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第五章◆石ノ杜~Ⅶ
残すところの気掛かりと言えば。
噂の三人が今後、何を主たる目的とし行動するかである。
クロイツは何処 まで目星を付けているのだろう。
扠置 いても。
上手くすれば何 れまた、相 まみえる。
異端ノ魔導師 ... ...
次に会う日は、敵か味方か。
アイゼリア公安部と見られる連中の拠点は、杜 の観察を兼 ね、点在する模様。
薄部 を突き崩し形成された換気口には、外を這 う蔓 が掛けられ。
壁面を伝う水は斜めに掘られた溝を通じ石桶 に集められている。
しかし、彼らが口に運ぶのは処理済みの蒸留水だ。
立ち去る前に木組みの器 を手にした男は、飲水を注ぎクロイツの前までやって来る。
「飲め」
聞くと更に、一息置いて指名を受けた。
「ノーシュ ... 」
はいはい、毒味をしろって言うんでしょ?
ノシュウェルは思う。
先を譲 ってくれるのは有 り難 いが。
一々 毒付かないと気が済まないのかね。
黙って受け取る彼は、少しずつ口に入れ、あえて飲み干さずにクロイツへ渡す。
様子を伺 っていた男は目を細め、ノシュウェルの経歴を察した。
ある時、鳥の羽ばたきを耳にしたノシュウェルが光射す壁面を見やると。
蔓 の合間を白羽 、揺蕩 う。
悠遠の彼方 は夕日を受け、紅く色付き始める頃合いだ。
杜 に侵蝕された土地は岩層を残し滑落していく。
近辺も同様。
雨風が土を拐 い岩をも削るため。
急勾配 を成 す森林には、幾 つもの谷が存在し。
まるで巨木が地を割 いたかのような光景を、時とし目の当たりにした。
すると、チェシャを背負って歩くカーツェルが、
面白がって身を乗り出そうとするものだから。
身震いし両手で眼 を塞 ぐ、もふもふ頭。
まさか、本気でするわけがない。素振りだけだが。
いい加減にしろと。口を突っ尖らせ、
ペチペチ ... やんわり頬 を叩いてくる子が可愛くて止 められないのだ。
歯朶 植物が群生する谷の底からは、水の音 。
流れを聞き取り、夜には空と星図を見合わせる。
そんなフェレンスの背を、見守ること数日。
就寝時には木の根元によく見かける穴蔵へ潜 り込み、夜露を凌 ぐ。
足元に寄り添い眠るチェシャを外套 で囲 い込むカーツェルは、
符 の火元で、略々 、立ち寝をしているフェレンスの体調を案じ。
時折、目を覚ました。
英霊に見張りをさせている手前、熟睡する事は出来ないそう。
宿符 の作り置きが不足のため、已 むを得 ずとの事。
代わってやることも出来ず、歯痒 いばかりだった。
そのため、ようやく辿り着いた街道を目にし。
一番に力抜けしたのは、やはり、カーツェル。
彼の背からズルズル と落ちていったチェシャは、
フェレンスに駆け寄り燥 いでいるけれども。
両膝 に手を付き、深く息を吐き捨てる彼の思うところと言えば。唯一 つだけ。
やっと、やっとフェレンスを寝かせてやれる ... ...
と、言うことで。
「 シャ、マ!! エライ、ノ、マチ、ミ、エル ! ソコ、スグ! シャ マ ーーー、コッチ ! コッチ ! ... フワァ ーーーー キ、レイ ! 」
少し行った先でフェレンスを呼ぶチェシャの声に ハッ! とし、馳 せ参 じた。
彼の素早さたるや、万歳 姿のチェシャもビックリ。
もふもふ頭が、ぶわっと追い風を吸って膨 らみ。気が付くとカーツェルが隣りにいる。
速っっ!!
