44 / 61

第五章◆石ノ杜~Ⅶ

      残すところの気掛かりと言えば。 噂の三人が今後、何を主たる目的とし行動するかである。 クロイツは何処(どこ)まで目星を付けているのだろう。 扠置(さてお)いても。 上手くすれば(いず)れまた、(あい)まみえる。 異端ノ魔導師 ... ... 次に会う日は、敵か味方か。 アイゼリア公安部と見られる連中の拠点は、(もり)の観察を()ね、点在する模様。 薄部(ハクブ)を突き崩し形成された換気口には、外を()(つる)が掛けられ。 壁面を伝う水は斜めに掘られた溝を通じ石桶(いしおけ)に集められている。 しかし、彼らが口に運ぶのは処理済みの蒸留水だ。 立ち去る前に木組みの(うつわ)を手にした男は、飲水を注ぎクロイツの前までやって来る。 「飲め」 聞くと更に、一息置いて指名を受けた。 「ノーシュ ... 」 はいはい、毒味をしろって言うんでしょ? ノシュウェルは思う。 先を(ゆず)ってくれるのは()(がた)いが。 一々(いちいち)毒付かないと気が済まないのかね。 黙って受け取る彼は、少しずつ口に入れ、あえて飲み干さずにクロイツへ渡す。 様子を(うかが)っていた男は目を細め、ノシュウェルの経歴を察した。 ある時、鳥の羽ばたきを耳にしたノシュウェルが光射す壁面を見やると。 (つる)の合間を白羽(しらは)揺蕩(たゆと)う。 悠遠の彼方(かなた)は夕日を受け、紅く色付き始める頃合いだ。 (もり)に侵蝕された土地は岩層を残し滑落していく。 近辺も同様。 雨風が土を(さら)い岩をも削るため。 急勾配(きゅうこうばい)()す森林には、(いく)つもの谷が存在し。 まるで巨木が地を()いたかのような光景を、時とし目の当たりにした。 すると、チェシャを背負って歩くカーツェルが、 面白がって身を乗り出そうとするものだから。 身震いし両手で(まなこ)(ふさ)ぐ、もふもふ頭。 まさか、本気でするわけがない。素振りだけだが。 いい加減にしろと。口を突っ尖らせ、 ペチペチ ... やんわり(ほほ)を叩いてくる子が可愛くて()められないのだ。 歯朶(シダ)植物が群生する谷の底からは、水の()。 流れを聞き取り、夜には空と星図を見合わせる。 そんなフェレンスの背を、見守ること数日。 就寝時には木の根元によく見かける穴蔵へ(もぐ)り込み、夜露を(しの)ぐ。 足元に寄り添い眠るチェシャを外套(マント)(かこ)い込むカーツェルは、 ()の火元で、略々(ほぼほぼ)、立ち寝をしているフェレンスの体調を案じ。 時折、目を覚ました。 英霊に見張りをさせている手前、熟睡する事は出来ないそう。 宿符(しゅくふ)の作り置きが不足のため、()むを()ずとの事。 代わってやることも出来ず、歯痒(はがゆ)いばかりだった。 そのため、ようやく辿り着いた街道を目にし。 一番に力抜けしたのは、やはり、カーツェル。 彼の背からズルズル と落ちていったチェシャは、 フェレンスに駆け寄り(はしゃ)いでいるけれども。 両膝(りょうひざ)に手を付き、深く息を吐き捨てる彼の思うところと言えば。唯一(ただひと)つだけ。 やっと、やっとフェレンスを寝かせてやれる ... ... と、言うことで。 「 シャ、マ!! エライ、ノ、マチ、ミ、エル ! ソコ、スグ! シャ マ ーーー、コッチ ! コッチ ! ... フワァ ーーーー キ、レイ ! 」 少し行った先でフェレンスを呼ぶチェシャの声に ハッ! とし、()(さん)じた。 彼の素早さたるや、万歳(バンザイ)姿のチェシャもビックリ。 もふもふ頭が、ぶわっと追い風を吸って(ふく)らみ。気が付くとカーツェルが隣りにいる。 速っっ!! 