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第五章◆石ノ杜~Ⅸ

      席を立ち窓辺に(たたず)む ... フェレンスの気配。 姿勢を(とど)めるカーツェルの意識は混濁(こんだく)した。 拒絶(きょぜつ)したって(ろく)な事はなさそうなので、聞くだけ聞いておこうかと。 そういった気持ちで触れ始めた竜騎士の記憶。 友人であればこそ。如何(いか)なる話題に対しても、 ある程度は知っておいた方が気を()かせやすいわけだから、そうしただけ。 それなのに。 出処(でどころ)の知れない共感。 自身の過去を見ているかのような既視感(きしかん)。 それら二つの区別さえ付かず。 挙句(あげく)の果て、知る必要の無い事を何故(なぜ)、わざわざ知ろうとするのかと。 逆に(たず)ねられるような始末(しまつ)だ。 ある意味、御尤(ごもっと)も。 本当(ホント) ... 馬鹿(バカ)みてぇ ... ... カーツェルは思う。 そんなコト言ったら、まるで俺が ... ... お前のコト ... ... __みたい_____ ... ... 気に掛けて見やると、耳まで真っ赤。 先程(さきほど)と何ら変わらず、こちらに背を向けたままの彼は、 〈石ノ(もり)〉付近へ降りて以降、増して不安定なようだった。 気付かれたくないのだろうから、黙ってはいる。けれど。 出来ることなら、もう、これ以上は ... 記憶や未練について、触れて欲しくない。 フェレンスの視線が、また(わず)かに沈む。 (かた)や、ベッドに寝転び薄目(うすめ)(なが)めていた蓑虫(みのむし)は、こう思うのだ。 あの、なんちゃって執事 ... ... 冷静に受け入れ、やり過ごすつもりだったのだろうけれども。 見るからに、こんなはずではなかった ... とでも言いたそう。 隠しきれていないのは、見なかった事にしてやるとしてもだ。 なかなかにツッコミどころ満載(まんさい)で、何から指摘して良いものか迷うなと。 考えても始まらないなら、調べてみるしかないじゃない。 だったら、いっその事。頭に浮かんだこと全て、ぶつけてみたら良いのに。 チェシャだ。何時頃(いつごろ)から起きていたのだろう。 実のところ、着替(きが)えたフェレンスがテラスへと出て行った時からである。 ついでに言うと、カーツェルが足早(あしばや)に向かうところまで、しっかり見てた。 彼は何かしら気持ちを押し殺している時、下唇(したくちびる)()(クセ)があるよう。 観察眼(かんさつがん)が キラリ と光る。 しかし、とうとう目が合ってカーツェルの肩が ビクリ と()ね上がった。 気を()かせて寝た()りしてたけど。 阿呆(あほ)らしくなってきて ... からの、ガン見ね。 異端ノ魔導師は(じょう)(うす)い。 耳に入る(うわさ)(こころよ)く思わないメイド達の()さ話を思い出す。 〈 旦那様は、ただ(たん)に、超絶(ちょ―――――ぜつ)(にぶ)いだけなんだから!!〉 え? それ、フォローになってるの ... ... ? 聞いた時は心の中でド()き入れるに(とど)まったけれども。 うんうん。同感だ。けど、そこが可愛いよね? ヌラリ ... 起き上がったチェシャは(`・ω・´)キリリ! 顔を上げて()(さん)じる。 テーブルに置き去りの手帳が気になっていたのだ。 チェシャ って 書いてあるかな ... ... (*´ω`*)ドキドキ 幼子(おさなご)の足音に気付いて振り向くと。 フェレンスの口を()いて出る。 「 あ ... ... 」 見られても問題は無い。が、そもそもチェシャは字が読めるのだろうか。 フェレンスの言わんとする話の内容は、顔を見れば大体(だいたい)、分かる。 手帳を持って、にんまり (*´∀`*) 笑うチェシャだが。 