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【異端ノ魔導師と血ノ奴隷】 第四章◆血ノ奴隷~Ⅺ | 嵩都 靖一朗の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
【異端ノ魔導師と血ノ奴隷】
第四章◆血ノ奴隷~Ⅺ
作者:
嵩都 靖一朗
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第四章◆血ノ奴隷~Ⅺ
志
(
こころざし
)
、揺るぎなく。
貫
(
つらぬ
)
き通す
構
(
かま
)
え。 普段どおりに振る舞い、
尽
(
つ
)
くす彼の
挙動
(
きょどう
)
により
示
(
しめ
)
される意向。 スカーフの結びを整えてやり一呼吸置いたカーツェルは、 立ち居あらため主人と向き合う。 ところがフェレンスは口を閉ざしたきり。 相手の
醸
(
かも
)
す余裕を感じ取りながら、思い
巡
(
めぐ
)
らせるばかりだった。 朝食の席。
給仕
(
きゅうじ
)
に
就
(
つ
)
いた彼の手元。
集
(
つど
)
いの前に中庭まで付き
添
(
そ
)
い、扉を引いて待つ、その足元。 落ち着き
払
(
はら
)
った様子に目を見張りながら、フェレンスは思う。 実に不可解 ... ... 事の
成
(
な
)
り行きは予測出来ていたと言うし。彼の事だ、少年を
人質
(
ひとじち
)
にしたうえ 理不尽の一つや二つ、
仄
(
ほの
)
めかすなどしてもおかしくはないと考えていたのに。 思い違いと気付かされたのだ。 それは、寝室を出て
直
(
す
)
ぐの事。 「申し遅れましたが、旦那様。 少年の身柄については、管理官と協議したうえ
委
(
ゆだ
)
ねるのが無難かと
存
(
ぞん
)
じます。
延
(
ひ
)
いては帝国の管理下に置かれ、いずれは買われていく身となるでしょう。 ですので、どうか ... せめてもの
餞
(
はなむけ
)
に名付けやっては頂けませんでしょうか。 買われていった先で、必ずしも名を
与
(
あた
)
えられるとは限りませんので ... 」 そう申し出たのは他でも無い、カーツェル。 まさかの展開だった。 その時には返事もせぬままに私室を
後
(
あと
)
にしたが。 庭に一歩出て立ち止まったフェレンスは、見もせず彼に言い残す。 「 ... 〈チェシャ〉 ... シャンテの古語だが ... 」 耳にするなり少年の名と
察
(
さっ
)
し。彼は
尋
(
たず
)
ねた。 「それと申しますのは、つまり?」 「〈喜び 〉という意味だ」 聞いていると、足早に立ち去る背が投げやりに返してよこす。
花木
(
かぼく
)
の
合間
(
あいま
)
を行く姿を見送りながらカーツェルは微笑んだ。 「実に
良
(
よ
)
い名で ... ... 」 関わり合いにならぬよう意識しても、何だかんだ良くしてやりたい気持ちはあるよう。 あの少年も、気に入るに違いない。 その日の予定組みを確認しに
集
(
つど
)
う使用人達の元へと急ぎつつ、思う。 しかし彼は調理場横の休憩室ではなく、使用人部屋の連なる
棟
(
とう
)
の手前まで歩いた。 そこは、いつもの打ち合わせ場所とは
異
(
こと
)
なる。 使用人達のリビングスペースだ。
手筈
(
てはず
)
通り ... ... カーツェルの視線が
暗影
(
あんえい
)
を
裂
(
さ
)
く。 立ち入る彼の気配に振り向く精霊達は
不穏
(
ふおん
)
な表情。 見合わせ様子を
伺
(
うかが
)
う彼、彼女
等
(
ら
)
を代表するかのように口を開いたのはロージー。 「 ... それで? あたし達に、どうしろって言うのよ」 最後に立ち返り数歩引き下がるローナーの向こうには、一人がけのソファーに