見上げるチェシャの、まん丸お目々がこちらを向くと。 クスリ ... フェレンスの口元から笑みが(こぼ)れた。 見込み日数の二日押し。 人の手により掘削された(いわお)敷詰(しきづ)めを進めば。 (たもと)にて、急流の飛沫(しぶき)を浴びる人里。 五日目にして到着した町の名は《Rite(リテ)》。 懸垂谷(ハンギングバリー)を根本に()える大樹を支柱とし、 梁枠(はりわく)筋交(すじが)い、踏み板を(めぐ)らせ形作られた集落である。 「いつか、お前の血の判定をした町と似てるな」 そうは言っても、風情(ふぜい)は異なり。 原色に近い鮮やかな織物が、いたる所に見受けられる。 複雑に曲折(きょくせつ)する模様が印象的だった。 一通り見渡してから、チェシャは(うなづ)く。 「 ン ! 」 しかし、ふと ... 疑問に思うのだ。 カーツェルの言葉数は、意外にも少なめ。 頻繁に()ぶってくれていたのに、疲れた様子もまるで無い。 片やフェレンスはどうだろう。 振り向くと、歩いてくる彼の足取りが少し、ふらついているような。 それもそのはず。何せ、この数日間ろくに寝てもいないのだから。 するとチェシャが、(あわ)て声を発する。 「 ァ !! 」 そこまで来ていたフェレンスの姿勢が、急に前のめりになって沈み、驚いた。 ()かさず(ふところ)に入ったカーツェルに支えられ、事なきを()たようだが。 心配して(そば)まで寄り、顔色を(うかが)ってみると。 カーツェルの表情は(かた)い。 ーーー フェレンスを抱き支える彼の手は、      (わず)かばかり、不穏な鼓動を感じ取っていたらしい。 チェシャは居ても立ってもいられず。 先に下りて行って呼ぶ。 「 ツェ、ル ! ハ ... ヤ、ク ! 」 小さな手が指差した人里までは、まだ少し距離があるので。 気ばかり()いた。 歩けはする。意識もある。 それでいて(さだ)かではない記憶。 大丈夫 ... ... 何度、そう(ささや)いただろう。 カーツェルの肩を借りて歩くフェレンスの言葉は、(およ)そ寝言に近かった。 幸い、宿屋までは然程(さほど)遠くなく。 寝床の確保に苦労する事も無い。 とは言え、周囲を警戒せずにはいられぬ状況に付き、カーツェルは最上階を希望。 記名(サイン)を済ませペンを置く彼の手は、 直様(すぐさま)フェレンスの(ひざ)の裏へ()えられる。 長い 々 螺旋(らせん)階段を並んで登るほうが難しそうなので。 いっそ(かか)え上げて行こうと言うわけだ。 けれども。 男性一人を軽々持ち上げた彼は(たちま)ち、待合所(ラウンジ)に居た客の注目を浴びる。 そんなつもりではなかったにせよ。 (ぞく)に言う、お姫さま抱っこを披露したのだ。 まぁ、見るよね。 部屋の鍵が渡されるのを待ちながら、チェシャは思う。 ともすれば ... もしかして、もしかして ... やっぱりなと。 (ふち)を掴み、つま先を(みぞ)に引っ掛け。 カウンターの向こうを(のぞ)いてみたところ。 そこには、鍵を置いたまま ポカーン とした様子でカーツェルを見やる店主の姿が。 おかげで走って行く羽目(はめ)になった。 ぷっくり(ほほ)を膨らませ鍵を取るチェシャは、 ピョン と飛び降りるようにして、カーツェルのもとへと急ぐ。 道すがら。 行き違う一人が気を利かせ、医者を呼ぼうかと声を掛けてくれたのに。 カーツェルの返事は素っ気ない。 「いいや。何でも無いんだ。(ほお)っておいてくれ」 今はチェシャが(そば)に居る。 治癒のローブさえあれば、何とかなる。 そう考えたのだろう。 しかし大丈夫なのか。 事情を知らない客達は、目を丸くし見合っていた。 横を行き過ぎる幼子(おさなご)は、少しばかり肩身が狭い。 