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第五章◆石ノ杜~Ⅹ
黒の表地に、赤く艶 のある裏地。
それぞれを縫 い合わせた日除 けの落とす影の下 。
指先で耳珠 を押して塞 ぎ、音を遮 る。
紳士は再 び口を開いた。
「改 め、報告します。
彼 ノ魔導師より、接触 あり。
魔石の欠片 を託 されました。
... いえ。計画の見直し を図 る前に。
今一 つ、検証の許可を下さい。
〈魔導兵〉の日常的応対能力を知る必要があります」
やがて走り出した辻馬車 を横目に。
チェシャと並ぶフェレンスは、大荷物の降ろし作業を手伝わされている執事を待つ。
真上に差し掛かった太陽を背に汗するカーツェルは、
馬車後方の下側三名に対し、客車上の荷台側一人で対応していた。
「せぇーの ... !! よいしょー!!」
男三人が声を揃 えて腕 を突 っ張 ると、上からカーツェルが押す。
流石 の怪力 は、歯を食いしばるだけで持ち上げた。
「うぉおぉおぉぉぉぉぉ重ぉぉぉぉい ... !!」
下側なんか咳 き込むくらい叫んでないと、やってられない様子なのに。
見上げるチェシャの口は、ぽかーんと開かれたまま。
虫が飛んできたら、喉 の奥まで一直線に突っ込んで行きそう。
チラリ ... 一目 見て、やれやれと一呼吸置くフェレンスが、幼子 の思うところを察 したかたち。
「感心するだろう? しかもあれは、彼、生まれ持っての馬鹿力。
今のお前より、もう少し背は大きかったが ... 昔も今と変わらず。
力だけは、同年代の三人分あった」
マジで ... ... ?
銀色の瞳を真 ん丸 にして、フェレンスを見るチェシャの口が、シュッ! と窄 む。
それはもう、きっと、握 り潰 しリンゴジュース作れちゃうやつ!
摩 り下ろし○○みたいな。
何を想像して胸を膨 らませているのだろう。
フェレンスには分からない。けれども。
気後 れするでも無し、素直で前向きなチェシャの反応を見て安心した。
その隙 きを突 くべく緊張を高めたのは、停留 所を行き交 う人々に紛 れた五人の男。
彼等 は、辻馬車 の紳士と遣 り取りする誰かしらの答えを待っていた。
すると、一言で下される検証の可否 。
紳士を含 め、それぞれには、こう聴こえていた。
〈 ... ... 許可する〉
野太い、男の声である。
赤毛の幼子 を映す碧 い瞳が上を向くと。
いつにも増して高く、遠い空を漂 う白雲 。
剥 き出しになった岩盤 の上に据 えられた城下街は蒼天 の下 に曝 され。
一見し、深い森を経 て辿 り着いた場所とは思えぬ。
思い立って取り出したペンダントトップ型小端末 の側輪 を回してみれば、簡易的測量が可能。
結果、計器盤の指針は水準点より低い位置を示 した。
海抜 ... おそよ1640ft ... ... ※1640ft=500m
その場を離れたフェレンスが、ベルトの留め金 に端末を戻すと。
岩壁の間 を下る階段が目に留 まる。
葡萄 色を基調とした建物の向こう側へ続くそれは、
階下に設 けられた見晴らしに通じている模様 。
広場の外縁 を巡 る鉄柵 は、鳥籠 のように弧 を描 き。
所により生 い茂 る蔓 植物の中には、秋咲きのクレマチスが色取り取 り見られた。
下り口で立ち止まったフェレンスの横を行き過ぎ。
広場へと下りていく人々が、球状のテラリウムに吸い込まれていくかのような光景。
石ノ杜 に侵蝕 された土地特有と言える。
岩盤を残し没 していく地に根ざした樹々 は、