見上げるチェシャの、まん丸お目々がこちらを向くと。
クスリ ... フェレンスの口元から笑みが零 れた。
見込み日数の二日押し。
人の手により掘削された巌 の敷詰 めを進めば。
袂 にて、急流の飛沫 を浴びる人里。
五日目にして到着した町の名は《Rite 》。
懸垂谷 を根本に据 える大樹を支柱とし、
梁枠 、筋交 い、踏み板を巡 らせ形作られた集落である。
「いつか、お前の血の判定をした町と似てるな」
そうは言っても、風情 は異なり。
原色に近い鮮やかな織物が、いたる所に見受けられる。
複雑に曲折 する模様が印象的だった。
一通り見渡してから、チェシャは頷 く。
「 ン ! 」
しかし、ふと ... 疑問に思うのだ。
カーツェルの言葉数は、意外にも少なめ。
頻繁に負 ぶってくれていたのに、疲れた様子もまるで無い。
片やフェレンスはどうだろう。
振り向くと、歩いてくる彼の足取りが少し、ふらついているような。
それもそのはず。何せ、この数日間ろくに寝てもいないのだから。
するとチェシャが、慌 て声を発する。
「 ァ !! 」
そこまで来ていたフェレンスの姿勢が、急に前のめりになって沈み、驚いた。
透 かさず懐 に入ったカーツェルに支えられ、事なきを得 たようだが。
心配して傍 まで寄り、顔色を伺 ってみると。
カーツェルの表情は硬 い。
ーーー フェレンスを抱き支える彼の手は、
僅 かばかり、不穏な鼓動を感じ取っていたらしい。
チェシャは居ても立ってもいられず。
先に下りて行って呼ぶ。
「 ツェ、ル ! ハ ... ヤ、ク ! 」
小さな手が指差した人里までは、まだ少し距離があるので。
気ばかり急 いた。
歩けはする。意識もある。
それでいて定 かではない記憶。
大丈夫 ... ...
何度、そう囁 いただろう。
カーツェルの肩を借りて歩くフェレンスの言葉は、凡 そ寝言に近かった。
幸い、宿屋までは然程 遠くなく。
寝床の確保に苦労する事も無い。
とは言え、周囲を警戒せずにはいられぬ状況に付き、カーツェルは最上階を希望。
記名 を済ませペンを置く彼の手は、
直様 フェレンスの膝 の裏へ添 えられる。
長い 々 螺旋 階段を並んで登るほうが難しそうなので。
いっそ抱 え上げて行こうと言うわけだ。
けれども。
男性一人を軽々持ち上げた彼は忽 ち、待合所 に居た客の注目を浴びる。
そんなつもりではなかったにせよ。
俗 に言う、お姫さま抱っこを披露したのだ。
まぁ、見るよね。
部屋の鍵が渡されるのを待ちながら、チェシャは思う。
ともすれば ... もしかして、もしかして ... やっぱりなと。
淵 を掴み、つま先を溝 に引っ掛け。
カウンターの向こうを覗 いてみたところ。
そこには、鍵を置いたまま ポカーン とした様子でカーツェルを見やる店主の姿が。
おかげで走って行く羽目 になった。
ぷっくり頬 を膨らませ鍵を取るチェシャは、
ピョン と飛び降りるようにして、カーツェルのもとへと急ぐ。
道すがら。
行き違う一人が気を利かせ、医者を呼ぼうかと声を掛けてくれたのに。
カーツェルの返事は素っ気ない。
「いいや。何でも無いんだ。放 っておいてくれ」
今はチェシャが傍 に居る。
治癒のローブさえあれば、何とかなる。
そう考えたのだろう。
しかし大丈夫なのか。
事情を知らない客達は、目を丸くし見合っていた。
横を行き過ぎる幼子 は、少しばかり肩身が狭い。
フェレンスの事となると、彼は余裕を失いがちなので。
考え方によっては、前向きな気分にもなれるが。
例えば、こんな風 に。
なれば、我こそが補 ってやらねばのう ... (`・ω・´)キリリ!