座
(
ざ
)
し足を組む人影。 歩み寄るカーツェルを冷ややかに見上げる男の
眼差
(
まなざ
)
しは、憎き
敵
(
かたき
)
を
凝視
(
ぎょうし
)
するかのよう。 アレセルだった。
硝子
(
ガラス
)
のように透き通る
花弁
(
はなびら
)
の内に光を
宿
(
やど
)
す花々は、 やがて ... 日の直射を
避
(
さ
)
けるようにして
窄
(
すぼ
)
み、下を向く。 昨夜の
霧
(
きり
)
に
湿
(
しめ
)
る土と新芽の
香
(
か
)
。
芳
(
かぐわ
)
しき風を吸い、歩いて行った先でフェレンスは立ち止まった。 植え込みの雪柳(ゆきやなぎ)が
側壁塔
(
そくへきとう
)
、
脇
(
わき
)
の
歩廊
(
ほろう
)
を
潜
(
くぐ
)
り裏庭まで続く ... その手前にて。 胸元から
褐色
(
かちいろ
)
の
洋巾
(
ハンカチーフ
)
を取り出した彼は、サッ と身前に
翻
(
ひるがえ
)
し、
囁
(
ささや
)
く。
真
(
しん
)
の 姿 を
現
(
あらわ
)
せ 「Revelar la apariencia real ...」 同時に息を吹きかけた彼の求めに
応
(
おう
)
じ輝き放つは、
宙
(
ちゅう
)
へと
躍
(
おど
)
り出た
銀糸
(
ぎんし
)
。
解
(
ほど
)
けて舞う
縫
(
ぬ
)
いの先から再度、
織
(
お
)
り上げられていく衣は大幅に面積を増し。
薄羽織
(
うすばおり
)
となって彼の手元へ帰る。 それから、
速
(
すみ
)
やかに
袖
(
そで
)
を通し歩み行くのだ。 待つ
間
(
あいだ
)
、準備運動
兼
(
か
)
ね、雑念を
払
(
はら
)
っておかねばならぬ。 フェレンスは急いだ。 馬屋の前から走路が
外垣沿
(
そとがきぞ
)
いを
囲
(
かこ
)
う
土壌
(
グラウンド
)
には、背の高い
針葉樹
(
しんようじゅ
)
が距離を置き
聳立
(
しょうりつ
)
する。
合間
(
あいま
)
に立ち、見上げれば。
枝葉
(
えだは
)
の向こうにあるべき空の大半を
覆
(
おお
)
う、
天蓋
(
てんがい
)
の街の底。
日差
(
ひざ
)
しの角度から時刻を読み取ったところ。
凡
(
およ
)
そ九時を周る頃合いだが。 「この時分。
何故
(
なぜ
)
、君がここに
居
(
い
)
る?」 彼はお見通し。 と言うか。木の
幹幅
(
みきはば
)
に合わず若干、太い腕が見えていたのだ。
突如
(
とつじょ
)
、屋敷の
主
(
ぬし
)
に問われ震え上がったのは守衛の一人だった。 「た、たたた、大変、申しわけ
御座
(
ござ
)
いません!!」 理由を聞いているのに。 向こう側に隠れ
潜
(
ひそ
)
む男は目を白黒させ、
咄嗟
(
とっさ
)
に
詫
(
わ
)
びた。 「その声は、アックスか ... 」 「は は は、はい! 旦那様!」 ロージーに並ぶ体格で、ぶっきら棒だが
物怖
(
ものお
)
じせず。 使い魔の中でも特に図太い性格をしている精霊が、何をそう
縮
(
ちぢ
)
こまっているのかと。 不可思議、
極
(
きわ
)
まる。
眉間
(
みけん
)
に
皺
(
しわ
)
を
寄
(
よ
)
せ見ていたところ、次いでフェレンスは硬直した。 背後から何か聴こえる。 〈 テ テ テ テ テ ... ... 〉 足音だろうか。 恐らくは何かが横切ったのだ。 その気配は、行って更に戻る。 〈 テ テ テ テ テ ... ... 〉 しかも今度は若者の ヒソヒソ 声までした。 「あっ! こら! 戻るな! 見つかっちゃうだろう?」 あの声は、ソード ... ...