この街よりも、また遥 か下で枝葉を広げているのだ。
それはまるで ... 森ノ海。
帝国側、北東の国境に面す石ノ杜 最北端を南下。
ここ、王都・イシュタットが位置するのは、杜ノ根 と呼ばれる最深毀壊 部に程近い。
「まるで、巨大な岩棚 の上に建つ都 で御座 いますね」
フェレンスの背に声を掛けたのは、客車上の荷台から一歩、
踏み出るようにして降り立った彼 ノ下僕 。
彼は、一階建て納屋 の屋根と並ぶ荷台から、梯子 も使わず降りて来た。
しかしチェシャは驚 かない。ここ数日間の移動において、すっかり見慣れてしまったので。
一方。岩畳 に手も付かず、膝 の弾機 だけで着地した彼の所作 に、
人知れず目を見張ったのは、一行を監視する五人。
なるほど、確かに。
人の姿をした魔物 とは、見て納得。
あの脚 なら、建物の四、五階は優に飛び越 えるのだろう。
振り向く異端ノ魔導師は、安穏 として答えた。
「ああ。そうだな」
平穏無事に、ここまで辿 り着いたのだから。
気が緩 んでもおかしくはないのだ。
むしろ、この時のため野放しにしておいてやったようなもの。
広場を後にした辻 馬車の中で、あの紳士は言う。
「さて、ご挨拶と行こうか」
箱型鞄 の上に座る幼子 と、その横に立つ執事のともへ戻る手前。
二人の背景にある馬車を中心とし、行き交う人々の様子を例えるなら。
風に散り、日陰を揺蕩 う木の葉。
内 、一人がフェレンスの真向かいを横切った時だった。
〈抜 かり無く ... 拐 え〉
紳士の指示が下り。それと略 同時。
カーツェルの背後に立った一人の男が、彼の肩を叩く。
「あの、道をお聞きしたいのですが」
また一人は急に向きを変え。
フェレンスの前を行き過ぎようとした若者と肩がぶつかるなり、言い掛かりを付け始めた。
その間 、チェシャの姿は視界から外れ、死角に入る。
主従 共に。ほんの一瞬、気を取られたにすぎないが。
見知らぬ作業者の腕に抱え上げられたチェシャは、あっという間に真っ暗闇の中へ。
幼子 がぶち込まれたのは、駅馬車 から郵便馬車 へ積み替えられたばかりの通 い箱。
ガサガサ と手紙に埋 もれ、戸惑 う幼子 の声は、フェレンスの前で言い争う二人の怒声にかき消された。
片 や、急に尋 ねられても愛想 良く断 る執事は物静か。
「申し訳ありませんが、私 も他所 の土地から着いたばかりなので ... 」
道案内できる程 の土地勘が無い。
カーツェルは、そう言いかける。
けれども、彼に限って即座に気付かないなんて事は有 り得 なかった。
チェシャの脈 から嗅 ぎ取れる魔ノ香 が薄れた瞬間、振り向けば。
そこにあるのは立て置かれた箱型鞄 のみ。
息を呑 んで視線を上げたところ、目が合う ... フェレンスと。
アイゼリアの諜報員 ごとき。
束 になって掛かったところで相手になるはずもないが。
警告はしたのだ。
しかし検証を許可した男は、クロイツの話を ... ただ、聞くだけ。
「魔導兵は覚醒 状態から魔人化する。が ...
半覚醒までは人の姿を維持するそうだ。それに加え、例え目を離していたとしても、
脈 から漂 う血の香りで、人の判別、居場所の特定が可能」
「 ... 無駄と言いたいのか?」
言葉を返すのは、側近と思わしき髭 の男。
「命を懸けてする事ではなかろう?
そもそも日常的応対能力など知って、どうしようと言うのだ」
「それについて、あなたが知る必要は無い」
ノシュウェルは戦々恐々 としてクロイツの斜 め後ろに立つ。
「まあ良い。無駄骨を折るだけで済むかどうか ...