あくまでも意訳だ。
そんな顔をしているというだけである。
実際には、どうだろう。
先に行って鍵を挿 し扉を開くチェシャは、本当に気の利 く子。
真っ直ぐ寝室へ向かいフェレンスを寝かせてやる彼の横で、
早速 、靴紐 を解 いている。
もしかしたら、はやくフェレンスの懐 に入り、ぬくぬくしたいだけなのかもしれない。
だが、それで良い。カーツェルは満足そうな表情で暫 しベッドを離れる。
次に彼が取り出したのは、ベルトの括 りに巻き刺していた綴織 。
持って広げた前に指輪の鍵印 を翳 すと、
織り込まれた錠印 が宙に浮き上がり、何かを吐き出した。
素早く手に取って広げられたのは、治癒のローブ。
フェレンスのブーツと手袋、装衣の前留めを外してやっていると。
脇 から潜 り込んで来るチェシャ。
カーツェルは赤毛を撫 で下ろし。
やがて、フェレンスの口元までをローブで覆 った。
その時、僅 かにフェレンスの瞳が開いたのは、無意識ではないかと思う。
視線は確かに、こちらを向いていたけれど。
「大丈夫。心配するな ... 」
声が、弱々しくて。
譫言 にしか聞こえないのだ。
「いいから、もう眠れ」
「 シャ、マ ... ... 」
「 シーーー 」
「 ン ... 」
起こしてしまいそうになるチェシャを宥 め。
今は、眠らせる。
それから、どうしても気になったので。
恐る 々 、フェレンスの襟元 に指先を入れてみた。
落ち着いて脈 に集中すると、浅いが拍 に異常は無い。
一時 前に感じた不整脈は、過度な寝不足によるものだろうか。
であれば、チェシャの血ノ魔力を得たローブの効果で全快するはずだが。
どうも居た堪 れない。
部屋の随所 を見回り始めたカーツェルが、寝室を出ると。
居間 までの間は細い通路になっており、
手洗場や棚、荷掛けが片面に羅列 する。
屈 んだり、背伸びしてみたり。
収納の中を順に確認していく彼の背後は、一面の仕切り硝子 。
《 カチッ、パチッ ... ... 》
それは、風に飛ばさせた枝葉が硝子面に打ち付ける音だった。
咄嗟 に振り向いて見る彼は、
風の仕業 と知るや、安堵 し大きく息を吐く。
不審な箇所は無いか。調べるのも役目の内。
手早く済ませるつもりであった。
然 れど、気が散って仕方なく。
額 に付けて組んだ両手越 しに、窓辺へ寄り掛かる。
信仰心など持ち合わせてはいないので。せめて ...
主 を祝福し守護する全ての霊に、フェレンスを連れて行かぬよう。
切 に願った。
樹々の間から差し込む夕日を浴び。
概 ね朱色に染まるリテの町並みは、
紅葉する大樹に飾り置かれた木組み細工のよう。
眼下には、急流を跨 ぐ歩廊橋 。
行き交う人々の声も、ここまでは届かない。
静かに眠るフェレンスを、夢の淵 へと誘 うは。
遠く、微 かに聴こえる ... 沢 の音 。
永久凍土に程近い地の果てを浮遊する小島には、
壮麗 たる氷爆 を抱え聳 える流刑所が存在した。
氷雪地帯に吹く風は新雪を払い、サワサワ と音を立てる。
吐く息が真っ白になるほど冷え込んでいるというのに。
薄着で施設の外れに出かけて行っては、彼 の竜騎士を困らせたものだった。
「怖いのですか?」
聞くと彼は片手で両目を塞ぎ、更に、対 の手を伸ばしてくる。
「待って。待って ... 待って下さい」
「私なら大丈夫」
「いいえ、いけません。そもそもです。そういう問題ではないでしょう」
「そうですか? では、行きますね!」
いや待て。違うだろうと言っているのに。
グウィンは繰り返した。
行かないで。どうか、そのまま ... ...
流刑地に送られた彼の主人は、概 ね錬金工作に没頭し。
仕上がった品々 を、より追求。試行錯誤し過ごしていた。
おかげで、二人きりであろうが飽 きなどしない。
「昨日は平行を保てず右傾きで目を回してしまいましたが。修正は済みましたから!」
近頃は、法を織り込んだ羽衣 の創作に夢中らしく。
その日も早朝に、上着も持たず出て行って今に至 るのだ。
が! しかし!
グウィンは心の内で一呼吸置いてから、叱咤 する。
「そう、貴方 は昨日。同じ時間、同じ事をして一度、失敗している!!
いいから黙って降りて来て! とにかく上着を着て下さい!!
私が告発してしまったがために中枢を追われ、
硝子ノ宮 を出てしまった貴方 は、
もう不死ノ魔物でも何でもない! 風邪を引いてしまう!!
少し前に何度の熱を出したと思っているのですか!!
四十度!! 四十度ですよ!?」
それなのに彼は二度目の試験飛行を試 みようとしている。
引き留 めるため必死になって声を張るが、本当は分かっていた。
試作品の出来に期待し、胸膨らませるフェレンスが、聞く、わけ、無い。
せめて鎧を身に着ける時間を与えて欲しかった。
しかし、彼の主人は悠長に構 え笑っている。
石柱の折れ口から飛び立った昨日は、嵐の兆候 があったので。
乗 じて悪さをする精霊を警戒し、たまたま武装していたから救う事が出来た。
そうでもなければ、何十米 もの氷爆 を抱える谷底まで、
真っ逆さまに落ちてしまっていたはず。
それなのに、どうして待ってくれない!!