呆
(
あき
)
れ振り返ると、目が合った。 やはり、お前か。 一呼吸置いて、彼は言う。 「 ... ... あ 」 あ、じゃない、あ、じゃ。 「何が ... ... あ 」 しかし、同じ事を
尋
(
たず
)
ねようとすると彼もまた、木の
幹
(
みき
)
の裏側へ引っ込み、叫ぶ。 「ごごご、
御免
(
ごめん
)
下さいませ!!」 いや、だから。
何故
(
なにゆえ
)
そう
慌
(
あわ
)
て隠れる必要があるのか
問
(
と
)
いたいのだが。 〈 テ テ テ テ テ ... ... 〉 こちらへ
駆
(
か
)
けてくる気配に気付いて
察
(
さっ
)
する。 「 シ ャ ――――― マ ――――― !」 なるほど ... ... 遊んでやっていた訳かと。 少年は両腕を広げてフェレンスの足元へと飛び込んで行った。 「 チ ュ ゥゥ カ、マエ、タ !!」 捕まった ... ... これは
不味
(
まず
)
い。フェレンスは思う。 先に着込んだ
丈
(
たけ
)
の長い
薄羽織
(
うすばおり
)
の
裾
(
すそ
)
を
握
(
にぎ
)
り込み、 ポフン ! と
埋
(
う
)
まる小さな
身体
(
からだ
)
を見やったところ。 パッ と顔を上げた少年の瞳が、キラキラ と輝いた。
片
(
かた
)
や守衛の二人は
木陰
(
こかげ
)
に隠れたまま、手で顔を
覆
(
おお
)
っている。 まさか、まさか。 こんな場所で主人と出くわすとは思わなかったので。 やっちまった感が
否
(
いな
)
めない。
詳
(
くわ
)
しい説明も
未
(
いま
)
だ無し。 ただ、これまでも血ノ
奴隷
(
どれい
)
を
召
(
め
)
し抱えようとはしなかった主人のこと。 情が
移
(
うつ
)
らぬよう、避けているのだとの
噂
(
うわさ
)
を耳にしている手前。
間
(
ま
)
が悪いのは自分達か、それとも主人か。 困り
果
(
は
)
てた。 すると、
幹
(
みき
)
からはみ出す彼らの装備の
端々
(
はしばし
)
が 小刻みに震える様子に目を
配
(
くば
)
り、フェレンスは言う。 「ご苦労。気にせず引き続き、
勤
(
つと
)
めを優先して欲しい。 次期、カーツェルが迎えに来るはず。 それまでは、気を抜かぬ限り自由にしてくれて
構
(
かま
)
わない」 遊び相手になってやっていた事。
叱
(
しか
)
り受けるものと思ったが、そうはならなかった。 二人は
驚
(
おどろ
)
き、顔を出して見合わせたのち、あからさまな笑顔で
居直
(
いなお
)
り
服
(
ふく
)
す。 「了解しました!」 「ありがとうございます! 旦那様!」 胸に手を当てる両者の礼に対し、視線を向け
応
(
こた
)
える。 フェレンスは言い残し、その場を後にするつもりだった。 ところが、行かせない。
羽織
(
はお
)
りを握り込んで放さぬ。 少年が前のめりにぶら下がると、フェレンスの首が
絞
(
し
)
まった。 「 ム ゥ ゥ ゥ ... 」 (*>x<)o゛ ブラ ――― ン 。ブラ ――― ン 。 守衛は
唖然
(
あぜん
)
とし、ただ見ている。 ... ... ... フェレンスは無言で
堪
(
た
)
えた。 だが、
徐々
(
じょじょ
)
に沈んでくのだ。 何て、ぎこちない動作だろうと思う。 な、ん、て、考えている場合ではないのに。 「 ... て、こらぁあぁあぁぁぁ ――――――― !!」 「何しやがる、この
悪戯坊主
(
イタズラボウズ
)
!!」
慌
(
あわ
)
てふためいた二人が土煙を立て両脇に滑り込むも、少年は手を放そうとしなかった。 抱き上げ、握られた手の
隙間
(
すきま
)
に指を入れようと
試
(
こころ
)
みたものの。 ヤー ヤー ムー ムー 。
身体
(
からだ
)
を
捻
(
ひね
)
くり返し
駄々
(
だだ
)
を
捏
(
こ
)
ねる。 揺さぶられながら黙って待つフェレンスだったが、ある時。 ズイッ と迫る少年の顔。 紅と白銀、双方の毛先が フワリ ... 触れ合う距離だった。 見合わせると、満月のように美しい
眼
(
まなこ
)
を
更
(
さら
)
に寄せ、
幼子
(
おさなご
)
は言う。 「 シャ、マ ! シュ、キ !」 一緒に行きたいと言っているのだ。 しかし、そうはいかない。 フェレンスは顔を
背
(
そむ
)
け
退
(
しりぞ
)
く。 「ああ、はいはい。旦那シャマ、シュキ シュキ!」 「でも、旦那様はお忙しいからね ~? あっち行って遊ぼうな ~?」
宥
(
なだ
)
めつつ、ようやっとのことで引き
剥
(
は
)
がすと、肩に
担
(
かつ
)
ぎ込むアックス。
傍
(
かたわ
)
らで言い聞かせているのはソード。 その声は次第に遠ざかった。 「 ヤ! ヤ ァ ァ ― ... ! シャ、マ ――― ! シュキ ―― ! シュキ ~~~ !!」 引き渡し人としてアレセルの名が
記
(
しる
)
されるなら、 そう悪い相手に買われることは無いだろう。 過激派の
暗殺者
(
アサシン
)
に命を狙われぬよう、結社の
傘下
(
さんか
)
に置かれるはずだ。 あとは、この
身
(
み
)
を対価に ...