貴様等 が差し向けた精鋭 の健闘を祈ろうではないか」
幽々 たる深緑ノ間 にて。
幾重 にも引かれた襞折引幕 が両者を隔 て。
片一方、手前側のみ薄明かりが灯 される中。
低卓 を囲う長椅子 の肩に腕を投げ掛け、足を組む。
クロイツの鋭 い視線は、対面、幕下 の人影に向けられていた。
四頭立て郵便馬車 を操る馭者 をはじめ、郵送局員は全くの無関係である。
とりわけ急ぐ様子も無し。時間通り、日常業務をこなしているだけだ。
ゆるりと方向を変え、走り出した馬車と共に薄れ往 く。
魔ノ香 を察知した彼 ノ下僕 は、素早く背後を振り向き、深く踏み込んだ。
拐 われた幼子 は何処 へ ... ...
目星は付いているらしい。
初め道を尋 ねた男が、執事の目向きを見張る間 に。
狙いを定める獣 の眼 。
琥珀色の瞳から、スッ ... と、消えゆく色原体。
透 けた虹彩 の奥を通う血が、黄金の輝きを放った時。
発せられた覇気は、手出しを躊躇 うほど猛烈。
咄嗟 に抱 く印象と言えば、やはり ... ...
〈 化物 か !? 〉
忌々 し。
然 れど言い知れぬ。
それは正 に、聖火の如 く。
〈無垢 なる狂気〉を秘めたる眼光に等しい。
彼 ノ魔導師は、その背に声を掛けるでも無く。
ただ、佇 んでいる。
どこか切迫 した表情だった。
悲しげと言うには、少し違う気がする。
彼の目には、一体 ... 何が見えているのだろう。
振り翳 されし黒き槍 。
宙 をも紅 く染める戦火を裂 き。
突き進むは、金剛鉄 の黒鎧 で身を固めた英雄。
また一歩 ... 踏み次ぐカーツェルの背に。
かつて目に焼き付けた竜騎士の、特攻姿勢が重なって映る。
フェレンスは、無言だった。
――― 密 やかに、静 やかに。
人の欲を喰らう恩情ノ焔 が、無垢 なる狂気を発症させる皮肉よ。
我 を取り留 め辿異 を阻止しているのは、奴 ... ...
〈異端ノ魔導師〉との契約により刻まれた鈐印 に他ならない。
クロイツは続け尋 ねた。
「高々。暗部、傘下 の勢 が。
半覚醒の活動限界でも推 し量るつもりだったのか?」
「ん? ... ... やぁ、さ。 ... なぁ。 ... ガハハハハ!
まぁまぁ。この様 を良く見てから言ってくれ」
と言うか。急遽、作戦参加を願い出ただけあって。
やる事なす事、見え透いているのだが。
笑い飛ばす目上の横で項垂 れる部下の肩にポンと、手を置いたのはノシュウェル。
郵便馬車 の玉突き大事故に巻き込まれた一般民を装 って。
町医者のもとへ担ぎ込まれたらしい男は、左腕の保護帯 を軽く上げて言った。
「帝国の都に甚大 な爪痕 を残した魔物牴牾 。
何時 また箍 を外 すとも分からん男をガチギレさせるなんざ、到底、無理だ」
対し、口を挟 んだのは彼の部下。
「ヴォルト ... 貴方 。もう、やめませんか。らしくありませんよ」
国家諜報 員の一人。且 つ、指揮を預かる者と知れているのに。
態 とらしいったらない。聞いていて恥ずかしいのだ。
「興味があるのは分かります。でも、あの方が追って貴方 に命じたのは、
ここに居る二人の監視と護衛だったはずでしょう ... ... 」
しかし更に割って入る。
クロイツは、口の端 を釣り上げ笑いつつ指摘した。
「百も承知で謀 ったな?」
「え? ... て、まさか!!」
真っ先に声を上げたのは話を遮 られた当人。
彼の上役 は、一呼吸置いて答える。
「 ... ... 御名答 様」
どういう事だろう。
「ヴォルト! 貴方 !!」
とは言え、もう少し静かに話したいところ。
指先で耳を塞 ぐ目上の様子を見て、今更のように黙る。
男の部下は、然 も決まりが悪そうに下を向いた。
片 や、惟 んみる。
「何のための検証か ... ... 目的を疑 う者が貴様等 の側にも居るわけか」
自身の顎 に指の背を当て、独り言のように囁 いたのはクロイツ。
男は直様 、言い留 めた。
「おっと、あまり勘 ぐってもらいたくないな。これは飽 く迄 も俺の一存だ」
「ほぅ ... 」
それにしても、あえての命令無視とは。
名だたる諜報機関にも、厄介 な派閥 が存在すると?
