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第五章◆石ノ杜~Ⅴ
竜騎士。
岩をも砕く神々の力を得 てして天駆ける。
彼らの身体は、蒼き炎 ... 秘めたる焼印で覆 われていた。
故国・シャンテを統べる王家と中枢ノ番人を守護した彼等の存在は、
伝説として語り継がれてもいる。
天より降り注いだ災いとして、地上に蔓延しつつある(霧ノ病)を恐れながらも。
祖国を愛し、戦い、死していった者の誇り高き精神は称賛に価 すると言う、
歴史家、作家がいたらしいのだ。
遥か昔の出来事である。
彼は憂 い、俯 いていた。
白き石柱の立ち並ぶ回廊が、円形の訓練場をぐるりと囲う。
その際に積まれた敷石に座し。
「 ... ... グウィン!」
名を呼ばれても、聞き流す。
「おい! いい加減に少しは遣 気を出さないか。
仮にも親衛隊、隊長を言い付かった竜騎士だろう?」
彼の同期だろうか。
手合いを見守る、年頃の男が目上に対し呆 れ顔で言う。
その場に居る皆々、良い体格をしているが。
「頼む。いくら面倒でも育ててやらねばならんのだ」
そう言って汗を拭う片手間に、肩を叩き行き過ぎる騎士の言葉すら無視。
彼の冷めた目には、小勢が戦 遊びをしているようにしか見えなかったのだ。
代わりに指導を続ける男は溜め息だけして黙る。
「着任前とは言え、今からアレではな ... 」
彼の背後にて、手拭いを首にかけながら言うも虚 しい。
回廊と場内に立つ両者は見合わせ、それぞれ立ち去った。
――― そう ... 私には無理だ。
彼は思う。
騎士になったのは誰かを守るためではない。
ただ、強さを求めていた。
皆、そうあるべきなのだと。
弱い者は死ぬ ... 当然ではないか。
何故 に守ってやらねばならぬのだ。
傍 らに立て掛けられた模擬刀を手に、彼は重い腰 を上げる。
立ち会う相手を探していた見習いは、突然の指導に成 す術 も無く剣を払われた。
「生きたければ力を持て。戦え。殺せ ... 」
教えでも何でもない。
フラリ ... と気儘 に訓練場へ立ち入ったかと思えば、これだ。
目を覆 う同期の頭痛の種である。
「自分は、何も奪 われたくないだけです」
挙 げ句 に足元を蹴り上げられ尻餅を付いた見習いの震え声を聞くと、耳が痛い。
「この様 でか? 打ち負かされては成 せるはずもないな」
だから指導してやってんだ。
もう良いから去 ね。
任命不適切と上に進言するべきか悩むところ。
見習いがザワついているので、まずは止めに入ろうか。
訓練を終えたはずの騎士が、見かね傍 に寄ろうとした時だった。
紅 い玉飾りが、揺 らぎ輝く。
視界の端に映り込んだ様子に息を呑んで振り向くと、
白い衣 で頭と口元を隠し纏 う、子の姿。
「貴方 は ... ! このような場所に、如何用 ですか」
駆け付け尋 ねるが、恐れ多く言葉に詰まった。
更に、遅れ跪 くつもりで前屈みになったところ、
裾 から覗 いた手に制 される。
衣 の外縁 を彩るのは、先に見た玉飾り。
「シャンテ一 の臆病者が私の傍 に置かれると聞いて、見に来ただけです。お構 いなく」
お察し ... ...
大の男が畏 まり俯 いていると。
荒ぶる竜騎士の視線が向く流れ。
少し前から気配を感じてはいたが、聞き捨てならぬと。
彼にも聞こえていたらしいのだ。実に場都合 が悪い。
そわそわとして視線を遮るように立ち、ギュッ と目を閉じて説明を試 みる。
「あの、申し訳有りません。あいつは、その、地獄耳でして」
「なるほど。流石 、噂に違 わぬ臆病者 ... 」
ぁぁぁぁぁ。 それ以上、言っちゃ駄目 ぇぇぇぇぇ。
はっきり申し上げるべきであった。
後悔しても遅いが。
前後の視線が自分の胸を貫 いて弾 ける。
すっかりと萎縮 してしまった騎士は棒立ち状態。
その横から、ヒョイッ と覗いた子の瞳を ジッ... と睨むグウィンは同期に尋 ねた。
「あれは、何者だ?」
... ... ハァ?