フェレンスは同じ場所に立ち。
余裕の表情で後方へと身体 を倒していった。
「大丈夫 ... 」
涼 やかな声で囁 きながら。
明け方の日照 を背に受け開かれた両腕は、騎士の目元に影を落とし。
羽衣 の先で揺れる玉飾りの一粒 々 が、魔力を宿して宙に浮く。
危 うきは、恐れを知らぬ未熟さ ... ...
――― 賢者 の齎 した叡智 の結晶たる
翠玉碑 を収めた中枢を司 りし番人。
彼らは、魔物も同然と云 わしめる存在であり。
見聞 に感化されぬよう、洗練された意識構造を有 する。
その思考は、合理、非合理を踏まえ物事を処理するだけ。
感性に乏 しく機械的で、情と言うものを持ち合わせていないのだ。
《 所謂 、人で無し 》
脳裏を過 るは番人を揶揄 する人々の声。
耳にしては向き直り、殺意を抱いたものだが。
今であれば不本意ながら頷 ける。
大した自信とは思うけれども、何の保証にもなりはしないのに。
何を考えているのやら、皆目 、見当も付かず。
物悲しい。
それでもフェレンスは、彼にとって掛 け替 えのない人。
思い直すのも一瞬だった。
崩れた岩壁を一つ越 えれば、手の届く距離と見て。
瓦礫 に手を突き軽々身を乗り上げる。
黒ノ竜騎士は、低姿勢を維持したまま。
深く ... 一歩、踏み込んだ。
すると、音もなく波状の土煙を生じる空圧。
覇気 を纏 った彼は、やがて強く踏み切る。
手を伸ばす間 に、ゆるりと速度を落とす情景。
彼の記憶は次々と翻 った。
――― 禅定 ノ番人、 智慧 ノ番人、 戒律 ノ番人。
以上の三者においては、記憶の支柱として中枢を管理する役目を担 っているそう。
だが、紋絽 地の羽織を深く被 る彼らの特徴を窺 い知る事は出来ない。
元老院の召喚を受け、檣楼 を下 る主 に付き添 っていると。
すれ違う度、目に留 まる。
親衛騎士であれば、素顔を見た事くらいはありそうなものだが。
グウィンは不思議に思った。
己 が主人に限り、顔を隠そうとしないのは何故 。
尋 ねると、フェレンスは静かに答える。
『彼らは、それぞれの定理に倣 い分析、構築に務 める立場。
定義や公理などといった規格に基 づかない情報に触れることを忌 むようです』
『人の情に触れぬよう避けているという事ですか?』
『推察にすぎませんが。気になるのであれば、直接、尋ねてみては?』
『いえ ... それよりも続きをお聞かせ下さい』
『 ... ... あの方が、そうするようにと ... ... 』
聞くなり言葉を失い、立ち尽くした。
恐らくは、日頃からフェレンスに目を掛けていたらしい男の話をしているのだろう。
《僕はね、フェレンス ... ...
シャンテは、もっと地上との接点を築くべきだと思うんだ。
賢者 の齎 しめた御業 を管理し、実用に向け
研究を進めていくのであれば、より多くの人々に見合う方が良いだろうから。
中枢の記憶からは決して得 られない、今を生きる人々の想いから学ぶんだよ。
君なら変われる。けど、そのためには心を持たなければいけない。だからね ...
さあ、顔を見せて ... フェレンス。
そしてもっと、人の情に触れる事を意識してごらん。
そうすれば、いつかきっと《真我 》を導き出せるはずだよ ... ... 》
すると、フェレンスもまた暫 し立ち止まり、論 ずる。
『真我とは、生命、身体、意思など、
存在する全ての根源にあって、それらを統一支配する哲学的主体の表 しです』
哲学的? 主体という言葉に一体、幾 つの意味があると言うのか。
理解するには到底、及 ばぬ。
だが、それら如 き ... 最早 どうでも良いのだ。
硝子ノ宮 を抜け出しては人々と触れ合い、咎 められていたのは、そのため?
