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【異端ノ魔導師と血ノ奴隷】 第五章◆石ノ杜~Ⅷ | 嵩都 靖一朗の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
【異端ノ魔導師と血ノ奴隷】
第五章◆石ノ杜~Ⅷ
作者:
嵩都 靖一朗
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第五章◆石ノ杜~Ⅷ
瑕疵
(
かし
)
と呼ばれる記憶ノ
混濁
(
こんだく
)
は、日を重ねる毎に鮮明さを増し。
彼
(
か
)
ノ竜騎士が抱いた想いと、共感の
境
(
さかい
)
もまた ...
曖昧
(
あいまい
)
になっていく。 それでいて
相反
(
あいはん
)
するかのよう。 受け止める事は、そう
難
(
むずか
)
しくない。 影響されるなんて、よくある事。 頭では分かっていた。 割り切らねばならない。 それなのに。 気持ちの整理をしようとした
途端
(
とたん
)
に胸が
軋
(
きし
)
む。 窓辺に触れ、
拳
(
こぶし
)
を握り込むと。 意図せず蒼火が
灯
(
とも
)
り、揺らめいた。 気付くと同時、手元に
霜
(
しも
)
が差し。 カーツェルは
咄嗟
(
とっさ
)
に距離を置く。 不安、
苛立
(
いらだ
)
ち、
焦燥感
(
しょうそうかん
)
。 似ているようで
異
(
こと
)
なる心境。 平静を保とうとするほど
掻
(
かき
)
き立てられた。 冥府ノ
炎
(
ひ
)
は、彼の胸の内に隠れ
潜
(
ひそ
)
む思念を
啄
(
ついば
)
み
滅
(
めっ
)
す。 それでもなお
尽
(
つ
)
きる事なく、
溢
(
あふ
)
れてくるのだ。 一体、どこから? 焼き付いた記憶に触れるたび、
情緒
(
じょうちょ
)
不安定に
陥
(
おちい
)
る謎。 声を聴きたい。触れて、その鼓動を確かめたい。 その衝動は、竜騎士の未練に感化され生じたものであるはず。 だが ... ... 小刻みになる呼吸の
合間
(
あいま
)
に。 口を
衝
(
つ
)
いて出る名。 「フェレンス ... ... 」
縋
(
すが
)
る思いで発した声は、確かに自分のものだが。 意識の奥底。深く、より深く。 封じられた
心想
(
しんそう
)
の叫びを、彼自身が聴く事は出来ないのだ。 眠り
結
(
ゆ
)
い
紡
(
つむ
)
ぐ。夢、断ち切りて。
切情
(
せつじょう
)
を
孕
(
はら
)
む思い入れは、やがて呼び覚ます。
傍
(
そば
)
で声がした気がして。 フェレンスは大きく息を吸い、
瞼
(
まぶた
)
を開いた。 まさか。その場にカーツェルの姿は無い。 胸元で握り込まれる小さな手の感触で我に返り、上体を起こすと。 小声で
唸
(
うな
)
るチェシャが、ベッドの外側を向いて寝返る。 「 スンスン ... ムゥ ... 」 上掛けから転がり出てしまい肌寒さを感じたのだろう。 シーツに鼻先を
埋
(
うず
)
めながら
竦
(
すく
)
み、
縮
(
ちじ
)
こまる小さな
身体
(
からだ
)
。 風邪を引かせてはいけない。 掛け直してやろうか。 フェレンスは静かに
掛布
(
かけふ
)
を取った。 けれども、何が気に食わないのか蹴っ飛ばされたので。 バサッ! とチェシャの足元で跳ね返るそれを見て、フェレンスは目を丸める。 気を取り直して、もう一度。 放っておくわけにはいかないのだから。 次には自らのローブを