次にはカーツェルの方を向いて、ペタペタ と素足を()らし()()った。 つまり。 ああ、読めないのだなと。 「 ツェ ル ! チェ シャ 、ド ... コ ? 」 帳面に目を()らしながら()し出すチェシャは、反応が無い事を不思議に思い顔を上げた。 すると、腕組みして片眉(かたまゆ)()り上げる強面(こわもて)。 「 こ ん な 夜 中 に 何 を し て い る の で す か ? 」 ヒッ ... ... ! まさか、そんな事で(にら)まれるなんて思わなかった。 チェシャは冷や汗を(にぎ)った状態で カチコチ に固まってしまう。 一部始終を見られていたと気付いて、()ずかしいのかな? でも、どんだけ? ちょっと待ってね? (こわ)いよ? 目と ... あ、うん。 やっぱ全体的にだなー。 (よう)するに、落ち着いてくれと言いたい。 ついさっきまで思考停止していたくせに。 どうして、このタイミングでスイッチ入っちゃうのかな。 言葉にならないので、フェレンスと手帳とカーツェルを()(かえ)し見る挙動不審(きょどうふしん)ぶり。 そうしていると、()え無く取り上げられてしまう手帳。 「 ン ――― !! 」 チェシャはしぶとく、ぶら下がった。 ()れども動じぬ豪腕(ごうわん)。 「 ン ! ムゥ ゥゥ ! ツェル ――― !! 」 これでもかと。真ん丸ほっぺを(ふく)らませて抗議するチェシャだが。 (つい)にはカーツェルの説教が始まる。 「子供は寝る時間ですよ?  目が()えてしまったなら用を済ませて。(ほど)よく水分を()って。  心を落ち着かせてから横になりなさい。  あなたくらいの歳であれば、寝不足によって成長ホルモンの分泌(ぶんぴつ)阻害(そがい)されかねません。  分かりますか? 成長の遅れや食欲不振に(つな)がるという事です」 とか何とか。(もっと)もらしい事を言っているけれど。 お耳、まだ真っ赤だよ? 〈 ... ギュゥゥ ... 〉 丁度いい高さだったので片手間(かたてま)耳朶(みみたぶ)を握ってみる。 一瞬だが、カーツェルを黙らせる事には成功した。 けれども。真顔を(よそお)う本気執事の目元が ピクリ ピクリ 。 「 ... ... 人 の 話 は、集 中 し て お 聞 き な さ い ... ... 」 ヒッ ... ... ! チェシャは青()めた。 鬼の形相(ぎょうそう)とまではいかないが、やっぱり怖い。 これはヤベーやつ ... ... ますます怒らせてしまったのかもしれないと思い、涙目。 仕方がないので手帳を(あきら)め、フェレンスの足元まで飛ぶようにして逃げる。 (しば)し様子を(うかが)っていたが。 半組みの()き手を口元に()え、物言いたげにカーツェルを見やるフェレンス。 腹を()える執事は(かかと)(そろ)え向き直った。 言い過ぎたとは思わない。 対し無言で幼子(おさなご)の手を取りベッドへ向かう。 主人を見流していたところ、少しだけ気が落ち込んだ。 するとフェレンスの口元が(ゆる)む。 彼を()め立てるのは、いつも ... 彼、自身。 チェシャの手を引いて歩み()ると、 (うつむ)き加減になっていたカーツェルの(ほほ)に手を()え、(ささや)く。 「(きび)しくするのは良い。だが日を(あらた)めなさい。  夜中に起きているのは良くないと言いながら長話していては、本末転倒(ほんまつてんとう)だろう?」 遅れて顔を上げたカーツェルの耳元に、(くちびる)が ... 触れそうな距離。 そうと心付(こころづ)咄嗟(とっさ)に吸って止める息の()。 「さあ。二人とも、良い子だから ... ... 」 ()(わた)る声。 聞くなりカーツェルの(あし)()び付くチェシャ。 もう、怒ってないといいな。そんな気持ちでいっぱいだった。 