フェレンスの事となると、彼は余裕を失いがちなので。 考え方によっては、前向きな気分にもなれるが。 例えば、こんな(ふう)に。 なれば、我こそが(おぎな)ってやらねばのう ... (`・ω・´)キリリ! あくまでも意訳だ。 そんな顔をしているというだけである。 実際には、どうだろう。 先に行って鍵を()し扉を開くチェシャは、本当に気の()く子。 真っ直ぐ寝室へ向かいフェレンスを寝かせてやる彼の横で、 早速(さっそく)靴紐(くつひも)(ほど)いている。 もしかしたら、はやくフェレンスの(ふところ)に入り、ぬくぬくしたいだけなのかもしれない。 だが、それで良い。カーツェルは満足そうな表情で(しば)しベッドを離れる。 次に彼が取り出したのは、ベルトの(くく)りに巻き刺していた綴織(つづれおり)。 持って広げた前に指輪の鍵印(けんいん)(かざ)すと、 織り込まれた錠印(じょういん)が宙に浮き上がり、何かを吐き出した。 素早く手に取って広げられたのは、治癒のローブ。 フェレンスのブーツと手袋、装衣の前留めを外してやっていると。 (わき)から(もぐ)り込んで来るチェシャ。 カーツェルは赤毛を()で下ろし。 やがて、フェレンスの口元までをローブで(おお)った。 その時、(わず)かにフェレンスの瞳が開いたのは、無意識ではないかと思う。 視線は確かに、こちらを向いていたけれど。 「大丈夫。心配するな ... 」 声が、弱々しくて。 譫言(うわごと)にしか聞こえないのだ。 「いいから、もう眠れ」 「 シャ、マ ... ... 」 「 シーーー 」 「 ン ... 」 起こしてしまいそうになるチェシャを(なだ)め。 今は、眠らせる。 それから、どうしても気になったので。 恐る 々 、フェレンスの襟元(えりもと)に指先を入れてみた。 落ち着いて(みゃく)に集中すると、浅いが(はく)に異常は無い。 一時(いっとき)前に感じた不整脈は、過度な寝不足によるものだろうか。 であれば、チェシャの血ノ魔力を得たローブの効果で全快するはずだが。 どうも居た(たま)れない。 部屋の随所(ずいしょ)を見回り始めたカーツェルが、寝室を出ると。 居間(リビングルーム)までの間は細い通路になっており、 手洗場や棚、荷掛けが片面に羅列(られつ)する。 (かが)んだり、背伸びしてみたり。 収納の中を順に確認していく彼の背後は、一面の仕切り硝子(ガラス)。 《 カチッ、パチッ ... ... 》 それは、風に飛ばさせた枝葉が硝子面に打ち付ける音だった。 咄嗟(とっさ)に振り向いて見る彼は、 風の仕業(しわざ)と知るや、安堵(あんど)し大きく息を吐く。 不審な箇所は無いか。調べるのも役目の内。 手早く済ませるつもりであった。 ()れど、気が散って仕方なく。 (ひたい)に付けて組んだ両手()しに、窓辺へ寄り掛かる。 信仰心など持ち合わせてはいないので。せめて ... (あるじ)を祝福し守護する全ての霊に、フェレンスを連れて行かぬよう。 (せつ)に願った。 樹々の間から差し込む夕日を浴び。 (おおむ)ね朱色に染まるリテの町並みは、 紅葉する大樹に飾り置かれた木組み細工のよう。 眼下には、急流を(また)歩廊橋(ほろうきょう)。 行き交う人々の声も、ここまでは届かない。 静かに眠るフェレンスを、夢の(ふち)へと(いざな)うは。 遠く、(かす)かに聴こえる ... (さわ)()。 永久凍土に程近い地の果てを浮遊する小島には、 壮麗(そうれい)たる氷爆(ひょうばく)を抱え(そび)える流刑所が存在した。 氷雪地帯に吹く風は新雪を払い、サワサワ と音を立てる。 吐く息が真っ白になるほど冷え込んでいるというのに。 