預
(
あず
)
けてみようと考えたのだ。 なのにどうして。 広げてやっている
間
(
ま
)
に シュッ! と奪い取られ更に
驚
(
おどろ
)
く。 手元から
忽然
(
こつぜん
)
と消えたローブ。 ゆっくり 々 、目で追ってみたところ。
敷
(
し
)
き広げたローブの
端
(
はし
)
から クルクルクルッ ... ! 転がり返って、器用に
包
(
くる
)
まる赤毛の
蓑虫
(
みのむし
)
。 目覚めてから
既
(
すで
)
に三回。
幼子
(
おさなご
)
の奇行に目を見張っているが。 長いこと
避
(
さ
)
けてきた触れ合いから
得
(
え
)
る温もりに、
和
(
なご
)
みが加わり。 新鮮な心地がした。 部屋を見渡していると、いつの間にか装具一式、
及
(
およ
)
び
外套
(
アウター
)
等、脱がされている事に気付いてベッドを立つ。 枕元には
寝装束
(
ドレッシングガウン
)
が折り
畳
(
たた
)
まれ用意されていた。 カーツェルが置いたものだろう。 シャツ、そしてボトムスの
前留
(
まえど
)
めを外す指先。 無造作に脱ぎ捨てるフェレンスは、手早くガウンを着込み。 やがて、窓辺に差した
梢
(
こずえ
)
の影を踏み越える。 スルリ ... 素足を
掠
(
かす
)
める
絹
(
きぬ
)
の
裾
(
すそ
)
が、 星を散りばめるかのような
艶
(
つや
)
を放った時だった。 広々とした
縁台
(
バルコニー
)
へと続く仕切りを押し開いて。 谷の
緑生
(
りょくせい
)
を一身に浴びる。 フェレンスの
緩
(
ゆる
)
やかな
瞬
(
まばた
)
きは、 清浄を思わしめ、
曇
(
くも
)
りを晴らすかのよう。 その姿を遠巻きに見るカーツェルは、息を呑んだ。 河の
飛沫
(
しぶき
)
を吹き上げる風が、 雪のように白く照らし出される髪を、肌を、
衣
(
ころも
)
を
煽
(
あお
)
り。 美しく
戦
(
そよ
)
ぎ立てている。
曲
(
ま
)
げ木の手法で組み
編
(
あ
)
まれた
外格子
(
そとごうし
)
の手前にて。
佇
(
たたず
)
む背に向かい
尋
(
たず
)
ねたのはカーツェル。 「よく眠れたか?」
居間
(
リビングルーム
)
側の敷居を出て、
一繋
(
ひとつな
)
がりとなった
渡
(
わた
)
りを行く彼は、 一つ、二つ、格子の影を
潜
(
くぐ
)
り
抜
(
ぬ
)
け。 その都度、
移
(
うつ
)
り変わる情景の中。 ゆっくりと顔を上げ視線を流してよこす姿を
見詰
(
みつ
)
めた。 対して、前置きも無く語りだす。 聞かれてもいないのに。
有耶無耶
(
うやむや
)
になっているカーツェルの心境を
察
(
さっ
)
したのだろうか。 フェレンスは
遥
(
はる
)
か遠くへと想いを
馳
(
は
)
せる。 「彼が ... 私を愛してくれている事は知っていた。 だが私には、その何たるかを知る
術
(
すべ
)
が無い」
術
(
すべ
)
とは? 《中枢の記憶》の事を言っているのだろうか。 「我々番人の理性は
即自
(
そくじ
)
的。 対してグウィンは私を
普遍化
(
ふへんか
)
してくれる存在と言っていい」 また
小難
(
こむずか
)
しい事を言う ... ... 「
要
(