まだ少し、不安ではあるけれど。 恐る 々 ... 見上げてみる。 彼は、(ほが)らかに笑っていた。 その翌日も、朝食は作り置きジャム。 砂糖たっぷりなので常温でも一定期間の保存が可能であり。 カロリー面なら申し分ない。 しかし、栄養面を考慮(こうりょ)すれば、そろそろ体調不良があらわれてもおかしくない頃。 腹が(ふく)れるものでもなし。 不満の一つや二つ、聞かされるものと思ったが。 意外や意外。フェレンスならともかくチェシャに(いた)っては、不満どころか満足そう。 甘党なのか? 二人が(しょく)し終えるのを(かたわ)らに立って待ちながら、カーツェルは思う。 自分であれば、兵役(へいえき)も経験済みであるし。 たかが数日間、チョコレートのみ。一日一欠であろうが、食えるだけましと思うだけだが。 (おさな)くして(すで)生存危機回避能力(サバイバルアビリティー)が身についているなんて、そうある事ではないだろう。 また同時に、子供らしくないとも感じるわけで。 知らず()らず、抑圧感(ストレス)()め込んでいるのではなかろうかと。 カーツェルの気掛かりは増える一方だった。 とは言え、悪い気はしない。 早めに宿(やど)()つと聞いたので。 自身の食事は後片付けの合間に済ませる。 そんな彼のもとへ、せっせと()いた(くつ)を見せに来るチェシャの足元はメチャクチャ。 (ひも)(ゆる)いし、一つ二つ穴がずれているし、固結(かたむす)びだし。 正直、吹き出して笑いそうになったのだが。 そこは グッ と(こら)えて。 取り急ぎ、手を水で流していたところ。 チェシャを呼ぶ主人の声。 見ると、一足先に支度を済ませたフェレンスが、 わざわざ手袋を脱いでベッドに座るよう言って聞かせていたのだ。 「よく見て、もう一方で真似(まね)してみるといい」 少し前まで帝国軍、特務士官を(つと)め。 人を寄せ付けなかった人物が、幼子(おさなご)の面倒を見てやっている。 たったそれだけの光景が微笑(ほほえ)ましい。 心配事など吹き飛んでしまうと言うか。 嗚呼(ああ) ... 俺って幸せなんだな ... ... と、そう思う。 勿論(もちろん)。そんな自分自身にツッコミ入れるまでがセットだ。 〈 って ... !! お前は人妻(ひとづま)か!!〉 急に荒々(あらあら)しくなる身振り素振り。 〈違う 違う 違う 違う ... !!〉 そうして取り乱している(さま)を、また、チェシャに見られると。 はい。毎度、お疲れ様。 昼前。部屋を(あと)にする間際(まぎわ)。 窓の外には、晴れ間が広がり始めていた。 やがてロビーに降りてきた一行を見流すフロント係の男は、 その視線を不審に思ったカーツェルが振り向いても、フェレンスの横顔を見詰(みつ)め続ける。 つい半日前に(かか)え運び込まれた人物が、 何事も無かったかのように歩いているのだから。 (おどろ)くのも無理はないが。 一行の姿が見えなくなると、すぐ横の通話機を取る男の手。 見た事を話すと、フェレンスには何やら心当たりがあるようだった。 「アイゼリアの諜報(ちょうほう)機関は今や世界有数の規模(きぼ)。  産業技術や資本の争奪(そうだつ)が激しい工業国、金融国と肩を並べている」 「王制の資源輸出国にも、そういった組織が?」 リテの町を後にする前。 資金調達に立ち寄った質屋(しちや)にて話し合う(あいだ)も。 カーツェルは終始(しゅうし)、あらぬ(うわさ)を聞かされているかのような気分を味わった。 確かに存在しているのであれば、先回りした隠密(おんみつ)の差し金とも考えられる。 だが、そんな話は聞いたことが無いのだ。 帝国領、公爵家子息。士官学校卒。軍役三年。父は婿養子(むこようし)だが軍、大佐。 それなりの教育を受け、界隈(かいわい)の情報も()やすい部署に在籍していたつもりだが。 