「まさか! お前、ご挨拶にも伺 ってなかったのか!?」
式典を介し謁見 する機会は幾 らでもあったはず。
顔向けもせず、記憶に留 めようとすら思わなかったのだなと。
同期もビックリ。
竜騎士の銘 を授かった当時のグウィンは、
その時まで己 が主 となる者の名すら知らなかった。
知ろうとも思わなかったのだ。
国の中枢を司る番人の役目さえ。
「フェレンス様 ... 何卒 、穏便 に ... 」
居たたまれず頭 を垂 れながら、騎士は言う。
両者の出会いに立ち会った彼等は、
後に二人が主従の立場を越え、固い絆で結ばれる事など夢にも思わなかっただろう。
何故 ならば、この時フェレンスは言ったのだ。
「ご心配無く」
彼のもとを訪れたのは、直 に伝えるためでもある。
「貴方 も、安心して下さい。
抑々 が竜騎士として不適格。
任命を取り下げるよう、元老院や軍部の官僚に言っておきます」
それって、全然、穏便じゃない!!
思ったのは、騎士と見習い達。
フェレンスの去り際に行く手を遮 り何故 なのかと問 た同期は、
グウィンの強さを押して語った。対してフェレンスが何と答えたか。
「彼は、シャンテに忠誠する気が無いようなので」
これまたビックリ。
「そんなはずは!!」
声を荒らげる同期との間に割って入った騎士が、退 くよう促 しても引かない。
適性は扠 置いても、同班から竜騎士を送り出すという事は名誉。
納得できるよう説明して欲しいと願った。
ところがフェレンスは彼等を黙らせる。
「彼の誓いは、あくまでも建前。
取り立て断る理由もなく、従っているに過ぎません。
本音は ... 言うまでもないでしょう」
辺りは騒然となった。
記憶ノ番人の言い表 しと思えば、言葉を失うばかり。
そう、フェレンスには予測できたのだ。
孰 れ彼は、謀反 を企てると。
あえて告げる事は無かったが。
竜騎士の銘 を授かる以前に、騎士としてどうなのかという話。
誰もが思う。グウィン本人でさえ苦悩した。
それを見抜かれ、周辺共々困惑し。
結果、フェレンスの行動は裏目に出たと言っていい。
彼がフェレンスに対して興味を示し始めたのは、その日からだった。
「国を守る気など更々 無い ... 私の忠誠が偽りだと、
お気付きになられたきっかけを、お教え頂きたい」
「 ... その答えを聞くだけなら、
刀礼の期日繰り上げを願い出るまでもなかったのでは?」
任命の撤回を元老院と掛け合う前に催 された、竜騎士達の叙任式 にて。
寄りにも寄より筆頭として前に出る。彼の姿を見たフェレンスは、
人の(心変わり)というものが如何 に理不尽であるかを思い知った。
どういうつもりなのか問い質 そうにも、互いに質問攻めである。
「貴方 は私を臆病者と言った。そう感じた理由も、お聞かせ願います」
「任命に応じられたのですから、私の役目については既にご存知でしょう?」
「やはり、中枢の(記憶)とやらから割り出せるものなのでしょうか」
「貴方は何かを失うという事に対し、私の知る者の誰よりも過敏。... 心当たりは?」
だが最後の問いかけを聞いた瞬間。脳裏を過 る不幸が彼の胸に爪を立てた。
研究者であった両親の事故、後見人の病、親族の行くへ知れず、兄弟の殉職 。
賢者 の齎 した叡智を得 てしても、突然の災いまでは防ぎきれぬ。
「貴方は失い過ぎた。自らが力を付けたところで無意味。
他者の不足や不慮までは如何様 にもし得 ないと身に沁みている。
故 に臆病。 ですので、守る気が無いと言うよりは、そう ...
守ったところで、どうせ死んでいくのだから極力、関わりたくないのでしょう?」
「 ... ... 仰る通りです」
「ならば何故 、私のもとへ?
