46 / 61
第五章◆石ノ杜~Ⅸ
席を立ち窓辺に佇 む ... フェレンスの気配。
姿勢を留 めるカーツェルの意識は混濁 した。
拒絶 したって碌 な事はなさそうなので、聞くだけ聞いておこうかと。
そういった気持ちで触れ始めた竜騎士の記憶。
友人であればこそ。如何 なる話題に対しても、
ある程度は知っておいた方が気を利 かせやすいわけだから、そうしただけ。
それなのに。
出処 の知れない共感。
自身の過去を見ているかのような既視感 。
それら二つの区別さえ付かず。
挙句 の果て、知る必要の無い事を何故 、わざわざ知ろうとするのかと。
逆に尋 ねられるような始末 だ。
ある意味、御尤 も。
本当 ... 馬鹿 みてぇ ... ...
カーツェルは思う。
そんなコト言ったら、まるで俺が ... ...
お前のコト ... ... __みたい_____ ... ...
気に掛けて見やると、耳まで真っ赤。
先程 と何ら変わらず、こちらに背を向けたままの彼は、
〈石ノ杜 〉付近へ降りて以降、増して不安定なようだった。
気付かれたくないのだろうから、黙ってはいる。けれど。
出来ることなら、もう、これ以上は ... 記憶や未練について、触れて欲しくない。
フェレンスの視線が、また僅 かに沈む。
片 や、ベッドに寝転び薄目 で眺 めていた蓑虫 は、こう思うのだ。
あの、なんちゃって執事 ... ...
冷静に受け入れ、やり過ごすつもりだったのだろうけれども。
見るからに、こんなはずではなかった ... とでも言いたそう。
隠しきれていないのは、見なかった事にしてやるとしてもだ。
なかなかにツッコミどころ満載 で、何から指摘して良いものか迷うなと。
考えても始まらないなら、調べてみるしかないじゃない。
だったら、いっその事。頭に浮かんだこと全て、ぶつけてみたら良いのに。
チェシャだ。何時頃 から起きていたのだろう。
実のところ、着替 えたフェレンスがテラスへと出て行った時からである。
ついでに言うと、カーツェルが足早 に向かうところまで、しっかり見てた。
彼は何かしら気持ちを押し殺している時、下唇 を噛 む癖 があるよう。
観察眼 が キラリ と光る。
しかし、とうとう目が合ってカーツェルの肩が ビクリ と跳 ね上がった。
気を利 かせて寝た振 りしてたけど。
阿呆 らしくなってきて ... からの、ガン見ね。
異端ノ魔導師は情 に薄 い。
耳に入る噂 を快 く思わないメイド達の憂 さ話を思い出す。
〈 旦那様は、ただ単 に、超絶 、鈍 いだけなんだから!!〉
え? それ、フォローになってるの ... ... ?
聞いた時は心の中でド突 き入れるに留 まったけれども。
うんうん。同感だ。けど、そこが可愛いよね?
ヌラリ ... 起き上がったチェシャは(`・ω・´)キリリ!
顔を上げて馳 せ参 じる。
テーブルに置き去りの手帳が気になっていたのだ。
チェシャ って 書いてあるかな ... ... (*´ω`*)ドキドキ
幼子 の足音に気付いて振り向くと。
フェレンスの口を衝 いて出る。
「 あ ... ... 」
見られても問題は無い。が、そもそもチェシャは字が読めるのだろうか。
フェレンスの言わんとする話の内容は、顔を見れば大体 、分かる。
手帳を持って、にんまり (*´∀`*) 笑うチェシャだが。
次にはカーツェルの方を向いて、ペタペタ と素足を鳴 らし馳 せ寄 った。
つまり。
ああ、読めないのだなと。
「 ツェ ル ! チェ シャ 、ド ... コ ? 」
帳面に目を凝 らしながら差 し出すチェシャは、反応が無い事を不思議に思い顔を上げた。
すると、腕組みして片眉 を吊 り上げる強面 。
「 こ ん な 夜 中 に 何 を し て い る の で す か ? 」
ヒッ ... ... !
まさか、そんな事で睨 まれるなんて思わなかった。
チェシャは冷や汗を握 った状態で カチコチ に固まってしまう。
一部始終を見られていたと気付いて、恥 ずかしいのかな?