よう
)
するに?」 カーツェルは、
相槌
(
あいずち
)
がてら
意訳
(
いやく
)
を求めた。 「お前の話は
断片的
(
だんぺんてき
)
すぎんだよ。もう少し掘り下げてくれる?」 やんわり言うと、フェレンスは
僅
(
わず
)
かばかりはにかんで応じる。 「分かった。 つまり ... 当時の私は、 彼の自由意志に学び、いずれは自立するつもりだった」 聞くと、カーツェルの
片眉
(
かたまゆ
)
が上向きに
反
(
そ
)
っくり返った。 どう
転
(
ころ
)
んでも、分かり
辛
(
づら
)
い。 これはもう、
旨意
(
ニュアンス
)
で
捉
(
とら
)
えるしかないのだろうか。 外格子に
寄
(
よ
)
り
掛
(
か
)
かり、
唸
(
うな
)
るカーツェルの
解釈
(
かいしゃく
)
はこう。 自分には無いものを与えてくれる人だったって事かなと。 それにしても、自立とは
妙
(
みょう
)
だ。 瞳の奥を
覗
(
のぞ
)
き込むように首を
傾
(
かしげ
)
げて見せると、フェレンスは続けた。 「彼が、何を
差
(
さ
)
し置いても寄り
添
(
そ
)
おうとしてくれたのは
何故
(
なぜ
)
か。 知ることが出来たなら、私も彼を守れるようになるのではと ... 」 しかし、
何処
(
どこ
)
か引っ掛かるのだ。 「誰かを守るのに理由が必要なのかよ」 「少なくとも、私には」
相変
(
あいか
)
わらず、はっきり言うな ... ... 確かに、見ず知らずの他人と身近な人物と、選択せねばならぬ状況を仮定すれば。 何らかの理由は
欠
(
か
)
かせないのかも。 意識せずして救えるほど
生易
(
なまやさ
)
しくはないだろうし。 命を
懸
(
か
)
けて行うのであれば
尚更
(
なおさら
)
。 カーツェルは思った。 気持ち的に
漠然
(
ばくぜん
)
としているのと、 覚悟してかかるのでは力の入れようも違ってくるのだから。 それらを踏まえて考えれば
至極
(
しごく
)
、
妥当
(
だとう
)
。 「けどさ。何か、そういうのって、何かな ... 」 受け入れ
難
(
がた
)
いというわけではない。 ただ、ただ ...
遣
(
や
)
る
瀬無
(
せな
)
い。
蹲
(
うずくま
)
るように下を向いていると、
次
(
つ
)
いで
窘
(
たしな
)
められた。 「カーツェル。お前は
既
(
すで
)
に知っているはずだ。 もう何度も彼の記憶に触れているのだから」 耳を
塞
(
ふさ
)
いでおくべきだったのかもしれない。 フェレンスは
躊躇
(
ためら
)
いも無く言い
連
(
つら
)
ねるだけ。 「私は《人》ではない。
姿形
(
すがたかたち
)
だけ
似
(
に
)
せた
模倣品
(
もほうひん
)
だ。 生死に関わる本能や欲、何から何まで。 人から生まれ、母性等により無条件に
寄
(
よ
)
せられるらしい《愛情》は
勿論
(
もちろん
)
。 あらゆる情から
隔絶
(
かくぜつ
)
された精神領域でなければ記憶の
示顕
(
じけん
)
は許可されないためだ」 「つーか! もう、いいからさ! そういうの!!」
堪
(
たま
)
らず強く言い放ち、カーツェルは唇を
噛
(
か
)
み
締
(
し
)
める。 次第に力を失う声が、切実さを物語っていた。 「わざわざ
繰
(
く
)
