男の存在は
秀逸
(
しゅういつ
)
であったが。それが
何故
(
なぜ
)
、帝国軍の隊列を指揮しているのか。 ある者は言う。 「大司教の祝福を受け聖騎士となり。
帝
(
みかど
)
の
近衛
(
このえ
)
隊、隊長を務めるも辞任。 しかし、その直後には議席と審問官の資格を同時に
得
(
え
)
たという ...
気鋭
(
きえい
)
。 噂には聴いていたが、親族を売ってまで目的を果たさんとするその志といい。 まったく ... 末恐ろしい男だ」 「 ホホ ... おやおや。何ごとで
御座
(
ござ
)
いましょうや。
我等
(
われら
)
、公爵家の
大兄
(
おおえ
)
ともあろう
御方
(
おかた
)
が ... ホホホ」 「買い
被
(
かぶ
)
ってもらっては困ります ...
叔父上
(
おじうえ
)
。私にも恐れはある」 「 ホー ... それはそれは。まこと、痛み入りますぞ」 飛空艇の発着場に程近い塔の一角より。
一行
(
いっこう
)
の動きを眼下に見下ろしながら。 一人は左胸に幾つもの
徽章
(
きしょう
)
、そして
略綬
(
りゃくじゅ
)
を
授
(
さず
)
かる軍服姿。
葡萄酒色
(
ワインレッド
)
のボリュームある髪を首の後でまとめ。 がっちりとした肩を一直線にし、胸を張った姿勢で後ろ手を組む。 また一人は
裾
(
すそ
)
の長い
銀灰
(
ぎんかい
)
のジャケット姿。 七分分けした
褐色
(
かっしょく
)
の髪を耳にかけ、上唇を
覆
(
おお
)
う
髭
(
ひげ
)
の
端
(
はし
)
を摘みながら控えめに笑った。 「そう仰るなら、叔父上が爵位を継いで下されば ... 」 「ホホ ... 夢にも思わぬことを
悪戯
(
いたずら
)
に申されますな。
私共
(
わたくしども
)
は
所詮
(
しょせん
)
、
貴方様
(
あなたさま
)
方、宗家の手脚に過ぎませぬ。 それを
安々
(
やすやす
)
と切り落としては多くの生き血を
啜
(
すす
)
る。それが再生の道理。
最
(
もっと
)
も ... 貴方様のお父上に限り、不適切では
御座
(
ござ
)
いましたが」 明らかに年配と思われる側が、より
丁寧
(
ていねい
)
に物を言う。 「一族を
貶
(
おとし
)
めかけた無能の話など ... ... 」 「言葉が過ぎましたかな? ホホホ ... ここは反省をかね、出直して
参
(
まい
)
りましょう。 ですが、その前に一つだけ。と、申しますのも ... 例の医師の消息を掴みまして。 シャンテノンまで口封じに向かわせた配下より報告が
御座
(
ござ
)
いました。 〈奴は
既
(
すで
)
に
苗床
(
なえどこ
)
と化していた〉と。 ...
帝
(
みかど
)
の
蒔
(
ま
)
いた〈種〉が芽吹き始めているようですな」 広い部屋の奥へと引き返し、日差しと影の
堺
(
さかい
)
を踏み越えたところ。
髭
(
ひげ
)
の男は振り向きもせず言った。 すると、一つ
結
(
ゆ
)
いの背筋に若干の力が入って、視線が
研
(
と
)
ぎ
澄
(
す
)
まされる。 「やはりか。こちらでも〈帝ノ血(みかどのち)の輸送中、死に
損
(
ぞこ
)
ないによる襲撃を受けたと聞く。 [御影ノ騎士]ともなれば、神域に達した帝の[気配]を感じ取ることも可能だろうからな。
悔
(
く
)
いる想いと強い危機感とで
化
(
ば
)
けて出たか ... ... それにしても、 血の魔力だけで変じるとは考えにくいと思い詰まっていたところだ」 「ともあれ、
我等
(
われら
)
、
大貴族及び元老院
(
マグナート
)
の
傾
(
かたむ
)
きを
快
(
こころよ
)
く思わぬ軍部が、 何やら神教徒と通じはじめたようですので。 くれぐれも抜かり無きよう。
何卒
(
なにとぞ
)
、お気を付け下さいませ。 特に、
貴方様
(
あなたさま
)
直属の部下であったという、あの者 。 審問会の要請により監視官として派遣されたという ... 」 「クロイツのことか?」 「そう、あの者に至っては油断なりませぬぞ ... ... 娘の生まれる確率が極めて低い種族である女の、一粒種で
御座
(
ござ
)
います。 母の
敵
(
かたき
)
を
討
(
う
)
ち取るため、
我等
(
われら
)
の動きをあらゆる角度から探っているそうですから」 「分かっている。そのために審問官であり、 副議長を務めていると言う
異母弟
(
おとうと
)
を引き込んだのではないか」 「油断
召
(
め
)
されますな。同一の母を愛した者共で
御座
(
ござ
)
います」 「とんだ化け方をするやもしれぬ、か ... ... 」 軍服の男が見
据
(
す
)
える先には、話題の人物。 「クロイツ ... 軍部の犬であるお前が、実のところ 教徒側の指示を受けて動いていたことくらいは
把握
(
はあく
)
済みだった。 だが、お前の弟は私達にこう言ったぞ? お前は連中に操られている振りをしているだけだとな。 審問官として教会と議会、双方のあり方を問う立場でいて、 あの魔導師に都合の良いよう裏で軍部と掛け合っていた弟とは真逆という
訳
(
わけ
)
か」 フェレンスを取り囲んだ退魔師の
唱
(
とな
)
える呪縛は、クロイツの呼び込んだ精霊の自由をも奪っていく。 その様子を
眺
(
なが
)
めながら男は言った。 「
一癖
(
ひとくせ
)
も二癖もある
気儘
(
きまま
)
な弟を持つと苦労するな ... ... お互いに」
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嵩都 靖一朗
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