過激派勢力
(
パルチザン
)
と接触したであろう
彼ノ尊
(
かのみこと
)
を引きずり出すまで。 チェシャ。そう名付けた子の呼び掛けを聞きながら。 フェレンスは再度、決心する。 そうして気持ちを
鎮
(
しず
)
めると。 彼は
腰元
(
こしもと
)
から素早く杖を
抜
(
ぬ
)
き出した。 短剣を
扱
(
あつか
)
う
要領
(
ようりょう
)
で。 持ち返し、振り抜く。 風を
斬
(
き
)
る音と共に、場面は転じた。 猫脚家具の下から壁際まで、複数、伸びる人影。 その中心に立ち、淡々と
述
(
の
)
べているのはカーツェル。 「過激派勢力が〈禁断ノ
翠玉碑
(
エメラルド・タブレット
)
〉の
在り処
(
ありか
)
を突き止めたとすれば。
尊
(
みこと
)
の帰還は間近だ。フェレンスが
奴等
(
やつら
)
にとって、どういった存在であるのかは、 まだ分からない。けど ... アイツは、
尊
(
みこと
)
の側に付いて 〈世界ノ修正〉だけでも
阻止
(
そし
)
する気でいる」 「それくらいの事。ご説明頂くまでもありませんが?」 組んだ足の上に、指を交差させた両の手を置く。 アレセルは
苛立
(
いらだ
)
っていた。 「だろうな。だから、お前はフェレンスと俺をわざわざ引き合わせたわけだ」 「ご
存知
(
ぞんじ
)
なら。一刻も早く、あの方を連れ去るべきかと思いますが。 何をもたついているのですか?」 「やっぱ ... お前には分かってねーんだな」 聞けば
尚更
(
なおさら
)
、憎らしい。 その
喉元
(
のどもと
)
を
刳
(
えぐ
)
り
潰
(
つぶ
)
してやりたい気分だった。 殺気立つ両者の
間
(
あいだ
)
に立っていられるのは、ロージーとローナーだけ。 壁際まで引き下がるメイド役、そして調理場の面々に配慮するマリィは、リリィと並んで距離を置く。 ここで
一悶着
(
ひともんちゃく
)
あっては、今後に
差
(
さ
)
し
支
(
つか
)
えるため。 気を
利
(
き
)
かせ会話に入っていったのはロージーだった。 「つまりね。旦那様は、このコにだってどうこう出来るお方じゃないのよ。 とんだ公爵家の
盆暗
(
ボンクラ
)
ですもの。命を
懸
(
か
)
けたつもりでもね。 本当は ... それさえ、まだ許されていないワケ ... 」 「俺達は、まだ引き返せる ... ... だからダメなんだ」 開いていたカーツェルの手が
拳
(
こぶし
)
を
握
(
にぎ
)
る。 見ていたアレセルは、なおも刺すような視線を持ち上げ聞いた。 すると、ロージーが
尋
(
たず
)
ねる。 「それはそうよね。けれど、旦那様のお力
添
(
ぞ
)
え無しに、
敵
(
かな
)
うはずもないのに。 逆らうにしたって、本当に ... 一体どうするつもりなの?」 要点は、それのみ。 「あのオチビちゃんを
人質
(
ひとじち
)
にしたって無理。あんた、分かってるって言ってたじゃない」 気持ちが重く沈む。 その場に居る誰もが息苦しさを感じていた。 一度、瞳を閉じ。 ス ... と短く息を継いだカーツェルは皆々に、こう言う。 「逆らう気なんざ
端
(
はな
)
から
無
(
ね
)
ぇよ。いっそ、あいつの思うようにしてやるつもりさ」 そうして胸元から
褐色
(
かっしょく
)
の
小瓶
(
こびん
)
を取り出し、足元のテーブルの置くのだ。 中に詰まっているのはカプセル薬のよう。 アレセルは眉を
顰
(
ひそ
)
めた。 「ちょっと待って? なら、 これ以上、旦那様を連中の好きにはさせないって、あの時のセリフは何だったの?」 「あーあー。たく ... 一々、聞くんじゃねーよ。
野暮
(
ヤボ
)
ってーなぁ」 「あら、何よ急に。
珍
(
めずら
)
しく分かったような口
利
(
き
)
くじゃない」 続くロージーの問いかけを
遮
(
さえぎ
)
ったのはローナー。 彼は