(記憶)は現世を生きる者の意図まで知らせてはくれません。
あくまでも推測でしかない。それと。生憎 、私は不老の身ですし。
魔物も同然なので。貴方に守られる必要など無い。
元老院の議員は、それでも必要と言うのですが ... 」
彼は押し黙って聞いていた。それでいて思うのだ。
魔物も同然って ... 自分で言うか?
すると、じんわり ... 笑いが込み上げる。
暫 くは堪 えたが、どうにも我慢しかねた。
話の途中であったにも関わらず、相手の目線が泳いている上、
本来は屈強であろう図体 が細かに震えているので、一旦、口を閉ざす。
フェレンスは訝 しげに首を傾げ、見ていた。
すると終いには、グフッ ... と吹き出し、声に出して笑い始めたので。
胸が反 る程に驚く。
「あははは! はぁ ... いけませんフェレンス様。
ご自分で魔物も同然などと仰っては ... あはははは!」
両者は互いに似たような事を考えていた。
フェレンスにしてみれば、こう。
どれだけ笑うの?
片や彼にしてみれば、こう。
どれだけ自信過剰なの?
「しかも貴方は実際の魔物をご存知ない。違いますか?」
「いいえ。その通りです」
認めたし。実に素直だ。
しかし聞いたところ、記憶が生む魔物との実戦は積んでいるのだとか。
どういう経緯なのか気になる。
次第に話が逸 れていくが、当初の話題に戻る事は ... もう無かった。
番人の住まう硝子 ノ宮は、広々として氷のように蒼く澄み渡り。
一組の椅子とテーブル、そして天蓋 付きのベッド以外は何も置かれていない。
テーブルに積まれた書物は何のために有るのだろう。
聞くと、フェレンスは答えた。
「記憶から読み取る情報は、理解する必要もなく構築されていくだけなので」
自ら考え、記憶から得る情報との差分を埋めてみたいと。
他の番人がどういった存在であるのかは、まだ知らない。
けれども彼は、フェレンスの人間じみた人柄に惹かれていく。
同時に、人間離れした思考に対しても、強く ... 強く ...
竜騎士とは、竜の神々の器となる(魔導兵)の二つ名である。
後に契約を済ませた彼の恐れは、やがて執着へと変貌し。
自由を阻害する王族や元老院に対し嫌悪感を抱くほどに、フェレンスを深く愛した。
人間味を増す番人は、欠陥を生じたと見做 される事も承知の上。
人として触れ合い、告発したのである。
案の定、シャンテの法官は記憶ノ番人の欠陥を認め、処分を取り決めた。
すると彼は、国を相手に申し出たのだ。
「彼 ノ番人を破棄するつもりであるなら、譲り受けたい ... 」
さもなくば、祖国であろうとも潰す。
フェレンスを愛するあまり、彼は常軌 を逸 し。
後に上院議員の間で、こう噂されたという。
騎士の筆頭でありながら流刑地へと送られた男。
--- 竜騎士、グウィン。
謀反 を起こさぬ対価として、仕える者の命を買った強者 と。
思い起こせば、雪を踏みしめる音が聞こえて来るよう ... ...
北の流刑地は、浮島 に廃墟化した水源施設があるのみ。
かつては乾季を迎えた土地の泉を満たすため、豊富な水を湛 えた施設麓 の滝も。
現在は氷爆 を抱え聳 える。
白銀の丘より施設内部へと向かい ... 長い 々 石橋を渡る間。
自身も残ると言って伝えた彼は、
契約主の移送を勤 め終えると同時に、祖国を捨てた。
晴天の雪景色を背景に歩み寄る姿を見つめ、フェレンスは言葉を失うばかり。
やがて迎えた夜は、昼間の静寂を覆 す猛吹雪だった。
予 め持ち込んでいたと思われる生活必需品や衣類の揃った部屋で、
古びた家具の配置を一々気に掛ける彼は、どこか嬉しそう。
騎士団の筆頭であった黒ノ竜騎士が、部屋の模様替えなんかしているのだ。
こんな彼の姿を見る日が来ようとは ... ...