長らく帝都を離れていたせいかもしれない。 対し、そんな時でさえフェレンスと通じ合わせる者が存在するのだと知る。 カーツェルは思い(めぐ)らせ。 また一方で、器用(きよう)にも言い(あらそ)った。 質入れされた品の鑑定後。 信じられない金額が提示(ていじ)された(ため)(またた)()に話が()れていく。 (やす)過ぎだの何だの。 食い下がったのは、他ならぬ執事。 ところが、この時ばかりは主人も割って入った。 「そんな金額では、とてもお渡し出来ません。ご返却願います」 「いいや。それで良い、買い取ってくれ」 「旦那様 ... !」 「聞かないか。カーツェル ... 」 何をコソコソ話しているのかと思えば、急に()み合う主従(しゅじゅう)。 売るのかどうか。まぁ、好きにしてくれて良いのだけれど。 カウンターにしているショーケースが、ガタガタ言って心配だから、 ここで押し合うのは()めて欲しいなぁなんて。 頬杖(ほおづえ)して不満そうにする店主の手に握られているのは、 長年、フェレンスが使用してきた多機能機器(マルチエクイップメント)。 カーツェルにとって、思い入れの強い品であるのだろう。 しかしだね。 揺れるショーケースの中の置き人形が、向こう側へ(すべ)り落ちそうで。 どちらかと言えば、そちらの方が気になるチェシャ。 (かた)や、その土地の需要(じゅよう)というものがあると言い聞かされ、カーツェルは黙る。 「そうそう。旦那の言う通りにしときなよ。  大体にしてねぇ、あんた。どんだけ手の込んだ品か知らないけどさ。  こんなややこしい魔道具を買ってくれるような錬金術師や魔導師なんか、この辺にゃ居ないんだよ」 決定的、店主の言い分であった。 はたまた。次の店へ立ち()る頃には、話が舞い戻っていたりする。 到着したのは洋服店。 本来の目的はチェシャの衣服を一式、(そろ)える事。 長旅に相応(ふさわ)しい素材のものを選ばねばならなかった。 (なお)、主人愛用の品を失ったカーツェルの機嫌(きげん)は、まだ(なお)っていない。 自分の物でもないのに。何か逸話(いつわ)でもあるのだろうか。 二人は肩を並べ、(たが)いの顔も見ぬまま会話していた。 「帝国特務機関の諜報(ちょうほう)員と通じる人物なら、周りに(いく)らでもおりましたが。  旦那様は何時(いつ)頃、どういった(すじ)からお聞き(およ)びになられのでしょう」 独り言にも取れる言葉尻(ことばじり)。 なのでフェレンスも、それとなく返す。 「聞いているのか?」 「可能でしたら、お答え頂きとう(ぞん)じます」 女性店員と一緒に服を見て回るチェシャを(なが)めつつ。 両者共に口を閉ざす事、(しば)し。 それにしても、何だ。沈黙のせいだろうか。 次第に嫌な予感がしてきたので、質問を取り下げようかと。 先に口を開いたのはカーツェルだった。 「いえ、やはり ... 」 さて、その時。フェレンスは、どうしたか。 きっと狙い定めていたに違いないのだ。 「アレセルからの忠告だった。  クロイツの一行が渡った先について(あらかじ)め知らせておきたいと」 〈ア〉で始まる名を耳にした途端(とたん)。 取り()ました執事の眉間(みけん)(しわ)()る。 「 ... ... ... 」 「 ... ... ... 」 「言い掛けているのに強引に(かぶ)せましたね?」 「そう言うお前こそ。元々、(さっ)しが付いていていたのでは?」 ぐ ... ... (いな)めない。 その頃、女性店員と店内を()け回って服を見ていたはずのチェシャは、物陰から二人を観察中。 一緒に居た店員が、不思議そうに(たず)ねてくるので。 自身の眉間(みけん)に指を当て、身振り素振りで伝えた。 今 は 、カ ー ツ ェ ル が 、 め ち ゃ く ち ゃ 不 機 嫌 そ う だ か ら 。 