祖国の中枢を担う者として不適切であることも理解し。
尚 、尤 もらしい理由を付けて繰り返していたのは、その男が望んだから?
人と自らを例に挙げ、知識と情報を比較し更に。
差分を埋める事への興味を持ち続けた ... 己 が主 の背を見て息詰まる。
素直と頑固を並べて丁度、その間に収まるような際 どい人柄。
善悪に囚 われぬ開放的精神。
あらゆる面において他の番人とは異なり。
特にも、禁忌 を否 む声には敏感。
確かめずにはいられない気性。
何もかもが愛おしく。
抜け出る現場に居合わせる度、戻るよう説得を試 みるも。
何だかんだ逆に説得され、変装と同行を条件に町へ繰り出した事もあった。
無謀かつ、決して許されぬと知りながら。
このまま何処 かへ連れ去ってしまいたい。
どれだけ苦悩したことか。
長らく募 らせた想いを拗 らせてしまった自覚もある。
限界を感じた瞬間だった。
全てを投げ打つ覚悟が出来たのは、この時。
番人の機能不全が議題に上がる日は遠くない。
ならばいっそ、罪を着せてしまおう。
奪われる前に、奪い去らねばならぬ。
『そう ... 彼 ノ番人に《理念 》を植え付けたのは、地上ノ王 ... ユリアヌス』
英雄は謳 った。
『ですが、我が主 を破棄するつもりであるなら、是非 にも譲 り受けたい。
然 もなくば ... 今ここで、貴方々 全員を切り捨て、打ち滅ぼす』
国家反逆をも厭 わずして。
流刑が確定した後にも、告発者の存在は伏 せられた。
主 たる者の命を買った黒ノ竜騎士。
彼は、元 番人の生涯に渡る監視、拘束を条件に罪を免 れたのである。
フェレンスは、予見していたのだろうか。
彼の執着心に束縛 されるがまま。
身を委ねるが如 く、開かれた両腕。
遠海 の凪 を思わす穏やかな瞳の碧 色。
表 を返す記憶に垣間 見る折々。
特攻姿勢で迫るグウィンは、間近で眼を見張った。
次の瞬間。彼を迎 え入れた幼い身体 は、
フワリ ... 揺蕩 う羽衣の緩衝 を受け、向きを変えながら翻 る。
視界を斜めに滑 る晴天と白銀の大地。
目を皿のように見開いていると、耳元に吹きそそがれる囁 き。
「来るだろうと思っていました」
大丈夫だと言っているのに、貴方 という人は ... ...
甘やかな声色。
聴けば、ジリジリと胸が熱くなるのを感じた。
フェレンスを抱 く腕に力が込もる。
この後 に及 んで無理強 いするつもりなど無いのだ。
ただ、せめて添 い遂 げたい。
然 れども、その願いは矛盾 している。
フェレンスは彼の核心に迫 った。
『祖国と取引し私を生かしておきながら。これでは、まるで割に合わない。
それなのに ... 力尽 く組み敷 こうとなさらないのは、何故 ですか?』
彼の臆病と執着心の内にあるものは何か。
当時のフェレンスには理解できなかったのだろうと思う。
しかし、それによって守らているという事実だけは把握していた模様。
騎士たる男の広い肩を柔らかに包むは、愛 し子の温もり。
グウィンは固く口を閉ざしたまま。
答えようとはしなかった。
――― 彼は、誰も信じない。
彼は、失いすぎた。
彼は、この世の不条理を知っている。
安定を保 つ理 ノ飽和 。
絶対的機構を覆 す火種の存在を。
不測の事態を招 く、それらを払い除 けるため。
常々 風上に立つは、騎士として当然の勤 めとされていた。
その忠誠心が何を対価に約束されるものなのかは、それぞれ。
フェレンスが、もし ... 納得のいく答えを聞いていたら ... ...
夢現 に見る竜騎士の記憶を介 し、カーツェルは思った。
居間 の卓上に置いた腕に額 を乗せ、伏 したまま。
もはや白昼夢とも言い難 い。
自覚したのは、つい最近だが。
今では意図 して呼び起こす事も可能なのだ。
まるで ... そう、自らが経験してきた出来事のように。
深入りしてはいけないと分かってはいても。
ふとした時に、つい。
やがて顔を上げたカーツェルは、静かに席を立ち窓辺へと足を運ぶ。
そろそろ、フェレンスが目を覚ますのではないだろうかと。
そんな気がしたのだ。
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