でも、どんだけ?
ちょっと待ってね?
怖 いよ?
目と ... あ、うん。
やっぱ全体的にだなー。
要 するに、落ち着いてくれと言いたい。
ついさっきまで思考停止していたくせに。
どうして、このタイミングでスイッチ入っちゃうのかな。
言葉にならないので、フェレンスと手帳とカーツェルを繰 り返 し見る挙動不審 ぶり。
そうしていると、敢 え無く取り上げられてしまう手帳。
「 ン ――― !! 」
チェシャはしぶとく、ぶら下がった。
然 れども動じぬ豪腕 。
「 ン ! ムゥ ゥゥ ! ツェル ――― !! 」
これでもかと。真ん丸ほっぺを膨 らませて抗議するチェシャだが。
遂 にはカーツェルの説教が始まる。
「子供は寝る時間ですよ?
目が冴 えてしまったなら用を済ませて。程 よく水分を摂 って。
心を落ち着かせてから横になりなさい。
あなたくらいの歳であれば、寝不足によって成長ホルモンの分泌 が阻害 されかねません。
分かりますか? 成長の遅れや食欲不振に繋 がるという事です」
とか何とか。尤 もらしい事を言っているけれど。
お耳、まだ真っ赤だよ?
〈 ... ギュゥゥ ... 〉
丁度いい高さだったので片手間 に耳朶 を握ってみる。
一瞬だが、カーツェルを黙らせる事には成功した。
けれども。真顔を装 う本気執事の目元が ピクリ ピクリ 。
「 ... ... 人 の 話 は、集 中 し て お 聞 き な さ い ... ... 」
ヒッ ... ... !
チェシャは青褪 めた。
鬼の形相 とまではいかないが、やっぱり怖い。
これはヤベーやつ ... ...
ますます怒らせてしまったのかもしれないと思い、涙目。
仕方がないので手帳を諦 め、フェレンスの足元まで飛ぶようにして逃げる。
暫 し様子を伺 っていたが。
半組みの利 き手を口元に添 え、物言いたげにカーツェルを見やるフェレンス。
腹を据 える執事は踵 を揃 え向き直った。
言い過ぎたとは思わない。
対し無言で幼子 の手を取りベッドへ向かう。
主人を見流していたところ、少しだけ気が落ち込んだ。
するとフェレンスの口元が緩 む。
彼を責 め立てるのは、いつも ... 彼、自身。
チェシャの手を引いて歩み寄 ると、
俯 き加減になっていたカーツェルの頬 に手を添 え、囁 く。
「厳 しくするのは良い。だが日を改 めなさい。
夜中に起きているのは良くないと言いながら長話していては、本末転倒 だろう?」
遅れて顔を上げたカーツェルの耳元に、唇 が ... 触れそうな距離。
そうと心付 き咄嗟 に吸って止める息の音 。
「さあ。二人とも、良い子だから ... ... 」
澄 み渡 る声。
聞くなりカーツェルの脚 に跳 び付くチェシャ。
もう、怒ってないといいな。そんな気持ちでいっぱいだった。
まだ少し、不安ではあるけれど。
恐る 々 ... 見上げてみる。
彼は、朗 らかに笑っていた。
その翌日も、朝食は作り置きジャム。
砂糖たっぷりなので常温でも一定期間の保存が可能であり。
カロリー面なら申し分ない。
しかし、栄養面を考慮 すれば、そろそろ体調不良があらわれてもおかしくない頃。
腹が膨 れるものでもなし。
不満の一つや二つ、聞かされるものと思ったが。
意外や意外。フェレンスならともかくチェシャに至 っては、不満どころか満足そう。
甘党なのか?