「 シ ィ ――――― ... 」 (とが)らせた(くちびる)の先に人差し指を立てて()えたところ、店員も納得(なっとく)主従(しゅじゅう)とチェシャを交互(こうご)に見て(うなず)く。 これは、もう少しだけ様子見かなと。 二人は相も変わらず正面だけ見て会話していた。 さあ。彼の名を聞いたカーツェルは、どう出るか。 フェレンスであれば、想定済みだ。 「もし、(わたくし)が別の運命を辿(たど)っていたら ... ... 」 アイツは喜んでたろうな ... ... 聞くまでもないので。 視線を落とし(さえぎ)る。 「お前を追い詰めるほど私の自由が()かなくかなくなる事は(すで)に、どの勢力にも周知されていた」 突拍子(とっぴょうし)もない話に聞こえるが。 この時ばかりは黙って耳を(かたむ)けた。 「勿論(もちろん)、お前を失うような事にでもなれば ...  (いず)れに(ぞく)そうとも、私にとって意味を()す事など何も無いので。  形振(なりふ)り構わない私の興味を引く者が最優位に立つだけ。  だが、そんな人物はこの世に存在しない」 そう。この世には。 遠回しだが、察しは可能。 どうりで()(みこと)が、過激派(パルチザン)(ぜい)に付いて契約を()ちに来るわけだと。 フェレンスは続ける。 「暗殺の機会なら(いく)らでもあったはず。  しかし彼等(かれら)にとっては禁じ手。  では何故(なぜ)それを、あえて(おか)したか。  お前が一番、理解しているはずだろう? カーツェル ... ... 」 「 ... ... ええ。恐らくは ... ... 」 目の前で友人の命が()たれるのを見過ごすか。 弱味を(かか)え、帝都を去るか。 命懸けで選択を押し(せま)ったのは、カーツェル自身なのだから当然。 「今の私には、もう ... お前を手放してやる事すら(かな)わない。  だが、お前はどうだ? 私の(そば)に居続けるため、  (みずか)ら進んで、彼等(かれら)思惑(おもわく)便乗(びんじょう)しておきながら。  この先、無事で済むとでも?」 主人の言わんとする事が、少しずつ読めてきた気がする。 名を聞くなり(しかめ)めっ面してしまうような、その相手こそ、 今後、一番の厄介者(やっかいもの)()()ねないという事だろう。 冷静に考えれば、なるほど、確かに。 しかもフェレンスの口から長々と聞かされたのだ。 流石(さすが)に緊張してくる。 主人という立場から、気を引き締めてやるつもりで大袈裟(おおげさ)に言ったのか、何なのか。 それにしてもだ。そこまで言われると憂鬱(ゆううつ)。 カーツェルは()め息まじりに返した。 「随分(ずいぶん)(おど)しの()いた忠告で御座(ござ)いますこと」 「皮肉めいた口を()く余裕があるようだから、たまには私も見倣(みなら)ってみうかと」 へー ... ... 〈たまには〉と聞こえたが。どの口が言う。 でも、ちょっと興味あるな。 執事の不機嫌(ふきげん)何時(いつ)しか、欲求へと変わった。 「どうぞ? 何なりと(おっしゃ)って下さいませ」 カーツェルは不敵な面構(つらがま)えで横から(あお)り上げる。 彼の主人は向き(なお)ったうえ、言い(あらた)めた。 「度々(たびたび)言うが。お前に付き(まと)われ続けたおかげで、  私は、もう二度とお前を手放すわけにはいかなくなった」 覚悟したとは言え、やはり如何(いか)ばかしかは胸を()く。 長い(あいだ)、ずっと言い争ってきた話題であるからして。 カーツェルの(まぶた)が自然と()していった。 ()れどもフェレンスの手により、また(すく)い上げられる。   「 ... ... 満足だろう?」 指先が、爪を立て、ゆっくりと(あご)の下をなぞっていった。 