薄着で施設の外れに出かけて行っては、()の竜騎士を困らせたものだった。 「怖いのですか?」 聞くと彼は片手で両目を塞ぎ、更に、(つい)の手を伸ばしてくる。 「待って。待って ... 待って下さい」 「私なら大丈夫」 「いいえ、いけません。そもそもです。そういう問題ではないでしょう」 「そうですか? では、行きますね!」 いや待て。違うだろうと言っているのに。 グウィンは繰り返した。 行かないで。どうか、そのまま ... ... 流刑地に送られた彼の主人は、(おおむ)ね錬金工作に没頭し。 仕上がった品々(アイテム)を、より追求。試行錯誤し過ごしていた。 おかげで、二人きりであろうが()きなどしない。 「昨日は平行を保てず右傾きで目を回してしまいましたが。修正は済みましたから!」 近頃は、法を織り込んだ羽衣(はごろも)の創作に夢中らしく。 その日も早朝に、上着も持たず出て行って今に(いた)るのだ。 が! しかし! グウィンは心の内で一呼吸置いてから、叱咤(しった)する。 「そう、貴方(あなた)は昨日。同じ時間、同じ事をして一度、失敗している!!  いいから黙って降りて来て! とにかく上着を着て下さい!!    私が告発してしまったがために中枢を追われ、  硝子ノ宮(ガラスノミヤ)を出てしまった貴方(あなた)は、  もう不死ノ魔物でも何でもない! 風邪を引いてしまう!!  少し前に何度の熱を出したと思っているのですか!!  四十度!! 四十度ですよ!?」 それなのに彼は二度目の試験飛行を(こころ)みようとしている。 引き()めるため必死になって声を張るが、本当は分かっていた。 試作品の出来に期待し、胸膨らませるフェレンスが、聞く、わけ、無い。 せめて鎧を身に着ける時間を与えて欲しかった。 しかし、彼の主人は悠長に(かま)え笑っている。 石柱の折れ口から飛び立った昨日は、嵐の兆候(ちょうこう)があったので。 (じょう)じて悪さをする精霊を警戒し、たまたま武装していたから救う事が出来た。 そうでもなければ、何十(メートル)もの氷爆(ひょうばく)を抱える谷底まで、 真っ逆さまに落ちてしまっていたはず。 それなのに、どうして待ってくれない!! フェレンスは同じ場所に立ち。 余裕の表情で後方へと身体(からだ)を倒していった。 「大丈夫 ... 」 (すず)やかな声で(ささ)きながら。 明け方の日照(にっしょう)を背に受け開かれた両腕は、騎士の目元に影を落とし。 羽衣(はごろも)の先で揺れる玉飾りの一粒 々 が、魔力を宿して宙に浮く。 (あや)うきは、恐れを知らぬ未熟さ ... ...  ――― 賢者(ヘルメス)(もたらし)した叡智(えいち)の結晶たる     翠玉碑(エメラルド・タブレット)を収めた中枢を(つかさど)りし番人。     彼らは、魔物も同然と()わしめる存在であり。     見聞(けんぶん)に感化されぬよう、洗練された意識構造を(ゆう)する。 その思考は、合理、非合理を踏まえ物事を処理するだけ。 感性に(とぼ)しく機械的で、情と言うものを持ち合わせていないのだ。 《 所謂(いわゆる)、人で無し 》 脳裏を(よぎ)るは番人を揶揄(やゆ)する人々の声。 耳にしては向き直り、殺意を抱いたものだが。 今であれば不本意ながら(うなず)ける。 大した自信とは思うけれども、何の保証にもなりはしないのに。 何を考えているのやら、皆目(かいもく)、見当も付かず。 物悲しい。 それでもフェレンスは、彼にとって()()えのない人。 思い直すのも一瞬だった。 崩れた岩壁を一つ()えれば、手の届く距離と見て。 瓦礫(がれき)に手を突き軽々身を乗り上げる。 黒ノ竜騎士は、低姿勢を維持したまま。 