構
(
かま
)
わず前に出てカーツェルを
睨
(
にら
)
んだ。
加
(
くわ
)
えて言う。 「覚悟は出来てんだろーからな ... もしもの時は全力で
仕留
(
しと
)
める。後悔すんじゃねーぞ」 その言葉を耳にした瞬間、息が引き
攣
(
つ
)
り上がった。 リリィは声を殺し、前に立つ姉の反応を気に掛け見やる。
薄々
(
うすうす
)
感じてはいたが。 どうやら、嫌な予感が的中してしまったらしい。 マリィの
拳
(
こぶし
)
に力が込められていった。 人間とは、
熟
(
つくづく
)
、身勝手な生き物と思う。 だが、誰一人としてカーツェルを
責
(
せ
)
める者はいないのだ。 アレセルでさえも、黙認したうえ今更のように
悟
(
さと
)
るかたちと
相俟
(
あいま
)
った。 あの少年の血を手に入れなければならないのは、むしろ自分達の方であったと。 ローナーを振り向くカーツェルは、再び手袋を
履
(
は
)
き
締
(
し
)
め、言葉を正し答える。 「
勿論
(
もちろん
)
です。
貴方々
(
あなたがた
)
はこれまで通り、旦那様をお護り下さい。
但
(
ただ
)
し、くれぐれも手加減無きよう ... お願いします」 解散を告げ、薬瓶を手に角部屋を
後
(
あと
)
にした彼は、 守衛の二人が連れて戻る少年と行き違いさまに、こう言い残したという。 「チェシャ ...
貴方
(
あなた
)
は管理官とお行きなさい。 大丈夫。旦那様には、また
直
(
す
)
ぐ会えますから」 少年は、彼を見て
瞬
(
まばた
)
くばかりだった。 聞いたことも無い言葉で呼び掛けられ、理解も
及
(
およ
)
ばず。
機嫌
(
きげん
)
を
損
(
そこ
)
ねるまで
至
(
いた
)
らなかったらしい。
程
(
ほど
)
なくして、アレセルは少年を連れて屋敷を出る。 異端ノ魔導師が
密
(
ひそ
)
かに
召
(
め
)
し
抱
(
かか
)
えていた ... 〈血ノ
奴隷
(
どれい
)
〉を保護するという名目で。 馬車の中で
燥
(
はしゃ
)
ぐ少年と、同乗する管理官を チラリ、チラリ、
交互
(
こうご
)
に振り向く。
馭者
(
ぎょしゃ
)
に
扮
(
ふん
)
するはソード、そしてアックスの二人。 アレセルが公用車の使用を
避
(
さ
)
けたのには理由があるようだった。 「
偽装
(
ぎそう
)
車との入れ
替
(
か
)
えによる、連れ去りを警戒しているのでしょうね」 「あえて人前に
晒
(
さら
)
すってのも、あれだろ。 注目する人間達の目を
盾
(
たて
)
に ... て、いや、でも、そこまでする必要ってあんのか?」 「軍の過剰な介入を牽制するためではないでしょうか?」 「ああ ... そゆことなの ... 」 両者はアレセルに同行し
従
(
したが
)
うよう、事前の指示を受けている。 命じたのは、
彼
(
か
)
ノ執事。 日程通りに事を済ませたロージーは、
些
(
いささ
)
か緊張していた。 主人の支度を
任
(
まか
)
されたのはリリィ。 ローナーとマリィは、街に出て馬車を見張っている。
片
(
かた
)
やキッチンを
預
(
あず
)
かる見習いとメイド役は、不安を
紛
(
まぎ
)
らわせるため寄り合うも。 それぞれが、腕組み、
俯
(
うつむ
)
き、カップを持つ手すらテーブルから動かず。終始無言。 私室に戻り
黙々
(
もくもく
)
と支度するカーツェルの背を見守る。 ロージーは、ある時こう
囁
(
ささや
)
いた。 「いつも通り、お護りしろですって ? 平然として無理難題、押し付けてくれるわよね。 本当 ... いい迷惑なんだけど ... 」 それでも彼は引かぬのだ。
何故
(
なぜ
)
なのか。 恐らくは、心の
何処
(
ドコ
)
かで主人の本心を感じ取っているからに違い無い。 「
憶
(
おぼ
)
えてもないクセに ... ...