「お前はもう、私だけ見ていればいい。  彼の事で一々(いちいち)腹を立てる必要などあるのか?」 吹っ掛けておいて何だが、恥ずかし過ぎて直視できない。 歯の浮くような台詞(せりふ)を次から次へと。 よくも、そう臆面(おくめん)もなく言えるものだと思う。 人によっては、気取りすぎ、軽々しいと感じる事だろう。 だが、相手はフェレンス。 興味のない人や物事には目もくれず、言葉を()わそうともしない。 ()(かな)わぬは完全無視。 長らく、冷徹(れいてつ)を演じ続けてきた男である。 思ってもない事を口にするような労力などは、一番に(はぶ)いて(しか)るべき。 あえて気障(きざ)ったらしく振る舞っているとしか思えなかった。 「もしかして、ふざけてる?」 本気で笑わせに来ているのかもしれない。 顔を()らし目の前の相手にだけ聞こえるよう、()で返すと。 踏まえたうえ、重ねて言う。 「真剣にな」 つまり。言っている事に(うそ)(いつわ)り無し。 彼の主人は悪戯(いたずら)に微笑んだ。 〈 う っ ――――― わ ――――― !! 〉 対し手に汗(にぎ)る見物人。 (おも)に、チビっ子を接客中の女性店員は思う。 ()れさせたいのか ――――― !! 本気だして真剣にふざけてる割には自然(ナチュラル)に押してくる! 自然派Sっぽい。けど、そんな名目あったっけ!? な い な い な い な い !! ない! にしても、これは胸アツ ――――― !! 何について語っていたのかは、全く(もっ)て見当もつかないが。 チェシャの(となり)で グッ!! と(こぶし)を握る女性は感無量の表情。 これには(たま)らず()(いで)る。 フェレンスの足元に()け付けたチェシャは、(しき)りに飛び()(うった)えた。 カーツェルばかり()でられて(ズル)い!! 「 ン! ン! チェ、シャ、 ... ワ?」 しかし何故(なぜ)、ドレスを着ているのかと。 フェレンスは(こま)り顔。 遅れて(われ)に返った女性店員の話を聞いてみたところ。 チェシャが下に()いたドロワーズ(かぼちゃパンツ)を見て勘違いしたそう。 何度も頭を下げ平謝りする店員を余所(よそ)に、話だけ聞きいていたカーツェルは思う。 あ の ... お ん ぼ ろ チ ェ ス ト が ... ... ふりふりドレスに、ご満悦(まんえつ)のチビっ子は、(あん)(じょう)、着替えを(しぶ)って動かない。 脱がせる係りに選ばれたのはカーツェルだった。 フェレンスが絶対的信頼を()せる人物であればこそ。 試着室まで連れて行くだけで、言うことを聞く。 と言うか。昨夜、(にら)まれたばかりなので。 怒らせたくないんだよね ... ... (´・ω・`) シュン ... 二度、三度、上目遣(うわめづか)いに顔色を(うかが)うチェシャはやがて、ションボリと後ろを向いた。 女性店員と話す彼()の主人は、(あらた)め要望を伝えたうえ。 テーブルに並べられた中から丈夫そうな物を選んでいく。 真新(まあたら)しい服と同じ生地で(すそ)()い込まれたリボンは、サービスだそう。 〈ふわふわ〉にご執心(しゅうしん)のチェシャを女の子と勘違いしてしまった女性店員、お手製である。 お()びも()ねてとの事だった。 まぁ、女の子用の下着を見たら、そりゃあ勘違いもするだろうから。 こちらとしては、かえって申し訳ないのだけれど。 ミシン台に着いた女性の手元を見つめ、ウキウキとした様子で待つ幼子(おさなご)を見れば。 ありがたく頂戴(ちょうだい)しておこうかなと思う。 その合間(あいま)。 残してきた精霊達について、フェレンスに(たず)ねてみると。 帝国の軍警に押収された(のち)、 物の姿で封印されているのではないだろうかという返答を受けた。 また、いつの日か。 帝都に足を運ぶ機会があれば、取り返す事も出来るはず。 