二人が食 し終えるのを傍 らに立って待ちながら、カーツェルは思う。
自分であれば、兵役 も経験済みであるし。
たかが数日間、チョコレートのみ。一日一欠であろうが、食えるだけましと思うだけだが。
幼 くして既 に生存危機回避能力 が身についているなんて、そうある事ではないだろう。
また同時に、子供らしくないとも感じるわけで。
知らず識 らず、抑圧感 を溜 め込んでいるのではなかろうかと。
カーツェルの気掛かりは増える一方だった。
とは言え、悪い気はしない。
早めに宿 を発 つと聞いたので。
自身の食事は後片付けの合間に済ませる。
そんな彼のもとへ、せっせと履 いた靴 を見せに来るチェシャの足元はメチャクチャ。
紐 は緩 いし、一つ二つ穴がずれているし、固結 びだし。
正直、吹き出して笑いそうになったのだが。
そこは グッ と堪 えて。
取り急ぎ、手を水で流していたところ。
チェシャを呼ぶ主人の声。
見ると、一足先に支度を済ませたフェレンスが、
わざわざ手袋を脱いでベッドに座るよう言って聞かせていたのだ。
「よく見て、もう一方で真似 してみるといい」
少し前まで帝国軍、特務士官を務 め。
人を寄せ付けなかった人物が、幼子 の面倒を見てやっている。
たったそれだけの光景が微笑 ましい。
心配事など吹き飛んでしまうと言うか。
嗚呼 ... 俺って幸せなんだな ... ...
と、そう思う。
勿論 。そんな自分自身にツッコミ入れるまでがセットだ。
〈 って ... !! お前は人妻 か!!〉
急に荒々 しくなる身振り素振り。
〈違う 違う 違う 違う ... !!〉
そうして取り乱している様 を、また、チェシャに見られると。
はい。毎度、お疲れ様。
昼前。部屋を後 にする間際 。
窓の外には、晴れ間が広がり始めていた。
やがてロビーに降りてきた一行を見流すフロント係の男は、
その視線を不審に思ったカーツェルが振り向いても、フェレンスの横顔を見詰 め続ける。
つい半日前に抱 え運び込まれた人物が、
何事も無かったかのように歩いているのだから。
驚 くのも無理はないが。
一行の姿が見えなくなると、すぐ横の通話機を取る男の手。
見た事を話すと、フェレンスには何やら心当たりがあるようだった。
「アイゼリアの諜報 機関は今や世界有数の規模 。
産業技術や資本の争奪 が激しい工業国、金融国と肩を並べている」
「王制の資源輸出国にも、そういった組織が?」
リテの町を後にする前。
資金調達に立ち寄った質屋 にて話し合う間 も。
カーツェルは終始 、あらぬ噂 を聞かされているかのような気分を味わった。
確かに存在しているのであれば、先回りした隠密 の差し金とも考えられる。
だが、そんな話は聞いたことが無いのだ。
帝国領、公爵家子息。士官学校卒。軍役三年。父は婿養子 だが軍、大佐。
それなりの教育を受け、界隈 の情報も得 やすい部署に在籍していたつもりだが。
長らく帝都を離れていたせいかもしれない。
対し、そんな時でさえフェレンスと通じ合わせる者が存在するのだと知る。
カーツェルは思い巡 らせ。
また一方で、器用 にも言い争 った。
質入れされた品の鑑定後。
信じられない金額が提示 された為 。
瞬 く間 に話が逸 れていく。
安 過ぎだの何だの。
食い下がったのは、他ならぬ執事。
ところが、この時ばかりは主人も割って入った。
「そんな金額では、とてもお渡し出来ません。ご返却願います」
「いいや。それで良い、買い取ってくれ」
「旦那様 ... !」
「聞かないか。カーツェル ... 」
何をコソコソ話しているのかと思えば、急に揉 み合う主従 。
売るのかどうか。まぁ、好きにしてくれて良いのだけれど。
カウンターにしているショーケースが、ガタガタ言って心配だから、
ここで押し合うのは止 めて欲しいなぁなんて。
頬杖 して不満そうにする店主の手に握られているのは、
長年、フェレンスが使用してきた多機能機器 。
カーツェルにとって、思い入れの強い品であるのだろう。
しかしだね。
揺れるショーケースの中の置き人形が、向こう側へ滑 り落ちそうで。
どちらかと言えば、そちらの方が気になるチェシャ。
片 や、その土地の需要 というものがあると言い聞かされ、カーツェルは黙る。
「そうそう。旦那の言う通りにしときなよ。
大体にしてねぇ、あんた。どんだけ手の込んだ品か知らないけどさ。
こんなややこしい魔道具を買ってくれるような錬金術師や魔導師なんか、この辺にゃ居ないんだよ」