奇々怪々。
帰洛 を説得しようにも後回しになる。
まずは鎧を外してはどうかと思ったので。
ここへ来て、何より先に指摘した。
すると彼は、少しだけ モジモジ としながら言う。
「そうですね ... 外すのを手伝って頂けますか?」
面 を晒せるのは、親族や契約主の前に限られていた。
竜騎士の儀礼に倣 う彼が私服を纏 えるのは、実質 ... 一人きりの時だけである。
しかし今後は契約主であるフェレンスと二人住まい。
自由、気ままに脱ぎ着可能となるのだ。
元々裕福な家柄だった彼は、それまで家事の一切をした事がない。
全て使用人任せだったそう。野外訓練時も同様。新兵だった頃でさえ。
どうなる事かと思ったが、
本来であれば流罪 を負った自らがすべき事。
なのに彼は本気で心配したらしい。
フェレンスに炊事、洗濯なんてさせようものなら災害が起こりかねないと。
そのため、煮炊きから何から請 け負うようになって。
いつの日にか、あらゆる主婦スキルを身に着けた ... まさかの英雄。
かつてを連想するフェレンスを余所 に。
そろそろ食事の支度をしようかと荷の山に寄るカーツェルは、
揚々 として食事用器具 ケースを探しているところ。
見つめる背に重なって映り込む面影から、思わず視線を逸 らす。
フェレンスは、鼓動の乱れを悟られぬよう ... 振り向き胸を押さえた。
一筋 ... また一筋。
追想 の淵 を鋭く過るのは、彼 ノ戦における災禍 の断片。
単独、流刑地を訪れた紺青 ノ竜騎士は、血に塗 れた姿で告げる。
『要塞を、奪 われました ... ...
地上ノ王と成 った神血 の継承者は祖国と密約を結び、
献身 する対価として己の精神補完を要求したのです。
国のあり方に異を唱 え、怒りの境地に達した尊 を鎮 めるべく、
王族を始め学者と軍が争闘中ですが。他の番人に仕える竜騎士も、
尊の発する血ノ瘴気 により自我を失い ... ... 』
瞳を閉じても映り込む情景。
それは、途切れ 々 に。
且 つ、入り乱れて蘇 った。
何者かの気配を逸早 く察知し、施設最上へ向かったグウィンを追ったところ。
岩床 を数階分、槍の如 く貫き。目の前に降り伏す来訪者。
----- 私はお使えするお方を喰らいたくないばかりに戦線を離脱 ... ...
祖国の王は... 黒ノ竜騎士が仕える貴方様 であれば ...
禁断ノ御業 を記憶しているはずだと ... ...
《魂 》を回収できるのも、今や貴方様だけ ...
寄り添い話を聞いたうえ。一歩、踏み出ると。
上階より飛び出 たる黒ノ竜騎士が立ちはだかった。
『行かれるおつもりですか?』
『あの方は、地上の安寧 を心から願っていたはず ... 』
『成 りません』
『退 いて下さい。グウィン ... 』
窘 めても、首を横に振って聞かない。
----- 民もまた、王と志 を共に命を捧げる覚悟を示しております... ...
どうか、我々の血で ... 尊 に奪われた要塞の、封印を ...
そして ... 我々の抱く未練が、尊の心に開いた穴を通じ
(無垢なる狂気)の糧 となる前に ... ...
何卒 、御慈悲を ... ...
背後にて深々と伏せる竜騎士の譫言 を、
素早く抜き払う剣の一振りで絶ったのも彼。
逃れて来たとは言え、瀕死の状態だったのだ。
「主を失い、愛する者を失い、祖国を失い、なお生き恥を晒すのか ... !
騎士としての誇りを捨て、想いを殺し、責念から逃れ続けねばなぬのか ... !
否 !! ... 然 れば誇り高く命を抛 て!!」
騎士に伝わる最期ノ信条を叫び、恐れと苦痛から魂を解き放つ。
介錯 作法を通すは、死にきれぬ同志への情け。
更に、彼は言う。
「私は貴方を失いたくない!!
どうしても行かれると仰るなら、まず!
私の臆病風をどうにかして頂きたい!!
今、すぐに! さあ ... !!」
駄々 を捏 ねている場合ではなかろうに。
歴戦を掻 潜 り、英雄と仰がれた竜騎士、筆頭の台詞とは思えない。
けれども、そんな彼だからこそ増して愛おしかった。
だからこそ ... ...