今はまだ、無事を祈る事しか出来ないのだ。 不足品の買い込みを終えた頃には、大きな箱型鞄(トランクケース)が二つほど増えている。 目一杯、()め込んであるのに、軽々と持ち歩くカーツェルを見て(した)を巻いたのはチェシャ。 駅馬車(ロード・コーチ)の最終便に乗り込む手前。 荷積みは手()きの業者一人とカーツェルに(まか)せて中を見る。 「乗って待ってなよ!」 当便の馭者(ぎょしゃ)に声をかけられたチェシャは、フェレンスの手を引いて一番乗りした。 馭者台の真後から片側一列は、窓に対し背を向く一人席が二つ。 チェシャが真っ先に飛び込んだのは最奥。向き合いの四人席。 出発前には、もう一組の四人席と合わせ、十席中、八席が()まる。 待てども来ないカーツェルは結局、腕っぷしを買われ。 出発時間になるまで荷積みを手伝う羽目(はめ)になっていたよう。 彼が席に着いたのは、出発の間際(まぎわ)。 軽く汗を流しているのを見て、(いち)早く手巾(チーフ)を手渡したのは、一人席の紳士だった。 「僕の荷物まで、悪かったね ... 助かったよ。ありがとう」 「いいえ、こちらこそ。お役に立てたのであれば幸いです」 初めのうちは窓側、進行方向を向いて座ったチェシャだが。 日暮れには(となり)のフェレンスと入れ()わり、彼の(ひざ)の上に頭を転がして眠る。 支所(ししょ)での馬替(うまが)えは二時間に一度。 物音に目を()ますたび、幼子(おさなご)の肩を支えてやっている主人と目が合った。 「旦那様 ... お身体(からだ)(さわ)りますので。少しでもお休みになりませんと」 「少し先に目が覚めてしまうだけだ。お前こそ、気を落ち着かせて休みなさい」 そうは言われても。初めての土地であるわけだし。 夜の移動ともなれば、完全に気を(ゆる)めるわけにはいかない。 客の(ほとん)どは、中継地となる各村町で下車していったけれど。 一晩(ひとばん)、乗り切り。 終点を迎えたのは翌日の昼。 馬車を降りたのは一行(いっこう)の他、出張帰りと思わしき一人席の紳士だけだ。 その場を()(すご)し。 辻馬車(つじばしゃ)に乗り換える紳士を見流す。 フェレンスが手にしたのは白の手巾(チーフ)。 彼の執事はと言うと、例によって荷降ろし中である。 幼子(おさなご)は、立て置いた箱型鞄(トランクケース)の上。 ちょこんと座り、力持ち達の仕事ぶりを見物し待っているよう。 (かた)や、辻馬車(つじばしゃ)が走り出す気配は無い。 日除(ひよ)けを引いて、自らの耳を指で(おさ)えながら ... 紳士は言った。 「王都、イシュタットに到着。一行(いっこう)と共に降車しました。現地職員と交替(シフト)します」 すると誰かが窓を叩く。 〈 コンコンコン ... 〉 日除けを戻して見ると、そこにはフェレンスが立っていた。 紳士は何事も無かったかのように取り()まし、窓を下げる。 「どうしました?」 (たず)ねると、手巾(チーフ)を差し出された。 「落ちたところを、見かけたものですから」 「これはこれは、ご親切にありがとうございます」 何気なしに受け取ったところ、標的は笑みを返して立ち去る。 咄嗟(とっさ)の事だったので、内心、ヒヤリとしたものの。 気付かれてはいないはず。 そう思ったのだ。 ... が、しかし。 手巾(チーフ)をしまおうとした次の瞬間には、紳士の手が止まる。 待て ... 何故(なぜ) ... 二枚ある ... ... そもそも、落としてなどいなかったのだ。 受け取った(がわ)を、よくよく調べると。 中には ... 一欠(ひとかけ)の魔石。 どうやら、こちらの考えが甘かったよう。            

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