決定的、店主の言い分であった。
はたまた。次の店へ立ち寄 る頃には、話が舞い戻っていたりする。
到着したのは洋服店。
本来の目的はチェシャの衣服を一式、揃 える事。
長旅に相応 しい素材のものを選ばねばならなかった。
尚 、主人愛用の品を失ったカーツェルの機嫌 は、まだ治 っていない。
自分の物でもないのに。何か逸話 でもあるのだろうか。
二人は肩を並べ、互 いの顔も見ぬまま会話していた。
「帝国特務機関の諜報 員と通じる人物なら、周りに幾 らでもおりましたが。
旦那様は何時 頃、どういった筋 からお聞き及 びになられのでしょう」
独り言にも取れる言葉尻 。
なのでフェレンスも、それとなく返す。
「聞いているのか?」
「可能でしたら、お答え頂きとう存 じます」
女性店員と一緒に服を見て回るチェシャを眺 めつつ。
両者共に口を閉ざす事、暫 し。
それにしても、何だ。沈黙のせいだろうか。
次第に嫌な予感がしてきたので、質問を取り下げようかと。
先に口を開いたのはカーツェルだった。
「いえ、やはり ... 」
さて、その時。フェレンスは、どうしたか。
きっと狙い定めていたに違いないのだ。
「アレセルからの忠告だった。
クロイツの一行が渡った先について予 め知らせておきたいと」
〈ア〉で始まる名を耳にした途端 。
取り澄 ました執事の眉間 に皺 が寄 る。
「 ... ... ... 」
「 ... ... ... 」
「言い掛けているのに強引に被 せましたね?」
「そう言うお前こそ。元々、察 しが付いていていたのでは?」
ぐ ... ...
否 めない。
その頃、女性店員と店内を駆 け回って服を見ていたはずのチェシャは、物陰から二人を観察中。
一緒に居た店員が、不思議そうに尋 ねてくるので。
自身の眉間 に指を当て、身振り素振りで伝えた。
今 は 、カ ー ツ ェ ル が 、 め ち ゃ く ち ゃ 不 機 嫌 そ う だ か ら 。
「 シ ィ ――――― ... 」
尖 らせた唇 の先に人差し指を立てて添 えたところ、店員も納得 。
主従 とチェシャを交互 に見て頷 く。
これは、もう少しだけ様子見かなと。
二人は相も変わらず正面だけ見て会話していた。
さあ。彼の名を聞いたカーツェルは、どう出るか。
フェレンスであれば、想定済みだ。
「もし、私 が別の運命を辿 っていたら ... ... 」
アイツは喜んでたろうな ... ...
聞くまでもないので。
視線を落とし遮 る。
「お前を追い詰めるほど私の自由が利 かなくかなくなる事は既 に、どの勢力にも周知されていた」
突拍子 もない話に聞こえるが。
この時ばかりは黙って耳を傾 けた。
「勿論 、お前を失うような事にでもなれば ...
何 れに属 そうとも、私にとって意味を成 す事など何も無いので。
形振 り構わない私の興味を引く者が最優位に立つだけ。
だが、そんな人物はこの世に存在しない」
そう。この世には。
遠回しだが、察しは可能。
どうりで彼 ノ尊 が、過激派 の勢 に付いて契約を絶 ちに来るわけだと。
フェレンスは続ける。
「暗殺の機会なら幾 らでもあったはず。
しかし彼等 にとっては禁じ手。
では何故 それを、あえて犯 したか。
お前が一番、理解しているはずだろう? カーツェル ... ... 」
「 ... ... ええ。恐らくは ... ... 」
目の前で友人の命が絶 たれるのを見過ごすか。
弱味を抱 え、帝都を去るか。
命懸けで選択を押し迫 ったのは、カーツェル自身なのだから当然。
「今の私には、もう ... お前を手放してやる事すら叶 わない。
だが、お前はどうだ? 私の傍 に居続けるため、
自 ら進んで、彼等 の思惑 に便乗 しておきながら。
この先、無事で済むとでも?」
主人の言わんとする事が、少しずつ読めてきた気がする。
名を聞くなり顰 めっ面してしまうような、その相手こそ、
今後、一番の厄介者 に成 り兼 ねないという事だろう。
冷静に考えれば、なるほど、確かに。
しかもフェレンスの口から長々と聞かされたのだ。
流石 に緊張してくる。
主人という立場から、気を引き締めてやるつもりで大袈裟 に言ったのか、何なのか。
それにしてもだ。そこまで言われると憂鬱 。
カーツェルは溜 め息まじりに返した。
「随分 と脅 しの利 いた忠告で御座 いますこと」
「皮肉めいた口を利 く余裕があるようだから、たまには私も見倣 ってみうかと」
へー ... ...