深く ... 一歩、踏み込んだ。 すると、音もなく波状の土煙を生じる空圧。 覇気(はき)(まと)った彼は、やがて強く踏み切る。 手を伸ばす()に、ゆるりと速度を落とす情景。 彼の記憶は次々と(ひるがえ)った。  ――― 禅定(ぜんじょう)ノ番人、 智慧(ちえ)ノ番人、 戒律(かいりつ)ノ番人。 以上の三者においては、記憶の支柱として中枢を管理する役目を(にな)っているそう。 だが、紋絽(もんろ)地の羽織を深く(かぶ)る彼らの特徴を(うかが)い知る事は出来ない。 元老院の召喚を受け、檣楼(しょうろう)(くだ)(あるじ)に付き()っていると。 すれ違う度、目に()まる。 親衛騎士であれば、素顔を見た事くらいはありそうなものだが。 グウィンは不思議に思った。 (おの)が主人に限り、顔を隠そうとしないのは何故(なぜ)(たず)ねると、フェレンスは静かに答える。 『彼らは、それぞれの定理に(なら)い分析、構築に(つと)める立場。  定義や公理などといった規格に(もと)づかない情報に触れることを()むようです』 『人の情に触れぬよう避けているという事ですか?』 『推察にすぎませんが。気になるのであれば、直接、尋ねてみては?』 『いえ ... それよりも続きをお聞かせ下さい』 『 ... ... あの方が、そうするようにと ... ... 』 聞くなり言葉を失い、立ち尽くした。 恐らくは、日頃からフェレンスに目を掛けていたらしい男の話をしているのだろう。   《僕はね、フェレンス ... ...    シャンテは、もっと地上との接点を築くべきだと思うんだ。    賢者(ヘルメス)(もたらし)しめた御業(みわざ)を管理し、実用に向け    研究を進めていくのであれば、より多くの人々に見合う方が良いだろうから。    中枢の記憶からは決して()られない、今を生きる人々の想いから学ぶんだよ。    君なら変われる。けど、そのためには心を持たなければいけない。だからね ...        さあ、顔を見せて ... フェレンス。    そしてもっと、人の情に触れる事を意識してごらん。        そうすれば、いつかきっと《真我(しんが)》を導き出せるはずだよ ... ... 》 すると、フェレンスもまた(しば)し立ち止まり、(ろん)ずる。 『真我とは、生命、身体、意思など、  存在する全ての根源にあって、それらを統一支配する哲学的主体の(あらわ)しです』 哲学的? 主体という言葉に一体、(いく)つの意味があると言うのか。 理解するには到底、(およば)ばぬ。 だが、それら(ごと)き ... 最早(もはや)どうでも良いのだ。 硝子ノ宮(ガラスノミヤ)を抜け出しては人々と触れ合い、(とが)められていたのは、そのため? 祖国の中枢を担う者として不適切であることも理解し。 (なお)(もっと)もらしい理由を付けて繰り返していたのは、その男が望んだから? 人と自らを例に挙げ、知識と情報を比較し更に。 差分を埋める事への興味を持ち続けた ... (おの)(あるじ)の背を見て息詰まる。 素直と頑固を並べて丁度、その間に収まるような(きわ)どい人柄。 善悪に(とら)われぬ開放的精神。 あらゆる面において他の番人とは異なり。 特にも、禁忌(タブー)(いな)む声には敏感。 確かめずにはいられない気性。 何もかもが愛おしく。 抜け出る現場に居合わせる度、戻るよう説得を(こころ)みるも。 何だかんだ逆に説得され、変装と同行を条件に町へ繰り出した事もあった。 無謀かつ、決して許されぬと知りながら。 このまま何処(どこ)かへ連れ去ってしまいたい。 どれだけ苦悩したことか。 