り返してくれなくていい。 そうでなきゃいけない理由なんて、俺にはどうでもいいんだよ。 だってさ。今のお前は全然、そんな感じしねーし。 そりゃあ、考え方とか ... ぶっ飛んでんなって思うコトはあるけど。 つか、実際ぶっ飛び過ぎなんだよな。 クロイツみたいなヤツが、メチャクチャ警戒するくらいには。 けど ... さ、そういうヤツが、一人くらい居たっていいだろ ... 」 フェレンスには
未
(
いま
)
だ、相思相愛を認識するための感性が
備
(
そな
)
わっていないのだと再確認する。 求め合い、
愛
(
いと
)
おしむ。
慈
(
いつく
)
しみ、
尊
(
とうと
)
ぶ。
掛
(
か
)
け
替
(
が
)
えのない存在に対する想いを理屈として理解は出来ても。 過程と、その
根拠
(
こんきょ
)
、
動機
(
どうき
)
なくして処理しきれず。 喜怒哀楽といった情と
結
(
むす
)
び付ける事が出来ないのだ。 生前のグウィンが
力尽
(
ちからず
)
く分からせていたとしたら、何か変わっていたのだろうか。 一度、聞いてみたい。 カーツェルは思った。 ――― なぁ、お前さ ... 幸せって感じたコトある? するとだ。
突如
(
とつじょ
)
として
脳裏
(
のうり
)
を走る
衝撃
(
しょうげき
)
。 同時に引き
裂
(
さ
)
かれるような心痛を
覚
(
おぼ
)
える。 何だ。今のは ... ... 前にも同じ質問をした気がするが。 気の
所為
(
せい
)
? 反射的に胸元を
抑
(
おさ
)
えてしまったので。 フェレンスも気が付いただろう。 だが、
迂闊
(
うかつ
)
には言えない。 ピタリ と止めた呼吸を可能な
限
(
かぎ
)
り自然に戻していくが。
誤魔化
(
ごまか
)
そうとしているのは見え 々 だ。 フェレンスの表情が
曇
(
くも
)
る。
扠置
(
さてお
)
いて、顔を上げようか。
秒
(
びょう
)
で開き
直
(
なお
)
るカーツェルは思い付きで切り返した。 「それに、俺はさ! てっきり ... お前ら二人共、 好き合ってるもんだと思ってたんだけど。何だ、違うのかよ」
挙
(
あ
)
げ
句
(
く
)
には、苦し
紛
(
まぎ
)
れの作り笑い。 まあ、気になるっちゃ気になるわけで。 ところがフェレンスの気が
逸
(
そ
)
れる事はない。 「顔が引き
攣
(
つ
)
っている」 「ぇ ... だって俺、そっちの
気
(
け
)
、
無
(
ね
)
ぇーからさ」
嘘
(
うそ
)
じゃない。本当。 なのに胸が チクチク と痛むので。 一言だけ心中にど
突
(
つ
)
き入れる。
一々
(
イチイチ
)
、突っ掛かって来んな !!!! そうした時だった。
襟
(
カラー
)
の内側へ、そっと差し込まれる指先。 カーツェルは
俄
(
にわか
)
に硬直する。
柄
(
がら
)
にもなく緊張し、
脈
(
みゃく
)
が
躍
(
おど
)
り上がるのを感じた。 「もしかすれば、そうだったのかも ... 」 話を戻して、フェレンスは言葉を
濁
(
にご
)
す。 「しかし、確かめる事は出来ない。 彼の
魂
(
たましい
)
と心は
逝
(
い
)
き別れてしまった。 お前の意識に
灼
(
や
)
き付く
未練
(
みれん
)
さえ、
痕跡
(
こんせき
)
に過ぎないのだから」
嗚呼
(
ああ
)
... 苦しい。 黒ノ竜騎士は
何故
(
なにゆえ
)
、主人への愛を口にする事を
避
(
さ
)