健気
(
けなげ
)
だこと ... ... 」 事情あって、面と向かっては言えないが。
嫌味
(
いやみ
)
を込めたところで、カーツェルの耳には届かない。 息を吐いて精神統一する彼は、やがて向かう。
身体
(
からだ
)
を
慣
(
な
)
らしたいと言う主人の要望に
応
(
こた
)
えるため。 しかし、彼にとっては第二の
岐路
(
きろ
)
に相当する事案。 ロージーは付き
添
(
そ
)
い、部屋を去った。 シャツの上から装着された革の胸当てと、小手、
脛
(
すね
)
当て一式。
葡萄色
(
えびいろ
)
に染められ
艶
(
つや
)
を放つ。 それらは守衛の訓練、
及
(
およ
)
び剣術試合用に取り
揃
(
そろ
)
えられたものである。 同じ物を用意したうえ支度を手伝っていた ... リリィもまた言葉無く。 胸を痛めながらも、それを
直
(
ひた
)
隠しにしている
模様
(
もよう
)
。 屋敷中が静まり返っていた。 そのせいか ... ...
常
(
つね
)
に吹く風の
音
(
ね
)
。 防具の締りを確認する際の
金
(
カネ
)
の
音
(
ね
)
。 いつもなら気にもならぬ音が
煩
(
うるさ
)
い。 「リリィ ... 手が止まっている。
留
(
と
)
めに不具合でも?」 「あっ ... いいえ、旦那様。申し訳ございません」 「
詫
(
わ
)
びは無用。だが、少し急いでもらえると助かる」 「はい、
只今
(
ただいま
)
... 」
穏
(
おだ
)
やかな口回しで
不手際
(
ふてぎわ
)
を注意する。 フェレンスの声を聞くと、彼女の胸が
遣る瀬無さ
(
やるせなさ
)
で一杯になった。 指先の震えが伝わって来たが、フェレンスは
敢
(
あ
)
えて聞かない。 すると、リリィが細々と声を
振
(
ふ
)
り
絞
(
しぼ
)
るようにして言うのだ。 「あの ... 旦那様。お
尋
(
たず
)
ねしても
宜
(
よろ
)
しいでしょうか」 「
構
(
かま
)
わない。手短に
頼
(
たの
)
む」 「はい。では、その ... 旦那様のお気持ちは、
上役
(
うわやく
)
から聞き
存
(
ぞん
)
じております。 ですが、今も変わりなく、そのようにお考えなのでしょうか。 カーツェル様の同行を禁じ、この先、お連れになるつもりは一切ないと ... ... 」 「その通りだ。考えに変わりは無い」 フェレンスの即答に息を飲む。 ところが、リリィは思い切って声を張った。 「ですが、旦那様 ! それではカーツェル様が、お
独
(
ひと
)
りになってしまわれます! 旦那様だけではございません! あの方は ... !! あの方は、もう ... ... 」 言いかけたが、どうしてかその先は言葉にならならず。 彼女は必死で涙を
堪
(
こら
)
える。 それでも
溢
(
あて
)
れてくるので、
咄嗟
(
とっさ
)
に手で隠し
俯
(
うつむ
)
いた。
啜
(
すす
)
り泣く声を聞き、フェレンスは静かにクローゼットの内掛けに用意された
外套
(
がいとう
)
を取る。 そして、彼女に言い聞かせた。 「言えないのなら、思い
詰
(
つ
)
めず気を楽にすることだ。 私も、彼がこのまま引き下がるとは思っていない」 悲しげに耳元を過ぎる声が、退室していく主人の位置を知らせた。 一度、書斎で立ち止まり、フェレンスは彼女に言い残す。 「だから、安心しなさい。いずれ彼は私を忘れる。 私と彼には契約の他にも、彼自身が自らに
課
(
か
)
した〈
縛
(
しば
)
り〉が存在するのだから」 扉の閉まる音を聞いて、リリィはその場に座り込んでしまった。 忘れる ... ... ? 「いけません旦那様 ... それでは
尚更
(
なおさら
)
、カーツェル様のお心が ... ... 」 力が入らず、ただ
呟
(
つぶや
)
く。 放心したまま、立ち上がろうともしない彼女を
寒々
(
さむざ
)
しく包む
静寂
(
せいじゃく
)