〈たまには〉と聞こえたが。どの口が言う。
でも、ちょっと興味あるな。
執事の不機嫌 は何時 しか、欲求へと変わった。
「どうぞ? 何なりと仰 って下さいませ」
カーツェルは不敵な面構 えで横から煽 り上げる。
彼の主人は向き直 ったうえ、言い改 めた。
「度々 言うが。お前に付き纏 われ続けたおかげで、
私は、もう二度とお前を手放すわけにはいかなくなった」
覚悟したとは言え、やはり如何 ばかしかは胸を衝 く。
長い間 、ずっと言い争ってきた話題であるからして。
カーツェルの瞼 が自然と伏 していった。
然 れどもフェレンスの手により、また掬 い上げられる。
「 ... ... 満足だろう?」
指先が、爪を立て、ゆっくりと顎 の下をなぞっていった。
「お前はもう、私だけ見ていればいい。
彼の事で一々 腹を立てる必要などあるのか?」
吹っ掛けておいて何だが、恥ずかし過ぎて直視できない。
歯の浮くような台詞 を次から次へと。
よくも、そう臆面 もなく言えるものだと思う。
人によっては、気取りすぎ、軽々しいと感じる事だろう。
だが、相手はフェレンス。
興味のない人や物事には目もくれず、言葉を交 わそうともしない。
理 に適 わぬは完全無視。
長らく、冷徹 を演じ続けてきた男である。
思ってもない事を口にするような労力などは、一番に省 いて然 るべき。
あえて気障 ったらしく振る舞っているとしか思えなかった。
「もしかして、ふざけてる?」
本気で笑わせに来ているのかもしれない。
顔を逸 らし目の前の相手にだけ聞こえるよう、素 で返すと。
踏まえたうえ、重ねて言う。
「真剣にな」
つまり。言っている事に嘘 、偽 り無し。
彼の主人は悪戯 に微笑んだ。
〈 う っ ――――― わ ――――― !! 〉
対し手に汗握 る見物人。
主 に、チビっ子を接客中の女性店員は思う。
惚 れさせたいのか ――――― !!
本気だして真剣にふざけてる割には自然 に押してくる!
自然派Sっぽい。けど、そんな名目あったっけ!?
な い な い な い な い !!
ない! にしても、これは胸アツ ――――― !!
何について語っていたのかは、全く以 て見当もつかないが。
チェシャの隣 で グッ!! と拳 を握る女性は感無量の表情。
これには堪 らず跳 び出 る。
フェレンスの足元に駆 け付けたチェシャは、頻 りに飛び跳 ね訴 えた。
カーツェルばかり撫 でられて狡 い!!
「 ン! ン! チェ、シャ、 ... ワ?」
しかし何故 、ドレスを着ているのかと。
フェレンスは困 り顔。
遅れて我 に返った女性店員の話を聞いてみたところ。
チェシャが下に履 いたドロワーズ を見て勘違いしたそう。
何度も頭を下げ平謝りする店員を余所 に、話だけ聞きいていたカーツェルは思う。
あ の ... お ん ぼ ろ チ ェ ス ト が ... ...
ふりふりドレスに、ご満悦 のチビっ子は、案 の定 、着替えを渋 って動かない。
脱がせる係りに選ばれたのはカーツェルだった。
フェレンスが絶対的信頼を寄 せる人物であればこそ。
試着室まで連れて行くだけで、言うことを聞く。
と言うか。昨夜、睨 まれたばかりなので。
怒らせたくないんだよね ... ... (´・ω・`) シュン ...