けたのか。 シャンテ
一
(
いち
)
と言われる
臆病者
(
おくびょうもの
)
の
所業
(
しょぎょう
)
には謎が多く、
察
(
さっ
)
しが付かない。 それでいて、強く共感してしまうのだから。 心底わけが分からないと言うか。 それに、本来であれば確かめるような事ではないはずと思うのだ。 「あーあ ... 毎度のコトながら、マジで
呆
(
あき
)
れる」 不調を気に掛けたフェレンスが
脈拍
(
みゃくはく
)
を
診
(
み
)
る
間
(
あいだ
)
、微笑み合う。 「なので例えば、お前が愛しい人を
慕
(
した
)
う気持ちと、 私の彼に対する気持ち、二つを
比較
(
ひかく
)
する事が出来るのであれば ... 」 「ちょっと待った。そういうのはな、
比
(
く
)
べられるもんじゃねーの」 「そう。そうだろう?」 言葉を
交
(
かわ
)
すうち、急に調子を合わせてくるものだから
驚
(
おどろ
)
いた。 「何が言いたいんだ?」 「確かめられない、比較する事も出来ない。 私は何を
手懸
(
てがか
)
りに《愛しい》の正体を
突
(
つ
)
き止めればいい?」 「 ア ホ カ ... 俺が知るかよ」 「だろうな」 「真顔で言うな!!」 ク ッ ソ ... 何かムカついた。 「
差分
(
さぶん
)
を
埋
(
う
)
めるにあたっては参照する事例があれば可能だが」 コイツって、ホント ... ... 天才的頭脳の持ち主なのか、究極の馬鹿なのか。
紙一重
(
かみひとえ
)
とはよく言ったものだなと思う。 「もぉ ... 分かった。じゃさ、こっち来てみろよ」
棒立
(
ぼうだ
)
ちでこちらを見るフェレンスを、仕切りの手前で再度、呼びつける。 「早く」
訝
(
いぶか
)
しげな顔をしているところに向け、
手招
(
てまね
)
き。 窓辺の椅子に
腰掛
(
こしか
)
けたカーツェルは、 胸元から手帳とペンを取り出すと
改
(
あらた
)
めて
尋
(
たず
)
ねた。 思いついた順で良いので、比較的よく接する人物の名を
挙
(
あ
)
げていけと。 フェレンスは二度、
瞬
(
まばた
)
き。 彼の手元へ視線を落とす。 静寂に包まれた寝室の
片隅
(
かたすみ
)
にて。 やがて応じる声は、降り積もる雪が反響を
縮
(
しゅく
)
するが
如
(
ごと
)
き
風情
(
ふぜい
)
を
醸
(
かも
)
した。 カーツェル ... チェシャ ... ローナー ... ロージー 多くは使用人として具現した精霊の名が
連
(
つら
)
なる。 中には、聞かなかった事にしようかと思う人物も含まれていたが。 アレセル ... 彼は異端ノ魔導師を影で支えた人物。 その
功績
(
こうせき
)
だけは認めざるを
得
(
え
)
ないので。 二重線を引き抹消してしまいたい気持ちを グッ ... と
抑
(
おさえ
)
え込むカーツェルは、 チラリ ...
淡々
(
たんたん
)
と答えるフェレンスを見た。 集中し、ペン先の向く紙面だけを ジッ と
見据
(
みす
)
える瞳。
天板
(
てんばん
)
に反射する月明かりを定期に
遮
(
さえぎ
)
る
瞼
(
まぶた
)
。 すると目が合う。 ページの片側が一杯になっていたので。 もう十分ではないかと。 次には順を変えていかねばならない。 カーツェルは告げた。 「
但
(
ただ
)
し、条件を付ける」 「 ... ...