。 帝都を吹き抜ける風と、揺らぐ葉のざわめきが ... 耳の奥へ、奥へ、より深く染み入るようだった。 一方。 特異血種管理局を
訪
(
おとず
)
れたアレセルを待ち受けていたのは、
Ⅳ
(
クワトロ
)
に
従属
(
じゅうぞく
)
する担当員。 白黒の
二色
(
ツートーン
)
で
占
(
し
)
められた一室において差し出されたのは、 事前に用意されていたと思わしき
偽血
(
ぎけつ
)
と判定書類。 監視、盗聴を警戒してか、男の言葉数は少なめだった。 会話の内容も、事実とは異なるのだ。 「異端ノ魔導師の
囲
(
かこ
)
い子と聞きましたので、もしやと思いましたが、 判定の結果は
尖晶石
(
スピネル
)
以下で
御座
(
ござ
)
いました。 血ノ魔力以外に ... 何か特別な理由でもあったのでしょうか」 対するアレセルの受け答えは、
既
(
すで
)
に口裏を合わせ済みであったとも取れる。 「私の身内が
絡
(
から
)
んでいる可能性もあります」 「ああ、クロイツ監視官ですか。確かに、良からぬ繋がりがあったのかもしれませんね」 人形のように丸く見開かれた目が、証書にサインしていくアレセルの手元を見張っていた。 「現在は隣国アイゼリアの毒ノ
深森
(
もり
)
に潜伏しているものと見られる ... との報道を見掛けましたが。まこと、ご
愁傷様
(
しゅぅしょうさま
)
です」 「いいえ、これも家長の
責務
(
せきむ
)
。親族の名誉回復のためです。
躊躇
(
ためら
)
ってなどいられませんから」 そしてペンを置いた
傍
(
そば
)
から、無言で手渡される。 偽造証明証。 短い
鎖
(
チェーン
)
に通された
白金
(
しろがね
)
の
附票
(
タグ
)
には、操作された情報の
片鱗
(
へんりん
)
が埋め込まれていた。
八芒星
(
オクタグラム
)
を
模
(
かたど
)
る
魔青鋼小片
(
オリハルコン・チップ
)
である。 部屋から連れ出された少年は、自分そっくりな背格好の少年と行き違い、二人は一瞬だけ見合った。 しかし、無表情な相手は
直様
(
すぐさま
)
に視線を
反
(
そ
)
らし、複数の男らに囲まれ歩き去ってしまう。 入れ
替
(
か
)
わりに彼を連れ帰ったのはローナーだった。
揃
(
そろ
)
いのフードローブを着せてやりさえすれば、連れ歩こうが 顔を見られようが、よく
似
(
に
)
た子としか思われないのだ。 事を済ませたアレセルは、来た時と同じく車にて
悠々
(
ゆうゆう
)
戻るだけ。 マリィは少年を連れるローナーの周りを、遠巻きに見張った。 時は夕刻に差し掛かる。 帝都を吹き抜ける風が、帰路をひた走る馬車を追い
越
(
こ
)
し。 張り込む軍関係者と報道陣を
掻
(
か
)
き分け。 門の
鉄格子
(
てつごうし
)
をすり抜けたのは ... 屋敷裏の試合場が
黄昏
(
たそがれ
)
に染まる頃。
天蓋
(
てんがい
)
の底が
弾
(
はじ
)
き返す夕日が、屋敷に向かい立つフェレンスを
照
(
て
)
らし。 左半身に色濃い影を落としている。
外套
(
がいとう
)
の
前端
(
まえはし
)
を返せば、レイピア、そしてマン・ゴーシュ共に左
差
(
ざ
)
し。 対して、カーツェルは
腰
(
こし
)
の後側にて
柄
(
え
)
を左右外側に向ける。ダガーの二本差し。 試合を見守るのも
勤
(
つと
)
めの内とあって。 追って
現
(
あらわ
)
れたメイド達は
静々
(
しずしず
)
と整列した。 ところが
何故
(
なぜ
)
か、リリィの姿は無い。 ただ一人で立つ主人を見て、ロージーが言う。 「イヤだわ。リリィったら、旦那様をお一人にして何してるのかしら ... 」 仕方無し。進み出て
尋
(
たず
)
ねる。 「ご準備はいかがでしょう。旦那様」 「整っている。進めてくれ」 「では、守衛長が主事の見張りで
留守
(
るす
)
にしておりますので、
僭越
(
せんえつ
)
ではございますが ...