首から血を吹き上げ横たわる亡骸 を背に歩み寄った彼が、
面形 を外して跪 き、答えを切望した時。
口元に唇を添え、別れを告げたのだ。
それなのに ... ...
捕縛を解いて戦場に現れた彼は、両肘 から手の先までを欠いた姿で黒煙を割 く。
自らの口で腕の肉を剥 ぎ、法ノ枷 を破ったらしい。
「そんな ... ... そんな! どうして!? グウィン!!」
フェレンスは叫ぶ。
このまま神化を成 せば、心身の回帰再生は不能。
例え成さずとも、押し迫る魔物は無慈悲に彼を甚振 るだろう。
尚 、彼 ノ英雄は突き進んだ。
打ち砕かれ、無残にも礫地 と化した凄愴 たる祖国の空を一直線に。
主である番人の血を貪 り尽 くした竜騎士の変異体が、
生き抗 う者を国ごと海に沈めていくのに見向きもせず。
尊 と対峙 する、ただ一人を救うためだけに。
「 フ ェ レ ン ス 様 --- --- --- !! 」
彷彿 とした光景に、後頭部を撃ち抜かれるよう。
衝撃を受けると同時、実際に呼ばれた気がして瞳を見開く。
荒立つ脈動に呼吸を遮 られたフェレンスは、ひたすら堪 え忍んだ。
するとカーツェルは、振り向き首を傾げる。
チェシャの方を見て考え事でもしているのかと思ったが。
どうも様子がおかしい。
「なぁ。どうかしたか?」
声を掛けてもフェレンスは微動だにしなかった。
しかし、答えはする。
「いいや。あの子も、そろそろ目覚める頃ではないかと ... 」
察した通りの返しだったので、カーツェルは ホッ ... と多めに息を吐いた。
本当はと言うと。
未だ正常には至らず、呼吸は小刻み。
脈を戻すのに集中したかったが。
その時、フェレンスは見てしまったのだ。
もっちもちの尻を上げ、顎 の下を擦り、ウニョウニョ と地べたを這 う。
芋虫。じゃない。 ... チェシャを。
すると不意に声が出た。
「 ... ... あ 」
しかも若干、上擦 る。
「え、何、今の声」
カーツェルでさえ耳慣れず、身体 が後ろへ反 った。しかも二度。
「つか、何だアレ。寝ぼけてんの?」
ウニョ、ウニョ、ウニョ、ウニョ。
ローブに包まったままのチェシャが前を横断して行くのに対し、
狼狽 える彼を ソロリ ... 振り向く。
フェレンスは真顔で小首を傾 げ、気持ちを表現。
その反応が可笑しくて、 ブハッ!! と、吹き出してしまうカーツェルだったが。
何故 、こちらを見て笑う?
違うだろと。フェレンスからしてみれば、複雑な気分。
けれども、はたと気が付いた。
色々な意味で驚いたせいだろうか。
心拍が戻っていたのだ。
和みの力かもしれない。
そう思うと、救われた心持ちがする。
が、しかし。改 め芋虫 ... ではなく、
寝ぼけ幼子 に目を向けると、再び ドキリ とした。
息を呑み咄嗟 に声を上げたのはフェレンス。
「いけない! チェシャ!!」
甘い香りに誘われたのだろう。
チェシャが向かう先には、カーツェルが採取してきた果実や木の実が転がっている。
逸早 く駆け出したのはカーツェルだった。
場の空気を読んで括 り実 を取り上げに向かったらしい。
片やフェレンスは、唖然 と立ち尽くしてしまう。
任せて安心と、思いきや。
ウニョ ウニョ ウニョ ウニョ !!!!
速度を増して猛進する赤毛虫の、速いこと 々 ... ...
先に着いたカーツェルが足元から実を持ち上げても、お構いなしに。
ローブから這 い出たチェシャが、彼の足を攀 じ登りはじめたので。
「え、ちょ ... ! 待て、おい! 何!?」
ニギニギ、モソモソ、サササササッ ... !!