何故
(
なぜ
)
?」 当然、理由を問われる訳だが。 「まぁいいから ... 」 彼は受け流した。 フェレンスは納得していない。 しかし黙って聞いていたところ、なるほどと思う。 話したり、一緒に過ごす上で苦にならない。 寝食を共にしてもいい。 相手に不備があったら、自分がフォローする。 以上の三点を踏まえ、当てはまると思える順に名を入れ替えよ ... との事。 何をしたいのか。 簡単に予測できた。 けれども、あえて言わない。 フェレンスは差し出された帳面のペンを取り、
速
(
すみ
)
やかに応じて返す。 案の定、言い出しておきながら煮詰まった様子を見せたのはカーツェルの方だった。 トン、トン、トン ... ... ペンの先で紙面を叩く音。 実に単純。診断なんて大層なものでも無し。 最上位に名を置く人物こそが今、一番、大切な人。 要するに、フェレンスの《愛する人》って事になるのではないか。 ともすれば。当然、グウィンの名が真っ先に記されるはず。 なんて ... 想定したのだ ... が。 そもそも、彼の名は挙げられていない。
代
(
か
)
わりなんて、存在するはずもないのに。 一番に記されたのは ... ... ―――
Kurzweil
(
カーツェル
)
自身の名。 「 ... ... 気まずそうだな」 「あぁ、うん。まぁな ... 」 だって、まさか、グウィンの名前が出て来ないなんて思わないじゃん。 すると気が付く。 そうか、わざとなのだ。 軽く
睨
(
にら
)
み付けてやったところ。 察し、背もたれまで身を引いて
肘掛
(
ひじか
)
けに両腕を
預
(
あず
)
けるフェレンス。
諭
(
さと
)
すでもなく、彼は言った。 「これは私にとって当然の並び。しかし、これではまるで ... 今、私が
最
(
もっと
)
も愛しいと思っているのは、カーツェル、 お前であるかのように見受けられる。が、どうなんだ」 けれども、
何処
(
どこ
)
か他人事のよう。 カーツェルはノラリクラリと投げやりにペンを置き、
頬杖
(
ほおづえ
)
をついて返した。 「それな ... ... 俺 に 聞 く ?」 分かっていてアイツの名前を外したくせに。 どういうつもりか
尋
(
たず
)
ねると。 「言わなかったか?」 フェレンスは真っ直ぐに見詰めてくる。 そして続けた。 「
今更
(
いまさら
)
なんだ。 お前を愛おしいと思うのは私にとって当然の事。 条件付きであろうが、無かろうが」 聞けば、
息衝
(
いきづ
)
くかのよう。 全身に通じる
筋
(
すじ
)
を背中の一点で
弾
(
はじ
)
かれるような感覚に似て。 ゾクリ ... と震え上がる。血が沸く。 「なら聞くけどな!!」
居
(
い
)
た
堪
(
たま
)
れず。
遮
(
さえぎ
)
るしかなかった。 カーツェルは一呼吸おいて問い重ねる。 「どうしてだ ... ?」 すると、黙り込むフェレンス。 彼の視点が
僅
(
わず
)
かに角度を落とした時だった。 テーブルに身を乗り出し、手を伸ばすカーツェルの指先が
顎
(
あご
)
を持ち上げ。 平常を
装
(
よそお
)
う視線を取り戻したうえで切り込む。 親愛なる友人に向けてだ。 「お前が言うからには、はっきりとした理由があるはずだろ?」 いつもより低い声。 フェレンスは ... 答えない。
堂々巡
(
どうどうめぐ
)
りなのだ。 彼も分かっているはず。あえて言う必要はないと考えた。 すると、数秒後に自分の言っている事の理不尽を自覚したカーツェルが、がっくりと
鬱
(
ふさ
)
ぎ込む。 「 ... ... つか、あるはずだけど分からないから、こんなコトになってんのか」 「 ... ... そうだな」 どん
詰
(
づ
)
まりだ。 気持ちもスッキリしない。そのせいだろうか。 カーツェルの口走る不満も、やや迷走する。 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! 何だよ! それじゃ、グウィンの時と同じじゃねーか ... !」 前髪を
掻
(
か
)
き上げ思わず立ち上がって。 そうと声に出してから ハッ! とした。 「って ... ... 待て待て待て待て、違うだろ」 そうじゃねぇ!! 自分で言っておいてビックリ。 落ち着き無く