私
(
アタクシ
)
が審判を
勤
(
つと
)
めます。宜しいでしょうか?」 「構わない」 答えると同時、フェレンスは両手を左
腰
(
こし
)
の
剣
(
つるぎ
)
に
添
(
そ
)
え、抜き取る。 右にレイピア、左はマンゴーシュを逆手に。 場外まで下がるロージーに続き、カーツェルは前に出た。 ハイウエストのフィットスラックスに黒のロングブーツを
履
(
は
)
き
締
(
し
)
める主人と、 ローウエストかつ
太腿
(
ふともも
)
に余裕のあるジョッパーズパンツの上から、
膝
(
ひざ
)
、そして
脛
(
すね
)
上部をカバーする当て具をしたハーフブーツ姿の執事を
交互
(
こうご
)
に見やりつつ。 ロージーは、ふと思う。 パッと見た感じ ... 魔導師と執事にはとても見えないわよね ... ... 特にダガーを
扱
(
あつか
)
うにあたり、
屈伸
(
くっしん
)
運動のしやすい
装
(
よそお
)
いとなっているカーツェルは、どう見ても
野盗
(
やとう
)
。 主人の白シャツに
相反
(
あいはん
)
するかのような、黒シャツのせいだろうか。 昔から
柄
(
ガラ
)
の悪い男ではあったが。
見栄
(
みば
)
えから相手を
威嚇
(
いかく
)
しに掛かるふてぶてしさたるや、品の無い事。 それなのに。無理も
顧
(
かえり
)
みず執事役なんか買って出るんですもの ... ...
本当
(
ホント
)
、バカよ ... ... それでも
傍
(
そば
)
に居たいと願った。 心の一部を切り取り、
施錠
(
せじょう
)
してまで。 おかげで、どうしてそうなってしまったのか自分でも
憶
(
おぼ
)
えていられないのよ、アンタは ... ... 思い返していると胸が痛む。 ロージーは振り切るように試合形式を伝えた。 「この試合では致命的
斬手
(
きりて
)
のみ判定します。三手先取で勝利です」 そして強く言い放った。 「
Postura
(
かまえ
)
!」 するとレイピアの切っ先を真っ直ぐ相手に向け。
対
(
つい
)
の手に
携
(
たずさ
)
えたマンゴーシュで左
脇
(
わき
)
をカバーするフェレンス。 カーツェルも
応
(
こたえ
)
えて両逆手にダガーを抜き。 まるで
拳
(
こぶし
)
を
構
(
かま
)
えるかのように
身体
(
からだ
)
の側面と胸の前に
据
(
す
)
えた。
模擬剣
(
シンセティックソード
)
と言えど、
刃
(
やいば
)
が
備
(
そな
)
わっていないだけ。 平叩きにした
鋼
(
はがね
)
に打たれる可能性を想定すれば、それなりのリスクがある。
主従
(
しゅじゅう
)
であろうとも
相容
(
あいい
)
れぬ姿勢。 緊迫する中、開始が告げられた。 「
Empiecen
(
はじめ
)
!」
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嵩都 靖一朗
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