クロイツの顔色を見ながら、思いを察したのはノシュウェル。
分かったような口を利 くと蹴 られるので、声に出しては言えないが。
黙って男の話に耳を傾 けていると。
彼は言う。
「それから、エルジオ。済まんがな ...
今のお前では、まだ役不足と判断した。
もう少し俺の下で働いてもらうぞ。いいな?」
上役と同じようには思い至らない。
恥ずべきは自身と考えを改 めたか。
彼の部下は、静々 と頷 いて応 えた。
あの男は浅 はかだが。
民 に顔を覚えられるような真似 をするほど、致命的馬鹿ではない。
クロイツは思う。
何をきっかけにした事故なのかは調査中との事だが。
目撃者の多くは、こう証言していると言う。
停留所 にて一息ついていた馬が、ほぼ一斉 に暴 れだしたのだと。
その内の一台。
個人所有の二頭立て馬車 は小道に乱入。
路肩の市 を尽 く引き倒し。
抜けた先で郵便馬車 を猛追した挙 げ句 。
荷降ろし作業中の貨物馬車に追突後、ようやく事態は収束 したのだそう。
事故で重症を負った者の中には、二頭立て馬車 に同乗していたらしい執事と馭者 も含 まれる。
ところが、彼らに当時の記憶は無い。
車内に居た雇 い主 の話によれば。
馬車の暴走時、手綱 を握 っていたのは、彼らとは別の男だったとか。
しかし、暴走馬車を止めるべくして飛び乗って来た猛者 は少なくなく。
それらは全 て、咄嗟 の救済行動と捉 えられた模様 。
つまり、あの男にしては珍 しく。
郵便物の詰 まった大型木箱の錠前 を打鉄 ごと抜き外す等 。
己 が怪力のみ披露するに留 まったと言うのだから、驚 きだ。
一般民に扮 し、急遽 、検証に携 わった男。
ヴォルトの拳 も、彼 ノ執事が少年を奪還 する直前に、阻止 しようとして握り潰 されている。
〈 バキッ! ... ボキボキ ボキャ ... !〉
その時、傍 で聴いた音が耳に付いて離 れず。
困っているのは ... ... まさかの幼子 。
やがて夜を迎 えた宿場町では、その日、起きた事故の話題で持ち切りだった。
「しっかり掴まれ! って、言ってたわ。何かに当てるしか止める方法が無いと思ったのね」
「停留所 じゃ、加速する前に車輪の首に縄 を投げるなりすりゃ簡単に止められるけどよ」
「あの大通りに入った時は、下 り向きだったらしいしなぁ」
「死人が出なかっただけマシっちゃ、マシなわけだ」
「その時おいら、丁度、近くに居たからさ。あそこで止まってなかったらと思うと、ぞっとするねぇ」
食事時だと言うのに。憂鬱 。
ぷっくりを頬 を膨 らませる彼の右手にはスプーン。左手にはフォーク。
握 られたそれらの先は、いずれも上を向いたまま。
テーブルに立て置かれ、微動 だにしないのだ。
チラリ ... と見やれば、いかにも不服 そう。
まあ。思うところ、察 してやらんでもないが。
フェレンスは言う。
「チェシャ ... ... そろそろ機嫌 を直 さないか。料理が冷めてしまう」
世話になっておきながら、何だ。
分かっている。分かってはいるのだ。
... ... が、どうにも食が進まない。
注文を任 せた自分も悪いが。
頼 んで出されたお勧め は、寄 りにも寄って、骨付きバラ肉 の甘辛煮。
その他にも数品、揃 えられてはいるものの。
視界に入っちゃう時点で、どうもねぇ。
待 てども、赤毛おチビの心持ちは変わらない。
食する手を止め視線を上げると、目の前には、何とも渋 い表情のチェシャ。
フェレンスの吐息 を聞いて、次に口を開いたのはカーツェルだった。
「先の件での私 の対応に、何か、ご不満でも?」
ギクリ ... ...