手を焼くカーツェルを只々 傍観。
身体 の側面を這 い回るチェシャのすばしっこさに、目を見張っていたのだ。
するとカーツェルは思う。
あの野郎 !!
足、腰、脇 、肩と、服を掴み回される身にもなれと。
右手から左手へ、括 りを持ち替 える度、
小脇に足を突っ込まれたうえ移動されるものだから、擽 ったくて仕方がないのに。
それでいて、文句を言っている場合でも無く。
「ぐあ!! やめろ! やめろって! ぶはははは!! フェレンス!! 早く! コイツ ... 」
あぎゃあぁあぁぁぁ!!!!
終いには髪を引っ掴まれ、奇声を発す。
引 っ剥 がそうにも、髪が ... 髪が ...
「い ぃぃぃ で で で で !!!!」
フフッ ... と声に出して笑うフェレンスが、
口元を抑えて顔を逸 らす様子も傍 らに見えていたけれど。
腹ぺこチェシャは無心。
力加減も忘れているようなので。
「マジ禿 げるーーー!!」
助けを乞 おうにも、切実な訴 えにしかならなかったという理由 。
いつぞや同じ思いをした事があるため、気持ちは分かる。
聞いていたフェレンスは、ようやく顔を上げた。
では、ここで。
今一度 、月夜に木霊 す彼の叫びを聞いてみるとしよう。
〈 ギャァアァァァ --- !! マジ マジ マジ マジ !! マジ禿 げるーーー!!〉
やれやれ ... ...
仕方なし。歩み寄ったフェレンスに抱え降ろされた幼子 は、ハッ! と我に返ったよう。
涙目のカーツェルと目が合って、シュッ と両腕を窄 ませるが。同時に鳴る腹の虫。
「 ムゥ ゥゥ... 」
小声で唸 るチェシャの口元が
モゴモゴと波打っているのを見て、カーツェルは苦笑いを浮かべた。
「ああ、泣くな泣くな。今、食わせてやるからさ」
彼の大きな手が頭に乗って、ふわふわな赤毛を掻 き混 ぜると。
顔を覗 かせていたイジケ虫も引っ込む。
食べられると知り、爛々 と輝く瞳が眩しかった。
けれども、気掛かり。
先の反応について、直 ぐには聞けなかったが。
改 め尋 ねてみるとする。
「なぁ、コレ ... 食えなくはないんだろ?」
毒の心配があるなら、初めから穫 りになど行かせないはず。
思い巡 らせ言葉を選ぶと、頷 いて答えるフェレンス。
「だが、しかし」
彼は一つだけ付け加えた。
「土地や植物が無害であっても、こればかりは常に警戒する必要がある」
コレって ... ... ?
顔を見合わせたチェシャとカーツェルは次に、
実を手に取り割るフェレンスの手元に目を向け、驚愕 。
彼らは揃いも揃って青褪 めた。
見せられた実の中には何と。
虫。 虫。 虫。
鳥肌ものである。
〈 キャァアァァァ --- --- --- --- --- !!〉
〈 ギャアァアァァァ --- --- --- --- --- !!〉
絶叫、不可避。
夜風は依然 として穏やかだが。
吹き飛ぶような勢いで後退 った二人の方面より、跳ね返ってくる圧が凄い。
岩壁に張り付いて泣きそうな顔をする両者と手元を順に見て、フェレンスは渋々 黙った。
果実や木の実に限った話ではない。
自生する物を口にする場合、土壌、水、風気による変質や虫害を想定して然 るべき。
だが ... ...
人の手が行き届かぬ土地へ踏み入る事がなかったせいだろう。
意識することを忘れていたらしいのだ。
取り上げた例も極端すぎたか。
「そそそそ、そいつはあんまりだ!」
「シャマ、イイコ ! スル、ノ ! ポイ ! ソ、レ !! 」
ドン引きする二人は、捨てろと言って騒 がしい。
けれども、そこは落ち着き払って。
荷の山から掘り出されたカトラリーケースを開くフェレンス。
様子を伺 っていると嫌な予感がしてきたので。
「つか ... フェレンス? 何してんだ」
カーツェルは ソロリ と尋 ねてみた。
すると彼は答える。
手にしたナイフで、実の中の虫を穿 りながら。
「捨てている。虫を」
ポイッ ... ポイポイッ ... と。
言う通りにしてやっているつもりで。
平然と足元に。
ポイッ ... ポイポイッ ... と。
くどいようだが、足元に、次々と。
ウヨウヨ と藻掻 くそれらを、遠目に見ながらチェシャは思った。
地べたに寝るしかないって時に、そんな近くに ポイポイ する?