二度、三度、上目遣 いに顔色を窺 うチェシャはやがて、ションボリと後ろを向いた。
女性店員と話す彼等 の主人は、改 め要望を伝えたうえ。
テーブルに並べられた中から丈夫そうな物を選んでいく。
真新 しい服と同じ生地で裾 に縫 い込まれたリボンは、サービスだそう。
〈ふわふわ〉にご執心 のチェシャを女の子と勘違いしてしまった女性店員、お手製である。
お詫 びも兼 ねてとの事だった。
まぁ、女の子用の下着を見たら、そりゃあ勘違いもするだろうから。
こちらとしては、かえって申し訳ないのだけれど。
ミシン台に着いた女性の手元を見つめ、ウキウキとした様子で待つ幼子 を見れば。
ありがたく頂戴 しておこうかなと思う。
その合間 。
残してきた精霊達について、フェレンスに尋 ねてみると。
帝国の軍警に押収された後 、
物の姿で封印されているのではないだろうかという返答を受けた。
また、いつの日か。
帝都に足を運ぶ機会があれば、取り返す事も出来るはず。
今はまだ、無事を祈る事しか出来ないのだ。
不足品の買い込みを終えた頃には、大きな箱型鞄 が二つほど増えている。
目一杯、詰 め込んであるのに、軽々と持ち歩くカーツェルを見て舌 を巻いたのはチェシャ。
駅馬車 の最終便に乗り込む手前。
荷積みは手空 きの業者一人とカーツェルに任 せて中を見る。
「乗って待ってなよ!」
当便の馭者 に声をかけられたチェシャは、フェレンスの手を引いて一番乗りした。
馭者台の真後から片側一列は、窓に対し背を向く一人席が二つ。
チェシャが真っ先に飛び込んだのは最奥。向き合いの四人席。
出発前には、もう一組の四人席と合わせ、十席中、八席が埋 まる。
待てども来ないカーツェルは結局、腕っぷしを買われ。
出発時間になるまで荷積みを手伝う羽目 になっていたよう。
彼が席に着いたのは、出発の間際 。
軽く汗を流しているのを見て、逸 早く手巾 を手渡したのは、一人席の紳士だった。
「僕の荷物まで、悪かったね ... 助かったよ。ありがとう」
「いいえ、こちらこそ。お役に立てたのであれば幸いです」
初めのうちは窓側、進行方向を向いて座ったチェシャだが。
日暮れには隣 のフェレンスと入れ替 わり、彼の膝 の上に頭を転がして眠る。
支所 での馬替 えは二時間に一度。
物音に目を覚 ますたび、幼子 の肩を支えてやっている主人と目が合った。
「旦那様 ... お身体 に障 りますので。少しでもお休みになりませんと」
「少し先に目が覚めてしまうだけだ。お前こそ、気を落ち着かせて休みなさい」
そうは言われても。初めての土地であるわけだし。
夜の移動ともなれば、完全に気を緩 めるわけにはいかない。
客の殆 どは、中継地となる各村町で下車していったけれど。
一晩 、乗り切り。
終点を迎えたのは翌日の昼。
馬車を降りたのは一行 の他、出張帰りと思わしき一人席の紳士だけだ。
その場を遣 り過 し。
辻馬車 に乗り換える紳士を見流す。
フェレンスが手にしたのは白の手巾 。
彼の執事はと言うと、例によって荷降ろし中である。
幼子 は、立て置いた箱型鞄 の上。
ちょこんと座り、力持ち達の仕事ぶりを見物し待っているよう。
片 や、辻馬車 が走り出す気配は無い。
日除 けを引いて、自らの耳を指で押 えながら ... 紳士は言った。
「王都、イシュタットに到着。一行 と共に降車しました。現地職員と交替 します」
すると誰かが窓を叩く。
〈 コンコンコン ... 〉
日除けを戻して見ると、そこにはフェレンスが立っていた。
紳士は何事も無かったかのように取り澄 まし、窓を下げる。
「どうしました?」
尋 ねると、手巾 を差し出された。
「落ちたところを、見かけたものですから」
「これはこれは、ご親切にありがとうございます」
何気なしに受け取ったところ、標的は笑みを返して立ち去る。
咄嗟 の事だったので、内心、ヒヤリとしたものの。
気付かれてはいないはず。
そう思ったのだ。 ... が、しかし。
手巾 をしまおうとした次の瞬間には、紳士の手が止まる。
待て ... 何故 ... 二枚ある ... ...
そもそも、落としてなどいなかったのだ。
受け取った側 を、よくよく調べると。
中には ... 一欠 の魔石。
どうやら、こちらの考えが甘かったよう。
ともだちにシェアしよう!