ああ。うん。まぁ。
図星 ってやつ。
元々、怪力なのは存 じ上げております故 。
骨など折ってやらずとも、突き倒す程度で勘弁 してやる事だって出来たのではないでしょうか。
なんて。上手く言えないけど。
グニュン と眉間 に皺 の寄 る顔を、そのまま真上に向けてみたところ。
視界のやや左寄りで水差し を手にした彼と目が合う。
事故の衝撃で積荷 が吹き飛ぼうが。
瞬時、対面に降り立ち受け止める素早さを兼 ね備 えた魔導兵は、且 つ、素 の状態を保 っていた。
余裕なのは一目瞭然 なのに。
何故 、あそこまでする必要があったのかと。
チェシの瞳 は、そう訴 えるかのよう。
皿の上でフォークの腹 を下にし、ナイフと共 にハの字に置く。
主人が示 した食事休みのサインを見て傍 に寄 るカーツェルは、
グラスを手にする彼の喉 が潤 された後 に注 ぎ足 した。
宿屋の地下にて営 まれる食事処 は、ほぼ満席。
だが、酒場 の賑 わいとは異 なり。
声を張って会話する必要は無い。
フェレンスは口を開いた。
「軍学を修 めた者でもなければ理解し難 いだろう ... が、
チェシャ。お前も知ってのとおり、彼は軍役 を経験している」
事情は聞いているので。
無理に食事を済ませるよう促 すでもなく、語らうとする。
また何か、難 しい話になりそうだ。
聞くなり両手のカトラリーをテーブルに置いて身構 えたのはチェシャ。
見ていたカーツェルは思わず、その場で溜息 し、肩を落とした。
しかし、話の腰 は折りたくないので。
無言で行って、それぞれ片側ずつ、ハの字に置き変え皿に乗せる。
後でみっちりと教え込まねばならない。
まずは食事の作法 から。
密 かに意気込む執事をよそに、フェレンスは続けた。
「連携 し任務 に当たる輩 を、相手する際 。
例えば、そう。今回の彼のように。自身の優位を確信できたと仮定するが。
そんな場面であればこそ、警戒すべきは〈何か〉... さぁ、チェシャ。考えてみなさい」
覚悟はしていたけれど。
急に問 われて驚 いた。
じわじわと首を傾 げていく幼子 は、ムー ... と小声で唸 る。
まずね。ヤベー奴を相手に自分が優位に立つ場面が想像できないっていうね ... ...
終 いには涙目。
すると二人は若干、顔を逸 らした。
どうやら、笑いを堪 えているらしい。
これ以上、チェシャの機嫌 を損 ねるわけにはいかないので。
二人共、割 と真剣である。
致 し方ない。
フェレンスは、少しばかり困った顔をして向き直った。
そして、問 いを繰り返し答えを述 べる。
「自身の優位を確信した時にこそ警戒すべきは ... ... 追撃 だ」
聞いて、はっとする。
確かに ... ...