長らく(つの)らせた想いを(こじ)らせてしまった自覚もある。 限界を感じた瞬間だった。 全てを投げ打つ覚悟が出来たのは、この時。 番人の機能不全が議題に上がる日は遠くない。 ならばいっそ、罪を着せてしまおう。 奪われる前に、奪い去らねばならぬ。 『そう ... ()ノ番人に《理念(イデア)》を植え付けたのは、地上ノ王 ... ユリアヌス』 英雄は(うた)った。 『ですが、我が(あるじ)を破棄するつもりであるなら、是非(ぜひ)にも(ゆず)り受けたい。  ()もなくば ... 今ここで、貴方々(あなたがた)全員を切り捨て、打ち滅ぼす』 国家反逆をも(いと)わずして。 流刑が確定した後にも、告発者の存在は()せられた。 (あるじ)たる者の命を買った黒ノ竜騎士。 彼は、(もと)番人の生涯に渡る監視、拘束を条件に罪を(まぬが)れたのである。 フェレンスは、予見していたのだろうか。 彼の執着心に束縛(そくばく)されるがまま。 身を委ねるが(ごと)く、開かれた両腕。 遠海(えんかい)(なぎ)を思わす穏やかな瞳の(あお)色。 (おもて)を返す記憶に垣間(かいま)見る折々。 特攻姿勢で迫るグウィンは、間近で眼を見張った。 次の瞬間。彼を(むか)え入れた幼い身体(からだ)は、 フワリ ... 揺蕩(たゆと)う羽衣の緩衝(かんしょう)を受け、向きを変えながら(ひるがえ)る。 視界を斜めに(すべ)る晴天と白銀の大地。 目を皿のように見開いていると、耳元に吹きそそがれる(ささや)き。 「来るだろうと思っていました」 大丈夫だと言っているのに、貴方(あなた)という人は ... ... 甘やかな声色。 聴けば、ジリジリと胸が熱くなるのを感じた。 フェレンスを(いだ)く腕に力が込もる。 この()(およ)んで無理強(むりじ)いするつもりなど無いのだ。 ただ、せめて()()げたい。 ()れども、その願いは矛盾(むじゅん)している。 フェレンスは彼の核心に(せま)った。 『祖国と取引し私を生かしておきながら。これでは、まるで割に合わない。  それなのに ... 力尽(ちからず)く組み()こうとなさらないのは、何故(なぜ)ですか?』 彼の臆病と執着心の内にあるものは何か。 当時のフェレンスには理解できなかったのだろうと思う。 しかし、それによって守らているという事実だけは把握していた模様。 騎士たる男の広い肩を柔らかに包むは、(いと)し子の温もり。 グウィンは固く口を閉ざしたまま。 答えようとはしなかった。  ――― 彼は、誰も信じない。      彼は、失いすぎた。      彼は、この世の不条理を知っている。      安定を(たも)(ことわり)飽和(ほうわ)。      絶対的機構を(くつがえ)す火種の存在を。 不測の事態を(まね)く、それらを払い()けるため。 常々(つねづね)風上に立つは、騎士として当然の(つと)めとされていた。 その忠誠心が何を対価に約束されるものなのかは、それぞれ。 フェレンスが、もし ... 納得のいく答えを聞いていたら ... ... 夢現(ゆめうつつ)に見る竜騎士の記憶を(かい)し、カーツェルは思った。 居間(リビングルーム)の卓上に置いた腕に(ひたい)を乗せ、()したまま。 もはや白昼夢とも言い(がた)い。 自覚したのは、つい最近だが。 今では意図(いと)して呼び起こす事も可能なのだ。 まるで ... そう、自らが経験してきた出来事のように。 深入りしてはいけないと分かってはいても。 ふとした時に、つい。 やがて顔を上げたカーツェルは、静かに席を立ち窓辺へと足を運ぶ。 そろそろ、フェレンスが目を覚ますのではないだろうかと。 そんな気がしたのだ。      

ともだちにシェアしよう!