寝てる間に這 って来たらどうするの?
耳に入るかもよ?
思い余ったカーツェルも同様に、傍 まで行って捲 し立てるが。
「掃 き出せば良い」
なんて サラリ と流すフェレンスは気にも留 めていないよう。
「だったら、初めから外で穿 れよ!!」
それでいて一瞬、口を閉ざすのだ。
瞬 き顔を上げる様子を見て、
何かしら心に引っ掛かったと見受けるも。
あのカーツェルが、黙って言わせる訳はないよねと。
聞いていたところ、案の定。
「ここだって〈外〉 ... 」
「岩棚の〈外〉でって言ってんの!!」
言ったそばから斬り捨てられている。
馬鹿なの? 巫山戯 てるの?
いいや。彼は至 って真面目に答えている。
知っていて罵 るカーツェルは、己 と他者の感覚の相違 に興味を持ち、
学び取ろうと耳を傾ける友人に対して、ある意味、真摯 に接している模様。
だ け ど 。
いつまで、足元の虫を放置するつもりなのかなー。なんてね。
もう、自分でやった方が早い気がしてきたし。
果実と一緒に岩棚の外へ押し出されるフェレンスを横から追い抜き、
茎 の強そうな草を折って纏 めるチェシャは、戻るなり サッサッ と掃 きだした。
細長い ウニョウニョ は数十匹。
見ると背筋が ゾゾッ とするので。
時折、瞼 を ギュッ とし目を背 けておこうと思う。
全ての前処理をする羽目になったフェレンスは、
辛うじて明かりの届く場所にて一人。満天の星空を見上げた。
片や、手頃な金箱 の中身を空 けるカーツェルは、
せっせと虫を掃き出すチェシャの後ろ姿に目を向け、微笑む。
気の利 くチビッコには褒美 をやらねば。
箱を鍋 代 わりにし、コンポートを創作するつもり。
果実の無事な箇所を切り出したところで、そのまま口にする気にはなれないので。
寄生虫や卵の産み付けにも留意 し、調理する事に決めたのだ。
焚 き木を拾い集める必要は無い。
荷の山の中には、フェレンスが作り置いた符の束 が存在する。
要するに、端 を切って置くだけ。
地面が土であるなら固定も兼ね杭 で刺すのだが。
風も強くないので、置き石で良い。
一仕事、終えたチェシャはフェレンスのローブに包 まり、横で見ていた。
( クツクツ ... コトコト ... )
湯の中で踊る果実の欠片 。
こんな事もあろうかと、荷の山に忍ばせていた角砂糖が役に立つ頃合い。
小瓶を手にドヤ顔のカーツェルと、
甘い香りに、うっとりとして寝転ぶチェシャ。
そんな二人を横目に捜し物をしていたフェレンスは、
手のひらサイズの小箱を開き、中から黒曜の玉を取り出した。
あらため満天の星空の下 、手にしたそれを高々と投げ放 てば。
薄っすらと背景を透かし。
ゆるりと回転しながら星の輝きを捉 え。
持ち主に現在地を示す。
手元へと帰り着いたそれを、よく 々 確認したうえ。
水源より、やや南の空を見ると ... 些 、気持ちが緩 んだ。
「どうやら、(石ノ杜 )を介 す必要は無さそうだ ... 」
この場から最 も近い人里まで、およそ廿一 里。
平野部の森林を行く事になるので、早くても三日は掛かる見通し。
三人連れで一飛びなんて案は、無論 、却下する。
危険すぎるのだ。
空腹を満たした後。
山になった品々の確認と整理を済ませた頃には、寝息を立てている幼子 。
そう言えば ... ...
起きる気配がなかった事に関しての推測とやらを、まだ聞いていないのだが。
それについて思い出した時分。
カーツェルは酷く気を揉 んでいたという。
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