もし自分が逆の立場で、相手の優位を知っていたなら。
出来る限 り体力を消耗させた後 、追撃者に狙わせた方が成功率も上がるというもの。
「よって、筆頭 を見極め真っ先に打ち伏 せるは、単独戦における常套 手段。
追撃者の孤立の他、隊列の後退、分散も見込める。
だが、そのためには徹底 し相手を怯 ませなければならない」
目から鱗 。
大きく息を吸い上げ、ゆっくりと吐き出す幼子 は、すっかりと舌 を巻く。
ところが、話は終わっていなかった。
「それから ... 」
少しだけ間 を置いて、フェレンスは言う。
「彼が相手に選 ぶのは、殺 めずに済みそうな者だけ。
全員を相手にしたのでは、手加減しようとも死人が出る ... ... 」
控 えめにしているつもりだろう。
けれどもそれは、フェレンスが本当に伝えたかった事に違いない。
「どうか、分かってやって欲しい」
理解を求めるその声は、囁 きに近い。
チェシャの胸が、キュン ... とする。
先頃 まで拗 ねていた幼子 でさえ、息詰 まる程 なのに。
さて 々 、話題に挙 げられた当人は今、どんな顔をしているのだろう。
興味津々 。
見てみたいよね。そりゃあ。
しかし、振り向きかけて思い留 まる。
チェシャは思った。
いやいや。そこは グッ ... と、堪 えてだな。
野暮 な事はすまいぞ ... ...
なんてね。
こんな時は、気を取り直 して食事だ。
気になる骨付き肉はテーブルの端 に寄 せておけば良いわけだし。
すると、気を利 かせたカーツェルが食後のデザートを中央に置き換 える。
山盛りカットフルーツ来た (*゚∀゚*)!
食前ではあるが、特別。
食べて良し ... ... と、そういう事だろう。
それでいて何故 。
執事の白手袋は、目を輝かせ手を伸 ばしたチェシャの視界を遮 るのか。
些 か疑問に思っていると、彼は言う。
「只今 、取り分けますので」
あ、はい。
聞くなり手を引っ込めた幼子 は、ソワソワ ... と身体 を揺 すりながら待つ。
トングで皿に盛られていくカットフルーツは、記憶に新しい芳醇 な香り。
先日まで非常食にしていたカーツェルお手製のジャムと同じだ。
それは、チェシャの好物になりつつある。
けれども唐突 に、盛り皿から飛び出たウニョウニョは ... ... 逆にトラウマ。
卓上で、のた打つ白虫 を見るや否 や、肩が竦 み上がった。
「 ヒッ ... ... !!」
それはもう。引き攣 り声が裏返ってしまうほど。
ところが、次の瞬間には目の前から消えて無くなるウニョウニョ。
手元の手巾 ごと、素早く。
のた打つそれを掻 っ攫 ったのは、流石 ... ...見上げた執事役。
ホッ ... と、胸を撫 で下ろしたところで、一言、礼をと思う。が、つい々、黙った。
チェシャは思う。
つーか滅茶苦茶 、汗かいてるけど、この人!!
目のやり場に困って、ぎこちなく真正面に視線を戻せば。
フェレンスと見つめ合わざるを得 ない。
本気 の痩我慢 を見ちまった感じ。
お互い、ちょっと気不味 いやつ。
あまり見ては冷やかしになってしまうので。
野暮 な事はすまいぞ ... ...
改 め、自身に言い聞かせる。
けれどもフェレンスときたら、それほど気に留 めていない様子なのだ。
ああ、そうか ... ...
取り繕 い食事を始めた幼子 が思い立ったのは、少し間 を置いてからの事である。
二人共、長い付き合いなのだから、見慣れてしまっていても可怪 しくない理由 で。
片 や、思いがけず声を掛けられたのは主人の後方に控 える世話役の方。
「あのさぁ、お客さん。ごめんね、ちょっといいかい?」
尋 ねてきたのは、ウェイトレスをしている女性だった。
カーツェルが振り向いて見たところ。
こちらへ歩み寄る彼女は、トレイの縁 を腰 に当てて話す。
「その果物は、ここら辺の特産品でね。味が良いだけに虫も沢山ついちまうのさ。
けど、この国だと。食物が毒を吸っていないかどうか、付いた虫の生き死にで判断したりもするんでね。
虫取りの処理をするのも後々だし、ある程度なら喰われちまっても良品として扱 うのが一般的なんだよ」
「ええ、存じ上げています」
相槌 がてら強めに主張する執事の顔色は、普段と変わりない。
チェシャは、特に気にせず食事を続けていた。
皮を剥 いた面が薄っすらと緑掛 かった橙 色の果実をモグモグ。
目一杯 、頬張っては、カツン、カツン ... 刺す度 皿に当たるフォークの先が音を立てる。
その横で、彼女は続けた。
「そうかい。そりゃあ良かった。けど、さっきのアレ ... 見てたけどさ。
うちの下っ端 が虫を取り損 ねちまってたんだろ?