右往左往
(
うおうさおう
)
するカーツェルをフェレンスの目が追う。 「グウィンとオレとじゃ状況も意味合いも
全然
(
ぜんぜん
)
、違うもんな ... 同じと言やぁ〈魔導兵〉って立場だけだ ... ハハ! なぁ、フェレンス! そうだろ?」 分かりきったことを繰り返しても無意味。 なのに同意を求めずにはいられない。
何故
(
なぜ
)
こんなにも後ろめたい気持ちになるのか。自分でも分からなかった。
加
(
くわ
)
えて、フェレンスの受け答えもまた
有耶無耶
(
うやむや
)
。 「さあ ... ... どうだろうか」 カーツェルはテーブルに対し横を向いたまま立ち止まり、耳を
傾
(
かたむ
)
ける。 「確かに私は、彼を
護
(
まも
)
りたいと感じる理由が知りたかった。 確信が
齎
(
もたらす
)
す心境の変化にも興味がある。 だが、愛おしむということについて深く考えた事は無い。 人や物を〈愛する〉事。それに対する他者との認識の違いも
曖昧
(
あいまい
)
。 支え合い、互いの安定を前提とし精神的に
抱
(
いだ
)
く親愛と。 子孫を残すため生理的に抱く性愛と。
己
(
おの
)
が遺伝子と体験、記憶に
基
(
もと
)
づき本能的に抱く情愛と。 区別する事は可能だが、割り振って認識すべき必要性を感じないからだ」 聞けば、胸がざわついた。 肌に当てられた刃を スッ ... と横に引かれたかのように張り詰め、握り込まれる
拳
(
こぶし
)
。 「それって、つまり ... ... どうでもいいってコト?」 ただ一言、
呟
(
つぶや
)
くと、フェレンスは即答する。 「そうではない」 カーツェルは
俯
(
うつむ
)
いていた。 的外れな質問だと分かってはいるので黙り込む。
利
(
き
)
き手の人差し指を
唇
(
くちびる
)
に当てながら考えるフェレンスだったが、どうやらお手上げのよう。 彼は続けて言った。その言葉にはカーツェルへの疑問も
含
(
ふく
)
まれる。 「これ以上は何とも言い
難
(
がた
)
いが。 対して
何故
(
なぜ
)
お前は ... 私の〈愛する理由〉を、そう知りたがる?」 急に
尋
(
たず
)
ねられ、カーツェルは赤面した。 「ば ... ! ババ バ 、バ、バ... 」 バ ... ? フェレンスが首を傾げながら待っているのを見て、
益々
(
ますます
)
頭に血が登る。 「
馬鹿
(
バーーーーカ
)
!! お前が言う、
護
(
まも
)
りたいって、気持ち? 理由とか、つまり ... 好きってコトなんじゃないかと思って、聞いただけで! ... べ、 ベベ ベ ベベ ... 」 ベ ... ?
一々
(
いちいち
)
、首を
傾
(
かし
)
げて見てんじゃねーよと言いたいが。 「別に!! そんなんじゃ、ねーし!!」 反論するのに精一杯。 自分でも、子供かと思うような ...
嘘
(
うそ
)
。 本当は、フェレンスの
抱
(
いだ
)
く想いの詳細を知る事で、 自分のものとも、竜騎士の未練とも区別つけ
難
(
がた
)
い心境の整理がつくのではないかと。 そう思っていた
節
(
ふし
)
がある。 けれども、収拾がつかず思い悩んでいるなんて知られたくはない。 少しだけ意地になっていた。 パッ と背を向けるカーツェルは、 熱を持った自らの
頬
(
ほほ
)
に片手の
甲
(
こう
)
を押し当て息を殺す。 臆病者と
揶揄
(
やゆ
)
された亡国ノ英雄。 グウィンの気持ちが、今なら分かる気がした。 フェレンスの慈愛に対し欲求不満を
拗
(
こじ
)
らせたに違いないのだ。 自覚もあって言えなかったのだろう。 とは言え、
未
(
いま
)
だに謎な部分もある。 この共感は一体 ...
何処
(
どこ
)
から沸いてくるのか。
歯痒
(
はがゆ
)
かった。
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嵩都 靖一朗
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