そこの子も驚 いてたし、あんたも苦手が顔に出てたからね。悪いなと思ったんだ」
けど ... そう言えば ... ...
その後も会話を引き伸ばす女性の方こそ、どこか冷やかな雰囲気。
西側の言葉訛 りも無いので、話してみたかったと彼女は言うが。
「あんた達 ... ... どちらからお見えだい?」
核心 と思わしき問い。
カーツェルを見る疑惑の目。
思うところとは裏腹だ。
チェシャもまた、薄々 と感付く。
もしかしたら、フェレンスやカーツェルの気配りを勘違 いしていたのかもしれないと。
地下資源国 ... ... アイゼリアと国境を隔 てるは。
石ノ杜 の進行により国交険悪な北ノ帝国と、経済同盟国である西ノ二カ国。
いずれより渡ってきた旅人かによるのだろう。
北に面す国境では現在、国家間における出入国が制限されているため。
場合によっては、密告されかねない。
カトラリーを皿の中央手前に揃 え、席 を立ったフェレンスは、
一歩、後ろへ下がって視線を伏せるカーツェルに対し、こう言い残した。
「先に戻る。お前も一緒に済ませてから来なさい」
振り向く女性に対し、会釈 し行き違う。
一行の主人らしき男の声は、彼女にも聴こえていたはず。
「それから ... ... 今の質問に答える必要は無い」
沈黙を守れとの言いつけだ。
適当な嘘 を並べ立てるどころか。
逃げ遂 せようなんて、素振りも見せぬとは。
随分 と肝 の据 わった連中だな ... ...
店の片隅 で、何者かが囁 く。
「むしろ、我々 の警戒が解 けるのを待っているようにも伺 えますね」
第一等に格 される帝国ノ魔導師とは、如何 なる人物か。
探 る程 に、謎めいた性分 と認識される。
噂 に違 わぬ強者 とは聞いていたが。
事前に得 た情報との相違 について。
調査したうえ、照合する必要があるのは当然の事。
とは言え常識的に考えて、そういった介入 を快 く思う者はいないだろう。
反撃を受ける場合を想定し、慎重 を期 しているのが現状だ。
「帝国の束縛 から逃れた異端ノ魔導師か ... ... 」
亡国ノ叡智 。
失われし〈禁断ノ翠玉碑 〉の手掛かりを握 る者なれば。
何としても、引き込みたいところ。
古来より、資源の採掘と再錬成に伴 う危難 として、
放射性物質による健康被害に遭 わざるを得 なかった ... 地下資源国、アイゼリアでは。
それら大地ノ毒を吸う〈石ノ杜 〉との共存が不可欠であり。
毒の昇華 。有効活用が国是 。
であるにも関わらず。
当国には、それらに関 する研究開発に携 われるだけの知識を持った錬金術師や魔導師が存在しないのだ。
国防と発展のためである。
しかし、そういった理由、目的などは、政治家の口から溢 れる ... お決まりの綺麗事と言って良い。
帝国に囚 われた悪名、名高き亡国ノ末裔 は何故 。
〈石ノ杜 〉と言う生態的、謎を抱 える隣国、アイゼリアを逃亡先として選んだのか。
異端ノ魔導師を追う隠密 の間 では ... ... 専 ら、恐れられていた。
彼と関わったが最後。
当国の民にすら明かされていないような、禁忌的〈闇〉に ... 取り込まれてしまうのではなかろうかと。
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